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モブデバイサー  作者: 今宮僕
第1章 過去からきた少女とある夏の日
2/8

2 少女の名は「沙遠りん」


 医務室。


「とりあえずこれを着てね」


 保健の先生がりんに貸し与えたのはスポブラとショーツとXSサイズの制服。


 XSサイズでも制服はブカブカだった。


 医務室には衣服が濡れたり破けたりしたりした時のため替えの衣類が一式常備されているらしい。


「とりあえず私全裸問題は解決した」


「私全裸問題ってなんだよ……」


「ねぇねぇ。ここって未来の世界なんでしょ! 今って暦は何年?」


「2053年だ」


「私は2023年から来たから30年後ね!」


「どうやって未来に来たんだ?」


「分からない。昨日の夜に自分の部屋で寝て起きたらまことにお姫様抱っこされてた」


「それは怖いな」


「うん。凄く怖かった。でもまことは悪い人じゃなさそうでちょっと安心した」


「まあ俺は平凡な男だからな」


「顔はアイドルには劣るけどまあまあかっこいい方だと思うよ」


「ありがとう。人に顔を褒められたのは初めてだ」


 ぐぅ〜。


 りんの腹が鳴った。


「お腹空いたか?」


「うん」


「とりあえず学食でも食いに行くか」


「その前にちょっといいか恋澄」


「教官!?」


「その少女。沙遠りんだが、過去に帰れるようになるまでとりあえず学園で保護して預かる事になった。理事長からの指示だ」


「私、過去に戻れるんですか?」


「理事長が言うには少し時間がかかるが過去に戻れる手段を今探しているらしい」


「良かった……」


 りんは胸に手を当ててほっとした表情を見せた。


 そりゃいきなり朝起きたら30年後になってましたなんて不安だよな。


 しかし過去に戻れる手段なんて存在するのか?


 俺はりんを不安にさせないためにあえて口に出さなかった。


「お昼ご飯。食べに行こうか」


「うん!」


 俺とりんは学食へ向かった。


     ○


 俺達は学食でカレーライスとサラダを食べた。


「ごちそうさま! ふぅー美味しかったぁ!」


「何をするにも元気だなお前は」


「逆にまことはちょっと冷めてるよね。クール系って感じする」


「15歳の思春期の男なんてだいたいこんなもんじゃないのか? この学園に男子が俺しかいないから比較対象がいない分、判断しがたいが」


「未来の世界は男が少ないんだ。でも私、まことって大人っぽくて好き。同級生の男子なんてガキばっかりだもん!」


「昔は賑やかで楽しそうだな」


「私の親の世代はもっと沢山子供がいたらしいよ。ベビーブームだったんだって」


「そうらしいな。りんの時代の少子化とここ30年の世界情勢の変化で人類はだいぶ減ってしまった」


「そうなんだ。悲しいね」


「りんが過去に戻れたら未来を変えてくれよ」


「分かった。私が未来を救うよ!」


 りんは二つ返事で答えた。


「軽いなぁ」


「まあなんとかなるでしょ。それより未来の世界を案内してよ」


「いいよ。でも俺達はこの学園の外には出れないんだ」


「なんで?」


「この学園は国の機密を取り扱っているから学園関係者は基本この学園の中だけで生活しているんだ。学園関係者じゃないりんが急に空から降ってくるなんて実はもの凄いイレギュラーなんだ」


「へぇ。この学園って何を学ぶところなの?」


「うーん。口頭で説明するより入学案内ビデオを観た方が分かりやすいかな」


 俺はカードケース型デバイスでホログラムスクリーンを開き入学案内ビデオを再生してりんに観せる。


「うわぁ凄い未来っぽい」


 りんは驚いていた。30年前にはない技術なのだろう。


 ビデオが始まり、説明アナウンスが流れる。


「今から約20年前、第三次世界大戦後に世界平和をもたらした万能素粒子、デバイサー粒子が発見されました。


 デバイサー粒子はニュートリノと同じ大きさでありながら一つ一つが非常に緻密なICチップのような構造をしており、大気中で数億個の粒子がデバイサーの異能によって集積される事により、スーパーコンピュータと3Dプリンターの合わせ技のような効果を発揮します。


 粒子の集合体には直接触れる事はできませんが、武器兵器の解体、安全仮想兵器(セーフティウェポン)の構築などさまざまな事象を起こします。


 安全仮想兵器ことセーフティウェポンはデバイスに即時武器生成プログラムのインプットされた補助機材、オプションカードを挿入する事でスピーディーな非流血戦闘を可能にしました。


