危険な誘い
勢いのみ
口喧嘩を続ける男と少女に連れられ、茜は学校の体育館に来ていた。見知った顔の教師や警察警察関係者と思われる大人達が慌ただしく動くなか、用意された椅子に座り茜は待っていた。
茜から見えるところでは、先ほどの男が仲間らしき者と数人で話し合いをしていた。時々サングラス越しの視線を茜に向けたり、手を振ったりしている。
「一応気にしてはいるみたいだねーオッサン」
茜の隣では金髪の少女が膝を抱えて座っている。
「ねーその制服着てるってことは、卒業式だったの?」
「はい」
「そっかぁ。あ、同級生の人とか、軽い怪我した人はいるけど誰も死んでないからね! そこは私が頑張ったから!」
「ありがとうございます」
男と茜に向かって放たれた銃弾を防いだのは彼女の能力のようだった。
「あ、こっち来るよ」
話し合いを終えた男達が、茜の方へと向かってきていた。
「悪いな、待たせて」
「いえ、大丈夫です……それで」
「ああ、実はな」
「詳しくは私から」
男の言葉を遮るように前に出たのは、すらりとした佇まいの眼鏡の男だった。
「初めまして、私は調査機関レベル1『レッド』の副リーダーをしております、アルノルドと申します」
「どうもご丁寧に」
立ち上がろうとした茜を制止、アルノルドは彼女の前にはしゃがんだ。
調査機関とは国の認定を受けた能力者の保護、育成、調査を行う団体の事である。レベル3からレベル1まであり、それぞれ行われる調査内容が変わってくる。
レベル1は、能力者が起こした事件の調査を主な仕事となる。レベルが上がると研究が主な仕事となる。
「今回の事ですが、とある組織による能力者の拉致を阻止することが我々の目的でした」
「あ、『セイギノウツワ』がどうのって、あのロボットが……」
「そうです。『正義の器』は最近現れた能力者の呼び名です。犯罪を犯す能力者を私的に捕まえていた人物なのですが、その人物がどうやらあなたの同級生にいたようで」
アルノルドがタブレットを差し出した。そこには一人の少年の写真が写し出されていた。
「あ、坪田くんだ」
「彼が『正義の器』です」
坪田俊範。 茜のクラスメイトで大人しい優等生だった。
「彼の能力は不明です。ですが、あちらは何かしらの方法で彼が『正義の器』である確証を得たようで」
「捕まっちゃったんですか?」
「はい、残念ながら」
茜は坪田俊範の事を思い返す。いつも静かに微笑んでいる印象しかなかった。彼が犯罪者を捕まえていたと言われても想像できなかった。
「あちらの組織は能力者を集めています。能力者こそ世界を動かす、支配するに相応しい存在だと考え、一般の人達を従わせるために活動しています。そして、組織の能力者達は犯罪も犯している」
「じゃあ、坪田くんに仲間が捕まった報復に?」
「いえ、おそらくは彼の能力が欲しかったのでしょう」
「でも坪田くんは犯罪に加担したりは……」
「……いるのです。あちらの能力者に、人を操ることができる者が」
坪田俊範の意思に関係なく、犯罪に加担させることができるのだ。
「他にも能力者はいたと思いますが、今回は目的の彼のみを浚って満足したようです」
『レッド』の妨害がなければ、もっと何人も浚われていたかもしれない。
「ここまでは事情説明です。ここからあなた自身の話です」
「は、はい」
「先ほど蒼矢……あなたを連れてきたこの男から聞きました。確認させて頂きますが、あなたも能力者ですね?」
楓は男、蒼矢に視線を向ける。
「悪いな」
「さすがにバレますよね?」
「……まぁな」
少しバツが悪そうに顔を逸らす蒼矢。
「おそらくあなたが能力者であることは、あちら側にも知られたかと……ですので」
そこで言葉を切ったアルノルドはニコリと笑みを浮かべた。
「責任を持って我々が保護させていただきます」
「……あの、期待されているかもしれませんが、私の能力は私自身に関係する危険しか察知できないので、あまり役には立ちませんよ?」
笑顔のまま数秒停止したアルノルドは、しかし表情を崩さなかった。
「能力者の保護も仕事ですので」
「なら、いいですけど」
「ありがとうございます! では、さっそく事務所に戻って契約を……」
「待て待て待て! 先走るな!」
今にも茜を連れていきそうなアルノルドを制し、蒼矢は自らが前に出た。
「お前もそんな簡単に受け入れるなよ」
「いや、なんていうか……」
「まず、どんな組織なのか聞いて、その後に家族とかに許可とってだな」
「あ、家族に許可は……いらないです、一人暮らしですし」
「あ? ……そうか」
気まずそうに頭を掻いた蒼矢は、アルノルドへと会話の矛先を向けた。
「お前もちゃんと説明しろよ。能力者を確保したいのは分かるけどよ」
「仕方ないだろう? 人手不足は深刻なんだよ」
「だからってな……」
言い争う二人を見つめる茜に、少女が近寄る。
「うち弱小だから能力者が足らないの。あ、私のことはりりぃって呼んでね?」
「そうなんですね。私は茜です、りりぃ先輩」
「先輩……! 私に後輩ができたー!」
喜ぶりりぃは茜の手を握って勢い良く振った。
「よろしくね、茜ちゃん!」
「よろしくお願いします」
「おい、そこ! 勝手に話進めんな!」
話し合いが終わったらしい蒼矢とアルノルドが、再び茜の前に立つ。
「事務所で詳しい説明してから、問題がなければ契約だ」
「ちゃんと説明するつもりでしたけどね」
「契約後に、だろ?」
見透かされたのが気に食わなかったのか、アルノルドが顔を逸らす。
「じゃあ、事務所に帰ろう!」
「ここはもう他のスタッフ達で大丈夫ですから、私達も一緒に帰ります」
りりぃに腕を引かれ歩く茜の後ろを蒼矢とアルノルドがついていく。
「今のところ俺達に危険はないって判断されたってことか」
蒼矢の言葉に振り返った茜は小さく笑った。
「はい。そこは断言しますよ」
「……充分怪しいと思うけどな」
「それはお前がチンピラみたいな服装だからだろ?」
誤字脱字あったら申し訳ありません