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ヨウジョ FINAL WORK 後編

ヨウジョ「がおー!」とてとて


主人公はヨウジョとメカヨウジョとケモナを連れて物販店を駆け抜けた。


幸太郎「応援しているよ」


幸恵「がんばってね」


チームゴルフの皆様、そして女児とその御家族からの厚い声援に背中を押されてヨウジョはズンズン突き進む。

バックヤードに侵入してすぐにエレベーターを見つけた。

下ると右手奥に通路が伸びていて、壁には一定の間隔でエレベーターと倉庫の扉が向かい合って並んでいた。

特に危険や障害はない。

チームジュリエットが確保してくれているからだ。


卑弥呼「チームジュリエット代表、卑弥呼と申します。お気をつけていってらっしゃいませ」


主人公「ありがとうございます。お疲れ様です」


恭しい彼女達に挨拶を返しながら直進、その突き当たりを左折し前進して目的のエレベーターホールへと辿り着いた。

数えて三基あるうちの中央を召喚する。

荷物用エレベーターなので中は十分に広かった。

主人公はケモナのドローンを抱いて二つあるボタンから上階を選んで押した。


ヨウジョ「なんだかすごいね」わく


メカヨウジョ「秘密基地みたい」どき


隣で主人公もちょっぴり興奮していた。

普段は立ち入ることの許されない場所への侵入は、幼女に対するトキメキに匹敵するほど心を弾ませた。


主人公「上に着いたら倉庫になる。そこにある他のエレベーターに乗り継ぐよ」


ヨウジョ「はーい!」


倉庫は大天守の地下三階全てにあるが、荷物の搬入は隣の小天守から行われる。

そのため、倉庫内の少し離れたところに小天守へと繋がっているエレベーターがまた別にある。

上下左右に動く特別製だ。

なぜ、小天守から向かわねばならないのか。

その理由は大天守へと猪突猛進するのは危険と判断したからに他ならない。

エントランスのある地上一階は女児や大人達が多く往来するので激しい戦闘が予想される。

それを避けるため、まずは小天守へと移り、その上階を目指す。

そしてそこにある渡りやぐらを渡って大天守へと侵攻するのだ。

敵もこの行動自体は予測していると思われる。

が、地上一階からの侵入よりは遥かに安全だろう。

不確かな可能性に人員を割くほど相手に余裕はない。

特務員達のがんばりのお陰様である。


主人公「倉庫内に敵影なし。冷えるが衛生環境はよろし」


メカヨウジョ「では進みましょう」


ヨウジョ「がおー」とてとて


ヨウジョが進撃を再開したその時。

にわかにケモナが飛び出してヨウジョの行く手を阻んだ。


ケモナ「ぐるる……!」


ヨウジョ「どうしたのケモナちゃん」


メカヨウジョ「まさか……女児!」


ケモナ「しっ!サーモグラフィーによるスキャンの結果、小さな熱源を複数確認。女児だと思うわん」


メカヨウジョ「やっぱり潜んでいましたか」


主人公「待ち伏せは分かっていたことだ。なんとか切り抜けよう。ケモナちゃん、数は?」


ケモナ「女児とぅえるぶ大人わん」


主人公「幸いにも少数だ。なんとかなるだろう」


メカヨウジョ「十二人も幼女級女児がいるんですよ」


ヨウジョ「ねえねえ」


ヨウジョが主人公の服をちぎり取らんばかりに引いて訴える。


ヨウジョ「エレベーター動いたよ」


主人公「なに!」


その言葉に体ごと振り返ると確かにエレベーターは下降していた。

主人公は想定外のトラブルに逃げ場を失い焦る。


主人公「一体誰が動かした?チームジュリエットの援護か?」


ヨウジョ「あ!出てきたよ!」


整理整頓区分けバッチシの荷物の陰から女児達が次々と出現する。

その手にはやはり危険物があった。


主人公「パイだ」


真っ白な円盤状のそれは今にも投げられそうだった。

焦りは高まり緊張をゴクリと飲む。


主人公「三人は隠れて。汚れちゃいけないからね」


主人公は三人を背に隠してパイをはたき落とすためにカマキリみたく構えた。

と、女児達の背後から腰曲がりの老人がひとり姿を見せた。

次の瞬間。


うるち「放て!」


その容赦ない一言でパイは女児の手を反射的に離れた。

加速して襲い来るパイを懸命にはたき落とそうとするも女児の魅力に体が痺れて、主人公の体はあっという間に限界を迎えた。


主人公「くっ……かわいい!」


ついに、いくつかのパイを直に受けた。

一撃一撃がねっとりして重い。

それでも視界は確保したし、背後の幼女達も無事だ。

とは言え、次も守りきれるか分からない。

一か八か走るか、迷い考える時間すら与えてくれないようだ。

女児達は素早く傍らからパイを調達して、再度主人公目掛け投てきした。

主人公の体が惨たらしく白に染められていく。


ヨウジョ「楽しいね」


メカヨウジョ「なんとかしなくちゃ」


ケモナ「このままじゃ主人公がクリームまみれになっちゃうわん」


博士「任せない」


メカヨウジョ「博士!」


ケモナ「びっくりわん!」


博士「主人公、今助けるぞ」


にわかにエレベーターからサングラスを掛けた博士が飛び出し、手に持つビニール傘をグワっと開いて主人公を守護した。

パイは回転するビニール生地の傘の前では無力で、次から次へとボトボトと落ちた。

それを見て、パイ投げが止んだ。


博士「これは金管楽器から発想を得た良透過性軽量型折畳式防衛傘、アンブラス。ナノテクノロジーによってコーティングしたビニールを使用し、一滴足りともクリームを付けることはない」


主人公「それよりもどうしてここへ?」


博士「長いこと気後れしたが、ジッとしていられなかった。可愛い娘、いや孫か、それとも姪か、何だっていいか。ことほとケモナを危地に送り込んで、もうジッとしてはいられなかった」


