りんご丸と別れと始まり
無我夢中にエリーナを追いかけて走っていると、知らないうちに僕は変な森に来ていた。凄く入り組んでいて、虫が鳴いてる、透き通るような森。
???
あれ? この街の近くにこんな深い森なんてあったっけ? なかったよね?
もしかして僕、テレポートでもした?
マジで、今日、なんかおかしいよ……
「来たか」
「え? 」
突然どこからか聞こえてきた、男性の声。違う、これりんご丸の声だ!
けど、りんご丸は、いないけど……
と思っていると、森の木々の間から、彼はまるで仙人のような神秘的な雰囲気でゆっくりと歩いてきた。いや、なんでさっき僕らの戦いを見てたのか分かんないし、どうしてそういう雰囲気をだしてるのか理解できないし、全部意味不明。
「り、りんご丸」
僕は、無意識的に、彼の名前を呼んだ。
「……間違えた」
「え? 」
りんご丸はますます訳が分からないことを小さく低い声で言った。
もう、本当に、今日なんなん?
変な異世界人と出会って、変な刑事に捕まって、変なドラゴンと戦って。
あげくのはてに、あのいつも印象の悪い、たいして月光丸とかと変わらない毎日いじってくるりんご丸が頭おかしくなってる!!
ああああ。
「あわてるな」
「……」
「お前は、いや、お前の世界は一度失敗した。だが、安心しろ。俺が書き換えてやる。正しい世界線へと」
「ねえ、本当に、りんご丸? 今日のお昼、エリーナと喧嘩した。そして、ここはどこ? エリーナは? 一体、どうなってるの? 」
僕は、こんがらがる頭を整理して、全ての疑問を目の前にいるりんご丸? にぶつけた。僕の眼からは、何故か涙があふれ出ている。どうして?
それを見ると、彼は眼をつむって「つらかったんだな」とだけつぶやいた。
「なに、それ……」
「そうだな。俺は確かに、りんご丸だ。そして、今までお前をいじめてきて、本当にすまなかった」
なんか突然謝ってきた。
そういうのいいんだよ。僕が、一体今どうなってんのか教えてよ。
「……この世界は、もう少し平和な始まり方をするはずだった。だが、何者かの介入により、この日のような、不自然でバランスを欠いた始まり方をしてしまった」
「何言ってんの……何言ってんの? ねえ? 」
僕はつい、大声で怒鳴ってしまった。森の中に、その僕の声がこだまする。
「もうちょっと、今日からは楽しい人生を送れるはずだった、ということだ。お前が」
りんご丸は、僕の近くまで歩いてきて、こういった。彼は一切表情を変えず、僕と違ってこれまで見たことないくらいに冷静。
「だから、今日のことは忘れろ。覚えているだけ、お前の明日からの人生が台無しになる」
「ねえ、本当に何言ってんの? 」
僕が涙交じりの声でこういうと、りんご丸はまた僕から離れて、森の奥まで歩いて行こうとした。
また、消える!
「ちょっと、質問に答えてよ! 」
僕は、今までの人生の中でなかったくらいに声を張り上げた。
すると、りんご丸がそっと立ち止まって、僕を振り向いてきた。
「エリーナと仲良くしとけ。俺が言えることは、それだけだ」
「……」
「大丈夫だ、お前は、アンデルの生まれ変わりなんだから……」
長い一日、というか長い夜が終わって、ようやく次の日が流れてきた。朝起きると、体のあちこちが筋肉痛で、正直、これから学校に行くのはつらい。
けど、このまま布団にくるまってるってことは、できなさそう。
だって、お母さんの部屋で寝ていたエリーナが、何故か僕の部屋まで来て、しかもベットの上でニコニコしながら座ってる。
「おはよう」
僕の顔を見ると、エリーナは微笑んできた。
なんか、やっぱり癒される。
その後ろにあの刑事さんがいなければ。
「おはよう」
気持ち悪い!
玄関から外に出ると、何故か僕の家の前に、またパトカーが止まっていた。周りには、近所の人たちがなにかなにかと集まっている。え? 僕、結局また捕まるの?
と僕が恐怖を感じたような表情で後ろにいる刑事さんを見ると、彼は少しだけ微笑んで、エリーナに目を向けた。
すると、彼女が近寄ってきて、僕の顔を見つめる。
「ねえ、ゆうき。私ね、この人たちについて行かなくちゃならなくなったの」
「え? 」
「だから、私たち、ここでお別れ。短い間だったけど、ありがとね」
……へ?
うそでしょ。結局、付き合ったりはしないのでしょうか。
突然の告白に困惑する僕の肩を、刑事さんは優しく触って来た。
「彼女には、聞きたいこと、手伝ってもらいたいことがある。だから、すまんな」
「は、はい……」
僕は心無い返事をした。
……いや、わかってた。
そんな、物事がうまくいかないことなんて。
けど、また居場所もない、孤独な生活に一気に戻ると思ったら、物凄く悲しくなる。たった一日だったけど、こんなにたくさんの人と関わることなんて、今まで全然なかったから。
「……じゃあ、またね」
エリーナが、僕に手を振って来た。僕は何もできないまま、ただ呆然とその場にずっと立っているだけだった。
そして、エリーナと刑事さんが、黙ってパトカーの方に歩いていく。すると二人の後ろ姿だけが僕の視界に映って、どんどん離れていく。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
嫌だ!!!
――ぱっ――
この時、無意識に僕は彼女の手を握っていた。少なくとも僕の中では、今この一瞬だけ時間が止まったような感じがして、なんだか変な感じがした。
もう、これから会えないなんて……
「ふふっ」
「え? 」
突然、エリーナが小さく笑ってきた。というか、笑いを一生懸命にこらえているようにも見える。
な、なに?
「えへへ」
とエリーナは言って、くるりと僕の方を振り向いてきた。そして変な看板を右手に持って、僕に見せつけるようにしてきた。
そして言った言葉が
「ドッキリ大成功~」
読んでいただきありがとうございます。