魔王様、スライムのお通夜に参列するのはおやめください
「なぜだ! 世のため予のため、自らの命を犠牲にした者を弔うのは常識であろう――!」
魔王様は自室に置いてある宝箱の中から数珠を探す手を止めずに応えた。
「しかし魔王様――、これから重要な魔王軍決起集会の予定がございます。すでに四天王他、我が魔王軍の精鋭部隊が魔王城に集結しているのでございますぞ。たかがスライム一匹のために魔王様自らがお通夜に参列する必要はございません!」
魔王は急に振り向くと、襟元を掴んできた。
「卿にとって魔王軍の決起集会とスライムの命とどちらが大切だというのか! 言ってみよ!」
――決起集会です! ……と即答できなかった。魔王様の目は血走って赤い。たぶん……泣いていた……。
スライム一匹のために……泣くか? 全軍を率いる魔王様が……。
魔王城の庭園には今、数千ものモンスターが決起集会のために集まっている。スライム一匹が勇者にやられるなんて……ザラじゃないか。日常茶飯事だ。
魔王室の玉座の前を行ったり来たりし、四天王の一人「宵闇のデュラハン」は頭を抱えていた。いや、デュラハンは顔から上がない全身鎧を着込んだモンスターだ。頭を抱えるはずがなかった。
「そうだ! 魔王様、電報を打ちましょう! 「謹んでお悔やみ申し上げます、魔王」これでいいじゃありませんか」
「バーロー!」
……バーローってなに? なにか悪いことを言いましたか?
「予は魔王だぞよ? 政治家や社長じゃあるまい。予のために命を尽くした者に電報が一通きただけで、誰が報われるというのか!」
「しかし魔王様、スライム一匹のお通夜に参列するようなことをしていては……」
これから何千回。いや、何万回お通夜や葬儀に出向かなければならないことか――!
スライムは「全体攻撃」で、次々にやられてしまうザコキャラなのですぞ――!
紫色の首に黒いネクタイを締めながら、
「では宵闇のデュラハンよ、卿が死んだ時は電報だけで済ませてやる」
……くそー。
銀色のガントレットを身に付けた拳がギシギシと音を立てる。これまでどれほどにまで魔王様にお仕えしてきたことか……。
「……お、お、お心遣い、有り難き幸せで御座います……」
「冗談だ。予が喪主となって盛大に執り行ってやろうぞよ。思い出のDVDも予が編集してやる」
「……」
微妙……。
黒いネクタイを締め終え大きな鏡台の前で振り向く魔王。紫色の顔と普段より一段と黒いローブ姿。まさにお通夜の正装だ。手には数珠がしっかりと握られている。
「デュラハンよ」
「はっ!」
「人間は人間の命を尊いとし、たとえ村人一人でも命を落とせば神父が来て葬儀を行う習慣があるそうだ。また、その神父には特別な慈悲の力があり、寿命以外で命を落とした者を復活させることもできるそうだ」
「……はい、心得ております。なので勇者が何度も何度も生き返り、我らの邪魔を繰り返すのでございます」
「人間の村人と魔王軍のスライム。数や大きさに違いはあろうとも、大切な命に変わりはない」
――! 村人の命とスライムの命……。
「我ら魔族には慈悲の力が宿らず、蘇生する力がないことを考えれば、スライム一匹の方が命の大切さは上だとは思わぬか?」
「……分かりました。魔王様がそれほどまでおっしゃるのならもう止めません」
魔王様は人間どもよりも団結力の高さを保持したいとお考えなのだ。
「うむ、ところでデュラハンよ」
「なんでしょう」
「香典は……三千円でいいかなあ?」
「……そのあたりは魔王様なのにシビアですね。せめて五千円にしてはいかがかと……」
「うむ、分かった。では参ろうか」
「……え?」
一人で行くんじゃないの?
「――瞬間移動!」
魔王様が数珠を掲げると、二人の体が虹色に輝く――!
「いやいや! ちょっと待って下さいよ、決起集会はどうするんですか――」
「四天王があと三人もいるんだから、なんとかなる」
「あと、私は香典袋持ってないんですよ~!」
手ぶらで参列するなんて――非常識だと思われてしまう――!