大切なもの(2)
「で、どうだった? まさか告白!?」
「真人、声が大きい。違うって。単にお礼を言われたんだ。昨日先輩の落し物を届けたから」
「……本当か? 普通わざわざ中庭に呼び出したりするか?」
「さぁな。でも先輩はたまたまそうしただけでしょ」
説明するも、真人は納得してはくれなかった。
…
放課後。弓道場を後にして、校門を出る。
すると、そこには晴佳の姿があった。
優斗は黙ってその横を通り過ぎようとしたが、その前に晴佳に止められた。
「ちょっと待ちなさいよ!」
「離してくれ。何度言っても答えはノーだ!」
「女の子が頼んでるのよ! 女の子の頼み事も聞けないなんて、あんたそれでも男? 本当にアレ付いてんの!?」
そんな美少女にあるまじき罵声が跳ぶ。
「男が絶対に女の言うことを聞かないといけないってんなら、男は女の奴隷になってるだろうが!」
思いっきり腕を負って、晴佳の手を振り払う。
そのまま優斗は駆け出した。
…
「ただいま」
そう言ってリビングのドアを開けると、叔母さんが「お帰り」と料理テーブルにを並べながら言った。
そして、2階から勢い良く下りてくる足音。
「兄ちゃん! お帰り!」
飛びついてくる人影。
「おう、タクト。ただいま」
拓斗──優斗の唯一の肉親だった。
「ほら、今日はチョコボール買って来たぞ」
優斗は、鞄から『お土産』を取り出して拓斗に手渡す。
「ありがとう! 兄ちゃん」
それを聞いて、笑顔になる優斗。
「おう。で、小学校は何かあったか?」
「うん。ええっと、ね。足し算習ったんだ。お兄ちゃん、1足す5はなんだか分かる?」
「拓斗は分かるのか?」
「うん。1足す5は6!」
「はは。頭がいいな。拓斗は」
拓斗の頭を撫でる。すると、拓斗は報告を再開した。
「それとね。今日すごいものみたんだ」
「すごいもの?」
「うん。校舎の裏の森にね、赤い目をした狼が居たんだ!」
「……なんだって?」
叔母さんが「変なこと言うでしょ? 多分犬を見間違えたのね」と笑った。
「ホントだもん! 今日だけじゃなくて昨日も見たんだから! ユウキくんも見たって!」
「拓斗、本当か?」
「うん! 図鑑で見たのとそっくりだった」
赤い目をした狼……それってミラージュワールドの狼じゃないか。普通の狼は赤い目なんてしてない。それに日本ではもう絶滅してる。
ってことは拓斗が見たのはモンスターってことか?
…
夕食を手っ取り早く済ませ、叔母さんに『ランニングしてくる』とだけ言って外に出た。
ミラージュワールドにログインするときはいつもそう言って家を出ているので、叔母さんも「気を付けてね」としか言わなかった。
優斗は家から五分の距離にある学校に向けて走り出した。
すぐに、校門に辿り着く。
まだ校舎にはいくつかの明かりが残っているので、静かに、けれど素早く構内に入った。
弟が言っていた森、というのは校庭の端っこにある林のことだろう。
「暗くてよく見えないな……」
林に近づいていく。
突然。がさっと音がした。慌てて、音がした方を見る。
「!」
拓斗の言っていることは正しかった。
そこには赤色の目をした狼、間違いなくミラージュワールドのウルフだった。
「ログイン──プレーヤーネーム、ユウト」
そう言った次の瞬間、現実世界の優斗の体が消えた。