セレスティアの運命
前世の私は、セレスティアが大好きだった。
挿絵に描かれた美しすぎる容姿を目にし一瞬にして心奪われた時のことを、今も鮮明に思い出せる。
物語の序盤で婚約破棄を突きつけられ、幽閉され、そして命を落としてしまう悪役令嬢のセレスティア。
物語の終盤では、そんなセレスティアの死を悲しみ復讐心を抱く男性も登場したりする。
残念ながらセレスティアの生い立ちやその男性との関係について、あの小説では言及されていなかった。
だから正直言ってめちゃくちゃ気になる。知ることができるのなら知りたい。
けれど、今の私がそれを知るためには命懸けの覚悟が必要だ。
だって、その男性にリリーは殺されるのだから。その男性が暗殺者としてリリーとエレン王子にざまぁを下すのだ。
殺されるなんて絶対に嫌だ。
だから今世も、セレスティアとその男性とのことなんて知ることができないと思う。
残念だけど仕方がない。殺されるよりはいい。
……などと、一人で考え込んでしまい、ふと我に返ると目の前にいる現実のセレスティア様はとても難しい顔をされていた。
やばいっ、セレスティア様のお怒りを買ってしまったか!?
「あの、セレスティア様、ごめんなさい」
「あら? どうして謝るのですか?」
「えっ? ……えっと、死んでしまうと言われて、嬉しいと思う人なんているはずがないから?」
とりあえず謝ってはみたけれど、セレスティア様の反応はやはり悪役令嬢とはほど遠い反応で、私の方が拍子抜けしてしまう。
「ふふ、それもそうね。でも、リリー様は私が死ぬことのないように助けてくれようとしたのでしょう? ありがとう」
「ええっ!? そんなお礼を言われるなんて!! そもそもの元凶は私ですし。私があることないこと、いや、ないことないことをエレン王子に盛って話したのが原因ですから」
本当に最低だと自分でも思う。
でも、あの時はそれしか方法がないと思っていたし、一度始めてしまったら後戻りなんてできなかった。
「ふふ、その“ないことないこと”もゆっくりと聞かせてもらおうかしら? でも、まずは前世の記憶について、私に話せることを話していただいても構わないかしら? もちろん無理強いはしないし、言わなくても生きてお家に帰してあげるから安心して」
「も、もちろんお話します!! それに、そう言われると、逆に生きて帰れない気がするんですけど? 私は絶対に死にたくないです!! ざまぁなんてしないでください!!」
「ふふ、冗談よ」
全く笑えない。私の真上から突き刺さる視線は今も私に敵意を剥き出しだ。
だから、さっさと話せることは話そうと覚悟を決めた。今の私は自分の命を守ることでいっぱいいっぱいだし、それに、
「セレスティア様に償いたいって気持ちは重々ありますし、正直言ってしまうと、私一人ではこの記憶は荷が重すぎるんで、セレスティア様を巻き込ませてください!」
あの小説は登場人物がもれなく不幸になる物語。その運命を私が一身に背負うなんて無理。お金と権力のある人を巻き込むのが一番だと思う。
「セレスティア様が私を庇ってくれるなら、私がざまぁされる確率がガクンと減るはずですから!」
だってここはボールドウィン侯爵家。セレスティア様のご機嫌を損ねなければ、命だけは助かるはずだ。
現段階、意外にもセレスティア様の私に対する反応は上々だ。長い物には巻かれろ。こんな名案を思いついた私ってばやっぱり天才かもしれない。
「あら? 庇うなんて一言も言ってないわよ? 内容によっては、今すぐに、ざまぁ? するかもしれないわよ?」
「えぇっ!? 嘘っ!? ダメ! 絶対にダメです!!」
前言撤回。やっぱり私は天才ではないらしい。
「ふふ、リリー様はとても素直で面白いわね。そんなところにエレン王子もお惹かれになられたのかしら?」
「それは……」
絶対に違うと思う。けれど、はっきりとは否定できなくて、思わず話を逸らしてしまった。
「と、とりあえず、前世のお話をします!! 単刀直入に言いますと、私はヒドインなんです」
「ヒドイン?」
「はい! ヒロインはヒロインでも、ヒドインというのは、鬼畜外道なヒロインや、見た目は可愛いけれど遠慮なく酷い行動をするヒロインを指す言葉なんです!」
