百合の間に挟まってしまった女 ~家庭向け増量版~
「百合の間に挟まってしまった女 ~聖域崩壊編~」
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の、続きですが、本作からでも読めます。
私、間 四葉は永遠に平凡なまま生き、特別多くの人の記憶に残ることもなく、ひっそりと死んでいくものだと思っていた。
なんだか不幸そうな導入になったが、むしろその逆。
今の私はすごく幸せで、非凡で……けれど、人として最低なことをしている。
誰もが愛する聖域を土足で踏み荒らし、その中核を成す秘宝を奪い取り、崩壊させてしまったのだから。
まぁ、その結末まで知る者は今のところ私だけだ。バレた頃にはおそらく、私はこの世にはいないでしょう……なんて。
「ただいま~……」
家に着き、吐き出した言葉にはたっぷりの疲労感が配合されていた。
ああ、日に日に我が家に求める安らぎが大きくなっていく。だって、家の中には聖域がどうなんて知る人はいないもの。
鍵を締め、玄関に腰をかけて学校指定のローファーをのんびり脱いでいると、家の中からパタパタと聞くだけで胸が躍るような軽快な足音が聞こえてきた。
そして――
「おかえり、おねーちゃん!!」
どんっと背中に衝撃が走り、そしてぎゅうっと小さく細い手が私の身体を抱きしめてきた。
「ただいま、葵」
「おかえりなさぁい!」
名前を呼ぶと、一層嬉しそうに腕の力を強め二度目のおかえりなさいを囁いてくる。
彼女は葵。間葵。私の妹だ。現在小学5年生。
もう高学年になり、年も二桁になったけれど、未だに随分な甘えん坊で、メチャクチャ可愛い。本当に私の妹かって思うくらい可愛い。
「葵、くっつかれてると靴が脱げないよ~」
「だって、早くお姉ちゃんに抱きつきたかったんだもん!」
はわわ……!
なんて可愛いことを言うんだこの生き物は。
私は感動を覚えながら、可動領域の狭まった腕を上手く動かしなんとかローファーを脱いだ。綺麗に並べるのは……まぁこの状況なので後回しにしよう。
「元気にお留守番してた?」
「うんっ、宿題やってたの!」
「そっかぁ、葵は偉いねぇ」
「えへへ……」
両親は共働きで、高校生よりも授業時間の短い葵は一番に家に帰ってくる。
いわゆる鍵っ子というやつだ。
私は帰宅部で、比較的家にも早く帰ってくるけれど、聖域――否、元聖域の2人と仲良くなるにつれて、段々と家に帰るまでの時間も長くなってしまっていた。
まぁでも、葵は甘えん坊ではあるがしっかり者で、その辺りはちゃんとやっているみたい。
知らない人が尋ねてきても絶対に開けちゃだめだよという決まり事もちゃんと守っているようだし。
葵曰く、「葵の次にドアを開ける人はお姉ちゃんがいい!」だそうだ。泣かせるね……今もお姉ちゃんちょっと泣いちゃいそう。
「葵、宿題は終わったの?」
「あともうちょっと!」
「じゃあお姉ちゃんと一緒にやろっか」
「うんっ!」
元気よく頷く葵。
由那ちゃんと一緒にやる宿題もそれはそれでドキドキして楽しいのだけれど、葵と一緒にやるのもほっこりして良い感じなのだ。
ま、まぁ、強力なサポーターがいないので、私の方の宿題の出来は散々になってしまうけど。
一度葵を離れさせ、立ち上がって手を繋ぎリビングに向かう。
慣れた家の中だけど、葵はまるでピクニックに来たみたく楽しそうに鼻歌を歌っていた。
「葵、お姉ちゃん大好き!」
「だっ……あはは、お姉ちゃんも大好きだよ~」
大好き、という言葉に敏感になってしまう今日この頃……でも、葵の大好きにはそれほど深い意味はないだろう。
私だって小さい頃は何気なく大好き大好きと言ったものだ。家族にも、友達にも。
小学5年生がその小さい頃になるのかどうかは、正直当時のことをあまり覚えていないから分からないけれど、でも、別に諫めるようなことじゃない。
実際、大好きなことは嘘じゃないし! だから頭に浮かんでこないで、2人とも!