メカヨウジョ「私たちのために来てくれたんですね」


博士「世界よりも、まずはお前たちが大切だ」


ケモナ「嬉しいわん!」しっぽふりふり


ここで老人が声を掛けてきた。


うるち「わしは和歌月うるちと言う。そこのじいさん、あんたは何者かね」


あごひげをさすりながら博士を睨む。


博士「何者、そうだな」


博士の言葉を遮るように主人公が叫ぶ。


主人公「幼女を守り世界を救う仲間です」


博士「主人公……ふっ」


うるち「仲間なら共に聞きなさい。わしはね、孫のためにここにいる」


主人公「それはどういう意味でしょう」


うるち「同じ孫を持つ仲間とわしも出会ってね。何か出来ることをしたいと思ったのだ」


主人公「これが、こんな行いが出来ること?」


うるち「悪く思わないでくれ。これは試練なのだからね」


主人公「試練」


うるち「そう。あんたらの気力を測らせてもらおう」


主人公「気力を測る?」


博士「迫る難関を突破し願望を成就する気概を示せという問いらしい」


主人公「それならば、問答無用です」


博士「よし、三人を連れて進みなさい。この場は引き受けた」


博士はそう言って背負っていたリュックを降ろし、同じ傘を一本取り出して主人公に手渡した。


主人公「博士一人ではとても手に負えません」


博士「わしの発明品を甘く見るんじゃない。策はある。さあ、くるぞ」


飛来するパイ。

博士は、傘をさっきよりもなお回転させてそれを防ぎながら、進むべき道を守るように体をゆっくりと移動させた。

主人公は、傘を開くと幼女達の頭上に掲げ、博士の裏に隠れて移動する。


博士「今だ!好機!」


パイの補充の隙を突いて、傘の先端からシャボンのバブルを拡散させた。

それは驚くほど大量で、両陣を隔て一瞬で隠すほどに充満した。


ヨウジョ「きれい!すごーい!」ぱちぱち


博士「このシャボン玉は軽く滞空時間が長い。さらに耐久性に優れる」


メカヨウジョ「さすがです。いつか、博士みたいな発明品が作りたいです」


博士「この戦いが終わったら教えよう。一緒に、たくさん発明しよう」


ケモナ「嘘ついたら針千本飲ますわん」


博士「もう嘘はつかない。だから、心配せずはやく行きなさい」


メカヨウジョ「また、あとでね」


ケモナ「ばいばい博士。短い時間だけど会えて嬉しかったわん」


博士「……わしもだ」


主人公は傘を畳むと、シャボンのバブルに見とれるヨウジョの手を引いてその場を離脱した。

やがて主人公達の足音が遠くなると、何度目のパイが一つ、挑発するようにシャボンの壁を貫いた。


博士「この期に及んでまだ投げるか」


博士はおもむろに傘を畳んだ。

うるちと決着をつけるためだ。

傘をさらに一本取り出し、腕を振ってシャキンと伸ばした。


博士「どっこいしょ!」


博士は重いパイすら、シュ、と切り捨ててみせた。

二刀流の奏嵐節でパイを全て落として少しずつでも前進する。

老人ならざる身体能力で果敢に前進する。

虹色に瞬くシャボンの銀河で、誰かしらが見惚れるほど華麗に乱舞する。


うるち「そこまで」


うるちが手を上げてパイ投げを打止めにした。


博士「ん、どうした」


うるち「これ以上はもうよそう。あんたは見事に、娘か孫か姪か知らんがその子らと仲間を先に行かせた」


博士「そのために来たのだから当然だ」


博士が笑みを浮かべると、うるちは頷いて微笑んだ。


うるち「この子達を連れて上に戻ったら茶でも飲まないかね。いい和菓子があるんだ。もてなすから孫自慢をさせてくれ」


博士「いいだろう。話を聞こう」


うるち「ありがとう」


博士「礼はいらん。わしらは同志だ」


うるち「ほう、同志かね」


博士「はじめから敵ではない。そして、互いに幼女に味方する博愛主義。となれば同志に違いない」


博士は歳も構わず青臭い台詞を堂々と言ってのけた。


うるち「そうだね。はじめから敵なんていないのだからそうだろう」


博士「時間はまだある。ゆっくり孫の話を聞かせてくれ。参考にしたい」


うるち「決まった。それじゃあ、みんな上へ戻ろう。ご飯の前だけど少しだけお菓子を食べようね」


折しも、和やかとは真逆の空気へ突入しようという一団があった。

それは場外、第三広場になる。

特徴として、ここには右手に池、左手には小さな畑がある。

渡辺さん率いる給食係りのお母さんチームは熱を増して、特務員混合チームをイケイケとここまで押し返していた。

渡辺さんによるオナベウンチクは若者達の懸命な屁理屈で、何とか昆布の下ごしらえまで押さえ込んだ。

しかし、それが火に油を注ぐ形になり、彼らの勢いはここまで燃え広がってしまった。

感情が爆発したお母さん達はしきりに訴える。

アレルギーには気を付けてください。

決して忘れてはならない一生の約束を、お母さん達は何度も何度も何度も念を押して伝える。

若者達もその訴えにはさすがに口答えが出来なかった。

お母さん達に包囲され、雪の冷たさに耐えながらも正座して大人しく説教を受けた。

第三広場はそうして占拠され、特務員達も次々と囚われ、戦況はこう着状態に陥った。


雀「龍達もみんな捕まっちまった。このままじゃあ足が霜焼けにされちまう」


ミス「無闇に突入しても突破は難しいでしょう」


雀「幼女達に何とかしてもらえないか」


雀がチラと幼女達を見遣る。


コスプレイヤ「どうしたらいいかな。何か特別な魔法を……」ぶつぶつ


タマランテ「くぁ……」ねむねむ


相棒「駄目だ。アレルギー問題を論破することは幼女はおろか誰にも出来やしない。いや、していいはずがない」


ミス「無論そうでしょう。だからこそ、何か別のアプローチを考えねばなりません」


コスプレイヤ「特別な魔法……何かないかな」ちら


タマランテ「知りません」ぷい


お菊さんが前に出た。


お菊さん「簡単な事じゃ」


相棒「何か、いい案があるのか」


お菊さん「ふふん。お菊さんに任せい」


お菊さんは言って、彼らに向き直り咳を一つした。そして。


お菊さん「おなかすいたーーー!」


両手を口の前にして悲鳴を上げた。

その咆哮は特務員達を巻き込みながら、お母さん達と渡辺さんにまでしっかりと轟いた。

すると、彼らは一斉に胸を押さえて身悶えを始めた。


相棒「魅力が効いた!」ドキッ


ミス「いえ、それだけじゃありません。本来の役目を思い出そうとしているのです」ドキドキ


雀「なるほど!あの人達は給食係りだ!」ドキドキ


ミス「今です!皆さん、薔薇を贈ってください!」


特務員達が合図を聞いて薔薇を手向けるなか、相棒とミスリーダーは幼女達を連れて戦場を貫くように駆ける。


渡辺「待たれよ」


ミス「渡辺さん!」


第四広場へと続く坂の前に衣服を色っぽく乱した渡辺さんが立ち塞がる。

彼の手に持つ菜箸は両方とも折れていて、一方は先端が皮一枚で力なく揺れていた。


ミス「これ以上は戦う必要はないんですよ」


渡辺「いや必然、戦わねばならぬ。まだ仕込みが終わっておらぬからのう」


ミス「仕込み?」


相棒「もしや、女児のお色直しでしょうか」ひそ


ミス「さあ、どうでしょう」


コスプレイヤ「おじさん危ない!」


相棒「え?」


まさに危機一髪だった。

一人の悪戯な女児が、手を組み中指と人差し指を立て刃をこしらえ、あろうことかその切っ先を相棒の尻に突き刺そうとしたのである。

まさに間一髪だった。

その刃を、コスプレイヤがとっさに受け止めたのである。


相棒「はあ……!はあ……!」


相棒は肩と尻を上下させて、芋虫が這うような命の危機を全身に感じた。

女児はコスプレイヤを振り払い、その姿を人混みの中へと消した。


相棒「ありがとう。しあやちゃん」


コスプレイヤ「うん!」


ミス「女児が潜んでいます。気を付けてください」


相棒「女児はお菓子の詰め合わせで解放したはずでは?」


ミス「なかには食事前にお菓子はいけないと受け取らなかった子もいます」


相棒「徹底した教育。しかし、受け取るくらい構わないのでは」


ミス「自分をとことん律する。己に厳しい子もいるようです」


相棒「偉い。食後に配ってあげてはどうでしょう」


ミス「記帳して手筈は済ませてあります」


相棒「それは良かった」


コスプレイヤ「お喋りはそこまでよ」


女児達が彼らを取り囲んだ。

振り返ると、特務員達も気が強い女児に尻込みしていた。


相棒「みんなとても魅力的だ。鼓動が密やかに、それでも高く脈打つ」トクン…


ミス「惑わされてはいけません」


渡辺「ええい聞けい。投降せよ」


ミス「聞いてはいけません」


渡辺「大人しく投降すれば悪いようにはせぬ。ただ、ここから去ってもらう。それだけのことよ」


ミス「それも出来ません」


渡辺「さればどうする」


タマランテ「どーもどーも。通してもらいますの」


相棒「挨拶みたいになってるぞ。言いたいのは、どうもこうも、じゃないか」


タマランテ「こっほん。どーもこーも、通してもらいますの」


渡辺「はて、汝より歳多き彼女達をどうするつもりか」


お菊さん「またあたしが」


タマランテ「お待ちなさい」


お菊さん「なんじゃモモ。なぜ止める」


タマランテ「簡単なことでしてよ。ふふ、ここはモモルディカ・チャランティア・タマランチにお任せあれ」どやあ


タマランテはそっと、柔らかく丸めた拳を頬の辺りまで上げた。


タマランテ「すずりは、いつもこうしていましたの」


渡辺「何をするつもりかは知らぬが。汝のような娘っ子ひとり、料理のさしすせそを投げ掛ければどうと言うことはござらぬ」


相棒「させるか!」


相棒が飛び出して渡辺さんの口を手で塞いだ。

僅かに遅れて、鎖から解き放たれた狂犬のように女児達が相棒に群がる。

コスプレイヤとお菊さんが身を呈してそれを庇った。


コスプレイヤ「モモちゃん!今よ!」


タマランテ「きゃおー!」


タマランテが元気ハツラツと雄叫びを上げ、鋭い爪を光らせて場を掻き乱す。

女児達は相棒から引き剥がされ、きゃーきゃー喚きながら散り散りになって逃げ回った。


龍「あれがマジモンの幼女の魅力かい。サングラス越しでもマブいな。はんっ、背中の龍も疼きよる」


虎「多分、魅力だけじゃない」


龍「なんやて。そらどういうことや」


虎「女児達はお姉さんとして、年下の子と遊んであげようとしているんだ。僕も昔、大華の国で弟達の面倒をよく見ていたから分かる」


雀「油淋寺の仲間達との思い出話ね。いい話じゃないのさ」くすん


龍「泣いとる場合か!隙ができたぞ!」


特務員達を縛る女児達も動いた。

その隙を逃しはない。


武「堅牢会が出る!」


堅牢会の幹部らが指図されて渡辺さんに飛び掛かると同時に、相棒と幼女二人がタイミングよく距離を置いた。

口を解放された渡辺さんが、すかさず、遠くから様子を伺うタマランテに狙いを定めて断末魔を放った。


渡辺「料理のさしすせそ!」


タマランテ「なんて!」


渡辺「え!」


断末魔は間抜けに飛び去った。

渡辺さんは出し抜けに絶句した。


タマランテ「あのお爺様、わたくしになんと言いまして?」ぱちくり


相棒「気にしなくていい。それよりもよくやってくれた。モモちゃんすごい」


タマランテ「もち!当然ですの!」えへん


ミス「二人もありがとう」


コスプレイヤ「やったね、お菊さん」


お菊さん「ね!」うぃんく


ミス「さて、この場にチームロミオ代表、正宗さんはいらっしゃいますか?」


正宗「ここに」たたっ


ミス「この場をチームロミオに預けます。頼みましたよ」


正宗「アニメイツ。任されました」


ミス「ではチームヤンキー。共に先へ」


龍「押忍!」


幼女を先頭に坂を登り第四広場へと到達。

ここはやぐら門が複雑に連なる迷路のようなところだ。

天守を守る最後の砦なので、さぞ恐ろしい攻撃が待ち受けていよう。

相棒は目前でうねりそびえる三重のやぐら達が、まるで大蛇に見えて肩をすくめた。


ミス「パイが散乱しています。パイ投げは幸いにも終わったようですね」


龍「みんなで片つけましたよ。あ、片づけはご覧の通りまだですけどね」


それを聞いて、ささやかな遊びを期待していた幼女達は肩を落として眉をしならせた。


相棒「どうしたみんな」


お菊さん「あたしゃあパイ投げを知っとる」


コスプレイヤ「私も」


タマランテ「私は何度もしたことありましてよ」


タマランテは言って、パイを投げる動作で魅力を振り撒いた。

コスプレイヤがそれを見てため息を吐いた。


コスプレイヤ「いいなあ。私もやってみたかった」


お菊さん「あたしも。雪しか投げたことない」


タマランテ「まーまー。ビッグダディにお願いしますから、みんなで夜に楽しみましょう」


コスプレイヤ「モモちゃーん!」むぎゅー


コスプレイヤが喜びのあまりタマランテを力一杯抱き締めた。

これは攻撃ではなく親愛である。

その一方で、周囲の大人達は愛くるしさに胸をきつく締められたのだった。


お菊さん「むむ!何か変なのがくるぞ!」


お菊さんが異常な魂の波動を関知した。

遠くから騒がしい足音と共に、ゾッとする金切り声が聞こえてきた。

前方と右手、道は二手に別れている。


相棒「ミスリーダー!何か来る!」


ミス「私達は右手より突貫します。チームヤンキーは直進してください」


相棒「幼女達だけでいけますか」


ミス「道が狭いので大勢より少数の方がやりようはあります。幼女の魅力で道さえ開ければ何とかなるでしょう。右手のルートなら最短で第五広場へと行けます」


相棒「直進はどうでしたっけ」


ミス「道がより複雑に入り組み、袋小路もあります。だからこそです。幼女達の魅力で側面から相手をそこへ押し込むのです」


相棒「なるほど」


敵は素早かった。

秘密裏に準備されていた敵の特殊部隊が到着した。

数えきれないほどの変わった成人男性の群が送られて来た。


真知子「いたわよお!」


相棒「なんだあの怪物は!」


ミス「皆さん気をつけて、くれぐれも手荒な事はしないように。中には望んで美貌を纏った方もいらっしゃるはずです」


相棒「下手に傷つけられない。攻守の難しい状況てわけだ」


お菊さんとタマランテが思わず吐き気をもよおすほどケバケバした怪物が先頭へ躍り出て叫ぶ。


真知子「逃がさないわよ!覚悟なさい!」


山梨真知子、名は女で性は男、歳は四十二。

既婚、娘を二人持ち、趣味はキャンプ。

敵の特殊部隊、御姉様ガチンコブラザーズをまとめる特攻隊長だ。

男らしい角刈りは今や見る影もなく金髪ツインテールのカツラに飲まれ、体は女性物の冬服で色っぽくなってはいない。

まぶたはアメジスト、唇はルビー、頬はピンクダイヤで飾られている。

そうした怪物達が間近でゾロゾロとうごめいている。

身の毛がよだち筋肉が強張る悪夢のような光景だ。


相棒「うおえっ!」


ミス「しっかり!」


相棒「これは全員マジモンの怪物だ。幼女とはまるで真逆の魅力を感じる……」


相棒が耐え難く、膝を地につけ苦しみ青ざめる。

ミスリーダーはその顔をまじまじと見て悟った。


ミス「いけない。毒に侵されたようです。気を確かに持ってください」


続々と、右手からも怪物は湧いて出た。

副隊長の緑豆もやし、名は野菜で性は人間、歳は三十八。

離婚、一人娘を男手一つで育て、元ロックンローラーで趣味は育児ブログ。

男らしいとは思えない長髪はポニーテールとシュシュでアイドルっぽくなっている。


もやし「つーかまーえた!」


虎「あぶない!」


もやしがポニーテールを揺らして先手を打った。

狙いは相棒、しかし白虎が飛び出してそれを阻止した。


虎「うああえ!いやだあ!」


もやし「ふふ、にがさないんだから」


筋トレを怠らない彼の腕力からは逃れられず、吸引するほどのキスを頬に受けた虎は怪物に狩られてドサリと地に伏せた。


相棒「しまった!」


雀「くっ……あんたのことは忘れないよ」


武「必ず犠牲にはしない。弔い合戦だ」


ミス「慈愛を心して総員突撃せよ!」


龍「野郎共行くぞお!」


真知子「御姉様達行くわよお!」


正面はチームヤンキーに任せた。

鈍い音を立てて男と男の娘が激しくぶつかり合う。

視神経を通して巡る毒に全身を蝕まれようと彼らは懸命に戦う。

その傍らで、相棒とミスリーダーは後退りして目をしばたたかせていた。


相棒「あー目に染みる」


ミス「幼女達にとっても目に毒でしょう。急ぎ突破しなくては」


相棒「どうやら幼女の魅力が効いていないようです。お菊さん、何とかならない?」


お菊さんはとっくに相棒の肩に避難して目を両手で覆っていた。

無言の返答に追い詰められた相棒は下唇を噛む。


もやし「今度こそ観念なさい」


と言って、副隊長がまたもやポニーテールを左右に揺らして焦らすように迫ってきた。

そこで敢然と戦いに一歩踏み出したのは、まさかの意外な幼女だった。


コスプレイヤ「お願いします。そこをどいてください」


相棒「しあやちゃん!どうして人見知りの君が!」


コスプレイヤ「だって、みんな頑張ってるんだもん」


コスプレイヤは振り向きざまに相棒を見上げ、白い牙を剥き出しにして笑ってみせた。

眉が八の字になっていていたたまれない。

相棒の方こそ逃げ出したかった。


ミス「魔法少女として」


コスプレイヤ「ううん、違うの」


ミス「え?」


コスプレイヤ「魔法少女じゃなくてね。私、私だって。しあやがんばってみたいです」


ミスリーダーは泣いた。


ミス「いい子ね。本当にいい子」くすん


もやし「来ないで……そんなピュアな瞳でどこまでも私を見つめないで」きゅん


もやしだけじゃない。

怪物はみな極楽へと道連れだ。


コスプレイヤ「みゃおー!」


もやし「ひゃあああ!」びくっ


幼女進攻。