 セーフティウェポンオプションカード。SWOC(スウォック)です。


 SWOCを使用できるデバイサー、SWOCデバイサー同士の戦闘において攻撃を受けて消耗するのは戦意のみです。


 SWOCデバイサーの戦闘では主に5枚のカードを使用します。


 1枚目はパワードスーツとなる「強化肢体」


 2枚目は銃や刀などの「メイン武器」


 3枚目は小型ナイフなどの「サブ武器」


 4枚目は盾などの「防御機構」


 5枚目は手当て物質などの「回復機構」


 一般歩兵の戦闘は主にこの武装で四人編成チームで行われます。


 しかし現在、私達の住む和雅国ではSWOCでの交戦は行われておりません。


 SWOCデバイサー達は実在の武力を解体するデバイサー粒子散布を行っています。


 5年前、50人のSWOCデバイサーにより既存武力の総解体が行われて以降、全世界で現代兵器による戦死者が5年連続0人を達成しています。


 SWOCデバイサーは兵士でありながらも現代の平和の象徴でもあるのです。


 素粒戦専の学生の皆さんはSWOCデバイサーとして国防と国際社会の平和のために技術習得に励むのです」


 ここで説明動画は終わった。


「と言うわけなんだ」


「ちょっと難しかったけど、なんとなく分かった」


「理解力が高いな」


「私、小学校だとクラスで一番成績良いから! えっへん!」


「そりゃ頼もしいな」


 ピンポンパンポーン。


 用務連絡の校内チャイムが流れた。


「3年の恋澄まこと。至急、理事長室に来なさい。沙遠りんはコミュニティルームで待機」


「理事長からの呼び出しか」


「コミュニティルームってどこ?」


「食堂を出て右に向かってつきあたりの部屋だ。サブのデバイスを貸すからそれで校内マップを見れば辿り着ける」


「使い方分からないよ」


「とりあえず適当にいじってみてくれ。誰にでも扱える代物だ。携帯電話って奴と多分要領は変わらないはずだ。パスコードは3656」


「頑張って使ってみる」


「コミュニティルームには最新のゲームとかも取り揃えてあるから退屈しないと思う。理事長の話が終わったら迎えに行くよ」


「分かった」


「じゃあ、また後で」


 俺はりんを置いて理事長室へ向かった。


     ○


 理事長室。


「失礼します」


「話がある。ノウイングス(コードを知る者)32番」


「用件はなんですか」


「沙遠りんの正体が分かった」


「なんだって! りんは何者なんですか!?」


「彼女は本当に2023年から来た2013年生まれの女性だ。30年前にノホロ機関に拉致されてからずっとコールドスリープされてきたんだ」


「なんて非人道的な! そのノホロ機関ってのはどんな奴らなんですか」


「ノホロ機関。


 かつて北海道江別市野幌に存在したマッドサイエンティスト達の秘密研究機関。


 拉致した人間に非人道的な人体実験を行っていたと噂されていたが戦争のいざこざで閉鎖してから真相は闇のまま」


「なぜそんなりんが今頃目覚めてよりにもよって学園内に現れたんだ?」


 学園の周囲は防御性デバイサー粒子の膜で覆われており、デバイサー(粒子を操れる異能者)である学園関係者もしくは設備業者のみが出入り口で許可証を見せないと入れない仕組みになっている。


「それは彼女がデバイサーの始祖だからだ」


「デバイサーの始祖!? デバイサー粒子発見の10年前ですよ!?」


「ノホロ機関でりんへの人体実験によりデバイサー粒子が発見され10年かけた研究の末、大米合衆国が研究資料を回収し、世間への公表に至ったという経緯らしい。私もこの真相を手に入れるのには苦労した。なんせ、ノホロ機関は機密保持のため、戦災を装い意図的に焼き払われたそうだから」


「歴史の闇って感じですね」


「沙遠りんはデバイサー粒子を世界で初めて操れる人間だ。30年前に幹細胞を採取され、デバイサーの能力遺伝情報を大量生成し、流行病ワクチンに混ぜて世界中へ極秘裏にばら撒かれて現在に至る。実際にデバイサーとなったのは世界人口中約3分の1だがな」


「りんの幹細胞が世界中に……そして大量のデバイサーが出現したって事か」


「おかげで世界で武力による殺し合いがなくなった。彼女は英雄といっても過言ではない」


「でもりんは30年間を失った。30年前の親や友達などの人間関係も」


「文句はノホロ機関に行ってくれ。残党のマットサイエンティストが世界のどこかにまだ潜んでいるかもしれない。今、全てを失ったりんの支えになれるのは恋澄まこと、君しかいない」


「りんを過去に戻す術は本当にないんですか?」


「今のところ見つかっていない」


「くそっ……ノホロ機関の奴ら許せん!」


「本題に入るが、沙遠りんを特待生として学園の一年生として編入する事にした。君は彼女の面倒を見てやってくれ。寮の部屋も同じだ。学園にデバイサーの始祖がいるという事実はなんとしてでも世間に公にはできない。協会の者だけの秘匿事項だ」


