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敵か味方か

「それにしても、こんな状況でよくもまあイチャイチャしてられるな?」

「い、イチャイチャって……」


 きっと一部始終全てを見られていたのだろう。恥ずかしすぎて死ねる。というか、本当に死ぬ寸前だけれど。


「あなたは?」


 エレン王子が男にそう問いながらも、私を背に隠してくれた。


 そんな姿を見てしまったら、キュン死にしそうになる。もはやこの状況、命がいくつあっても足りないかも。

 

「そんな女に興味はねえよ。とりあえず説明は後だ。死にたくなければ黙って付いて来い」


 敵か味方か分からない。分かっていることはセレスティア様のお屋敷で会ったあの男だということだけ。


 あの小説の暗殺者かどうかも判然としていない。


 だって暗殺者には一眼でわかる重要な特徴があったから。


 あの小説の中の暗殺者は隻眼だ。不慮の事故で見えなくなったその眼に魔法石のようなものを埋め込んでいた。


 ちなみに魔法石は小さな宝石のような石で、それに込められた魔法を使えるようになるという、とても素晴らしいアイテムだ。その分希少価値も高いのだけれど。


 暗殺者の眼に埋め込まれたものは視力としての役割を果たすことはなかった。けれど、それに込められた魔法を使うことができるようになっていた。


 だからと言って、この男が隻眼ではないから暗殺者ではない、とは言い切れない。


 だって、暗殺者が出てくるのは物語の終盤。すなわち、不慮の事故がまだ起きていない可能性は十分にあるのだから。


 現時点で明白なのは、この男に付いて行くこと以外、私たちが助かる道はないということ。


 だからこの男について行く。いざとなったら魅了の魔法を使えばいいだけだから。


 だって私のポケットの中には魔力増幅薬の残りが入った小瓶があるのだから。


「あ、先に言っとくけど、俺にも魅了の魔法は効かないからな」

「えっ!?」

「お前、いざとなったら俺に魅了の魔法を使うつもりだろう?」

「まさか、そんなこと、するわけ……」

「無駄だからやめておけ。せっかくティアが手に入れてくれた魔力増幅薬なんだから、もっと有効活用させろよ」


 完璧にバレている。図星を刺された上に、ごもっともな意見を言われ、もはや何も言い返せない。


「ティア? ……もしかして、あなたは……」


 打ちひしがれる私をよそに、エレン王子があの男の正体を探ろうとしている。これはこれでまずい。


 婚約破棄宣言がなかったことになっているのかもしれないのに、今度はセレスティア様を巡る新しい争いの火花が散ろうとしているではないか。


「エレン王子、心配しないでください。ティアはセレスティア様のことですけど、この人は恋人とかではなくて、セレスティア様のお屋敷の人です。きっと護衛の方ですから!! そうですよね!?」


 正直に言ってしまうと、エレン王子を安心させるために、セレスティア様の護衛かどうか、と質問したのではない。


 セレスティア様の護衛の人=暗殺者ではない、との言質が欲しかった。もちろん私の精神衛生上の理由で。


 けれど、返ってきた言葉はある意味予想通りの言葉だった。


「さあな」


 この男が私の質問に素直に頷くわけがなかった。悔しすぎる!! 


「俺はティアとの約束さえ守れるなら他はどうでもいい。けれど、ティアが傷付くのは嫌だ。そのためにはお前たちに無事でいてもらわなきゃ困るだけだ」

「セレスティア様との約束?」


 それはそれで気になる。あの小説には書かれていなかったセレスティア様に関するエピソード。ぜひとも聞きたい。


 それなのに、やっぱり私の質問に答えることなく男は歩き始めた。分かってはいたけれど、やっぱり悔しすぎる!!