コスプレイヤの甘美な咆哮は癒し系の刃となって、怪物の心にこびりついた苦労を削り剥いでゆく。


もやし「いやあん!ごめんなさあい!」


コスプレイヤ「まてー!」


コスプレイヤが黄色い声を上げて、体をくねらせて逃げる怪物達を追いかける。

相棒とミスリーダーは顔を見合わせて頷くと、ただちに幼女の後に続いた。


タマランテ「きゃおー!」


コスプレイヤ「モモちゃん」


タマランテ「一緒に!」


コスプレイヤ「うん!」


タマランテ「きゃおー!」


コスプレイヤ「みゃおー!」


幼女の魅力は一千万と一千万を合わせて二千万となり、彼女達が一瞥するだけで怪物は魅惑され呪いから解き放たれた。

タマランテの愛の鞭がだめ押しに男達を打ちのめすと、すっかり参った彼らはトンズラしたり、ヤモリのように次々と壁に張り付いたりして一行に泣く泣く道を譲った。


ミス「突破!」


それから坂を駆け上がり最終第五広場。

息を整えて天を仰ぐと、壮麗な大天守が堂々と構えていた。

その前の広場には幾つもテントがあり、炊き出しの用意が着々と進んでいた。

用意している女性達の表情は実に穏やかだ。

彼女達は一行に一度だけ微笑んだきり、黙々と下準備を再開した。


相棒「女児も出てきませんね。とりあえず戻って挟撃しますか」


ミス「いえ。います、一人」


相棒「あれは……!」


幼女だ。

オーバーサイズのウィンドコートを外装として、この寒さでも凛と取り澄ましている。


もなか「こんにちは。私、和歌月もなか、て言います」


相棒「この魅力……間違いなく幼女だ」


相棒だけでなくミスリーダーの胸も「とくん」と呼応して脈打った。


ミス「ケモナちゃん、緊急事態発生です。今すぐ監視ドローンとリンクして彼女をチェックしてください。全国の幼女リストに該当はあるでしょうか」


ケモナ「……んーと……えーと……いないわん」


ミス「何ですって?」


相棒「じゃあ、彼女は女児と同じにYOUJO-Xから魅力を与えられたということか」


ケモナ「わん。そうみたい」


相棒「つまり彼女は……改造幼女」


ミス「この胸のトキメキ。彼女は間違いなく強敵でしょう」


相棒「君、目的は?」


もなか「私と対決してほしいんよ。そーこーの三人」


もなかは一人一人を指差して不敵な笑みをたっぷりと湛えた。


コスプレイヤ「なにするの?」


もなか「和菓子作りよ」


お菊さん「ほほう」


相棒「それなら適任者がいる」


タマランテが、ぷいと顔を背けて言う。


タマランテ「わたくし、和菓子はまだ……ぜんぜんダメですの」


とても悔しそうだ。

拳を握り、最後には諦めたように脱力した。


ミス「なん」


相棒「何ですって?」


タマランテ「和菓子はまだチャレンジしてなくってよ!ぜんっぜん分かりませんの!」


タマランテは語気を荒らげて叫んだ。

彼女がここまで取り乱した姿は誰も見たことがない。

勝ち目のない勝負を迫られ、逃げることも立ち向かうことも許されない。


もなか「じゃ、あんたは負け」


窮地に陥れられたタマランテのプライドは、無情にも鋭利な言葉の一薙ぎで砕かれてしまった。


もなか「ごめんな。私、知ってて言うたんよ」


相棒「分かっていて、わざと和菓子で勝負を挑んだのか」


もなか「うん。ほんまごめんな」


完璧に弱点を突かれてしまった。

改造幼女は知っていて、タマランテの弱点を正確に攻撃したのだった。


もなか「あーとーは、二人やね。ちょっと難しいけど、まー何とかなるかな」


タマランテ「ぐにゅにゅもにゅにゃに……!」


なんと歯痒きことか。

悔しかろうて。


コスプレイヤ「まだ負けてないよ」


タマランテ「え?」


コスプレイヤ「私たちはチーム、仲間、そうでしょう」


コスプレイヤがタマランテの手を取り、その甲に女神の接吻を授けた。


タマランテ「しあや」


お菊さん「ほれ、顔を上げね。みんなで頑張ろう」


タマランテ「お菊」


お菊さんも、もう片方の手を包み微笑んだ。

すると、タマランテの表情がみるみるみらくる明るくなってゆく。


タマランテ「……うん!」


二人から活力を受けたタマランテが完全復活を遂げた。

希望に満ちた瞳で、もなかをキッと見据える。

それでも、もなかは動じない。


もなか「ええやん。みんなであそぼ」にこっ


不意に下ごしらえをしていた女性達が動いた。

長テーブルを、両者の間に一つずつ設置した。

そしてその上には幾つかの調理器具が置かれ、アルコール消毒薬も備えられた。


もなか「勝負は練り切り」


相棒「練り切り?」


ミス「着色した白餡を練って形作る生菓子のことです」


相棒「あれね。なんとなーく分かりました」


いや分かっていない。


相棒「それで、形作るということはテーマもあるのかな」


もなか「テーマ?」


相棒「うん。何を作るんだ」


もなか「そやねー。動物さんやったら何でもええよ」


コスプレイヤ「じゃあ私はケモナちゃん!」


お菊さん「あたしゃあ、やっぱりカニさん」


ミス「モモちゃんは何にする?」


タマランテ「んー。ツナ、マグロにしますの」


相棒「青はさすがにないだろう」


タマランテ「そうなんですの」


もなか「あるよ」


相棒「あるのか!」


ミス「今の時代、自然由来の安心安全な食用色素は多彩にあります」


タマランテ「ではマグロ」


相棒「それでいいのか!」


タマランテ「もち。だめですの?」


相棒「いや、駄目っていうか難しいんじゃないかなーて」


もなか「じゃ、私はゾウさん作るわ」


相棒「それも難しくないか!」


もなか「おっちゃんうるさい」


大八洲「全くその通りです」


気配もなく、相棒の背後に、丸メガネをかけた初老の男がツリーを飾り付ける電飾を持って忍び寄っていた。

彼はモタモタしながらも、奇襲に戸惑う相棒をきちんと縛り上げた。

その果てはコンセントに繋がれており、電飾がペカペカと明滅を始め、雪のキャンパスに赤や青や黄に緑と色とりどりの星を描いた。


大八洲「これでよろしいかな。さあ、大人しくしてください」


相棒「誰だ!何するんだ離せ!」


ミス「あなたは……!ご無沙汰しております!」


大八洲「お変わりなく元気そうで何よりです」


相棒「このおっちゃん、どこの誰かご存知なんですか?」


ミス「こら、失礼ですよ。この方は市町さんです」


相棒「マジで!」


大八洲「初めまして。私は代々、子獅子小市を統べる一族、大八洲の末裔が一人。大八洲尊と申します」


お菊さん「おおやしま!あのおおやしまか!」


おおやしまみこと。

彼こそ、島の大半を占める子獅子小市の長である。

淡慈島、かつては日本の国と呼ばれていたこの島が二人の男女神によって生み出された神話時代まで遡る。

その時より大八洲の一族は存在し、代々、民を導き土地を守護してきた神の末裔と言い伝えられている。


大八洲「今までは幼女の居住区に近い商店街の皆様に多くを任せ、実にお世話になって助かっていたのですが、今回はこの萌黄城を借りたいと頼まれましてな」


ミス「この度は難しい頼み事にも関わらず、お許しをくださいましたことを、紅白を代表して心より感謝申し上げます」


ミスリーダーが深々と頭を下げて一礼する。


大八洲「いえいえ、一刻を争う大事ですから。まあ、とにかくそういうことでして、私自身が赴くことにしたのです」


ミス「ご足労おかけしました」


大八洲「はい、それでですな。私は彼らと直接お話して決めたのです」


ミス「何をでしょう」


大八洲「協力することです」


ミス「なるほど。そうでしたか。大八洲さん、あなたはこのお城の管理責任者のお一人でしたね」


大八洲「はい」


ミス「彼らに地下通路の存在を教えて鍵を渡した。それだけでなく、あらゆる手筈を整え援助した主導者は大八洲さん。あなたですね」


大八洲「そうです。これも彼ら、いえ我々、全人類の為にやったことです」


大八洲は一呼吸置いて視線を幼女に戻す。


大八洲「さて、幼女達が和菓子作りを始めました。一緒に楽しく観覧しましょう」


相棒達だけでなく、下準備をしていた女性達までが手を止めて幼女に注目する。

三人は手をアルコール消毒した後、それぞれに用意された色付きの餡を前に戸惑っている。

対して改造幼女は知らんぷりで作品作りに熱中している。

とっても楽しそうだ。


コスプレイヤ「こねこねして伸ばしたら黒いあんこを包むみたい」


タマランテ「任せてくださいまし」


改造幼女の背後に忍んだコスプレイヤが人見知りから会得した観察眼を生かして、狂いのないチラリズムで情報を奪うことに成功した。

タマランテが情報から得た技術を、厳しい鍛練によって洗練された指先で器用に再現する。


お菊さん「ここからが正念場じゃね」


お菊さんが長い年月をかけて柔軟にした脳を最大限に活用し、目的とする生物のイメージをその手で具現化する。


お菊さん「もも、マグロの体はもう少し太らせた方がいいよ。しあや、この赤い練り切りでケモナのリボンを作っておいたから使いね」


二人への支援は彼女らの創作をより繊細なものへと昇華させた。


大八洲「うん。あの三人も仲良く頑張るね」


相棒「和歌月もなか。あの子は何者ですか。誰の助言なく練り切りをああも簡単に仕上げていくのは、並大抵の幼女に出来ることじゃありません」


大八洲「本格的な和菓子で名高い老舗茶屋の娘です。桜宮にある父方の実家へ里帰りしていたところ、そこで運命的な出会いを果たし、祖父が付き添ってここまで来たそうです」


ミス「彼女はYOUJO-Xと出会ったのですね」


相棒「大八洲さんは、Xの正体はご存知ですか?」


大八洲「いいえ」


ミス「では、家族は?」


間を置いて。


大八洲「いいえ」


相棒が追及しようとしたが、ミスリーダーに手で口を塞がれた。

とにもかくにも重要なのは今、この勝負にあり、真実などいずれ全て分かることだ。

仲間達と完全勝利を祝う為にも、今はこの戦いに勝利することを願い、終わったら急いで紅白の仲間達を助けに戻ろう。

相棒はそう心に決めて黙ることにした。


もなか「へえ。なかなかやるやん」


コスプレイヤ「ほんとう?ありがとう」


タマランテ「しあや。敵にお返事なんてやめてくださいまし」


コスプレイヤ「だって褒めてくれたよ」


もなか「あんたもやるやん」


タマランテ「当然ですの。こういうことはデコレーションで慣れっこでしてよ」


もなか「和菓子は作ったことないんちゃうかったん」


タマランテ「ですが、形を作るくらいなら簡単でしてよ」


もなか「へえ。それで、そっちのあんたはどんな感じ」


改造幼女がテリトリーを離れ、突端で奮闘するお菊さんへと近付いた。

警戒したお菊さんが牙をむいて注意を促す。


お菊さん「寄るでない。何のつもりじゃ」


もなか「別に。見に来ただけ」


お菊さん「言うて、小馬鹿にするつもりじゃろう」


もなか「せんよそんなこと。するわけないやん」


お菊さん「本当かね」


もなか「私はみんなと遊びたいだけ。それに、そーいうズルみたいなん私嫌いやから」


お菊さん「ほほう。その清い魂を見る限り嘘はなさそうじゃね」


もなか「魂?」


コスプレイヤ「お菊さんは神様だから時々難しいことを言うの」


もなか「えー!神様!」


お菊さん「しー!人に言ってはいけないと言うたろう。それにまだ見習いじゃて」


コスプレイヤ「ごめんね」


もなか「ほんもん?パチもん?」


お菊さん「ほんもんや。もうええから向こういっとき」しっしっ


もなか「マネせんで」むっ


お菊さん「すまんね」


タマランテ「ふふ」くすくす


もなか「笑うな!」


コスプレイヤ「まーまー。喧嘩はやめよう」


もなか「ほんまに神様か知らんけど、勝つのは私やからね!」


お菊さん「出来た。では、さっそく決着を付けよう」


もなか「ええよ」


コスプレイヤ「え、待って待って」


お菊さん「もー」


タマランテ「二人とも早すぎますの」


もなか「模様はこの棒でつけたらええよ」


タマランテ「ありがとう」


もなか「どういたしまして」にこっ


コスプレイヤ「お菊さんも仲直りしたら?」


お菊さん「や!」ぷい


コスプレイヤ「お菊さんも負けず嫌いだなあ」


タマランテ「も?」ちら


コスプレイヤ「なんでもないよー」


コスプレイヤは頭を左右に揺らしながら否定して、魔法少女しあやの第三オープニングテーマを口ずさんで誤魔化した。


相棒「あの。審判は誰が?」


ミス「市町さんにお願いしましょう」


大八洲「私ですか?」


ミス「あなたはどうも中立の立場にいらっしゃるとお見受けします」


大八洲「そうですな。私は、どちらか一方の味方をするつもりはありません」


ミス「では、お任せしてよろしいですね」


大八洲「引き受けました。その役目、きちんと公平に果たすとお約束しましょう」


もなか「話終わった?」


大八洲「終わりました。和菓子は完成しましたか」


もなか「もうそろそろや」


タマランテが机を二度叩いて完成の合図を送る。

誘われた大八洲は幼女のもとへ歩み寄る。


相棒「あんなに接近して魅力に耐えられるでしょうか」


ミス「信じましょう」


にわかに、大八洲が机にもたれ掛かるように姿勢を崩した。

一瞬、机がこちらへ傾き、幾つかの調理器具が音を立てて雪の上に落ちた。

作品は幼女達の手にあり、どうやら無事のようである。


コスプレイヤ「大丈夫ですか!」


大八洲「かわいい……!かわいい……!」


大八洲はうわ言のように呟きながら、幼女を優しい笑みで愛でる。

そして力なく、おもむろに振り返って二人に勝敗の結果を告げた。


大八洲「引き分けです。これは勝ち負けなど、私にはとても決められませんな」


相棒「どういうことだ?」


言うが早いか相棒が駆け寄って、直接その目で確かめて見ることにした。

と、その前に大八洲をちらと横目で見ると、もう気を失っていた。

びっくりたっぷりの尻餅をついて後退り、怖じ気付いて乱れた息を電飾の点滅に合わせて整えていると、幼女達が相棒をずらっと取り囲んだ。

雪の上に並ぶ四つの影が前触れなく襲いかかってきそうで、相棒は小さく悲鳴を上げた。

ああ、それにしても尻が冷ややっこい。


コスプレイヤ「大丈夫?おじさん、ドキドキしてる?」


相棒「ドキドキしてる。怖い、のかな、それとも、いいや、とっても楽しみだ」


気持ちをネガティブからポジティブに切り替えてスクッと立ち上がる。

視点は雪から空へ移った。

まったく能天気だ。


相棒「ようし。俺の後ろに一列に並んで」


今度こそ怖じ気付かないと心構えを改める。

トキメキは素晴らしい刺激である。

何を怖れることがあろうか。


相棒「じゃあ、見せてもらおう」


言って幼女と向き合う。

ミスリーダーが遠くでクシャミする音が聞こえて一瞬驚いたけれど、それでも止まることなくスムーズに振り向いた。

眼下に、甘く熟した果実を実らせた四輪の花がしゃんと咲き誇っていた。


相棒「幼女奇想天外!!」


相棒はまるで走高跳の競技選手のように満点の背面跳びを見せて机をバーンとひっくり返した。

机にしがみついていた調理器具が宙を舞い、気を失った大八洲の体は縦に一回転して雪の上に仰向けに投げ出された。

直後、相棒の体を締め付ける電飾の電球がいっせいに弾けて砕け、相棒の意識も同時にショートしてしまった。

最後に、誰も知らぬところで、コンセントからプラグがゆっくりと抜け落ちた。


もなか「ええ……」


(;´゜д゜)


ミス「どうしましょう……」


幼女一列も、遠くから双眼鏡で様子を伺っていたミスリーダーも、両者ともに困惑した表情で固まった。


お菊さん「まさか……あたしの魅力がこれほどとはねえ」


もなか「なに言うてんの。これ、どうすんのよ勝負」


タマランテ「ミス!」


タマランテの呼び声にミスリーダーの肝は簡単に潰された。

「次はお前の番だ腰抜け」

誰かにそう後ろ指をさされたようで、ミスリーダーは堪らず鼻から涙を一筋流した。


ミス「ごめんなさい……許して……」


続けて、思わず情けない言葉が初めて口から垂れ落ちた。

しかし、救いを希う言葉は誰に届くことなく静かに雪に染みて消えた。


ミス「いけない。しっかりしなきゃ」


幼女が雪を踏み潰してこちらへ迫って来る音を聞いたミスリーダーは気を取り直し、慌ててティシューペーパーで鼻をかんでサングラスを装着した。

が、ミスリーダーも見てしまったのだ。

幼女の生み出したトキメキの化身を。


ミス「あれはヤバい」


思い出してまた畏怖に取り憑かれた。

すると、トキメキの化身がめいめいに産声を上げる幻聴が頭に響きはじめた。

わんわん、ちょきちょき、つなつな、ぱおーん。

童謡みたく、繰り返して流れるその煩わしい雑音を、雪で顔をシャリシャリと洗うことで頭の中から強引に追い払った。


お菊さん「平気とは思えぬ。無理するでない美人。もうよい」


ミス「心配かけてごめんね。でも、大丈夫。ちゃんと評価するから」


タマランテ「お顔が真っ赤でしてよ」


ミス「うん。雪が冷たい」


もなか「お姉さん。はよ顔上げて」


ミスリーダーは弱さを見せまいと髪を掻き上げながらそうしてみせた。


ミス「はい顔を上げました。さ、評価しましょう」


間近で見るトキメキの化身は、やはり歪で不恰好な姿をしていた。

一見して、もはやなんの生物が判別することすら難しい。

色と輪郭が辛うじて存在を残しているに過ぎない。

幼女があれだけ一所懸命にして作り上げた傑作がまさかのこれである。

それも全て。

多少はしっかりしているかと思いきや、部位の大きさがてんでばらばらに乱れていたり、妙に膨らんでいたり潰れていたりと凹凸が目立ち、お世辞にも上手と呼べる程度ではなかった。