「そんな大事な仕事を俺みたいな平凡な男に任せるんですか」


「君は腐っても50人委員会の一員だ。この機密を取り扱えるのは学園内では今のところ君が一番適任だ」


「……分かりました。りんにはあまり目立たないように言っておきます」


「くれぐれも頼んだ」


 やれやれ。大変な事になったな。


     ○


 コミュニティルーム。


「りん。迎えに来たぞ」


 コミュニティルームにりんの姿はいなかった。


「このっこのっぐうわぁああああっやられたー。ってあれ!? まこと先輩じゃないっすか。こんちわっす」


 いたのはゲームに熱中していた後輩の棚花(たなか)あやかと、


「こんにちは。恋澄先輩」


 同じく後輩の縁導(えんどう)れなだった。


「小さい。一年生の女の子見なかったか?」


「あのガキンチョっすか? さっきまでいましたけどどっか行っちゃいましたよ」


「そうか分かった」


「あやかがあの女の子からゲームを奪ったからですわ」


「コミュニティルームで遊ぶのは年功序列ってしきたりを教えてあげたのさ」


「呆れますわ」


 れなは肩をすくめた。


 俺はメインデバイスを取り出し、サブのデバイスを「探す」機能でりんの居所を突き止める。


「第8演習場……すぐ近くか」


 子供はすぐちょろちょろと動き回るから困る。


 俺は第8演習場に向かった。


     ○


 第8演習場。


 SWOCの射撃訓練場だ。


 人集りができていた。


「校内新記録よ! 射撃2部競技の!」


「新記録を出したのはあの小さい女の子らしい。沙遠りん? 聞いた事ない学生だな」


 りんの奴早速目立ちやがった……。


 射撃2部競技。


 強化肢体カードと対戦車用砲カードの2枚のみを使用し、目標物の的に当てて威力の測定値が高い方が勝つ試験用競技。


 この競技では純粋にSWOCデバイサーとしての素質、デバイサー粒子をいかに多く集積して放出できるかが試される。


 デバイサーの始祖なら1番高い測定値が出て当然だ。


「まことー! 私もなんかこのSWOCってやつ使えるみたい!」


「まこと? ああ、あの学園で唯一男子学生の先輩か」


「仲良さげだけど、あの沙遠りんって子とは親戚かなんかなのかな?」


 他の学生達が俺にも注目しだした。


 まずい。実のところ俺も学園内では目立っちゃいけない立場なんだ。


「りん! ちょっと一旦ここからはけよう」


 俺達は演習場から廊下へ避難した。


「どうしてコミュニティルームを勝手に離れたんだ」


「ゲームで遊んでたらまことの後輩って人達にゲームを取り上げられちゃって、見物だけも暇だったからちょっと校内散策してたら2年生の先輩達がこの演習の自主練をしてて参加させてくれたの」


「あやか達のせいか。まあいい。りん。過去に戻れる手段が見つかるまではこの学園の一年生に編入する事が決まった」


「えっ! やったー! 私もこの学園の学生になるんだ」


「嬉しいのか」


「だってこの学園ってなんかゲームの世界みたいで面白いんだもん。ワクワクする!」


「なら良かった」


「私が寝泊まりするところはどうなるの?」


「マンション型の学生寮だ。俺の空いてる部屋を一つ使っていい。家事とかの面倒は俺がみる事になった」


「そうなんだ。私、お手伝いするよ!」


「ありがとう。助かるよ」


 このあと、俺はりんに学園内を一通り案内して寮に帰った。


     ○


 その日の夜。


 俺が布団を敷いて寝てるリビングに、寝室で寝てるはずのりんが枕を持ってやってきた。


「どうした? 寝れないのか」


「一緒に寝てもいい?」


「構わないぞ」


 りんは俺の布団の中に入ってきた。


「うぐっ……うぐっ……」


 りんは急に泣き出した。


「私、怖いよぉ。お家に帰れなかったらどうしようってふと思ったら、急に不安になってきたの」


 俺はりんの頭を撫でた。


「心配しなくても大丈夫さ。きっと元の時代に帰れる」


「まこと」


「なんだ?」


「背中ぎゅっとしていい? そうしたら良く寝られそう」


「仕方ないな。好きにしろ」


 りんは俺の背中を抱き寄せた。


 年端も行かない少女がいきなり30年後の世界に飛ばされたら不安で誰かに甘えたくもなるだろう。


 やれやれ、こんな姿をクラスの奴らにもし見られたらロリコンとして社会的に死ぬだろう。


 しかし僕はりんが抱き寄せる小さな身体を受け入れた。

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