ep1-epilogue
この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。また、決して作品中で行われている行為を推奨するものでもありません。絶対に真似しないでください。閲覧した上で起こったトラブル・不快感に関しては責任を負いかねます。
「…………ハァッ…」
一瞬の閃光の後に、突き抜ける青空が目の前に広がる。
屋上にやってきて私は……。
体調は最悪、加えて頭を悩ますような日々が連日続いたせいで私は、正常な判断を下せなくなっていた。
制服のポケットに手を突っ込み、いつもの私なら考えられない行動をとる。
ビニールパックを取り出すと、慌てながら中の白い粉を掌に落とす。それをぎゅっと握りしめる。粉が、僅かに空に飛んだ。
「はぁ、…………はぁ…」
苦しい…。
コンナコトシテモなんの救いにもならない。ソンナコトハわかっていた。
握りこぶしのままの手を口元に近づけ、手が震える。
(ちょっとちょっと)
ここは学校だよ。なんだよこの震えは、タメライ傷かよ――
やめなよそんなことしても、なにもならない。――もう楽になりたい
「う、うぁ…………!」
ばっと空に飛ばした。今までにも見たような光景。白い粉が真昼の屋上に飛ぶ。
「はぁはぁ…………もうダメ……。私…………」
「前言撤回。大いに踏み込ませてもらうわ」
「!」
突然聞こえた声に、私は体を震わせ顔を覆った態勢のままそちらに振り向く。
「秘密は共有するものよ」
「牧瀬莉緒……」
つかつかと、後ろからやってくるのは委員長の姿だった。
「それ、…………使う時は私も一緒だわ」
「な、何………バカな事……!」
表情が見えなかった委員長が、顔を上げ同時に私の手首を掴んだ。
「……!」
「わかった? 秘密を共有するというものは、そういうことなのよ」
「っ……! 馬鹿なこと言わないで!!」
近い! 数センチしかないほど近づいた互いの鼻先に、私は勢いよく体を翻し手首から逃れる。そしていい加減、私の中にわだかまっていた不満が……爆発した。
「あなた、わかってるの?! これが何か!! あなたが思ってるような……。いえ、思ってるよりもずっと……ッっ!!!」
「わかってるわよ。馬鹿じゃない。それよりもあなた、それ使ったことあるの?」
「え? ………………」
「…ならいいわ。それならなおのこと。使うならその時は私も一緒。わかったわね」
「…………わかるわけ」
「わかったわね」
「っ」
命令口調に変わった言葉と、上から睨み据えるような視線に、私は思わずたじろいでしまう。
「…………、なんで、……なんでそんなに私に関係してくるのよ!!! お互いの秘密だって、こうして……。こうしてたまたま知ってしまっただけのことじゃないっ!!!!!」
「別に私の秘密は、ばれたって構わないわ。でも、あなたのそれは…………どうでしょうね?」
「っ……、なんて、奴なの……」
「あぁ、誤解しないで。私は何かを知ったって知らないのと同じよ。私の中では」
「でも。…………一人でそれを使ったら、許さない」
「わかったわね」
「くっ……」
幼い子供が本気で母親に叱られた時のように。背中に冷汗が伝う。『怖い』
「…………あなた、わかってるの?! あなたもこれ、使うことになるかもしれないって。そう言ってるのよ」
「えぇ」
「知ってて知らないふりをするということを、…………わかってるの?!」
「えぇっ」
「じゃあなんでそんなにかかわってくるのよ?!」
「あなたの望む答えは?」
「っ…!」
離れていた距離が一瞬で縮められ、そして顎を掴まれた。そうしてまた数センチの距離に顔を近づけさせられる。
「『あなたのことが心配だから』」
「っ」
「そうよね?」
「……私を馬鹿にするのも、いい加減にっ…!」
「いいこと。私はあなたとの関係が愉快なの。おもしろいのよ。興味深い。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「……」
「望む答えを用意してあげる。でも私の口から出る言葉はほとんど真実とは限らな。…………呪うなら私に気に入られた事を呪うことね」
「…………えぇ、本当に」
吐き捨てた。
ちょっといいかと思ったらこれだ。なんて食えない奴…!!
その会話を最後に、屋上には沈黙が戻った。下では、今日も教師が講釈を垂れている……。
長く感じた沈黙に、私の中の意気はすっかり消沈していた。何だかいきなり情けなくなって、悲しくなって、力が抜けていく。
「お願いだから……。…………これ以上、関わらないで」
「……」
「あなたの気まぐれに付き合わされるなんて、そんなの……っ」
私の視界に、足が踏み込む。「え……」
唇に触れた何かに、驚いて顔をあげると、そこには離れていく委員長の顔があって。
「また一つ、秘密、できたね」
「………な」
状況が把握できず、呆然としていたがようやく事実を理解する。途端に顔が熱くなった。
……そうして、何か緊張のようなものが、体から抜け落ちた。
「あはっ………。あははは、ははははは……」
「……」
委員長はいきなり笑い出した私を、静かに見守っている。私はひとしきり笑った後、彼女に向き直った。
「…………あーあ。もう…………わかったわよ。…………あなたのこと、……わかったわよ」
「なにが?」
「もう…………真面目に向き合わないことにする。肩の力、抜くわ」
「…えぇ。それがいいでしょうね。きっと」
「全く。…………ふ…ふふ…」
なんか突然どうでもいいような気がしてきて。私は屋上の真っ青な空を仰いだ。
気まぐれな猫に、全力で付き合っていたらただ思いっきり振り回されるだけだ。
「はぁ。…………いいわ。秘密を、共有する」
「OK」
「ただそれだけの、関係よ」
「もちろん」
そう言って笑う委員長が、あまりにも爽快な笑い方をしていたから。
私もつられて笑う。友情だとか別になんでもいい。言葉で表現できない何かで、この人とつながりあったのは確かだった。
それだけで、……もういいや。
……
…
「キス、返してよ」
「それ無理。どうやって返すの。もう一度するの?」
「結構です。……私の唇を奪った対価は、大きいよ」
「それは光栄だわ」
ep1 end