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ヒドインに転生した私

「本当に、申し訳ありませんでした!!」


 私は今、床に額をつけて平伏している。土下座だ。土下座するヒドイン、負け犬感半端ない。


 けれど、私が今までしてきたことを考えたら致し方のないこと。むしろこれで許されると思っている方がおかしい。


「リリー様、お願いですからお顔をあげてください」

「無理です。できません!!」


と口では言いつつも、優しいお言葉をくれるセレスティア様のご尊顔を拝見したい衝動に駆られる。


 でも、やっぱりだめだ。ここで顔を上げてはならない。どんなに謝っても謝りきれないほどの罪を、私は犯してきたのだから。


「でも、これでは私がとても悪者な気分になってしまいますわ」

「とんでもないっ! まあ、確かにセレスティア様は悪役令嬢ですが、……って、ヒィッ!!」


 否定するためとはいえ、うっかり「セレスティア様は悪役令嬢だ」と言ってしまったものだから、私を殺らんとばかりの視線が突き刺さる。四方八方至る所から。


 ここは敵地だ。まるで生きた心地がしない。


 とりあえず逃げるしかないと思って逃げたはいいけれど、やっちまった感が否めない。見事、敵の手中に飛び込んでしまったらしい。


 物語を一気にすっ飛ばして、今からざまぁされてもおかしくないこの状況に、震えながらもう一度平伏すだけで精一杯だった。


 先ほどまで私たちが参加していたのは、学園の教育の一環として定期的に開かれるパーティーだった。


 私がセレスティア様を連れ去って、そのパーティー会場から逃げ切った後、セレスティア様の住むお屋敷、ボールドウィン侯爵邸に向かい、応接間に通されたところだ。


 そして、ドレスから着替えを終えたセレスティア様が応接間に入ってきた瞬間に、私は華麗なスライディング土下座をしたのである。


 もちろん私は着替えていないから、レースをふんだんにあしらったとても可愛らしいドレス姿で。かなりシュールな光景だと思う。


 唯一の救いは、床がピッカピカで滑りが良くて、金メダル級の土下座を披露できたこと。もちろんドレスに傷や汚れひとつ付けないように細心の注意を払いつつだ。


 この応接間にはセレスティア様の侍女様、ボールドウィン侯爵家の執事様、包丁を持った料理人さん、その他にもたくさんの使用人さんたちが一堂に見えて、私の一挙手一投足に目を光らせていた。