なにより、本格的な和菓子で名高いとまで評される老舗茶屋の娘がここまで不器用だとは思いもしなかった。

もはや懐かしささえ抱くギャップ萌え。

それでも、背後からバールのようなもので頭部を殴打された、という表現がしっくりするほどの衝撃がミスリーダーの脳へ叩きつけられた。

その威力は、やっぱりトキメキの稲妻となって心臓を貫いたのだった。


ミス「ほおっほおっほおっ……」


フクロウっぽい喘ぎ呼吸で心臓を無理やり動かして、今にも旅立ちそうな意識を死に物狂いで引き止める。


コスプレイヤ「へたっぴ……だよね」


ミス「いいえ。みんな良い意味で個性的よ」


その言葉は偽りではなく、嘘を言ったつもりはなかった。

餡が所々はみ出し目鼻口どれもが不揃いで福笑いみたいなケモナちゃん。

甲羅に目口が揃ってしまい角みたいな大きなハサミを頭に添えてしまった人面みたいなカニさん。

丸みと膨らみが妙技で整いすぎたゆえにマンボウと思わせて分福茶釜みたいなマグロさん。

大きい頭よりも大きい耳が翼みたいでもっと大きい鼻が本体みたいなゾウさん。

どれも拍手したくなるほどに素晴らしく芸術的であり、本気で愛くるしい。


ミス「だから甲乙つけがたい。優劣なんてあり得ない。勝負にならないよ」


タマランテ「えー。じゃ、どうしますの」


もなか「ちゃんと決めて」


タマランテともなかが不満を口にしてトキメキの化身をグイグイ差し出してくる。

ミスリーダーは背水の陣で挑むことを余儀なくされた。


お菊さん「そこまで」


そこへ助け船を出したのはお菊さんだった。

ミスリーダーは必死になってそれに飛び乗った。


ミス「お菊さん、どうしたの」


お菊さん「勝負がつけたいのはよう分かる。じゃが」


言い残して、お菊さんがミスリーダーに両手を出すように指図する。

渋々従うと、その上に幼女が生み出したトキメキの化身を一匹一匹ちょんちょこ乗せはじめた。


ミス「何をどうするのかな?」


ミスリーダーは悲鳴を上げて投げ捨てたい衝動を押さえて、掌の上でおどけるトキメキの化身を愛そうと努力する。

そうしていたら、だんだんと手の震えは落ち着いてきた。


お菊さん「こうして一つにしてみてはどうね」


お菊さんが執り成すと、さっきまでめいめいに強く主張していたトキメキの化身が、なんと仲睦まじく一つの家族と収まった。


お菊さん「あたしゃあ今まで何度も戦を見てきた。じゃから、勝ち負けが大事なことはよう知っておるし、あたしだって負けるのは嫌じゃ。けど、こうも思うね。たまには、勝ち負けなく仲良くしてはどうじゃろう、と」


もなか「仲良く……私も仲良く遊ぶためにここに来たよ」


お菊さん「あたしも本当は仲良く遊びたかった。昨日の雪遊びのときも。ううん、ずっと昔から友達と遊びたかった」


もなか「今まで一人ぼっちやったん?」


お菊さん「まあね。でも、今は」


コスプレイヤ「友達がいるよ!ここに!」


もなか「そう。よかったやん」


タマランテ「あなたも今日からお友達ですの」


もなか「私も?いいの?」


タマランテ「もち!」


空恐ろしいことに、いまの幼女達は仲間を作り群れをなすことに幸福を感じていた。

親愛の挨拶にタマランテが抱擁すると、もなかは嬉しそうに受け入れた。

チークキッスも忘れない。


お菊さん「ということでどうじゃ。互いに仲直りせぬか」


お菊さんが手を握ると、もなかは気持ち倍にして握り返した。


もなか「うん。仲直り」


こうして幼女の和が結ばれた。


「人の和を結び縁を織る菓子」


それこそが最高の和菓子なのかも知れない。

ミスリーダーは幼女の心情を慮るあまり目頭が熱くなってきた。

目の奥まで焼けるように。


ミス「はぐっ!もむっもむっ!んくっ!あぐっもぐっんもっもっ!」


恋しくて羨ましくて愛されたくて妬ましくて、つい幼女手製の和菓子にむしゃがぶりついた。


コスプレイヤ「あ!食べちゃった!」


お菊さん「よい、食べね」


もなか「うち特製の練り切り、最高やろ」


最高を越えた至高、とてもとても美しい味だった。

ミスリーダーの目は多分四十二度くらいまで熱くなった。

ほろろっと涙がこぼれた。

ぺろりと和菓子を平らげると、サングラスを放り雪に顔を押し当て涙を拭い、熱がまだ冷めやらぬままに爽快に頭を振り上げた。


ミス「はあ……ちょー気持ちいい」


幼女と改造幼女による闘争は和睦で締め括られた。

ミスリーダーは、ぼんやりと城を眺めて、主人公はどうしているだろうと心の片隅で案じた。

当の主人公は、彼らは、女児の大群を相手に苦戦していた。

密な猛攻に手も足も出ないでいた。


主人公「この大きな木は桜で、春になるととても綺麗な花を咲かすらしい」


ヨウジョ「じゃあ、春になったらまたみんなで来ようね」


ケモナ「わん!」


クリームを拭き取りエレベーターで上階へ。

突き出した崖に七五三式庭園があり、桜の木を中心にコの字で作られた渡りやぐらがあった。

そこは、大事なく通り抜けられた。

ところが、大天守へと突入してすぐに女児の猛攻は始まった。


主人公「まさか、これほどたくさんの女児が残っていたとは」


内部はさほど広くない。

通路も大人二人が限界の幅だ。

それは逃げ道や逃げ場がないということである。

苦戦はどうしても免れなかった。

連続的なクラッカーアタックは、紙吹雪による視界の妨害だけでなく、大きな炸裂音によって聴覚まで被害が及んだ。

女児は通路に並んで、順々に連続してクラッカーを撃ってくる。

ヨウジョだけがその猛攻を愉快にしのいでいた。


メカヨウジョ「これじゃあ、まったく前に進めません」


主人公「強引に進めば女児を転倒させて怪我を負わせる危険がある。地の利と女児の利を生かした、認めたくはないが見事な戦術だ」


やがて数人の女児が立ち塞がる。

背後にも女児が並び立ち、三人はすっかり包囲されてしまった。

主人公の心が、じわじわと魅力に惹かれる。


主人公「追い詰められたか。前後に可愛いを多数確認。さて、どうしよう」


ケモナ「ちょうど左の部屋を通り抜ければショートカットが出来るわん」


主人公「ようし!」


しかしそれは巧妙に仕掛けられた罠。

女児は、あざとらしく左の部屋へと一行を誘い込んだのであった。


主人公「ここにも女児の待ち伏せ!」


メカヨウジョ「これは罠です!」


ケモナが警戒して強く吠えるもその甲斐むなしく、一行は女児のさらなる術にまんまと嵌まり、さらに個々に孤立させられてしまった。

女児は二組ずつ別れて次の攻撃へ移る。

一方の女児が体の自由と靴を奪って離さず、残る女児が懐から筆を一本取り出すとくすぐり攻撃を開始した。

さすがのヨウジョもこれにはたまらず、笑い声を上げて身悶えしている。


主人公「ははは!やめてくれ!もうやめてくれ!」


主人公は足裏が弱かった。

それに気付いた女児はすかさず主人公を組伏せて足裏を重点的にくすぐる。


メカヨウジョ「きゃはは!やめてー!」


メカヨウジョのセンサーも過敏に反応してしまった。

彼女は頸動脈を何度も撫でられてしまい、エネルギーをどんどんと消耗する。


ヨウジョ「あはは!なになに!」


ヨウジョはとにかく、くすぐりに弱かった。

全ての弱点に攻撃を受け、もう息も絶え絶えに抵抗すら出来なくなっている。

主人公は彼女がここまで弱る姿を初めて見て足裏に冷や汗をかいた。


主人公「んひぃー……このままでは……」


ケモナ「わん!わんわん!」


メカヨウジョ「た……たすけてケモナ……」


唯一、ケモナだけがノーダメージであった。

なぜなら彼女は、ドローンより投影された立体映像だからである。

女児達の手は、筆さえも、天井ギリギリに浮遊するドローンを捕らえることが出来ない。


ケモナ「いま助けるわん!」


なんとケモナが三人に分身した。

女児達の動きがピタリと止まり、視線が部屋の中央に集中する。


ヨウジョ「ケモナちゃん、すっごーい!」


ケモナ「わんぽう!つむじかぜ!」


ヨウジョ「わあ!」


犬と犬と犬で猋。

三人のケモナが円を描いて室内を目まぐるしく、思いっきりはしゃいで駆け回る。

その回天にヨウジョが拍手して拍車を掛けた。

そうして戦況も滑らかに好転した。


主人公「こんな魅力がまだ隠されていたなんて……!」どきっ


魅力の旋風は衰えることなく盛んに吹き広がり、女児達を壁へと追い込んで視線を釘付けにした。


メカヨウジョ「あなた達も魅とれている場合じゃありません。ほら、はやく靴を履いて」


メカヨウジョがこそこそ靴を履きながら小声で言った。

主人公とヨウジョはもたもた靴を履いた。


ケモナ「今のうちだわん!」


主人公「ありがとう!」


ケモナの魅力で気抜けられ、うっとりして夢見心地の女児の間をすり抜けて部屋を脱出すると、派手な服装のキザ野郎が腕を組みながら壁にもたれかかり一行を待っていた。


清掃院「や、俺は清掃院輝。てるさん、と気軽に呼んどくれ」


主人公「急いでいるので失礼します!」


清掃院「あらら」がっくし


主人公は本当に急いでいた。

いいや、正しくは急かされていた。

刻一刻と昼食の時間が迫っている。

この門限を過ぎれば当然に昼食が遅れ、その分、夜のパーティーまでに腹を空かせるのが難しくなる。


清掃院「悪い。くすぐり地獄を突破されちった。ウクレーナ夫妻、ご自慢の三人娘のスタンバイをよろしく。おまつり天国に期待するよ」


何も知らず名ばかりの天国へ向かう一行は、忍び足急ぎ足で一目散に階段へと辿り着いた。

そして主人公が勢いのままに、それを駆け上がろうとしたその時であった。

あってはならぬ事故が起こってしまった。


ヨウジョ「え?」


がむしゃらに前進する主人公の足が一段飛ばしで階段を跳び上がろうとしたのだが、冷静を欠いたためか、それともつい先程のくすぐりによるダメージが残っていたのか、あるいはその両方によるせいだろうか。

伸ばして踏み込んだ右足がつるんと滑り、前に転ぶまいと反射的に上体を後ろへ反らした結果、彼は派手に転倒して腰を強くぶつけた。

オマケに後頭部もぶつけた。


主人公「うぐっ!」


体をひねって、声にならない呻きで尻を突き上げ痛みに抗う。

心配したメカヨウジョが主人公の腰を撫でて労る。


ケモナ「大丈夫?」


主人公「うーん……」


メカヨウジョ「ちょっと落ち着いてください」


主人公「迷惑かけてごめん。その、ほら、昼食の時間が迫っているから、だから、急がなきゃって」


主人公はペコペコと草を食むベコのように頭を下げて謝罪した。

しかし、どもりながら弁解してしまった。

その一瞬の挙動不審な態度を見逃さなかったメカヨウジョは、高性能カメラアイで彼の本心を見透かし、スーパーコンピュータで導き出した鋭い推理で核心を衝いた。


メカヨウジョ「それよりも、本当は娘さんのことが心配なのではないですか?はやく、会いたくて仕方ないのではないですか?」


幼女式二連撃。

グサグサッと図星が両肺に突き刺さった気がして主人公は息が詰まった。

昼食を言い訳にしたつもりはない。

それでも本心を誤魔化すには十分な理由だった。


ヨウジョ「階段は危ないからね。気を付けなきゃダメだよ」


ヨウジョが隙を逃さず背後から腰へ平手打ちによる追い打ち。

ビリビリと骨の髄まで響く真っ当なお叱りである。

優しい声ながら厳しい忠告を受けた主人公は項垂れたまま沈黙した。


メカヨウジョ「転んだ時に、もし、私達とぶつかったら大変でしたよ」


主人公「返す言葉もない。まさしくその通りだ。本当にごめんなさい」


ヨウジョ「ごめんねしてえらいえらい」


ヨウジョが微笑み、頭を撫でて許してやる。

なんと慈悲深いことか。


メカヨウジョ「ちゃんと私達をエスコートしてください」


メカヨウジョが笑って、手を差し伸べる。


主人公「うん。がんばるよ」


主人公の顔にも笑顔が戻った。

メカヨウジョの手を取り、痛い、ではなく重い腰を上げた。


主人公「ということでお姫様たち。背中は僕に任せて、安心して上ってくれ」


ケモナ「みんなで一段一段、わんわん、気を付けて上りましょう!」


ヨウジョ「はいわんわん!」


ケモナ「ケモナは、わんわんじゃないわん」


ヨウジョ「わかってるわん」


ケモナ「?」


メカヨウジョ「ややこいわん」


ケモナ「?」


主人公「気がほぐれた。うん、いいね。もっと、ゆとりを持って進もうか」


ヨウジョ「ゆとり?」


主人公「もっともっと楽しんで行こう」


ヨウジョ「わかった!」


そこでメカヨウジョが提案して、幼女二人はじゃんけんをして遊びながら階段を上ることにした。


ヨウジョ「えーと、なんだっけ」


メカヨウジョ「チョキはチヨコレートです」ぷい


ヨウジョ「ち、よ、こ、れ、い、と」


主人公「残念、すずりちゃんの勝ちだな」


メカヨウジョ「むう……」ぷくー


ヨウジョ「わーい勝ったー!」


勝負はヨウジョの三連勝であっさりと決着がついてしまった。

相当に悔しかったらしく、メカヨウジョは子供らしくむくれてしまった。

その怒りは簡単にはおさまらず、ヨウジョではなく、別の相手に八つ当たりすることになる。


主人公「何だあれは?」


大広間。

昔々、ここでは畳等を持ち込んで簡易的な舞台を作り、姫が退屈されないよう毎日のように芸を披露して楽しませていたと云われる。

そこに、今は三つの遊戯が置かれていた。


ケモナ「人形すくい、達磨落とし、輪投げ。まるで縁日だわん」


主人公「物販店の側にある遊戯コーナーから運んできたのだろう。だが、それよりもだ」


ケモナ「幼女が三人もいるわん」


主人公「三人もか……なあに。ちょうどいい数だ」にやり


三人の幼女は皆揃ってよく似た顔をしているが、髪型や服装に少しの違いがあった。その三人の魅力はとても計り知れないもので、音もなく放たれた三本の矢が主人公を一撃で射すくめた。

