とっておきの場所
施設長との話が終わった後、何となくエレン王子とセレスティア様の元に帰り辛かった私は、そのまま二人に会うことなく次の日を迎えた。
そして今、あの木の実を摘んでいる。袋いっぱい。でもバレないくらいの量を。
「リリー様!」
「!?」
早速バレてしまうのか!?
慌ててポケットに隠したけれど、ポケットに収まり切るわけがなく、ぼろぼろとこぼれ落ちていく。ああ、無念。
「コホンッ、改めて昨日はお疲れ様でした。無事で本当に良かったわ」
セレスティア様の足元まで転がっていく木の実たちの存在を見なかったことにしてくれたらしい。
本当はその足元に転がった木の実も拾いたい。けれど、ぐっと我慢した。
「心配をおかけして申し訳ありません。この通り全く怪我せずに帰って来ることができました!」
「そうみたいね。じゃあ私もリリー様との約束を果たしてもいいかしら?」
「約束?」
「そうよ、一緒に来てくださらない?」
「もちろんです!」
デートのお誘いだと喜んでついて行ったら、何かが違う。
人気のない場所を通り、壁をよじ登り、屋根を伝い、どう考えてもおかしい。何よりおかしいのは目の前のこの人。
「セレスティア様、あなたは本当にご令嬢様ですか!?」
「ふふ、もう少しよ。頑張って!」
田舎暮らしの私にとって屋根に登るくらい朝飯前だ。けれど、どう考えてもセレスティア様が屋根の上に登る姿は違和感しかない。
それでも難なく登ってしまうセレスティア様に、悪役令嬢が持つポテンシャルが高すぎると感心してしまう。
そうして連れてこられたのは、教会とターミナルを含め一番高い場所、鐘楼堂に連なる屋根の上ーーとっておきの場所だった。
「うわぁ!! 素敵な場所ですね!! とっておきの場所って言っていた理由がよくわかります」
「気に入ってくれて嬉しいわ。少しでも空に近付きたくて、ターミナルに来ては隙を見つけてここに来るのよ」
「セレスティア様も飛翔の魔法に憧れがあるんですか? 空を飛べるなんて本当に羨ましいですよね!」
「ええ、もしも空を飛ぶことができたなら間違いなく私は会いに行っているわ……」
空の彼方を見てセレスティア様は呟いた。その姿は愛しい人を思い出しているようで、消えてしまいそうなくらい儚げで。
空を見て会いに行くだなんて、大切な人が天国に行ってしまった的な状況としか思えなかった。
「セレスティア様、お気を確かに! 生きてさえいれば楽しいことはたくさんあるはずです! 美味しいものを食べたり、新しい恋をしたり……」
……って、セレスティア様は婚約を破棄されたばかりだ。しかも私のせいで。
明らかに口が滑った。散々あの男に煩いだの黙れだの言われていたことが鮮明に思い出される。
「ふふ、新しい恋ね。リリー様も?」
「もちろんですよ! 超絶イケメンと恋に落ちる予定ですから! 玉の輿に乗って、贅沢して、……ところでエレン王子の今後はどうなるんですか? あの約束、本当に大丈夫でしょうか?」
「心配しなくても大丈夫よ。エレン王子は施設長とお話しをされているわ。父を通して王家の方にもエレン王子の無事は伝えてあるし、もちろん神聖国側もあの約束をきちんと守ってくれるわ」