「お姉ちゃん?」
「な、なんでもないっ。葵、宿題やったら一緒にゲームしよっか。葵の好きなレースのやつ!」
「いいのっ!? やりたいやりたいっ!」
ぱあっと花のような笑顔を咲かせる葵は凄く可愛くて、私は自分でも分かるくらい顔をだらけさせつつ、その頭を撫でるのだった。
◇
「うわぁ、お姉ちゃん速い!」
「ふふーん、年季が違うのだよ、年季が!」
テレビ画面を2分割し、それぞれのキャラクターを走らせつつ、そんな言葉を交わし合う。
子どもでもできる程度にシンプルな操作方法とシステムで作られたこのレースゲームは、そういう間口の広さから世界的に大人気らしく、うちの葵も漏れずに大はまりしている。
今も、ソファに座る私の膝の上、というか股の間に座り、私の胸をヘッドレストにしてもたれかかってきながら、元気にはしゃいでいた。天使か。お持ち帰りしたい……って、ここが我が家だったわ。
ああ、間家に生まれてよかったとしみじみ感じつつ、私のキャラクターが1位を取るのを見届ける。
少し遅れて葵のキャラもゴールした。2位だ。
「わんつーふぃにっしゅ、だね! お姉ちゃん!」
「うんうんっ」
嬉しそうにはしゃぐ葵を思い切り抱きしめつつ、私は幸せの溜息を吐いた。
ああ、この天使はいつまで天使でいてくれるのだろうか。でも、もうすぐ来てしまうのだろうか、あの反抗期というやつが。
今はお姉ちゃんお姉ちゃんと好きをアピールしてくれているけれど、その内、「お姉ちゃんと一緒の洗濯機で服洗いたくない!」とか言われてしまうんだろうか。
「ねーねー、お姉ちゃん」
「なぁに、葵」
「お姉ちゃんって、彼氏ているの?」
「うぇ?」
突然、思わぬ質問を受け固まってしまう。
こんなことを聞かれたのは今日が初めてだった。
「い、いないよ? どうして?」
けれどすぐにそう返す。嘘は言っていない。実際彼氏なんかいないし。
彼女はいるけど。それも2人。
「今日ね、学校でそういう話になったの。ゆかちゃんのお姉ちゃんの彼氏がカッコイイって。ゆかちゃんも欲しいって」
「へ、へぇ……」
「葵はね、お姉ちゃんがいるからいいの。ゆかちゃんは彼氏さんつくって、結婚したら――って話してたけど、葵はお姉ちゃんと結婚したいから」
「そっかぁ……そうだねぇ……」
葵の頭を撫でつつ、私はそう相づちを返す。
葵は今よりも小さい頃から、「大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!」とよく言っていた。この年になって言い続けるのはもしかしたら普通より長いかもしれないけれど、でも、お姉ちゃんとしては嬉しいものだ。
「だから、お姉ちゃんも彼氏なんか作っちゃ駄目だよ。葵と結婚するんだもん」
「彼氏なんかできないよ。お姉ちゃん可愛くないし」
「お姉ちゃんは可愛いよ! 世界で一番可愛いよ!」
くるっと振り向いてきて、ちょっと怒ったように叫ぶ葵。怒った顔も可愛い。
「お姉ちゃんがすごく可愛くて、すてきだってこと、葵が一番知ってるんだもん。桜ちゃんより、ずっと……」
「え、どうしてそこで桜が出てくるの?」
私の胸に顔を埋めつつ、もぞもぞと言う葵に聞き返したその時――
「ちょっとお姉ちゃん。またゲームやってんの?」
葵のものでも、私のものでもない声がリビングに響いた。
「あ、桜。おかえり」
いつの間にかリビングに入ってきたのは、私がかつて通っていた中学の制服を着た美少女。
名前は桜。間桜。私の妹であり、葵の姉である。
「……おかえり、桜ちゃん」
葵もそう桜に声をかける……が、どこか警戒するように、私に隠れていた。喧嘩でもしたのだろうか?