 錚々たる観客を前に内心ドヤっと思ったけれど、どうしてか誰一人として笑ってはくれなかった。


 極め付けは私の真上、天井裏から突き刺さる姿の見えない視線。それが一番怖い。その存在に気付いてないふりをするだけで精いっぱいだ。


「はっ! こうなったら奥の手を……」

「リリー様、奥の手を使ったとしても私には効かないわよ?」

「えっ、どうして!? ……って、あれ? もしかして私、心の声を口に出してました!?」

「ええ、思いっきり聞こえてきたわ。むしろ余計なことはしないでくれると助かるのだけれど。じゃないと、ねえ……」


 間違いなく殺られる。きっとほんの少しでもセレスティア様に何かをしてしまったら、絶対に逃げられないだろう。


 それもそのはず、セレスティア様側の方々にとって、私という存在は巨悪の根源でしかないのだから。


 事実、今までの私の行動は酷かった。


 婚約破棄宣言の時にエレン王子が仰っていたセレスティア様の悪行の数々。はっきり言って事実無根の話だ。


 だって、全て私が盛りに盛って話し婉曲しまくったほぼ自作自演なのだから。


 そもそも貧乏で平民の私が、いくら学園のパーティーだからと言って、エレン王子の横にぴたりと寄り添っていられること自体がおかしい。


 けれど、そのおかしい関係を築けるに至ったのには理由がある。


 私には()()癒しの魔法が使える。怪我はもちろん病気さえも治す事のできるとても貴重な魔法だ。


 しかも、癒しの魔法は国で保護されてもおかしくないほど、強いて言えば、他国が欲しがるほど、とても珍しい魔法だ。


 だからこそ、貧乏な平民の娘でありながら、特待生という立場で学園に通うことが許された。


 貴族やお金持ちの子息令嬢がたくさん在籍する学園に通えることになった私が目論んだことは、もちろん玉の輿だ。誰でも一度は思い描く可愛らしい野望だと思う。


 けれど、あろうことか私が狙いを定めたのは、婚約者がすでに決まっているエレン王子だったのだから、身の程知らずも甚だしい。


 その時の私はそんなことはお構いなしに、周囲の人目も憚らず、公衆の面前でエレン王子に猛アプローチ。触れて、触れて、触れまくる。


 そしたら、あれよあれよと言う間に作戦は大成功。今ではエレン王子の方から私に愛を囁いてくれるほどの関係を作り上げた。


 エレン王子は優しい人で、癒しの力をとても大切に思ってくれて、奥の手ーー姑息な戦法を使った私を拒むことはなかった。


 ……拒まない、というか、たぶん、そのことには気付いてないのだろうけれど。


 そんな私に対して、婚約者であるセレスティア様は、私をいじめ……なかった。


 セレスティア様のお友達と思われる方々、いわゆる取り巻きのようなご令嬢様方に囲まれることはあったけれど、それも最初の頃だけ。


 あの小説では悪役令嬢という設定のはずなのに、目の前にいる現実のセレスティア様は完璧なご令嬢様だ。むしろ正反対だと思えるほど、優しく接してくれている。


 それなのに、何も言われないことを好機だと思った私は、姑息な戦法を使って使って使いまくって、ないことないこと盛って話してエレン王子に泣きついた。


 そしてとうとうあの状況を作り上げたのだから、あの小説の通り、私はヒドインと呼ばれるにふさわしい存在だと思う。


 そう考えると、土下座だけではやはり足りなかったと、今さらながら反省してしまう。


「それで、リリー様の身に何が起きたのでしょうか?」


 私が震え怯えるものだから、セレスティア様は使用人さんたちを応接間から退出させてくれた。


 そして今、ソファーに向かい合わせに座って、セレスティア様が私に本題を切り出したところだ。


 深呼吸して、私はゆっくりと口を開き始める。


「驚かないで聞いてください。信じられないと思いますが、あの時、婚約破棄宣言のあの言葉を聞いた瞬間、私は前世の記憶を思い出したんです」

「……えぇ」


 信じてないな、と思った。明らかに苦笑いを浮かべ、私の頭を心配するような、不憫な子を見るような視線へと変わったのが分かったから。


 いや、分かるよ。突然前世の記憶だなんて言い出したら、病院送り間違いなし案件だもの。


 しかも、今までの行いがヒドインの私が言ったものだから、ざまぁ直行案件かもしれない。


 それを重々承知の上で、私は話を進める。


「信じろなんて無理は言いません。私だってありえないことだって分かっています。でも、もしもこの前世の記憶が間違いでなかった時、後悔したくなかったんです。取り返しのつかないことが起きてほしくなかったんです!!」

「取り返しのつかないこと?」


 こてりと首を傾げて私に尋ねるセレスティア様を見て、私の瞳から涙が溢れ出した。想像しただけでも辛い出来事だから口にするのも憚られた。


「言い難かったら、無理しなくても平気よ?」


 そんな私を心配してくれたのか、ハンカチを差し出しながらセレスティア様は優しく微笑んでくれる。その優しさを無下にしないためにも、私は拳をぎゅっと握りしめて確認する。


「私が今から何を言っても、お気を悪くなさらないでください」

「ええ、もちろんよ」


 優しく頷いてくれるその言葉を聞いて、ようやく私は決意を固め、重い口をゆっくりと開いた。


 私がセレスティア様をも巻き込んで逃げ出した理由のひとつ。絶対にこの運命は回避しなければならない。


 セレスティア様の優しさに触れてしまったから余計にそう思う。だって、


「セレスティア様が、死んでしまうんです」


 婚約破棄後に起こる取り返しのつかないこと。


 それは、小説の中のセレスティアが無実の罪で幽閉され、そして不慮の出来事で亡くなってしまうことだった。





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