 男が向かった先は閉ざされた階段、ではなく、出入口とは反対方向の奥の部屋、衣装部屋だった。


「どうして奥に向かうの? 逃げるんだよね?」


 衣装部屋の中には女性物の服や子供服が並んでいるのが目に入った。そして最奥には大きな鏡まである。


 そもそもこの幽閉塔、部屋の至る所にセンスの良い調度品があったり、温かみのある内装だったりで、悪いことをして反省するための部屋っぽくない。


 最先端を行く生活用品が完備されていて、むしろここで暮らせたら絶対に快適だと断言できる。


 この大きな鏡だって余裕で全身が映り、お貴族様たちが衣装合わせするのにちょうど良い感じだ。


……と思っていたら、その大きな鏡に男が触れると突然鏡は動き出し、それは目の前に現れた。


「何これ!? もしかして、隠し通路? あ、でも何か違う?」


 鏡の向こう側には小さな小部屋。隠し通路かと思ったら、隠し部屋だった。そこで大きな疑問が生じる。


「……私たち、逃げるんだよね?」


 確かに、敵に奇襲をかけられた時にこの隠し部屋に逃げ込んで、助けが来るまで待てば命が助かるかもしれない。


 けれど、今回はこの幽閉塔自体が崩れ落ちる予定だ。全く意味がない。


「入れ」

「いや、逃げるんでしょ? この幽閉塔が崩れ落ちるんだから、この部屋に隠れても意味ないし!!」

「幽閉塔? 意味分かんねぇし。お前はいちいち煩せぇな。黙って入れ!!」

「なっ!?」

「リリー嬢、この方の言う通りこの中に入れば大丈夫だよ。行こう」

「エレン王子までそんな……もう、エレン王子がそう言うなら、はい……」


 エレン王子にそう言われたら従うしかない。大人しくその小部屋に入った。


「絶対に騒ぐなよ。お前のために一番早いのを選んでやったから」

「は? 騒がないし!! てか、早いって何が!? あなたの方が意味分かんないし!!」


 男がニヤリと笑った。嫌な予感しかしない。それをエレン王子も感じ取ったのか、明らかに顔を引き攣らせた。


「リリー嬢、ごめんね、少しだけ我慢して」

「え? えぇっ!?」


 ごめんね、と言う言葉と共に、エレン王子は私を横向きに抱き上げてくれる。我慢も何も、こんなご褒美いいの!? 