「ただいま、葵。それとついでにお姉ちゃん」
桜はそんなつんっとした言葉を飛ばしてくる。
彼女は現在中学3年生。受験期というやつで、ピリピリしていることが多い。
ちょっと前までは、葵みたいにお姉ちゃんお姉ちゃんって後ろをついてきていた印象だったけれど……うう、これが反抗期というやつなのだろうか。
「お姉ちゃん、ゲームもいいけど宿題やったら?」
「お姉ちゃん宿題やったよ! 葵と一緒にやったもん!」
「へぇ、じゃあここに広げられている、途中までのノートは誰のものかしら?」
葵のフォローも虚しく、解けないからと途中で放り出したノートが見つかってしまう。
そう、私は宿題を途中で投げ出したのだ。葵と一緒に遊びたかったから。
どうせ私のおつむじゃ解けないんだし、だったら可愛い妹と遊んだ方がいいじゃない!?
「お姉ちゃん……」
はぐっ!?
葵が悲しい生き物を見るような目を向けてくる! 失望されてる!?
「葵に宿題やれって言ってるのに、自分がやらないのはどうかと思うけど」
「うぐっ……」
やらないのではなく、できないのだ。
でも、それを言えば余計に情けないので口にはしなかった。
「やるよ。やりますよぉ……」
とりあえず高校受験を乗り切ったコロコロ鉛筆くんに頼るしかない。
記述式のものについては由那に頼ることにしよう。どんな交換条件を出されるか分からないけれど。
「あ、桜。バドミントンどう?」
「……もうやってない。受験だもん」
「あぁ、そっか。もう引退かぁ……」
「引退はまだだけど、受験に集中したいから辞めた」
「えっ!?」
何気ない会話のつもりだったのだけれど、思わぬ返事につい固まってしまう。
桜はバドミントン部だ。一応、私も中学時代は同じ部に所属していた。
桜とは一つ学年が違うけれど、私は運動音痴気味で、桜は本当に同じ血が身体に流れているのか疑いたくなるくらいに運動神経抜群だから、むしろ桜の方が全然上手かったんだけれど、よく2人でペアを組んでいた。
いつも桜は楽しそうだったから、受験を優先して辞めたというのはあまりに意外だった。
そういえば桜は私と同じ高校を目指しているらしい。ほぼ記念受験で、コロコロ鉛筆くんのおかげで奇跡的に受かった私が言うのもあれだけれど、結構レベルが高い学校なのだ。
「別にお姉ちゃんにとやかく言われることじゃないから。はい、これ弁当」
「あ、うん……」
テーブルに置かれた空っぽのお弁当を受け取りつつ、自分の部屋へと去って行く桜に私は何も言えなかった。
好きなものをやめて、受験を頑張っていて……そんな妹に、宿題を放り出しゲームをやってる姉の姿がどう映るのか、考えるだけで気持ちが暗くなってしまったからだ。
「桜お姉ちゃん、感じ悪い!」
「そんなことないよ。悪いのはお姉ちゃんだから」
「でも大丈夫だよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんがどんなにポンコツでも、葵がお姉ちゃんのこと養ってあげるから!」
そうフォローしてくれる葵だが――あれ、フォローになってる? ポンコツって言ってるけど……?
