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girls  作者: かっくん
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ep1-6

「…………委員長」

 問いかける声はあまりにもか細く。自分でも頼りなく心細かった。

(まさかまさか。そんな、ばか、な……。そんなわけない。きっとない。でも、あの人は……)

 薄暗いフロア、瞬くレーザー照明。あの時胸に宿った心情が今、胸を突く。

 校舎裏に呼び出した彼女は、徐々に近づいてきながらその表情を歩みと共に変化させていく。

 優等生の彼女から、そうではない彼女へ。普通の彼女から、不適な表情へ。冷たく何かを見下すような顔つきへ。

 そうやって目の前まで来た時、すっかりこの人は変わり果ててしまっていた。今、私の目の前にいるこの人は、昨日出会った人だ。

 歩みを止め私の前にただ黙って立ちすくむ彼女に、私は中々目線を上げることができない。これではすっかり、いつもと立場が逆だ。

「間堂さん。顔上げて」

「…………」

「……上げなさい。……用件は、どうせ昨日のことでしょ」

 はぐらかす気は、毛頭ないらしい。いきなり核心を突く言葉に、私は顔をあげる。

「……」

 ――数瞬の間、沈黙の中見つめあい、

「言ったりしないで! お願いッ! 絶対にッッ!!」

「!」

「なーんて、言うと思った……?」

 その時の、どこか物悲しささえ感じさせるような儚げな笑みが、忘れられない――

 激情と寂寥。そのあまりの早変わりに私は目を剥く。

「言いたいなら言ってもいいよ」

「その時にはあなたのことも言っ…………たりしないな。たぶん」

 時間の空白を、味わった気がした。確かにこの数瞬、私の中の時間は止まっていた。


「別に……言ったりなんかしないわ」

 ようやく紡ぎだせた言葉は自分のものながらひどく心細げで、タイミングを計ることもできず彼女の話す途中を遮るようにしか出せなかった。

「ねぇ、牧瀬、さん……」

 あなた、本当に私の知ってる委員長?

 いつも学校で、教室で見かける、あの品行方正を人間にしたような真面目で大人受けのいいあの委員長? 成績はいつも上位で、もちろん人当たりもよくてクラスメートからも教師からも頼りにされてる委員長? 優等生を絵に描いたような、悪いことなんて、微塵も知らないような、普通で、それで、それが……。委員長、委員長……。

 私が無意識に呼びかけていた言葉に彼女の本来の学校での呼称が入っていたのはきっとそれを口に出すことで改めて認識したかったから。

 今、私の目の前にいるのは、確かに、あの牧瀬莉緒――委員長なの?


「なぁに、間堂さん」

 心臓が、……ひどく跳ねた。

 その言い方はひどくゆっくりとしたもので、嫌になるほど一言づつ確かに発音する声はやけに低く、どこか厭らしい毒気を孕んでいる。

 わざと、いつも通りの呼び方をしている……。

 きづいたら私、僅かにだけど呼吸が乱れていた。

「……委員長っていうのは私の役割。だけど私自身じゃない」

 私の中の戸惑いに答えるように目の前の彼女は静かな笑みを湛えてそう言う。

「ねぇ、こっちを見て」

「……」

 私は、もうどこか取りつかれたように彼女の言葉に従う。顔を上げた。

「昨日のこと、よくある二人だけの秘密にしようだなんて別に思わない。言いたいならそうすればいい。私は、あなたが誰かに言おうが言うまいが誰にも話す気なんてない。ただ単に、面倒だから」

「……えぇ」

(私もきっと言わない)

「あ……」

「なぁに」

「……………制服は、やめたほうがいいんじゃない」

「はっ、大丈夫よ。そんなの」

 私の言葉に、委員長は一瞬息を吐き出すように笑うと嘲った。

「あなたも知ってるでしょ。いや、あなたなら嫌というほど身を持って知ってるはずよ。うちの制服、特徴ゼロなんだからばれるわけがないじゃない」

「まぁ、そうだけど……」

「…………私、他人に興味ないから、あえて聞かないけど。……あなただって、人に言えない秘密、持ってるでしょ」

 見下すような視線だが、真っ直ぐ見詰めてくるその瞳に、私は思わず目線をそらす。(やめて……)そして瞳を閉じた。

 いつのまにか制服のポケットに入れられてあった手を、中でギュッと握る。私自身にさえ届かない微弱な音が、手の平だけに伝わる。 


 ……

「それじゃあね」

 続けようと思ったのにそれはただ心の中で呟かれるだけで、その機会さえくれず彼女はそう言い切るとあっという間に背を向けてしまった。

「あ……」

(なに……)

 声、掛けたいだなんて思ってるの? 私……。引き留めたいと思ってるの、私…?

 確かに掛けたいと思ってる、声。引き留めたいと思ってる気持ち。けど、その理由がないじゃない。

 遠ざかる背中はあまりにもあっけなくて。容赦なくて。私に僅かなチャンスさえ与える気など全くなくて。

(さよなら)

 ――無意識に胸に灯ったセリフを私はすぐに打ち消す。ただの別れの挨拶。条件反射的に出たもの。だとしても、この場面でその言葉は、イヤ。

「また、ね」

 この次教室で会う時は、また私が知ってるいつものあなたなんだろうか。

 あの、いつも教室で出会う、真面目でいい子な委員長なの?

 それじゃあ、今見た、姿形そっくりの、性格が正反対な女の子は、誰?

 双子? まさか。 そんな話、聞いたこともない。

 それなら同一人物ってことになる。あの二人は。

(よくある二人だけの秘密にしようだなんて、別に思わない)

 それじゃああの姿を、あなたの身近な人は知っている?

 あなたの一番、本当に近い人間。 母親は?

 家族にさえ、あの姿を晒している気が、私にはしない。そうしたら――

(二人だけの秘密、ってことに、なるんじゃないの?)

 なんだ? いったい。 何か、混乱してきた……。

 どこか熱っぽい頭を押さえる。そうして私もその場をあとにした。


 …

 向こうの角へ消えゆく背中に、私はそっと心の内で呟く。

(あなたにだって、思いもよらない秘密)

 あの場所、手の平の感触……

(私にも、ある……)

(目に映るものだけが全てじゃないのは)(私も一緒)


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