やにわに射たれてしまい意識が朦朧として白目を剥く。

異常を感知したケモナがとっさにひと吠えして彼の意識を呼び戻した。


主人公「幼女慣れしたこの僕がここまでトキメキするなんて、一体どういうことだ?」


主人公の胸はジクジクするほどトキメキしていた。

対して、三人の幼女は余裕綽々の表情で一行を品定めするように眺めて動かない。


メカヨウジョ「はじめまして。ことほです」


ケモナ「ケモナだわん。よろしく」


ヨウジョ「私の名前は清里すずりです。よろしくね」ぺこ


こちら幼女が先制攻撃とばかりに挨拶をくれてやった。

するとさっそく反撃のつもりか、クスリと笑って、初めに真ん中の幼女が胸に手を当て名乗り返した。


イエラ「はじめまして。私の名前はイエラ・ウクレーナ」


次に、向かい合って左の幼女が小首を傾げて名乗る。


ティエラ「よろしく。私はティエラ・ウクレーナ」


最後に右の幼女が片手を柔らかく振って名乗る。


リエラ「リエラ・ウクレーナ」


挨拶は朗らかに交わされたが、主人公には、笑裏蔵刀、闘争心をさらけ出してつばぜり合う音が聞こえた気がした。

楽しそうな遊戯を三つも前にしているのだ。

あの可愛らしい幼女が心の刃を光らせるのも仕方ないと言えよう。


主人公「ケモナちゃん。彼女達はリストに載っているかな」


ケモナ「わん。タマランテよりも強い魅力を持った海外最強……ううんもしかしたら。もしかしたら池球最強の魅力を持っているかも知れない。データは未知数よ」


主人公「なんだって!」


ケモナ「三人は魅力をコントロールできるらしいわん。きっと、イエラは女医を目指して、ティエラは女優さんを目指して、リエラはフィギュアスケート選手さんを目指して、人前で特訓を積んでいるからよ」


主人公「なるほど。魅力のコントロールが身に付くのも頷ける」


ケモナ「お勉強は大忙しで、お仕事は大人気だわん」


主人公「お仕事だって!幼女なのに多忙の極、幼女だから人気の頂。厳しい環境のなかで類い稀なる魅力が育まれたか……待て」


ケモナ「なに?」


主人公「彼女達は今、魅力を全開にしているのか……否、それとも……」


ケモナ「わからないわん」


主人公「気をつけようケモナちゃん。そして二人も。きっと手強い」


ヨウジョ「てごわい?」


主人公「強い、あの三人は。これだけこちらが喋ってもお利口さんに待ってくれているほどだ」


ヨウジョ「強い……怪獣さんみたい!」


主人公が怪獣を想像してしまってわななくのとは逆に、ヨウジョは怪獣と戦えることに武者震いして口角を上げた。


ケモナ「追加報告わん!彼女達は三つ子!」


主人公「三つ子!え!三つ子!」


ヨウジョ「すごいね」


主人公「魅力が増した……!これはまだまだ全開じゃないな!」


ケモナ「最後に、地元ではこんな伝説が吟われているわん。一つの卵から生まれし陽光の才を召す三つ子の幼女。数多の敵を食らい三つ首の女帝と成れば天をも破ろう。果ては、世界を照らす太陽と輝かん」


主人公「もうたくさんだ。よく分かった。それ以上は聞きたくない」


主人公は弱音を吐いてしゃがみこみ、幼少期に戻って拗ねたみたいに見ざる聞かざる言わざるの姿勢をとった。


イエラ「お話は終わった?」


ケモナ「その日焼けは、休暇の家族旅行でよく行くサーフィンの時に焼けたの?」


主人公「休暇に難度の高いサーフィンによく行く!聞こえちゃった……!」びくっ


イエラ「ううん。これはもともと」


主人公「それもまた然り魅力也……!見ちゃった……!」


メカヨウジョ「喋ってもいますよ」


主人公「あ、ほんとだ」


メカヨウジョ「主人公はまだ、あの魅力に負けていません。まだ、戦えるはずです」


主人公はおどおどしながらも立ち上がる。

潤った目は泳いで、乾いた唇は口笛を吹きたそうに尖っている。

それでも。


主人公「もちろんだ。戦える」


メカヨウジョ「では、ケモナとすずりちゃんと一緒に先へ進んでください」


その指示に真っ先に反対したのはヨウジョだった。

一度だけ床をぶち抜かんばかりに足を叩きつけて強く拒む。


ヨウジョ「えー!私も遊びたい!」


メカヨウジョ「後で、みんなで遊びましょう。まずは、あの遊びのどこかにズルがないか私が確かめます」


メカヨウジョは強引な理由付けでヨウジョを渋々納得させた。

そこまでして一人で戦いたい理由はなんだ、主人公は疑問をぶつけた。


メカヨウジョ「ここでみんなやられたらおしまいだからです。ま、負けはしませんけど」


メカヨウジョはツンと答えた。

デレのない本気で怒っている彼女を見たことがない主人公はかなり戸惑った。


主人公「でも、一人で置いてはいけない」


ケモナ「まったくもー。じゃあケモナも残るわん」


メカヨウジョ「行って」


ケモナ「相手は海外最強の」


メカヨウジョ「それがどうしました。私だって世界を虜にしたことがあります」ツン


ケモナ「くぅーん……」


主人公「いいか、ここに残るなら条件は一つだ。ケモナと一緒に残りなさい」


メカヨウジョ「……や」ぷい


主人公「なんだその顔は。可愛くないぞ、ぶちゃいくだ」


メカヨウジョ「うるさい」ぷん


主人公「二人は双子みたいなものだ。二人揃って残った方が絶対にいい」


メカヨウジョ「まあ……かもしれませんけど」


ヨウジョ「えー!ずるーい!」


ヨウジョが地団駄を踏んで断固抗議する。

激しく揺れたっぽくて主人公はよろめいた。


主人公「すずりちゃん、よく聞いてね。この先にもっと強い怪獣がいるんだ。だから君の助けがどうしても必要なんだ」


ヨウジョ「アニメイツ!」敬礼


主人公「それ覚えなくていいから」どきどき


ケモナ「決まりね」


メカヨウジョ「はあ、仕方ありません。命令とあらば従いましょう」


主人公「えらい」なでなで


メカヨウジョ「とっとと行ってください。私はむしゃくしゃしています」


主人公「どうした」


メカヨウジョ「何でもありません」


ヨウジョ「元気出して。ことほちゃんも手強い怪獣さんだよ」


メカヨウジョ「ぎゃおー!」


ヨウジョ「ほらね」


ヨウジョが見上げて主人公に同意を求める。

主人公は言う通りだと頷いた。


主人公「誰もが認める、君は強い。でもそれは勝ち負けにだけ由来するものじゃない。それをすずりちゃんはよく分かっているんだと思うよ」


その言葉だけ残して、主人公は勇敢に歩を進める。

ヨウジョは、メカヨウジョを心配の眼差しで見つめながら二の足を踏んで、遅れて主人公を追いかけた。


メカヨウジョ「すずりちゃん!」


にわかに呼び止められてヨウジョが足を止める。

彼女は後ろ髪を引かれたように振り向いた。


メカヨウジョ「あとで、たくさん遊ぼうね!」


ヨウジョはにっこりと笑って応えた。

そしてまた前を向いて歩き出した。

遊戯で遊べないのが不満でも、信じられる仲間がいるから迷いを振り切って進める。

親友と約束した。

あとでたくさん遊ぶ約束を。

だから、どこまでだって進めるはず。


ティエラ「おじさん。いつか一緒にサーフィンしようね」


心を引き寄せる言葉と体を破壊する魅惑の声。

三人の傍らをチラ見もなく通り過ぎようとしたところ、ティエラが不意打ちに主人公の足をすくった。

まんまと虚を衝かれた主人公は、体を浮かせたあと、派手に横転して体を床に打ち付けた。


主人公「クモッガッ!」


リエラが吹き出したあとクスクスと笑い、イエラが呆れたように溜め息を吐いた。

主人公は悔しさと恥ずかしさで動くことが出来なかった。

そこへ、物置のように固まっていた船乗りの紳士がゆったりと歩み寄り、手を差し伸べてくれた。


ボドリー「私は三人娘の父親。名はボドリー・ウクレーナという。娘には後で私から厳しく叱っておく。だからここはどうか許してくれないか」


主人公「許すも何も怒っていませんし気にしないでください。僕は平気です」


主人公はボドリーの差し出した手を借りずに気取って立ち上がった。

そして、はぐらかすように何でもない質問を一つした。


主人公「ところで。娘さんもあなたも、やまとことばがお上手ですね」


ボドリー「君は紅白の、それも瑞穂の国の人間なのに知らないのか」


主人公「え?何のことでしょう?」


ボドリー「紅白の総本部がこの国に置かれてから、やまとことばは世界共通の言葉として親しまれている。意志疎通を円滑に行うためにね。やまとことばは実に複雑で難解な言語だが、それを補って余りある他国の言語にない豊かな表現力を持っている。幼女とより細かで密な意志疎通を行うにはうってつけだった」


主人公「へえ。ずいぶんお詳しいですね」


ボドリー「当然だ。これでも私は、君らが克明の国と呼ぶ祖国で本部長を勤めている」


主人公「それは失礼致しました!」ぺこたん


ボドリー「大丈夫、失礼なんてない。それよりも私がここへやって来た理由を話しておきたい。毎年、総本部で行われる何かしらの催し物によく招待されていたのだが、今回は娘も一緒に招かれてね。そこで喜ばしいことがあった」


主人公「まさか、この大災害が喜ばしいこと?」


ボドリー「そう怖い顔しないでくれ。不謹慎は承知で、しかし、それでも本当に喜ばしいことなんだ」


主人公「このどこが喜ばしいことなんでしょうか!世界中で大変な事が起きているんですよ!」


ボドリー「それは先に行けば分かる。君には誰よりもこの喜びが理解出来るだろう」


主人公「僕にはとても理解出来ないと思います」


ボドリー「海外になるが本部長であり、また一人の父親でもある私が君に直接会って伝えたかった言葉を、よおく聞いてくれ」


主人公「……どうぞ」


ボドリー「正しいか間違いかじゃない。私がこんなことを言うのもおこがましいが、身分や立場を捨てて一人の親としてこの先に進みなさい。そして大いに喜び祝福しなさい」


主人公「そうか……。あなただけじゃない。あの三人も会っているんだ」


ボドリー「出会った。いい子だった。いい友達になれた」


主人公「友達に!本当か君たち!」


ティエラ「はやく行って。話長い。遊べなくて退屈」


イエラ「ティエラ、そういうこと言わないの」


リエラ「パパに叱られるよー」


ボドリー「そうだ。パパが叱るぞ」


主人公「あの。どうして僕を見て言うのでしょう」


ボドリー「足元をご覧。君の連れるお嬢さんも退屈で怒っている」


ヨウジョ「がおー!がおがおー!」


ヨウジョは吼えながら、怒りのままに主人公の足を丸い爪でズタズタに引っ掻いた。


主人公「待たせてごめん」


ヨウジョ「うん。行こう」


おとなしく引っ掻きをやめてズボンをちょんと摘まむ。

主人公の騒がしい気持ちはキュウと絞められて静まった。


主人公「失礼します。二人のこと、よろしくお願いします」


ボドリー「アニメイツ。任せてくれ」敬礼


今度こそあらため、主人公は勇ましく先へ進む。

最奥にある、種子の散りばめられた独特な模様が特徴的な襖を開けて廊下を直進する。

暖房の置かれていない底冷えする廊下の左右には植物の茎と葉が描かれた襖が並んでいた。

その先にまた襖がある。

蕾がたくさん描かれている。


ヨウジョ「せーの!」


それをヨウジョと一緒に開くと、甘美な香気が満ちる情緒豊かな聖域が華々しく迎えてくれた。

その中央には豪華絢爛の御輿がどんと構えており、背後の壁には色調が強調され、やや立体的にも見える趣向の凝った七福神の絵があった。

明かり窓から差し込む光がそれらをより神々しく輝かせて、その場にいるだけで心身ともに洗われるようで感慨深いが、肝心の天上裏へ上がる階段がどこにも見当たらない。


ヨウジョ「階段ないね」


主人公「もしかしたらこの部屋じゃないのかも知れない。絵図には描かれていなかったはずだけど、もう一度調べてみるから待ってて」


ヨウジョ「分かった!」


うろちょろするヨウジョにとりあえず運を任せ、主人公は万能腕時計にインプットした資料を立体的に投影して順々に確認する。

そのなかで、お社についての記述に目が止まった。


主人公「ヒントがあるかも知れない。よく読んでみよう」


天女信仰が盛んな時代より御輿に祀られている女の子の像は菊理姫という。

人々の不和を正して縁を結び直す神の依り代である。

その名前から、依り代に宿る神が甘菊神社に祀られる神と言い伝えられているが、その真偽は未だ分かっていない。

萌黄城に住まう天女は城下町へ下りることが難しく、神社に参拝することも難しかった。

そのため、家臣が神の依り代をここへ安置した。

この説が最も有力なのだが、独り寂しい天女の友達として安置した、それとは反対に神が独り寂しくないよう依り代を安置した、もしくは誰かしらの天女を模して作られた等、そのほか諸説あり専門家の意見にまとまりがない。