で、でも、まだランドセルを背負ってる小さな妹に、養ってあげると言われると余計悲しくなって、私はただ苦笑いを返すしかできなかった。
◇
我が間家の家事は大体私がやっている。
両親は最近仕事が忙しくなってどちらも朝早くに家を出て、夜遅くに帰ってくるから、朝昼晩のご飯の準備は私の役目なのだ。
一番下の妹にもポンコツと言われる間四葉(長女)だけれど、家事に関してはちょっとした自信がある。給食が出る葵を除いた両親、私、桜の4人分の弁当を早起きして作り、5人分の朝食を準備するのは、文字にすればハードだけれど、私にとっては言葉通り朝飯前なのである。
それに、嬉しいことだってちゃんとあるのだ。それこそ、私だけが知ってる嬉しいことが。
「ふいぃー……」
一日の家事を殆ど終えた私は、今日溜まった疲れを癒やすべく湯船に浸かって大きく伸びをした。
毎日この瞬間がたまらない。暖かいお湯と入浴剤の香りに包まれ脱力する瞬間は何にも代えがたい格別の時間だ。
今なら全てを忘れられる。散々な出来の宿題のことも、二股のことも……。
「お姉ちゃん」
不意にドアの向こう、脱衣所から私を呼ぶ声が聞こえた。
「桜?」
ちょっとぶっきらぼうなその声はすぐに桜のものだと分かる。
「今、ちょっといい?」
「うん。大丈夫だよ」
少し遠慮するような声を不思議に思いつつ、私はすぐに言葉を返す。
受験期だもんね。なにか悩みがあるのかも……そういうのを聞くのは、ここ最近めっきり減っちゃったけれどお姉ちゃんの役目だ!
「うん……ありがと」
桜はそう言って、しかしすぐに用件を伝えてきはしなかった。
代わりに脱衣所からするすると、衣擦れのような音が聞こえてきて――え!?
――ガチャッ。
「おじゃま、します……」
そう、突然、なぜか。
桜が一糸纏わぬ姿で浴室に入ってきた!
「ど、どうしたの桜ちゃん!?」
「えと……どこか、変、かな?」
桜はもじもじと、自身の身体や髪を撫でつつ、おずおず聞いてくる。
「いや、変じゃないけど……」
当然身体に変なところはない。あるわけが無い!
桜も私の可愛い妹で、そして、平凡で非モテを地で行く私と違って凄く可愛い。
由那にも凜花にも負けないくらいの美少女だ。それは胸を張って言える!
「お姉ちゃん、詰めて」
え、詰める? 何を? 指?
「んっ!」
ぼけっとする私に、桜は顎でくいくいっとジェスチャーを飛ばしてくる。
ああ、詰めろって、湯船をってことかぁ……はい、これでいいかな……って。
え?
「よいしょっと」
つい言われたとおりに空けたスペースに、桜がすっと入ってくる。
いくら子ども同士とはいえ、1人用の湯船に2人で入るのはかなりキツく、私たちは互いに随分と密着してしまった。
「さ、桜?」
「やっぱりもう狭いね」
私の動揺なんかよそに、桜はぽつりとそう呟くだけ。
そういえば桜はもうお風呂に入っていたはずだ。だから先に身体を洗わずに湯船に……でも、どうしてわざわざ2回も?