「ふふ、確かにあの行動ではそうかもしれないわね」
「うぐっ」
ぐうの音も出ない。自分でも理解しているけれど、人に言われると心臓が抉られる思いだ。
「反省してますから許してください。でも、セレスティア様はどこまで気付いているんですか?」
「……何のことかしら?」
わざとらしいくらい美しく微笑むセレスティア様を見て、絶対に教えてはくれないだろうと感じ取った私は、それ以上追求する気にはなれなかった。
「そう、ですか。それなら前世の話を続けますね。前世の私は心臓の病気で身体の弱い女の子でした。学校も休みがちで、本ばかり読んで過ごしていて、前世で読んだ小説のひとつが、現在の私たちのいるこの世界と同じなんです」
「小説?」
「はい、小説です。どうして気付いたのかと言うと、超絶可愛い私の存在です!!」
「……」
「じょ、冗談ですよ!! いやだな、セレスティア様ったら!」
滑った。明らかに場が凍った。ぶっちゃけ本気で言ったのに、セレスティア様には通じなかった。
地味にショックだ。小説の中のリリーはめちゃくちゃ可愛いし、現実の私も超絶可愛いのに。
「えっと、まず登場人物が全く同じです。名前も同じですし、容姿も挿絵と同じです」
「それは全員かしら?」
「私の覚えている限り全員です。私自身もそうですし、セレスティア様もエレン王子もです」
「そう、それなら偶然とは言い難いわね」
挿絵のある登場人物はあまりいなかったけれど、私、セレスティア様、エレン王子の三人が名前も容姿も全く同じ確率なんてほぼないに等しいだろう。
「次に私の境遇です。貧乏な平民の娘で、ある時癒しの魔法が国の偉いお方に認められる。そのおかげで、特待生として学園に通い始める。入学したら、エレン王子に猛アプローチ。それもありとあらゆる手を使って」
「ふふ、まさにその通りね」
「その節は大変申し訳ありませんでした。謝っても謝りきれません」
「そんなに気にしなくても平気よ。私にとっては些細なことだから」
あれだけのことをしたのに些細なことと言ってしまうセレスティア様が男前すぎる。
「姐さん、一生ついていきます!!」
「それは嫌だわ」
「……ですよね。じゃあ、次は簡単な小説のあらすじでもお話ししますね」
癒しの魔法が使えることが認められたリリーは、特待生として学園に入学する。
そして猛アプローチの末、エレン王子のお心を射止める。そこで邪魔になるのは、エレン王子の婚約者であるセレスティアだった。
そこで、エレン王子にないことないこと吹き込んだ上、パーティーでの婚約破棄を企てる。
そして、婚約破棄を素直に受け入れたセレスティアは、リリーをいじめた罪で幽閉されてしまう。
明らかに納得がいかなくても素直に幽閉を受け入れたのは、その罪を無実だと証明するため。
それなのに、事態は思わぬ方向に動き出してしまう。
セレスティアが幽閉されていた塔が崩れ落ちて、不運にもセレスティアは命を落としてしまうのだ。
一方、卒業後にエレン王子と結婚したリリーは、王子妃としての役目を全うしない。
「どうして全うなさらないの?」
「えっ? むしろ王子妃の素質なんてあると思います? 王子妃なんて務まるわけないですよね?」
セレスティア様の質問に驚いて、思わず質問で返してしまった。
だって、私は自分が優秀な人間ではないことくらい自覚しているし、天才でもない。
貧乏な平民が故に、貴族の子供のように家庭教師などを付けて努力もしてきてない。学園の成績も地を這うようなものだった。
きっとあの小説のリリーも、私と同じようなスペックだと思う。残念すぎるけれど、ヒロインではなくヒドインだから仕方がない。
「そもそもどうしてエレン王子を射止めようとなさったの?」
「もちろん国で一番のお金持ちで、超絶美形だからです!! はっきり言って、私の好みどストライクのお顔なんです!! でも、リリーのせいでエレン王子まで“ざまぁ”されてしまうんです。そして、その後に王位に就くのは……」
そこで、ふと疑問が浮かぶ。
「あの、セレスティア様。この国にエレン王子以外の王子様っているんですか?」
あの小説には、エレン王子の他に王位継承権を持つもう一人の王子という存在がいたはずなのに、どうしてか現実のこの国で聞いたことも見かけたこともなかった。