第三話 食料確保1
魔法は万能だ。才能と魔力があれば、魔法を使用出来る。炎を出すことも、傷を癒す事も、人を生き返らせる事も。
だが、全能では無い。この世界で起きた事象や存在する毒素を取り除く方法を先人達が編み出した複雑で難解な魔法で起こしているだけだ。
この世界には無い、存在が無かったモノをどうにかするには幾年もの時間が必要になる。
学園の屋上から見える景色は、視界共有で見たモノと何も変わらなかった。
その景色を見た俺を除く生徒達7人は落胆、絶望、恐怖の表情ばかり。
まさか、少し前まで平和だった場所がこうも豹変するとか誰も思わないだろう。
「これからどうする、クリスト。」
そう聞いてきたのは、俺とジュリアの同級生レオ·スコール·ケイネス。
代々『魔法使い』を輩出してきた名門貴族の出身。
だが、それに鼻に掛ける事無く、平民出身の俺達にも普通に接してくれる中身も見た目も才能もイケメンな才子佳人。…滅べ。
たまたま屋上で攻撃魔法の復習をしていた為、この危機を回避する事が出来たとの事。
「屋上から助けを呼んでも、この下じゃ…。」
地上はゾンビだらけで、そこらに彷徨いている。
街の様子から他にも救助を求めている人達がいるから、騎士団の救助は難しいだろうな。
「お前はアレについて、何か知っているか?転生者くん?」
「レオ、何か冷静だな。」
「『魔法使いたるもの、何時でも冷静であれ』。家の家訓で、『魔法使い』の基本だ。で、何か情報はあるかい?」
「俺が知っているのであれば。」
俺がゾンビについて知っている限りの情報を伝える。身体能力が高く近接戦闘は控える事、ヤツは死体かもしれないから殺すには胴体よりも頭を狙う事。
「あとは、ヤツらを調べないと分からない。」
「そんなものが、お前の前世にも…スゴい世紀末な世界で生きたんだな。」
「いや、映画とかゲームの存在だから。あー、今は本当に存在しているけど!」
安全柵に凭れ周囲を見れば、ジュリアと共に屋上へ向かうよう大声を出す黒髪の男生徒と赤髪の女生徒、緑髪の女生徒を慰める金髪の男生徒に、スマホのような機械を必死に操作している眼鏡の男生徒…。
…知らない人ばかりだ。
表情の暗いジュリアがこちらに戻ってきた。あのゾンビの数を冷静さを欠かずに潜り抜けたら奇跡だよ…何て、今の彼女の前では聴かせたくない。
「一応、声を掛けたけど…。クリスト、お父さん大丈夫かな…。」
「大丈夫だよ、マリスさんは騎士団にいたんだから。」
とはいえ、マリスさん今はどこにいるんだろう…大丈夫かな。眷属で学園内を探索すれば…いた!
「第2校舎、2階にいる!他の生徒達もいるようだ。」
「良かった…。」
ジュリアが安心してくれて何よりだ。でも、このままずっとという訳には…。
空を飛ぶにも、俺はまだ飛行魔法の感覚が得られてない。感覚さえ得られれば後は簡単なんだが。
そういや遠くから爆発音がたまに聞こえるが、もう人の悲鳴や探す声は聞こえない。
こんな短時間で世界は変わってしまうのか。眷属作成魔法を解除して立ち上がる。
「…ちょっと、食堂まで行ってくる。」
「え?危ないよ、このまま騎士団が来るまで待とうよ!」
「騎士団が来るまで何十時間も掛かるかもしれない。…暫く生きていられるよう食料を取ってくる。」
「俺も行こう。ここは人が多いから何往復するよりも何人か連れて行って一回で戻れる方がいいだろう。まず、全員の能力を知りたい。それから、奴らについての情報も共有しよう。」
レオは全員に俺から教わったゾンビについての情報をつたえてから、取得している魔法を聞き出した。主に攻撃魔法、防衛魔法、回復魔法が使えるかだ。
そうして攻撃魔法、防衛魔法を取得済みの俺、レオ含む攻撃魔法が使える黒髪の男生徒と、防衛魔法が使える赤髪の女生徒、そして回復魔法が使えるジュリアの5人で食料を調達する事となった。
食堂は、第1校舎と第2校舎に挟まれた丸い施設。ここは2つの校舎を行き来する通路の役割があるから、普通なら開いているはず。
「よし。奴らは音に反応するかも知れない、無音魔法を使って食堂まで行こう。」
俺は少し離れてポケットから錠剤の入ったピルケースを取り出し、1粒飲む。
「何だい、それ。」
「ん…ぶふ!見た!?」
危うく噴き出す所だった。心臓がバクバクと早打ちしていたが、徐々に落ち着いてきたようだ。
魔法を使うには落ち着いた精神状態でいなければならない。
興奮状態で魔法を発動させると魔力が体内へ逆流し、暴発してしまう可能性が高く、その暴発により死亡してしまう人もいる。
5年程前に発売された精神安定薬『ロータス』を使えばどんな状況でも落ち着いた状態でいられる為、若い魔法使い候補達に人気のある薬だ。
だが、昔から魔法を使う人からは忌避するようだ。
特に貴族階級の人間は使う人含めて軽蔑するようだが…レオにだけは見られたくなかった。
「あぁ、ロータス。初めて見たよ、うちは使わせてくれないからな。」
「やっぱ、敬遠するか?」
「いや、全く。むしろこういう物は使った方が、これからの魔法の為にもいいしな。」
意外だった。表情も嘘ついている感じじゃない。ちょっと、良かったと思う。
「使う?」
「いや、いい。」
扉の先が何もいない事を確認し、校舎内へ入る。鉄独特の生臭い臭いとゾンビのうめき声、不規則な足音。
ジュリアもレオも、顔を強張らせている。俺達は下を確認しながら階段を降りていく。