「ん……」
少し身体を動かすだけで、桜の身体に触れてしまう。
そしてそのたびに、こそばゆいのか、桜は何かを耐えるような小さな吐息を漏らす。
「わ、私、先出ようか?」
「だったら入った意味ないし……お姉ちゃんのばか」
桜は拗ねたように唇を尖らせる。
けれど、すぐにその表情は笑顔に変わった。
「なんだか随分久しぶりだよね。お姉ちゃんとお風呂入るの」
「ま、まぁね。お互い大きくなったし」
「でもたまに葵と一緒に入ってるでしょ」
「葵はほら、まだ小学生だし?」
桜も小6まで一緒に入ってたけれど、中学生になってからやめたんだ。
そんなに昔じゃないのに懐かしく感じる。
「でも、あたしも、お姉ちゃんの妹だもん……」
「桜?」
「最近のお姉ちゃん、葵ばっかり甘やかしすぎ! あたしもお姉ちゃんの妹なんだよ!? あたしのことだって、ちゃんと見て欲しいし……」
桜はそう言いつつ、私の足を控えめに掴んでくる。
一個下の、もう大きくなったと思っていた妹の甘えるような行為に、私はつい笑ってしまった。
「お、おかしい!?」
「ううん、おかしくないよ。桜はお姉ちゃんのこと大好きだもんね~?」
「なっ、違っ……わないけど……自分で言う……!?」
「だって桜、お弁当いつも全部食べてくれるし」
「当たり前じゃん、農家の人に悪いもん」
「でも桜だけだよ。空のお弁当に毎日、『美味しかった』とか『ありがとう』とか、一言メモ添えてくれるの」
いつも洗い物のたびにそれを見て、ああお弁当作ってて良かったなって気分になる。
メモありがとう、とか言うのはなんだか恥ずかしくて、言ったら照れてやめちゃうんじゃないかって思って、今まで口にできなかったけれど……でも、そっけない態度を取られても、痛いところをつかれても、桜はお姉ちゃん思いの良い子だってずっと信じてこれたのはあのメモのおかげだ。
それで、これは本当の本当に内緒だけれど、桜から貰ったメモは最初から最後まで全部とってあるのだ。
小さい頃、宝物を詰めていたクッキーの空き缶に全部大事にしまってある――私の宝物。
「桜も、葵も、私にとっては大事な妹だよ。そりゃあ頼りにならないお姉ちゃんかもしれないけれど、でも、好きって気持ちは頼りになる、ならないとは関係無いでしょ?」
「お姉ちゃん……」
桜は目を潤ませつつ、すがるように手を伸ばしてくる。
私はお姉ちゃんっぽく微笑んで、そして優しく桜を抱きしめてあげる。裸で抱きしめ合うなんて初めてだけれど、でも、不思議と恥ずかしさはなかった。
「あたし、あたし……お姉ちゃんには嫌われてると思ってた」
「そんなことないよ。絶対、ありえない」
「だって、冷たい態度いっぱい取っちゃったし……」
「気にしてないよ」
桜を抱きしめ、頭を撫でながら、私は優しく言葉を返す。
きっと桜にもつらいことが沢山あるのだろう。受験だって大変だし、それにそういう年頃だ。
お姉ちゃんが好きなんて言えば、シスコンとからかわれる可能性だってあるだろうし。
「ち、違うの」
「え?」
「あたし、お姉ちゃんが大好きなの。大好きすぎて……超えちゃいそうで」
超える? 何を? 身長?
確かに同じくらい(160cm程度)だけれど、別に1個違いだし身長くらい抜かされても……
「お姉ちゃん、変なこと考えてるでしょ」
「へ、変かどうかは分からないけど」
「あたしが超えちゃいそうなのは、一線」
いっせん? 一戦?
「お姉ちゃんを見るとドキドキするの。ああ、この人のことをもっと知りたい。あたしのことをもっと知って欲しいって」
「や、やだなぁ。お姉ちゃん、お姉ちゃんだよ? 妹のことならなんでも知ってるんだから」
「うそ。知らないでしょ。だって――」
ぐいっと、桜が肩を掴んでくる。その表情はびっくりするほど真剣だった。
「一緒にお風呂に入るのは子どもの時だけ。でもね、大人同士も一緒に入ることがあるんだって」
「へ、へぇ……?」
「ねぇ、お姉ちゃん、目を閉じて」
「え?」
ほぼ覆い被さる形で、桜はそう言ってきた。
一糸纏わず、入浴剤入りのお湯に隠されることもなく、私のより大きくて形の良い胸が露わになっていて。
桜の表情は今まで一度も見たことがないくらいに、なんというか、色っぽかった。
「さ、桜ちゃん……?」
「目、閉じて」
「は、はひ」
まるで由那とか凜花から放たれる何かに似たものを感じ、私はつい言われるがまま目を閉じる。
そして――痛いまでの沈黙が流れた。
(……?)