主人公「僕にはどれも正しそうに思える」


さて、それでも彼らのなかで一つだけ共通して理解する事実がある。

人々がぶつかりあい仲違いするのではなく、ぶつかりあいながらも共により良いものを築くこと。

天女伝説が描かれた絵巻雛物語に記される、神に遣わされた天女が願い求めた和の真意だ。

秘めたるその願いは、はたして甘菊神社の神様へと届いたのだろうか……。


主人公「お菊さんは、このことを知っていたのだろうか。いや、知っていたら寂しくなんて無かっただろう。それでも天女の、姫達の願いは届いて今の平穏に繋がっている気がしてならない」


と、部屋がやけに静かなことに気が付いた。

幼女の姿を隈無く探す。

キョロキョロと何度となく見回してみるもどこにもない。


主人公「ヨウジョが……消えた?」


幼女の神隠し。

幼い子供から目を離してはいけないという常識を守らなかったばかりに、取り返しのつかないことになってしまった。

この罪は命よりも重い。


主人公「あああああ!!」


主人公は床を拳で殴りながら絶叫した。

悲痛な叫びはメカヨウジョ達の部屋にまで響いた。


メカヨウジョ「わっ!なに!」


ティエラ「はい外したー!」


メカヨウジョ「ああ!」


折しも、メカヨウジョとケモナは、三つ子と縁日にこにこ三本勝負を行っていた。

気の抜けない対決は輪投げで始まった。

定められた距離から九つの突起へ交代してゴム製の輪を投げ合う、極めて心技一体を要する外連味のない遊戯である。

それでも胸を張って立ち、有利な先行を強引に奪って、メカヨウジョから攻撃を仕掛けていた。

メカヨウジョが二つ、リエラも二つ、双方外すことなくスムーズに決めた。

そして巡って三投目。

突然の叫びに驚いたメカヨウジョは攻撃を外してしまったのだった。


ティエラ「ばっちし、決まりね」


メカヨウジョ「うにゅにゅ……!」


ティエラ「いい?引き分けはないよ」


ケモナ「大丈夫?ことほ」


メカヨウジョ「大丈夫です。引き続きサポートしてください」


ケモナ「魅力電磁場にやられて障害発生。全機能がどんどん低下しているわん。二人でも、このまま戦い続けられるかどうか」


メカヨウジョ「弱音はなしです。一緒にがんばるって約束ですよ」はい


ケモナ「わん!」たっち


ティエラ「はやく投げなよ」


メカヨウジョ「言われなくとも」


メカヨウジョは強がっていた。

内心、加速度的に焦燥していた。

ティエラはさすが女優を目指しているだけあって、運動能力と感情の制御に優れていた。

至って冷静に、しなやかな手つきで輪を放ち獲物を完璧に仕留めてみせた。

対して、メカヨウジョは機能不全により体調がすこぶる悪い。

視界にはノイズが走り、手は微振動が止まらない。

苛立ちは募るばかりである。


メカヨウジョ「照準が定まらない!ケモナ、補足して!」


ケモナ「やっているわん。でも、クルクル目が回って計算が狂うの」


ケモナの昆虫型ドローンも弱々しく羽ばたいて、いつ墜落してもおかしくない状態にあった。

投影されるケモナの像は目を回して朧気だ。


ティエラ「まだ?ロボット、て聞いていたけど何だか残念」


イエラ「よくないよティエラ」


ティエラ「だって本当に残念だもの」


ここでティエラのため息混じりの挑発。

特技か絶技かは判別できないが、わざわざ受け取る必要はない。

メカヨウジョは適当にあしらうことにした。


メカヨウジョ「残念かどうかは勝って決めなさい」


ティエラ「おー。入った入った」ぱちぱち


三対三。

互いに勝負も勝ち気も譲らない。


ティエラ「あーあ外した。つまらない」


メカヨウジョ「残念です、ね」


ティエラ「本当に残念。外すなんて、ね」


痛いしっぺ返し。

ティエラが外してメカヨウジョが外してティエラが決めた。

三対四。手に汗握る。


メカヨウジョ「ハンデはこのくらいでいいかな」


ティエラ「ハンデ?演技が下手ね」


メカヨウジョ「そっちは投げるのが下手みたいですけど」


ティエラ「そっちこそ」


やられたらやり返す、幼女にふさわしくないあってほしくなかったもうやめよう涙を誘う闘争。

メカヨウジョが決めてティエラが外してメカヨウジョが外した。

四対四。残るは右上突起その一つのみ。


イエラ「がんばれティエラ!」


ティエラ「あーもう!」


ケモナ「決めちゃえことほ!」


メカヨウジョ「あとちょっとなのに!」


あとちょっとなのに。

あとちょっとだったのに。


ティエラ「私の勝ち、ね」


メカヨウジョ「そう……ですね」


ティエラが最後の突起を始末した。

一瞬、誰もが外したと思ったが突起の先端に僅かに掛かって、輪は歓喜のままに激しく突起を抱き締めたのだった。


ケモナ「くぅーん……」


メカヨウジョ「ごめんね。ケモナ」


ケモナ「弱音はなしよ!こっから二連勝だわん!」


(ヾノ・ω・`)


メカヨウジョ「無理じゃありません!ティエラさん、よーーーく見てなさい!」


ティエラ「見てるよ。応援もする」


メカヨウジョ「応援?私の?」ぱちくり


ティエラ「ワークはライバル。プライベートはフレンド。これが芸能界を生きるために大事なことなのよ。ね、パパ」


リエラ「ヒーターの前で寝てる」


ティエラ「もう!パパってば!」


イエラ「リエラ。次はあなたね」


リエラ「はーい。任せて」


二番勝負は人形掬いに決まった。

取っ手のついた円形の枠に和紙をビシッと貼り付けたポイと呼ばれる道具を用いて、薄く水の張られた小さなプールに浮かぶ愛らしいビニール人形の魚介類を制限時間内にどれだけ掬えるかを競う。