その言葉を聞き、ようやく心から安心できた気がした。
エレン王子を救出してすぐに、セレスティア様がボールドウィン侯爵を通して王家に連絡を入れてくれたらしい。
だって、エレン王子がいるはずの幽閉塔が崩れたものだから、もちろん王城では大騒ぎの大捜索。
幽閉塔が崩れた原因は不明らしいけれど、同時刻に大きな何かが空を飛んでいた、との目撃情報があったらしい。
もちろんこの世界には飛行機やヘリコプターなんて代物はない。飛んでいるのは鳥や魔物だけ。
ちなみにあの小説にも、幽閉塔が崩れた原因は書かれていなかった。
それでも結果的に誰一人怪我人が出ることなく、セレスティア様もエレン王子も無事だったのだから、もう終わったことだし、深いことは気にしないことにする。
「セレスティア様、いろいろとありがとうございました。でも、どうしてそんなに優しいんですか? 本当は女神様じゃないんですか?」
セレスティア様が悪役令嬢だなんて、やっぱりあり得ない。
だって、あんな公衆の面前で婚約を破棄されたにも関わらず、セレスティア様はずっとエレン王子に咎を与えないで欲しいと訴え続けてくれていたのだから。
「……私は悪役令嬢よ」
「セレスティア様、あの時の私の言葉、実は根に持ってるんですか?」
セレスティア様のお屋敷で口が滑ったあの言葉。やっぱり物理的に黙っていられるように、私の口を縫いつけるべきか。
結局セレスティア様には悪役の“あ”の字も当てはまらなかった。私は紛れもなくヒドインなのに。
それってズルくない? それに悪役令嬢だからこその良さもあるのに。推し変しようかな……
そんな正統派ご令嬢のセレスティア様は最後まで私の心配をしてくれる。
「だって、これからリリー様には辛い思いをさせてしまうんだもの。ざまぁ、でしたっけ? 本当に良いの?」
「はい、もちろんです。だって私はヒドインですから!」
もうここまできたらヤケだ。胸を張ってヒドインだと宣言した。
あの小説の役柄を全うした私には、きっと主演女優賞として、綺麗なドレスと美しい冠が手に入るに違いない。
けれど、そんな私にもひとつだけ心残りがある。それは……
「この手紙、リリー様のお父様から預かってきたわ」
「パパからですか?」
差し出されたのは一通の手紙。
私の心残り、それはパパに何の相談もせずに色々と勝手に決めてしまったこと。パパに会えなくなってしまうこと。
きっとパパも寂しがるに違いない。大切なたった一人の家族だから。
そう思いながらセレスティア様から渡されたその手紙を受け取って書かれた文字を追う。パパから手紙をもらうなんて初めてのことだ。
照れ臭くて、でも嬉しくて、そして涙が溢れ出した。
やっぱりパパは私のことを溺愛しすぎだ。そして何でもお見通しだ。
ーーどこに行こうとも姫のことは必ずお守りします。私がお側に付くまでの間に困った時は、アリシア様をお頼り下さい。
ーーそして、もしも頭に声が響いた時は、どうかその声の導かれるままに。
そんなことが書いてあったから、思わず笑ってしまった。
「どこぞの騎士かよ……」
今までは別に不思議に思わなかったけれど、前世の記憶を思い出した今、はっきりと思う。
パパは溺愛というか、少し変わっているのかも。それとも設定?