真っ暗な世界で、聞こえるのはお湯がチャプチャプ揺れる音と、桜ちゃんのはぁはぁとした息づかいだけ。
私が動けないように、肩に手が乗せられたままだけれど、でも、何かが起きるようなことはなくて。
「桜……?」
私は、つい、おずおずと目を開けてしまった。
すると――
「「ッ!!?」」
姉妹同士息ぴったりに息を飲む。
なぜなら、目の前には桜ちゃんの顔が、それこそ鼻先が触れるか触れないかの距離にあって――
「な、なんで目を開けちゃうのお姉ちゃん!?」
「な、なんでって、こっちがなんでだよ桜!?」
この距離感、まるでキスするみたいな距離だ!
え? ええっ!? お風呂で大人同士がすることってそういうこと……!!?
「ずるーいっ!!」
「「ッ!!!!」」
心臓がはじけ飛ぶかと思った。ただでさえドキドキしていたもんだから……!
突然浴室に響いた3つめの声。それは、間三姉妹最後の1人、葵のものだった。
当然ながら一糸纏わぬ姿だ。
「桜お姉ちゃんだけズルい! 葵もお姉ちゃんとお風呂入りたいのに!」
「あ、葵!? ちょ、さすがに3人は入れな――」
なんて、ぎゅうぎゅう詰めになって、痛い痛いと叫びあって――姉妹同士のバスタイムは愉快な喜劇みたいに終わるのだった。
◇
「うーん……」
その夜、私は自室のベッドに横たわりながらも中々寝付けずにいた。
考えるのは桜のこと、そして葵のことだ。
まず、桜。今日突然お風呂に侵入してきたことはビックリした。変わらず私のことを好きでいてくれたのは嬉しかったけれど、でも、その好きは本当に変わらずなんだろうか……?
そして葵。葵の好きは間違いなく姉に向ける好き……だと思っていたけれど、思い返してみれば、今日の好きの感じは少し普段と違った気がする。それこそ、葵がそういう好きの感情を知ったとき、今の私に向けた好きがどう変化するのか……なんだか考えるのが怖い。
(でも、私はお姉ちゃんだし……それにもうちゃんとした相手がいるんだし! ……ちゃんとした?)
果たして同性の恋人というのはちゃんとした相手になるんだろうか。
言ってしまえば二股している状況はちゃんとしたとは言えないだろうし――
「お姉ちゃん、もう寝た……?」
――!!!
なんて考えてたら実にタイミング良く、部屋のドアが開けられた。
そこにいたのは桜、そして葵。私の愛妹達だ!
「お姉ちゃん、その、あのね……」
「葵たちも一緒に寝ていい……?」
もじもじと、顔を赤くしながら、目を潤ませながら、2人はそんなことを聞いてくる。
――大好きっ、四葉ちゃん!!
――私は、何よりも四葉さんのことが好きだ! 愛してるっ!!
ぎゃーっ!! リフレイン!!
なんで今思い出す!? なんで今思い出す!!?(二回目)
相手は血の繋がったシスターズのはずなのに、どうしてかあの日の由那ちゃんと凜花さんに重なる。重なってしまう。
明らかに危険な香りだ。良くない。本当に良くない。
けれど、私は2人のお姉ちゃんであり、妹達の要求を拒む術を持たない。
だから――
「お姉ちゃん、大好き……」
「葵、お姉ちゃんと結婚しゅる……」
僅か数分後。
シングルベッドの上で両腕をそれぞれ妹に抱きしめられ、ステレオでそんな甘い寝言を聞かされながら、
「ああ、どうしよう……」
私は頭を抱えることもできないまま、ただ力なく呻くのだった。
面白いと思っていただけましたら、ぜひ下の☆で評価いただけると幸いです。
今後作品を書くモチベーションに繋がるので、何卒……!(土下座)
感想とかお気に入りユーザー登録とかしてもらえても、モチベーション上がります……!!(強欲)