柔軟さと繊細さ、要は女らしさが武器となる、幼女には難度の高い遊戯である。

ルールは制限時間五分の一本勝負と定められた。

二人の娘に叩き起こされたボドリーがミニフォンでタイマーをセットする。

メカヨウジョとイエラはそれぞれ、左手にミニバケツを右手にポイを持って並んで構えた。


リエラ「いっぱい取ろうね」


メカヨウジョ「リエラさん。敵に塩を送ることになりますが言っておきます」


リエラ「塩?なんのこと?」くびかしげ


メカヨウジョ「よく聞いてください」


リエラ「ん」


リエラは、こくんと頷いた。

メカヨウジョは心から優しく助言する。


メカヨウジョ「たくさん取ろうとしたらダメですよ。あの魚介類は好餌です。どうしても手に入れたいと欲張っていたらポイが破れるような無茶をしてしまいます」


リエラ「そうなの」


メカヨウジョ「一つ一つ、欲しいものを慎重に選んで」


リエラ「あー!あのイルカだけピンクだ!ねーみてみて!」


メカヨウジョ「まったく聞いていませんね……」


ケモナ「それこそ幼女だわん」


メカヨウジョ「はっ……私としたことが」


ケモナ「どうしたの」


メカヨウジョ「幼女なのに発言や思考が幼女らしくない……それじゃあ魅力が……ない」


ケモナ「知識や知恵をインプットされたからそこは仕方ないわん」


メカヨウジョ「そうですよね。私、それでも幼女ですよね」


ケモナ「わん!」


メカヨウジョ「わあ!あのクジラさん、ちょーかわいいー!」


リエラ「いいね!私が取ってあげるよ!」


ティエラ「ちょっとリエラ!いい加減にして!」


イエラ「パパ、はやくはじめて」


ボドリー「なんのことだ……?」


イエラ「寝ぼけてないで、はーやーく」ぺちぺち


ボドリー「ああ、すまない。それじゃあ二人ともいいかな」


リエラ「もういーよー」


メカヨウジョ「こちらも大丈夫です」


ボドリー「では。よーい」


構えて、はじめて、ポイ。

リエラの手が柔和に運動して、ポイがそよ風のように滑らかに水面を撫でて、彼女はさっそくビニール人形を一体掬い取ってみせた。

それを、さも嬉しそうにケモナに見せつける。

まるでネズミをくわえた猫のように無邪気だ。


リエラ「みてみて!わんわん!」


ケモナ「はやい……!」


リエラは「うーん」と悩んで「まいっか」と妥協して。


リエラ「このイカはあなたにあげる」


無邪気ままにケモナのドローンの上へと捕獲したイカを乗せた。

言わずもがな小型のドローンがその重みに耐えられるわけもなく、ドローンは暫し持ちこたえたものの音を立て地面に激突してしまった。


ケモナ「わふ!」


メカヨウジョ「ケモナ!」


リエラ「ごめんなさい。大丈夫かな。壊れちゃったかな」


ドローンは完全に沈黙した。

機能停止、その前に辛うじで脱出したケモナは意思をメカヨウジョの中へ移していた。


ケモナ「なんとか……大丈夫よ」


リエラ「良かった。でも、どこから喋っているの」


ケモナ「今は、ことほと一緒にいるよ」


リエラ「そうなの」


ケモナ「ありがとう。このイカ大事にするよ」


リエラ「うん!宝物にしてね!」


リエラが呑気に油断している隙にメカヨウジョは、タイ、ハマチ、ウニを軽やかに掬い取った。

和紙が満遍なく水を吸ってしまっているが、まだ戦えるだろう。


メカヨウジョ「むっ……」


それよりも深刻な問題がある。

ポイよりもメカヨウジョ自身にある。

自覚する彼女の焦燥が、さきほどの敗北によって激しくなっていた。

それにケモナは気付いた。


ケモナ「ことほ、熱が上がってるよ。落ち着いて。オーバーヒートしちゃう」


メカヨウジョ「大丈夫」


ではなかった。

ケモナのサポートを失ったことで全機能が右肩下がりに落ちていた。

それに出力が足りない。力も入らなくなってきていた。

体の不調に体力の消耗。

残る時間いっぱい戦えるか、不安まで足元からゾワゾワと押し寄せてきた。

一心同体となった今、やはりケモナもそれを感じていた。


ケモナ「ことほ……」


メカヨウジョ「みんなの為にも負けられない」


リエラ「んふふ!楽しいね!」


メカヨウジョの異変など知らないリエラは上機嫌に戦いを楽しんでいる。

シャチ、ウナギ、タコ、サザエにエビら獲物共を、たった一本のポイでホイホイ掬う。


メカヨウジョ「アジ、サンマ、次はブリです」


ケモナは必死に考えた。

メカヨウジョの負担を軽くする、何か助けになることはないか。

ところが何も浮かばない。

バグが頻発して思考を邪魔する。

そこで彼女に相談して、とりあえずリエラの動きを観察してみることにした。


メカヨウジョ「急いでください」


ケモナ「わん。十秒で終わらせる」


なるほどなるほど。

フィギュアスケート選手を目指している彼女らしいわん。

ひとつ、鍛えられた体幹が安定した姿勢を維持している。

ふたつ、よくほぐされた筋肉と腱が動作を無駄なく最小限にしている。

みっつ、一つ一つの関節が自由で調整力に優れている。


ケモナ「むむ?」


気になるポイントを発見。

事前にポイトレーニングをしたのだろうか。

そうして扱いやすい究極の型を見出だしたのだろうか。

いや、きっとこの激闘のなかで無意識に身に付けたのだろう。

とにかく彼女は、ポイを人差し指と親指でつまみ、ゆらゆらと揺らしながらタイミングを探る独特な指使いをしていた。

一言で表すならば、陽炎のような指使い。

我流ポイ陽炎とでも名付けよう。

わん。いい響き。


メカヨウジョ「まだ?」


ケモナ「へいお待ち!逆転の案が浮かんだわん!」


メカヨウジョ「それは何ですか?」


ケモナ「まずは省エネモードに切り替えちゃって」


メカヨウジョ「そんな!そんなことしたら力がもっと入らなくなるし、それにケモナの声も届かなくなります!」


ケモナ「それでいいの。この勝負の間だけお願い。勝利の秘訣はね、脱力よ」


メカヨウジョ「脱力……そっか!」


ケモナ「うん。この消耗は不利じゃない。むしろ有効活用しちゃって」


メカヨウジョ「分かりました」


ケモナ「それからあの指使い、我流ポイ陽炎は絶対にいいヒントになるから真似てみてね」


メカヨウジョ「はえ?我流ポイ陽炎?」


ここでメカヨウジョにとっては幸いなことに、リエラは我慢の限界を迎えて、いよいよピンクイルカの捕獲に挑んで大苦戦していた。

しかし、ピンクイルカはクジラと同じく他よりもサイズが一回り大きい。

彼女の和紙は濡れそぼって事切れた。


リエラ「あーだめだ。難しいね」


二人が現時点で捕獲した魚介類をおさらいする。

リエラが六匹。

イカ、シャチ、ウナギ、タコ、サザエ、エビ。

メカヨウジョも六匹。

タイ、ハマチ、ウニ、アジ、サンマ、ブリ。


メカヨウジョ「まだ同数。残り時間も僅か。最後はスポーツウーマンシップに則って、正々堂々、一本釣り対決といきましょう」


ケモナ「あとは任せたわん」


メカヨウジョ「信じて。必ず勝ってみせます」


ケモナ「いつだって信じてるよ」


メカヨウジョは心機一転、省エネモードに切り替えて、まだ使えるポイをポイ。


メカヨウジョ「私もケモナのこと信じてるよ」


言って、左手で予備のポイを手に取り流れるような動きで右手の指先にくわえた。


メカヨウジョ「我流ポイのぼり」


メカヨウジョはキメ顔でそう言った。

真に似せることが彼女の得意技。

だがそれ以上に、彼女なら魅力を増してオリジナルを越えることが出来る。

彼女の隠れ萌、魅力武装だ。


リエラ「それキツネね」


メカヨウジョ「竜です」


立てた人差し指と小指が斜めになっているのがチャームポイントだ。


リエラ「竜?ああ、ドラゴンのこと?」


メカヨウジョ「まあ、それはさておいて、最後は競争しませんか」


リエラは二つ返事で乗った。


メカヨウジョ「では、どちらが先に掬えるか勝負です。私はクジラを」


リエラ「じゃあ、私はピンクのイルカね」


メカヨウジョ「いざ……尋常に参ります!」


リエラ「まいります!」


残り時間は一分を切った。

メカヨウジョは獲物を微睡んだ眼で見つめて、半身浴の快楽に浸るような丁度いい脱力に全てを委ねた。

欠伸をひとつして、右手首に左手を添えて、はんなりとポイを近付けていく。

そして、縁にクジラの胴体をちょんと乗っけて全エネルギーを手首へ急速に集中させた。

和紙が水をすする……刹那……爆発の勢いで手首を一気に跳ね上げた。


メカヨウジョ「私の勝ちです」


勝利は疾風が如く。

決着を追い越しメカヨウジョのもとへ馳せ参じた。


イエラ「ねえ!あれやっていいの!」


ティエラ「ズルじゃないよあれは。ことほ、やるじゃない」


リエラ「飛んだ……飛んだー!」


その光景は夜ご飯を作ってくれる母の手元を思い出してほしい。

例えるなら天翔る竜田揚げの閃き。

その場にいる誰もが目を奪われ心を落としそうになった。

寝ぼけ眼のボドリーの瞳も剥き出しになって覚めるほどの魅力が飛沫を上げて広がった。


メカヨウジョ「我流ポイのぼり。ここに極まれり」


決め台詞を吐いて左手に持ったバケツでクジラを確と受け止める。

遅れてここに決着。

メカヨウジョの勝ちを水飛沫だけがポタポタと拍手して祝ってくれた。


リエラ「あ、負けた」


ティエラ「あ、負けた。じゃないよもー」


リエラ「ごめん。でもいいじゃない。楽しかった」


ティエラ「うん、まあね。でも勝負は勝負。あなたスポーツ選手でしょう。悔しくないの」


リエラ「ん。だって楽しかったから」


ティエラ「あーそう。リエラはそういう子でしたね」じとー


イエラ「ふふ、リエラらしいね」


メカヨウジョ「イエラさん。最後はあなたです」


イエラ「はい。よろしくね」


メカヨウジョ「負けない。私は必ず勝ちます」


イエラ「あなたは、どうしてそこまでして勝ちたいの」


メカヨウジョ「友達のため……だと思っていたけれど今は私にもよく分かりません。ただ胸が疼いて、ただ心が渇いて、ただ何かを、今は目の前の勝利を求めている。自分でも、どうしてかその衝動を抑えられないのです」


メカヨウジョはヨウジョに真に似せて作られた紛い物。

今でこそオリジナルを越える魅力を武装して唯一無二の存在となったが、口の周りについた米粒ほどのコンプレックスが、まだ心へ固着していた。

本人に自覚は無いが、かつて敗れ、潜在意識の底で眠りについた怪獣の骸が、新たな、それも格別の魅力を前にして復活した。

磨耗した魅力に飢えていたそいつは、激しい戦いの末に得た勝利に味を占めて、とうとう覚醒したのだった。


ケモナ(まさかここで暴走……!それだけはだめ!)


ケモナの意思は願いは届かない。

暴走した怪獣を懐柔する手段は断たれてあらず。

続く三番勝負。恐怖の地獄達磨落とし。

達磨を落とした貴様が蝋人形(敗北)という特別ルール。

メカヨウジョの破壊的な殴打で円筒形の木片が机を離れて乱暴に床を転がった。

それを合図にイエラを恐怖へ引きずり込もうとする。


イエラ「あなた、なんだか怖い」


メカヨウジョ「ぎゃるる……!」


イエラ「でも、私は怖がりじゃありません」


イエラはメカヨウジョから小槌を奪うと、頭の達磨を除いて残る五段の木片をじっくりと見る。

女医を目指す彼女は、いかなる時も場合も冷静であり、観察して想像して思考することを怠らない。

微かな異変や違和感を見落とさない観察力、僅かな可能性も想定する想像力、そして数ある選択肢の中から確実性の高いものを良しとして実行する度胸を身に付けていた。


イエラ「バランスが右に傾いている。一番下と四番目だけが左にズレている」


右方向から身を抉られた達磨の体は右側へとやや崩れていた。

そこでイエラは木槌を左手に持ち変えた。


メカヨウジョ「あなたは左利きなんですか」


イエラ「ううん。両利きよ」


メカヨウジョ「両利き……まさか!」


そのまさかである。

彼女はどんな非常時にも万能に対応するために、また、右手と左手の技術力を均等にするために、常日頃から両手で様々な訓練をこなしているのだ。


メカヨウジョ「そんな魅力まであるなんて……!」


きっ!と睨むも効果はない。


イエラ「このくらいかな」


膝蓋腱反射という膝下をゴム製のハンマーで叩く検査の実習を受けたことのあるイエラの力加減は正しかった。

カンッという心地よい音で木片は打ち抜かれ、バランスはやや中央へと戻った。


メカヨウジョ「えい!」


メカヨウジョも続けて、負けまいと左手に持ち変えて木片を打った。

彼女がロボットだからこそ成功したが、バランスは全体的に大きく左に傾くことになってしまった。


イエラ「じゃ、次は右ね」


あっさりすんなりと、バランスが面白おかしく中央へと戻る。

彼女の技量は並みではなく、ずば抜けていた。

どんな崩れも彼女ならば修復できる。

それはいつか人間関係や国内外の問題さえも。

そんなことまで想像させるほど貴い魅力をまざまざと見せつけてくる。


メカヨウジョ「あと二つ!」


ここでメカヨウジョは、はたと気付いて木槌を床に落っことした。

彼女の落胆を表しているような虚しい音がした。


メカヨウジョ「これ……どう考えても引き分けになります」


イエラ「そうなるといいね」


メカヨウジョ「あなた、勝つ気はあるのですか」


ティエラ「そうよ!勝つ気あるの!」


イエラ「えへへ、ごめんなさい。私ね、勝ち負けとか、あんまり興味ないの」


メカヨウジョ「な……!」


ティエラ「ちょっとイエラ!」


リエラ「イエラは、ずっとそうじゃない。お医者さんの仕事は勝ち負けじゃないって何回も言ってるよ」


イエラ「うん。おじいさまの教え」


ティエラ「そうだった。はあーそれなら私が勝負すれば良かった」


イエラ「だめよ。私だって遊びたいもの」くすくす


ティエラ「勝たなきゃ意味ないよ。病気だって、引き分けなんかないんだもの」


イエラ「ないよ。だからって、勝ち負けを決めることじゃあないじゃない?」


ティエラ「どういうこと?」ちら


リエラ「知らない」くびふりふり


イエラ「おじいさまと私にとっては勝負じゃないの。元気になってほしい。それだけよ」


ティエラ「この勝負は」


イエラ「引き分けたけど元気は出たよ。だって楽しかったんだもの。ね、リエラ」


リエラ「ね、楽しかった」


イエラ「ことほちゃん。あなたは楽しかった?」


メカヨウジョ「とっても。だから、元気も出ました」


メカヨウジョは、やっと素敵な笑顔を見せた。

省エネモードを解除すると、ケモナの意識も元気よく飛び出した。


ケモナ「良かったー!ことほ戻ったー!」


メカヨウジョ「戻った?」


ケモナ「暴走してたよ!」


メカヨウジョ「私がですか。それは、心配させてごめんなさい」


飢えに暴れる怪獣も元気を食らえば満足して眠りについた。

勝ち負けよりも素晴らしいものを手に入れた。

友達との楽しい時間である。


コスプレイヤ「おーい!」


ケモナ「あ!みんなー!」


コスプレイヤ「あれ?ケモナちゃんは?」


タマランテ「これ壊れてますの?」


ケモナ「だから、ことほの中にいるよ」


もなか「イエラ、勝負はどうなったん?」


イエラ「引き分け」


もなか「そっちもかー」


ティエラ「え、そっちも引き分け?」


もなか「うん。ま、勝ち負けとかどうでもええんよ」


リエラ「イエラと一緒ね」


幼女大集合。

きゃっきゃきゃっきゃと自己紹介をはじめた。

それはタマランテに倣って、抱擁という取っ組み合いに発展した。

ミスリーダーは、その「仕合はせ」を恋しそうに見つめては喜悦のため息を吐く。


ミス「こりゃたまらんて……あの幼女は三つ子ね……はあ……かわいすぎかよ……」


ボドリー「失礼。はじめましてミスリーダー」


ミス「ひゃい!あなたは……もしやボドリーさん?」


ボドリー「はい、そうです」


ミス「あなたがどうしてここへ?」


ボドリー「かくかくしかじかです」


ミス「まあ、これこれしかじかで。お疲れ様です」


ボドリー「お疲れ様です」


大人の堅苦しい挨拶など糞食らえである。

そんなものは描写する必要がない。

意味なく疲れる。考えるのも嫌だ。とにかく無駄。

幼女達が仲良く最中を貪り歓談する姿こそ表現するにふさわしい。

で、その最中というのが、老舗茶屋和歌月がお土産にと販売している、カリカリの皮の中にホロホロと口の中でほどける白餡がたっぷり入っている一口サイズの人気の銘菓である。

ここへ来る前のこと、幼女達に何か贈り物がしたいと改造幼女が希望して見繕った。


ケモナ「味がよく伝わるわん!これ絶品よ!」


もなか「オバケも味わかんの?」


ケモナ「オバケじゃないわん。ケモナは人工知能よ」


タマランテ「わんわんみたいですのよ」


もなか「んーごめん。よう分からん」


メカヨウジョ「仕方ないです。気にしないでください」


もなか「ことほはロボットなんやろ。ビーム出して」


ティエラ「ビームでるの!」


リエラ「見たい!」


コスプレイヤ「でないよ。ことほちゃん困っちゃうよ」


もなか「なんや出んのか」


ティエラ「がっかり」


メカヨウジョ「むう……」ぷくー


コスプレイヤ「まあまあ」


イエラ「おかわりください!」


お菊さん「あたしもくれ!」


もなか「はい。まだいっぱいあるからね」


お菊さん「ん、あんこもやはり良いものじゃねえ。白というのは初めて口にしたが、んん、こりゃたまらんのう」


イエラ「うふふ、たまらんのう」ぺろり


ティエラ「瑞穂の国のお菓子は、もっと甘いて聞いたよ」


もなか「そういうんもあるけど、うちのは甘さ控えめにしてる。渋いお茶に合うようにね」


お菊さん「言われると茶が欲しくなる」


ミス「ただいまお持ちします!」俊っ!