あの小説にはパパは出てこなかった。ということは、ただ単にパパの中だけの設定? それはちょっと嫌だな。
でも、こんなに変なパパだけど、いつだって私のことを守ってくれている気がする。だって、いつもパパの力を感じている気がするから。
「それにしてもアリシア様って誰だろう? セレスティア様は知ってますか?」
「アリシア様? 一番有名な方だとあの方ね」
国王陛下のお姉様よ、とセレスティア様は教えてくれた。きっと失踪中の王女様のことだろう。
「確実にその人ではないですね」
パパにそんなVIPな知り合いがいるはずがない。けれど、いくら考えてもアリシア様に該当する知り合いはいない。手紙の後半部分は意味不明だし。ま、そのうち分かるだろう。
「そうだ! セレスティア様、どうか私に教えて下さい!」
「何かしら?」
「セレスティア様に魔法が効かないのはどうしてですか? 前にも言ってましたよね? 『私には効かない』って」
はっきり言ってしまうと、セレスティア様にも魅了の魔法を試したことがあった。何度も何度も。けれど一度も効くことはなかったから。
「……」
「セレスティア様! 教えてくださいよ!!」
「分かったわ。教えてあげる。私も無力化の魔法石を持ってるのよ。神聖国では知らぬ間に魔法をかけてくる人がいるから、無力化の魔法石はとても大切な自衛手段なの。ターミナルに出入りするなら持ってなさいっていただいたのよ」
「なるほど、知らぬ間に魔法をかけてくるんですね。……って、神聖国ってめちゃくちゃ物騒じゃないですか!!」
「ふふ、リリー様がそれを言っちゃうの?」
「ですよね」
知らぬ間に魅了の魔法を使いまくっていた私が言える立場ではない。
「無力化の魔法石の力には限界があるわ。強大な魔法には敵わないし、寿命もある。けれど魔法を使えることを隠すために自分の魔力を無力化したりすることもできると最近知って、様々な使い方があるんだなって驚いたわ」
「えぇっ!! 私もびっくりです!! せっかくの魔力を無力化しちゃうなんてもったいない!!」
「……リリー様は自分ではやらなそうね。でも危険な魔法を持っているなんて知られたくないでしょう?」
危険な魔法、私の魅了の魔法もきっとそれに含まれるだろう。セレスティア様は私のことを見透かしているようだった。
「セレスティア様は私が魅了の魔法も使えることに気付いていたんですね?」
「ええ、分かる人には分かると思うわ」
確かに、今まで私のことを虐めていた人たちが突然180度態度が変わったら、周りの人たちは不思議に思うだろう。エレン王子に気付かれなかったのが奇跡だったのかもしれない。
「……魅了の魔法のことは隠しておいた方がいいですよね?」
「魅了の魔法については賛否両論の意見があるのは事実よ。それに神聖国では魅了の魔法は特別な魔法とされているわ。だから可能な限り公にしない方がいいかもしれないわね」
「じゃあ、どうすれば良いと思いますか?」
「リリー様は今まで通りで良いと思うわよ」
今まで通りで良い、そう言いながらセレスティア様はさらさら艶々のその長い髪を片手に束ね、もう一方の手で後頸をトントンと叩く。
真面目な話をしているから肩でも凝ったのかな? セレスティア様もおばちゃんね、と思ったのは一瞬で、ちらりと見えたうなじがセクシーすぎて、ドキッとしてしまう。
どうして私にそんなセクシーショットをくれるの!? 推し変しようとしていたのがバレた? 悪役令嬢じゃないセレスティア様も私の最推しですから安心してください!!
思考がぶっ飛んでしまいそうになったけれど、いけないいけない、話を戻さなくては。
今まで通りで良いということは「癒しの魔法しか使えない」ということにすればいいのだろう。
そもそも魔力増幅薬を飲まないと魔法自体が使えないのだから、無力化の魔法石がなくても私的には何ら問題はなさそうだ。
「ちなみに無力化の魔法石ってどうやって手に入れるんですか? 魔法石自体が手に入らないのは知ってますけど」
魔法石はとても高価なもので滅多に手に入らないという。魔法石がどこで取れるのかも知られていない。その存在自体が今も謎に包まれている。
「魔法石はとても珍しいのだけれど、それ以上に無力化の魔法を使える人の方がとても珍しいみたいなの」
「どうしてですか? 確かにガルシア国には魔法を使える人自体が少ないみたいですけど、神聖国にならたくさんいるんじゃないんですか?」
「……無力化の魔法が使える人は、神聖国ではタブー視されているのよ」
神聖国では過去に無力化の魔法を使える人を迫害したり、虐殺したりしたのだとか。酷すぎる。
「あら、もう私の時間は終わりのようね」
私の背後に目配せをしたセレスティア様は笑顔でその場を立ち去っていった。
後ろを振り向くと、そこにはエレン王子がいた。