5.偽者と別れ(1)
「ア……リス?」
半透明なその姿は、まるでレンズ越しに見える虚像。
ハルカは手を伸ばしてアリスを掴もうとする──だが、その手が何一つ掴むことは無かった。
「もう、この姿も持たない。当然よね。元々本物じゃないんだもの。今まで残って入れただけでも感謝しないと……」
「な、どうなってのよ! ちょっと!」
ハルカは激しく動揺した。
「ハルカ。今までありがとう。私は今日で居なくなっちゃうけど、本物の私が生きてる──。だからね、悲しまなくていいよ? それから、ユウト君。これからハルカちゃんをお願いね」
「アリス!? なに、消えるってどういうことよ!? そんな話聞いてないわよ!」
「うん……ごめんね」
アリスの目から大粒の涙が零れ落ちる。だが、それは実体を持たない、ただの映像だった。
徐々にあり巣の透明度が増す。
その体を掴もうと手を何度も何度も行き来させるハルカ。それが可愛そうで、思わずその腕を止める。
「やだ……やだ……離してよ!」
「最後の言葉くらい聞いてやったらどうです!」
「──」
もうアリスの体は、散々水で薄めた白色絵の具のような色になっていた。
「ハルカ。今まで本当にありがとうね。本当に…………」
やがて聞こえるのはハルカの泣き声になった。声を出すことが出来なくなって尚、アリスはまだハルカにお礼の言葉を言い続けた。
そして、それも無くなり、その場には2人だけが残された。
…
彼女が泣き止んだのは、あれから1時間以上経った頃だった。
「どこです家は? 送りますよ」
「いいわよ別に。どうせログインポイントが違うんだから、別々の場所に戻るでしょ」
「……そうですか」
「兄さんに、事情を聞いてくる。それじゃ」
…
それから三日後の昼休み。
体躯の後、教室に帰ると、机に1枚の紙が置いてあった。女の子らしい可愛いメモ用紙に『昼休み、中庭に 晴佳』とだけ書かれたメモが置かれていた。
優斗はメモを手に取って教室を出た。
…
「三日ぶりですね、先輩」
「そうね」
優斗には話題が無いので、晴佳が喋りだすのを待つ。
「聞いたわ。やっぱり兄さんは全部知ってた」
「……そうですか」
「でね、本人に会ってきたわ」
「え?」
「ベッドに横たわってる本人よ。もう半年昏睡状態が続いてるって」
半年前──ちょうど『ミラージュ・ワールド』が始まった頃だ。
「とりあえず次のダンジョンが現れたらまたよろしく。言いたかったのはそれだけ」
そういって、中庭を出ようとする晴佳。だが、突然立ち止まり、優斗のほうに振り返った。
「ああいうとき、男は黙って抱きしめてくれるものじゃないの?」
「……え?」
「泣いてる女の子が居たら抱きしめるのが普通でしょ。あんたホントに男?」
とそれだけ言って立ち去っていった。
「……」
いや、そりゃさ。迷ったよ。
でもさ、どさくさに紛れて、そんなことして良いかどうかなんて分からないし。
「わかったよ。次からは遠慮なくそうする」
誰も居ない中庭で、優斗は一人呟いた。