特別
しとしとと静かに、けれども確実に周りを濡らす、雨。生暖かい風が不快だった。湿気のせいでうねる髪も、一限目の体育も、夏服のセーラー服さえ。幼馴染みのあの子も、雨が好きではない。
群青色が灰色に塗れて、憂鬱、というのはこんなものなのかと思う。最低な気分。最悪な気分。絶望をしたことがない女子中学生。その二文字は、まだ知らなくていいことだ。だからあの子だって、まだ知らなくていい。そう言えないわたしに、御簾納雪名は何も言わなかった。
見透かしたような見下したような、御簾納雪名の双眸が嫌いだ。俺はなにも言わないからと、物語っている余裕さが。あの子のことなんて何も知らない癖に、任せてくれと言われた昨日の記憶。憂鬱だ。よく分からないその単語を振り回す。
わたしは傘を持っていなくて、でも小雨だからと言い訳をしている。古いドラマのワンシーンみたいに。奪われたのは愛。ドラマというより、ベタな少女漫画だろうか。そうなら例えば、次のコマでわたしは泣いているのかもしれない。雨が降ってるのに、地面はアスファルトなのに、うずくまって惨めに、顔を隠して泣いているのか。
雨。
「…………馬鹿みたい」
スクールバックが肩からずれ落ちて、足の力が抜けた。想像していたみたいに、惨めにうずくまっている。あ、泣きそう。どうしよう。なんて思う。顔を隠した。
「……っ、ぅわぁぁぁぁぁぁあああああああッッ!!!!!」
獣みたいだった。お腹から出た声でなくて、だから喉が痛い。それでもまだ叫びたかった。誰にでもきっと、この瞬間がある。それを信じてる。この瞬間では間違いなく、わたしが一番惨めだ。
雨が強くなって、横殴りの雨に殴られている。そんなことだってもうどうでもよくて、ひたすらに全てをかき消す粒子が憎い。いっそ誰かに聞いて欲しいのだ。愛でも、誰でも。わたしは傘を持っていない。寒かった。体が。心が。
「なんで、」
悲しい。愛がわたしより他の誰かを選ぶなんて。それが御簾納雪名でなくても、わたし以外という事実が。それが、それだけが。愛の中の特別はわたしではないのだと、改めて突きつけられた気がした。あの子の特別はいつだってひとりだけ。自分に決して振り返らない、あの背中だけ。
聞き慣れた鐘の音が聞こえた。学校のチャイムだろうと思う。でも、それ以外の合図のようだった。なんの合図か、きっとわたしは知っている。
立ち上がる気力がない。目の前のみずたまりがわたしを写している。自分で見ても異常だと分かった。泣いていた。涙と雨の区別がつく。醜かった。あぁ、もしかしてこれが。
「…………由宇?」
逆さまに、傘をわたし向かってかたむける愛が、みずたまりに写っていた。顔をのぞき込んで、涙も雨もその白い手が拭う。わたしの手をとった。傘を握らせて、びしょびしょに濡れたスクールバックを、気にもとめずに肩に背負う。
「……行こう」
こんな時に、何も聞かない愛が好きだ。わたしを守って愛を守らない傘。だから愛だけが濡れている。セーラー服の襟がぐちゃぐちゃで、肩についた黒髪は少しだけうねっていて、紅のタイが滲む。冷えきった腕を引く、愛の手だけが暖かかったから、
「…………わたしは、」
そんな愛の特別に、いつだってなりたかったんだ。