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「本当にあった怖い話」シリーズ

ヤマオノサマ

作者: 詩月 七夜

 私の知人の地元には「ヤマオノサマ」という存在が伝わっているという。


 その知人の地元は山間部であり、山に囲まれた盆地にある。

 農業も行われているが、古くから林業が盛んで、たくさんの木こりが住んでいたという。

「ヤマオノサマ」は、その木こりたちの間で崇められていたそうで、由緒ある神様や宗教に組み込まれた仏様とは異なる、民間信仰の中の存在らしい。

 機械などが無い時代は、斧やノコギリなどで木を切り倒していた。

「ヤマオノサマ」はそうした時代のから崇められた(ふる)い土着神だという。


 さて、知人(仮にRとしよう)は子どもの頃、夏休みのたびにこの山間部の土地に帰省していたという。

 家庭の事情で幼少期まで育ったR。

 小学生になる頃に、遠く離れた町に引っ越したという。

 その後の何度目かの帰省の時のことだった。

 地元にはRと幼少期から顔見知りの友達が何人もおり、引っ越したとはいえ、その連中とは仲が良かったらしい。

 帰省中は山で虫捕りをしたり、川で水遊びをしたり、都会では満喫できない、でも引っ越し前は当たり前のように遊んでいた遊びを満喫していた。

 そんな折り、あらかた遊びつくしたRたちは「次は何をして遊ぼうか」と相談し始めた。

 すると一人が、


「『ヤマオノサマ』を見に行こう」


 と、言い出した。

 その時のRたちは「ヤマオノサマは山の神様」程度の知識しかなく、大人たちからも特別に何か注意を受けていたわけでもないため「何だか分からないが古くて珍しいものを見に行こう」くらいの感覚だったという。

 他に魅力的な意見もなく「ヤマオノサマ」を見たという者もいなかったため、Rたちは連れ立って「ヤマオノサマ」が祀られた場所を目指した。

 そこは集落でも一番高く深い山奥にあり、子どもの足では結構時間がかかる場所だったという。

 そんな山道を「『ヤマオノサマ』が祀られた場所に一度だけ行ったことがある」という子どもを先頭に進むRたち。

 深い森は段々と傾斜を増し、やがて急な山道へと変わっていく。

 おまけに前日に降った大雨で、足元も滑りやすくなっている。

 そうして、かろうじて道の体を成している斜面を登り、ようやく目的に着いた時は日も傾き始めていた。

 到着した「ヤマオノサマ」が祀られていた場所は、そう広くない円形の土地ににみすぼらしい木の倉だけがあり、鳥居や手水鉢もない、おおよそ(やしろ)とも呼べないような場所だったという。


「あの倉の中に『ヤマオノサマ』が祀られてるんだ」


 先導役の子どもが得意げにそう言う。

 すると、


「じゃあ、中を見てみようぜ」


 と言い始めた子どもがいた。

 まあ、苦労してここまで来たのだし、そもそも「ヤマオノサマ」を見に来たのである。

 その正体を見たくなる流れが起きて当然だ。

 だが、いざ「ヤマオノサマ」の祠を前に意見が割れた。

 そもそも、神社などに祀られているご神体は面白半分で目にしていいものではない。

 子どもながらにRたちはそれを知っていた。

 だから、山の守り神である「ヤマオノサマ」もそれと同じだろうという心境になったのだ。

 それに一帯に漂う独特の空気も拍車をかけた。

 神社に漂う清廉とした空気とは違う、山の香りで満ちた独特なにおいが、子どもたちを委縮させる。

 そうした異様な雰囲気の中、やいのやいのと揉めた末、結局、先導した子が祠を覗くことになった。

 何しろ言い出しっぺだし、ここに来るまでリーダーシップを取っていたこともある。

 その子は意を決すると、倉に近付いた。

 そして扉を押してみる。

 が、鍵がかかっているのか開けることは叶わなかった。

 先導役の子がそれを告げると、仲間の一人が、


「扉の隙間から見てみろよ」


 と、言った。

 扉は格子状になっており、ガラスも障子紙も貼られていない。

 覗けば、中身を見ることは十分可能だ。

 なので、先導の子は言われるまま、格子の隙間から中を覗き見た。

 その時である。

 倉の中で「ゴトン!」と大きな音がした。

 そして、


 ホーーーーーーーーーーーーーーーーィッ!


 突然、山の中から野太い声が響いた。

 同時に突風が吹いたように木々がざわめき始める。

 急なことに慌て始める子どもたち。

 そんな中、先導役の子が声を上げて我先に逃げ始めた。

 何が何やら分からぬ恐怖にかられ、Rたちもそれに続く。

 その背後で、


 ホーーーーーーーーーーーーーーーーィッ!


 と、再び声が響くと、


 ガシャガシャ…ドシーーーーーーーン!!!


 と、何か巨大な木が倒れる轟音がした。

 それを背後に、Rたちは帰り道を生きた心地もせず逃げ帰ったという。


 その後。

 集落帰るなり、Rたちは大人たちに震えながら一連の出来事を語った。

 最初、大人たちは「作り話か気のせいだろう」と笑っていた。

 その中で、一人の老人が言った。


「それは『ヤマオノサマ』がお前らを助けたんだろうなぁ」


 聞けば山の神様であり、木こりたちに崇められていた「ヤマオノサマ」は、時に姿無き大声を発し、倒木の危険を報せたりすることがあったという。

 しかも、木が倒れる音をさせたりするが、実際に音がした場所を探っても倒木の跡は無かったらしい。

 それで思い返してみたが「ヤマオノサマ」の祠までの道は、大変滑りやすくなっていたし、下手をしたら山くずれが起きて、Rたちが巻き込まれていてももおかしくなかった。

 もしかしたら「ヤマオノサマ」は、やって来たRたちにその危険を報せてくれたのかも知れない。


 最後に肝心の「ヤマオノサマ」の正体だが。

 倉の中を覗いた先導の子によると、


「でかい石の大斧が壁にかかっていた」


 とのことだった。

 成程、木こりたちが信奉する存在だから、そのシンボルである斧がご神体になっていたんだろう。

 しかし、その子は続けて気になることを言っていた。


「その大斧が、誰かが手で持ったように宙に浮かび、壁に叩きつけられたんだ。もちろん、倉の中には誰もいなかった。今でも信じられないけど、あれは『ヤマオノサマ』の仕業だと思う」


 山の神様「ヤマオノサマ」…その正体は不明のままで、今も祀られているのかは分からないが、Rは今もその存在を信じているという。

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