「きちんと僕に掴まっていてね」


 その言葉にこくりと頷いて、そっとエレン王子の首に手を回す。


 むしろ良いんですか!? 遠慮しませんよ!! そう思ったのも一瞬で、嫌な予感は的中することとなる。


「ッ!? きゃぁぁぁぁっっっ!!!!」


 一気にその部屋は急降下。今まで経験したことのない重力と浮遊感が私を襲う。


 例えて言うなら、前世で言うところのエレベーターのフリーフォール版だ。


 私、死んだ。





「リリー嬢、もう大丈夫だよ」


 耳元で優しく囁かれたその声に、私はぎゅっと瞑っていた目を開ける。すると目の前ではエレン王子が優しく微笑んでいて。その距離は思いの外至近距離で。


 そっと回していたはずの私の腕は、ぎゅっとエレン王子を抱きしめていて。それに気付いてしまった瞬間、反射的にその腕を緩めてしまった。


「ご、ごめんなさいっ」

「怖かったでしょ? もう大丈夫だよ。……でも、残念だな」

「え?」

「怖がるリリー嬢も可愛かったから」

「えぇっ!?」

「本当に煩え女だな。ほら、さっさとしろ、置いていくぞ」


 せっかく良い雰囲気だったのに、やっぱりあの男のせいで台無しだ。 


 キッと男の方を睨むと、目の前ーー男の進行方向には暗くてよく見えないけれど、果てしなく真っ直ぐに道が広がっているようだった。


「ここって、地下通路?」

「うん」


 ……懐かしい、微かに漏れたその言葉にぴくりと男が反応したように見えた。


「エレン王子が知っている地下通路ですか? ってことは、ここは王家に伝わる隠し通路ですか!」

「……伝わってはいないけれど、それ以上に秘密の通路かも」


 エレン王子はちらりと男の方へ目を見やった。今度は無反応だったけれど。


 それよりも、王家に伝わる隠し通路以上に秘密の通路。それって一般人が聞いてはダメなやつではないのだろうかと不安になる。


 暗殺者が使う秘密の通路で、知ってしまったら殺される的な。


「早く来い。置いてくぞ」


 もちろん私たちには、この秘密の通路を通る以外選択肢はない。そこでハッと思い出す。


「え、エレン王子、下ろしてください。もう大丈夫ですからっ」

「このままで良いよ、怖かったでしょ?」

「怖かったけれど、でも、……恥ずかしいし、重いから下ろしてください!!」


 だって、絶対にこの数日で私は太ったはずだ。セレスティア様のお家ではご馳走を頂いて、極め付けは施設長からの美味しいお菓子の貢ぎ物。


「……そう? そんなことないけど?」

「そんなこと大ありです!! 早く下ろしてください!!」


 ゆっくりと地面に下ろしてもらうと、恥ずかしさを誤魔化すように先を行く男の後を追った。


 すると、すぐに大きく崩れ落ちる音が聞こえてきた。ーー幽閉塔が崩壊した。


 私たちが歩いてきた場所を振り返ると、そこは瓦礫の山になっている。もう少し遅かったら、そう考えてしまったら途端に震えが襲ってきて止まらなくなった。


 けれど、すぐ隣にはエレン王子がいて私のことを優しく支えてくれている。


 一番救いたかった命が救えたのだから、もうあの小説のことなんて気にしなくてもいいのかもしれない。きっとこの先、新しい幸せな未来が待っているのかもしればい。

 

……と、思ったはいいものの、少し歩いただけで今度は壁に突き当たってしまった。


「行き止まり? 嘘……今度こそざまぁ?」


 出口のない地下通路に閉じ込められるという生き地獄。私の幸せな未来はあまりにも短すぎじゃない!?


 絶望する私を全く気にする様子もなく、あの男はその壁に手を翳す。すると、幽閉塔の鏡と同じようにゆっくりと壁が動きだした。


 何度見ても不思議な光景。前世で言うところの指紋認証の自動ドアのようだ。


 でも、不思議でも何でもない。ガルシア国では魔法が使える人が少なくなったその代わりに、近年急激に様々な産業が発展しているのだから。


 水の生成自体は水の魔法石を頼ってはいるけれど、生活排水のための下水道は通っているし電気も復旧しつつある。


 だから私も、今まで魔法が使えなくても不便なく過ごせていた。もちろん辺境の田舎という点は置いといて。


 とは言っても、目の前のこの光景は圧倒的に最先端の技術だと思う。エレン王子もその技術に驚いたのか、男の行動の全てをじっと見つめていた。


 そんなエレン王子を男は呼び寄せる。


「おいっ、こっちへ来い」

「は、はいっ」


 すると、何やらこそこそと話し始め何かをいじっていた。もちろん私のことは仲間外れだ。別にいいもん。


 そして一通り話し終えたようで、男は再び歩き始めた。


 辺りは真っ暗で何も見えなくて、唯一男の持つ光だけが私たちの進むべき道を照らしてくれる。


 そして、どれくらい歩いたか分からないけれど、目の前に階段が現れた。


「さっさと行け」

「えっ? 行けって言われても……」

「この階段を上がればお前らの知ってる場所だ。俺はここまでだ。あそこにはもう近付かないって約束だから」

「僕もあそこには行けない……」

「大丈夫だ。お前のことはティアがどうにかしてくれているはずだ。最後の壁は説明した通りにやればできるから。あ、今回()俺のことは絶対に誰にも言うなよ」

「でも、僕はあ……」


 エレン王子が男に何かを言おうとするも、男は首を振ってそれを言わせない。けれど男の顔は微かに笑っているように見えた。そして、私たちに背を向ける。


「ありがとうございました!!」


 もちろん男は振り向きもしない。けれどひらひらと手を振って、来た道を戻って行った。




 階段を上がるとそこは行き止まりで。試しに私がその壁に手を翳してみる。もちろん微動だにしない。


「どうしてなのかな?」

「設定した魔力に反応するんだって」

「おぉ!! さすが隠し通路って感じですね!」


 やっぱり最先端の技術だ。素直にエレン王子と交代をして、エレン王子が手を翳す。


 壁が動き出し、眩いほどの光が一気に差し込む。


「眩しいっ」


 ようやく地上に出られた私たちの目の前には、この出入口を隠すように草木が生い茂っていた。


 その草木を掻き分けて前に進んでみると、そこは天国のような庭園ーーターミナルの庭園だった。






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