ep1-4
(ちょっとちょっと。ちょっと待ってよ…)
人の事など言えた義理ではないが、ここは正直ちょっと柄の悪い繁華街。あちこちで男は女性に声をかけているし、夜の闇が広がっても全く意に介さないような夜中ネオンで眩しい街である。正直日頃の彼女からは想像できないような場所であり、どう説明しても二つは結びつかない。
それと…、
(気になるのは)
美人な委員長。学校では物腰が柔らかい……柔らかくしている。そう感じていた印象は、どうも間違いでもないらしい。今見かけた彼女は、やたらにクールで気高くて、言いようによってはきつそうなイメージさえ与えるような横顔…。
(放っておく? それとも、)
正直同じクラスとはいえ大して親しくはない。むしろ、深追いすることによって、何より委員長である彼女には何か致命的な落ち度になるかもしれない。何より、そんなことするのも知ってしまうのも面倒だ。それに、ただの用事ということも、もちろんある。
(放っておこう)
そう決心したにも関わらず、好奇心なんて強くないはずなのに、私の頭の中は今さっき見かけた委員長の事ばかりだった。
『大丈夫?』
今朝の、声をかけてくれた彼女の姿が過る。何の穢れもない、本当にお嬢様という人だった、…………のに。
心から気にかけるような表情が、脳裏に染み付き、痛い。
「ち、ちょっと待ってよ。ちょっと待ってよっ……」
何度目かになる言葉を、今度は口に出して呆然と呟いていた。そんな気なんてなかったのに、勝手に追いかける足は彼女の姿を決して見失わず、適当な距離を開けてたどり着いた場所は、なんと――
目の前で、委員長の後ろ姿が僅かに地下に差し掛かった鉄扉を押し開く。
「な、なんで……。なんで委員長が…………」
心臓が、激しく飛び跳ね体中が動揺に喘いでいた。混乱が頭を占め、まるで心臓が飛び出るかと思うほど、鼓動が耳元にまでつんざく。
体から力が抜け、思わず足がよろつく。すんでのところで踏みとどまった。私を客観的に見つめるものがいたら、きっと顔面蒼白に見えただろう。
「どうして、ここを…………知ってるのよっッ………!!」
腹いせに呟くような、舌うちまじりの悪態である。誰にも聞こえないよう、唇をぎりっと噛みしめながら言葉を口中に押しとどめる。
頭の中を、いろんな考えが過った。
(まさか、私がここに来てることを、知っている……?)
(視察に来たとか。それから学校に連絡するつもりだとか)
(それとも、委員長自体に用事があったとか。そんなわけない、か)
(ならどうして。知人が…、いや、そんな)
知らなかったのならこんなに心を乱されなくて済んだかもしれない。そう思えば唇を噛む力は強くなり。
知ってしまったから何かできることもあるかもしれない。けど今さら何が。
何より、知ってしまったのなら、もう遅いのだ。
「なんなのよ……、一体ッッ……!!」
顔をあげ、鋭く扉を睨みつける。そして足を踏み出した。