ティエラ「なにあの人。メイド?」


メカヨウジョ「優しくて大好きな、お母さんみたいな人です」


コスプレイヤ「優しくて大好きな、お姉さんみたいな人です」


ティエラ「どっち?」


イエラ「ねーねー、モモちゃんも外国の人よね」


タマランテ「そうですの」


リエラ「お料理上手なの?」


タマランテ「もち」


ティエラ「このもなかと、モモの料理、どっちが美味しいかな」


もなか「私のもなかに決まってるやん」


タマランテ「何を言いますの。私の料理の方が美味しくてよ。ね、お菊」


お菊さん「カスタードならモモ。あんこならもなか」


もなか「また引き分けか」


タマランテ「ま、美味しいことは認めますの」


もなか「ボドリーさんも食べてみてよ」


ボドリー「え?私も?」


もなか「どうぞ」


もなかは箱から最中を一摘まみして、食べさせようとするみたいにボドリーの口元へ、それもうんと背伸びまでして手を伸ばした。

悪意はないと信じたいが小悪魔的なその振る舞いにボドリーはドキッとした。

大集合して北斗七星みたいな輝きを放つ幼女達の魅力に目がチカチカして肌がピリピリして油断していた。

また寝たフリをしてやり過ごすことは難しそうだ。


もなか「はい。食べて」


やはり幼女に情けはないのか、最中をとにかく唇に押し付けてくる。

魅力の丸鋸で皮も身も裂いて骨までゴリゴリ削ってやろうとする。

「お前はもう死んでいる」

誰かに変なツボを押されたらしく、意思を奪われた手が勝手に最中を受け取ってしまった。

もう諦めるしかない。いやまだだ。もしかしなくても平気だ。

この最中は彼女が手作りしたものではない。

間違いなく彼女のお父さんかお爺さんが手作りしたものだ。

ボドリーは意を決して口にすることを決めた。


ボドリー「ありがとう。いただきます」


うまい。


もなか「そのあんこな、私が作ったんよ」


まずい。


ボドリー「んっ……!んんっ……!」


イエラ「パパ!」


魅力を一気に飲み込んでしまおうと焦ってしまい、喉に詰まらせて息が止まりそうになる。

ゴリラのドラミングが不意に頭を過って、とっさに胸を掌で連打してみるが滑稽なだけで変化はない。

そんなボドリーを適切な処置で助けてくれたのは、他の誰でもない愛娘のイエラだった。


イエラ「大丈夫?」


ボドリー「ああ。特に餡が美味しくて食べ急いでしまった」


もなか「次はゆっくり食べ。まだあるから」


ボドリー「は?」


彼女は幼女ではない。

そのはずなのに最中からこんなにも魅力が溢れてくるのは何故だろう。

彼は考えるのを直ちにやめた。

由縁がなんであれ、彼女は正しく魅力的なのだ。

この胸のトキメキは、もうどうにも止まらない。

せめて、キュン死にという衝突事故のないよう、くれぐれも気を付けて徐行運転で食べることにした。


ボドリー「ありがとう。今度はゆっくり食べよう」


もなか「なあ聞いて。私な、最近お店の手伝いよくしてるんよ」


ボドリー「それはまたお利口さんだ」


タマランテ「もしかして修行ですの?」


もなか「うん」


タマランテ「もなかも大変ですこと。でも、諦めてはダメでしてよ」


もなか「諦めん。私もおじいちゃんみたいに、いつか好きな人に最中で結婚のお願いしたいから」


ボドリー「婚約最中ですとっ!」


もなか「そうそう。最中のなかに、指輪の形した練りきりを入れんのよ」


ボドリーは自分が口にしている最中に隠された餡の中に秘められた純白の夢に込められた甘い理想に包まれたロマンこそが魅力の源泉と知ってしまった。

分かってしまったのだった。

夢見る乙女の魅力は常に神秘に満ちている。

彼の心にぽっかり開いてしまった穴へ、止めどなく神秘なる魅力が流れてくる。

自身を守るために、苦肉のトキメキ防止策として一時的減量案を提議することにした。

これ以上に食べさせられては魅力に溺れかねない。


ボドリー「ちょっといいかな」


幼女達がボドリーに注目する。

彼は動揺を隠して慎重に言葉を紡ぐ。


ボドリー「あまり食べ過ぎないようにしよう。お昼はご馳走だし、夜には盛大なパーティーがあるだろう」


この詭弁がうまく効いた。

各魅力大臣を務める幼女達は残る最中を昼食後のデザートにして、夜までにめいいっぱい遊ぶことでお腹を空かせることを阿吽の呼吸で閣議決定した。

この臨時閣議は全国でも例にない短さで終了した。


ミス「では、お茶を飲んだら昼食前の軽い運動に、ぷち縁日を行いましょう」


ミスリーダーがペットボトルを詰め込んだバッグを持って戻ってきた。

彼女はお茶を手渡しながら、ぷち縁日の開催を勧告する。

しかし、メカヨウジョから待ったがかかる。


ミス「どうしたの?」


メカヨウジョ「この縁日はみんなで遊ぼう。そう、すずりちゃんと約束しました」


ミス「二人は先に行ったよね」


メカヨウジョ「はい」


コスプレイヤがペットボトルを、ひしゃげるほど両手で握りしめて思案する。


コスプレイヤ「大丈夫かな、すずりちゃん」


ケモナ「主人公も心配だわん。連絡してみようか」


ミス「ううん、何もしないで。ここは信じて待とう」


ケモナ「わん。わかった」


タマランテ「みんな心配しすぎですの」


タマランテが、やれやれとお茶をグイと飲んで言葉を続ける。


タマランテ「家族に会いに行くだけでしてよ」


メカヨウジョ「でもあの時、変な叫び声が……」


ミス「変な叫び声?」


メカヨウジョ「ううん。何でもありません」


メカヨウジョのデータベースで主人公の叫びがリピートする。

幼女神隠し、主人公がその現実に打ちひしがれて程なく。

ヨウジョが踵を返して戻って来た。


ヨウジョ「どうしたの!」


主人公「すずりちゃん……!よかった。いなくなったから驚いて心配して」


ヨウジョ「ごめんなさい。でもあのね。階段を見つけたの」


主人公「なに!本当かい!」


頷いて小走りするヨウジョを追いかけて、主人公は御輿の裏へ回る。

足元にはヨウジョの仕業か、朱色の足跡が左右きっちり並んで刻まれていた。

「ご注意ください」という忠告も書かれているのに気付いて不安にかられた。

落とし穴でもあるのかと、主人公は足跡を怯えながら爪先でなぞってみたりした。

一方でヨウジョは気にする様子もなく、壁に描かれた七福神の絵に平然と触れた。

すると次の瞬間。


主人公「幼女奇天烈!」


壁から暖色の光が漏れて、神妙な力でヨウジョが壁の中へと吸い込まれた。

同時に、主人公の鼻先を鋭いものが過った。

腰を抜かして、ついでに激しい突風に煽られて御輿に後頭部を打つ。


主人公「何が起きた……?」


頭がズキンズキンと痛む。

あまりに非現実的な出来事に脳が拒絶反応を起こしているようだ。

そこへスルリとヨウジョが舞い戻った。


ヨウジョ「ほら、おじさんも」


ヨウジョに手を引かれて主人公も絵の中へ飛び込む。

ぎゅっと閉じた目を開くと、仄かな明かりで柿色に満ちた空間があった。

不意に背中で物音がした。

秒で振り向くと木の板しかなかった。

恐々としながら触れてみる。

木の板は押されるままに動いた。

そうしてやっと理解した。


主人公「なんだ隠し扉になっていたのか」


ヨウジョはどんでん返しの展開で姿を消していたのだった。

あらためて振り向くと、数歩分だけ廊下があり、突き当たりには右を示す矢印が朱色で書いてあった。

それに従って右に折れると階段があった。

見上げると、踊り場でヨウジョが腰を左右に揺らしてご機嫌に待っている。

主人公はあえて挑発に乗って階段を踏み締めた。

踊り場からまた右に折れて階段があった。

その終わり、右手に簡素な襖があった。

おもむろに左右に開いてみると二重だった。

主人公は何かに突き動かされるように、実際はヨウジョに背中を押されてだが、最後の襖を派手にぶち破った。

騒がしい音を立てて倒れた襖の凹凸が、彼の体の前面を食い込み気味に圧迫する。


主人公「カサックヤ!」


主人公は謎めいた呪文を唱えて転がって逃れて、その醜態をなんとも言えない表情で見下すヨウジョから目をそらし、事も無げに立ち上がって破れた襖をきちんと立てた。


主人公「後ろに誰かいる?」


人の気配と視線を背中越しにピリリと感じた。

ヨウジョは「うん」と簡素に返事した。


ウメ「お父さん」


と、先に呼び掛けたのは背中越しの幼女だった。

毎日、聞き親しんでも満たされることのない声。

もて余す気持ちに胸が疼く。

複雑な感情が各々好き勝手に口から出せと暴れ狂っている。

それを飲み込んで、まず一言、背中越しの幼女に問い掛けた。


主人公「君は僕の娘。ウメだろう」


妻「そうよ。私たちの愛する娘がここにいる。でもどうして、あなたは振り向いてくれないの?」


代わりに答えたのは主人公の妻だった。

震えるまぶたの向こうにある涙を彼はまだ知らない。

振り向こうにも振り向けないのだ、と言い訳するのはやめにして、彼は男らしく態度で応えることにした。

足を動かして、次に腰と連動して上半身を動かして、首を軸に頭を動かして、順を追って振り向く。

部屋の内装など眼中にない。

興味は求めるものにだけ向けられた。


主人公「久しぶり」


満を持して家族が再会した。

懐かしい顔を二つも見て主人公の目にも涙があふれてきた。

主人公は目を瞑り、鼻で限界まで息を吸って口から吐き出した。

そしてもう一度、まぶたをこすり大きく見開いて注目する。

去年の娘の誕生日、妻と選んでプレゼントに贈った狼の赤ずきん衣装を着た愛娘。

お揃いで買ったマフラーを首に巻いた愛妻。

愛していると再認識して顔がほころび、素直な喜びだけが口からこぼれた。


主人公「二人とも。会えて本当に嬉しいよ」


恋しくて我慢ならないと足が一歩進んだ。


ウメ「来ないで」


主人公「え?」


抱き締めてキスしたくて仕方ないのに、突き放すみたいに強く拒絶された主人公は、中学生の頃の失恋で感じたような一撃必殺の動悸に襲われた。

なぜ拒絶されたのか分からない。

忘却の彼方から伸びてきたドスグロイ正体不明の感情に心臓を掴まれた。

血流が悪くなって思考が鈍り、拒絶された理由を考えることも出来ない。

体はフワフワして浮いているようだ。

耳も遠くなってキーンという音が響いてきた。

何でもいいから何か言おうと努めるも、掠れた音だけが口から虚しく出ては消えた。

とうとう主人公は言葉を失った。

残酷にも、視界だけは鮮明に活きている。


ウメ「どうして私がここに来たか分かる?」


沈黙。


ウメ「会いたかったとかじゃないよ」


動揺。


ウメ「あ、それもだけど、それだけじゃないの」


安心。


主人公「会いたかったのは、お父さんも同じだ。それが聞けて良かった」


ウメ「ねえ」


ヨウジョ「なあに?」


主人公に構わず、彼女はヨウジョへ矢を向けた。

今にも討ち取ろうというように。

目付きが変わった。空気も重さを増した。

木製の床に壁が音をたてて怯えた。

YOUJO-Xが、覇気を湛えた超然未知なる怪獣がここに再臨した。


ウメ「お父さんだけじゃない。私はすずりちゃん、あなたにも会いに来たの」


ヨウジョ「わたし?」


自身を指して驚く。

YOUJO-Xが顎をしゃくると、お母さんが包装紙で綺麗に包んだ長方形の何かを娘に慎ましく手渡した。

YOUJO-Xはそれを開けるよう勧めた。

愛娘を疑いたくはないが、それでも、主人公は懐疑的な眼差しで見守る。


ウメ「プレゼントよ。友達とみんなで遊んで」


戸惑っていたヨウジョも、プレゼントと聞けば激昂さながらの勢いで包装紙を八つ裂きにしてやった。

飾りのリボンが力なく落ちて、包装紙に隠されていた中身が薄明のもとあらわになる。


ヨウジョ「絵本だ!」


絵本の大きさはヨウジョの上半身とほぼ同じで、彼女はそれを胸にぎゅっと抱き締めた。

思わぬプレゼント攻撃に喜びを隠せないでいる。

YOUJO-Xはヨウジョの心を一撃で射止め、してやったり顔で小さく笑った。

ここからヨウジョが攻めに転じることは難しいだろう。


ウメ「少しだけ先に遊ぼう」


ヨウジョ「うん」


ほらみろ。言いなりだ。

我が娘ながら上出来と言わざるを得ない。

主人公は手に汗を握る闘いの行く末が絶望でないことを願った。

それを察した妻が主人公の強張った手をほどいて両手で包んだ。

冷蔵されていた影響が残っているのか、暖房の効いた部屋でも妻の手は冷たかった。

主人公は温もりを共有したくて強く握り返した。


妻「あの子は、すずりちゃんを知ろうとしている」


主人公「何のために?」


妻「それが分からない、あなたじゃないでしょう」


主人公は顎に手を当て、はてと考えてみる。

やはり敵対心からくる当然の探りだろうか。

相手と闘うならば相手を知らねばなるまい。


妻「ほら、間違い探しが始まる」


主人公「間違い探し?あの絵本のこと?」


妻「大人向けの絵本で、見開きに三十の間違いがある」


主人公「多すぎる!彼女達はまだ幼女だ。それを誰より知っているお母さんたる君がなぜ、なぜよりにもよってあれを選んだ」


妻「長く楽しめるじゃない。それに間違い探しは、誰に向けても、大人も子供も関係なく楽しめると思うの。難しく考えることないじゃない。簡単よ、間違いを見つけるだけ」


主人公「道理だ。そこまで考えてのこととは思わなかった。ごめん」


妻「ううん。それより覗いてみたら?」


主人公「僕に覗きをしろと言うのか」


妻「あなた、ちょっとおかしいんじゃないの。そんな大袈裟な問題じゃないでしょう」


魅力という人をたぶらかす未知の力と幾度となく戦ってきた主人公は、妻に対してムキになって反論する。


主人公「いいや、おかしいことはない。もしも僕が間違いを見つけるだけじゃなく、魅力に気が触れでもしたら、うっかり助言してしまうかも知れないんだぞ」


妻「それはそれで親らしくて素敵じゃない。でも、絶対に言っちゃだめよ」


主人公「簡単に言ってくれるな……」


妻「ねえ、あなた疲れてるのよ。もっとリラックスして」


妻が気遣って、主人公の肩を軽く揉んでくれた。

それはいいのだが、過去に林檎を容易く握りつぶした握力は衰えていないようだ。

主人公は逃げようと必死に、ひねりねじりよじり体を動かして、どうにかこうにかヨウジョの背後に逃げた。

YOUJO-Xがすかさず、邪魔しないでね、と射るような視線を寸分狂いなく主人公の水晶体に合わせて警告してきた。

ちょっぴり気圧されはしたが、何のその、父親の威厳で押し返して覗きに成功した。


主人公「なんだこれは!」


絵本には、想像していた以上に色の溢れた空想世界が広がっていた。

ページいっぱいに余すところなく、デフォルメされた、独創的なキャラクターや建物が緻密に描かれていて、そこは空想の国というらしい。

主人公はザッと左右を一通り見比べてみたが、間違いなど一つも見つけられなかった。


主人公「難しいね。二人はいくつ見つけた?」


ウメ「私が3つ」


ヨウジョ「私は4つだよ」


この二人は数分の間にそれだけの間違いを見つけてしまった。

三十あるうちの七つも見破った。

確認のためにその間違いを教えてもらうと嘘偽りなく真実であった。

主人公は後ずさるように戦場を離れた。


主人公「エキサイティング」


妻「ウメは、すずりちゃんに対抗心を燃やしているの」


主人公「なぜ?」


妻「多分、あなたを引き留めるだけの魅力を知りたいのよ」


主人公「僕は仕事で現場を離れられなかっただけだ」


妻「あの子はそうは思っていない。本心はそうなのよ」


主人公「なら、本当のことを伝えよう」


妻は主人公の腕を引き頭を振る。

そして、迷いながらも一言。


妻「待って」


主人公「止めないでくれ」


妻「伝えても納得しない。理解なんて出来ない」


主人公は「それでも」と言いかけて、困り顔で咳払いした。


主人公「ひとつ訊こう。あの子は君に背中を押されてここへ来たんだろう。僕に会うためだけじゃなく、僕と君を再会させるためにも」


妻「ううん。それだけじゃない」


主人公「そう言えば、さっきウメも同じことを言ったな。どうにもさっぱり分からない」


妻「だから言ったじゃない。すずりちゃんの魅力が知りたいのよ。自分との違いを探っているの」


主人公「ウメは、すずりちゃんをよく知っているの?」


妻「本部で情報収集はしていたみたいよ。あの子の友達のことも」


主人公「すごい執念だ。そんなに負けたくなかったのか」


妻「勝ち負けじゃない。優劣でもない。求めているの。これだけ言って、あなたはまだ分からないの?」


主人公「ちょっと待ってくれ」


妻「いい?落ち着いて?初心に返るのよ」


主人公「……初心ね。よし」


主人公は胡座をかいて真面目に瞑想することにした。

一方で幼女達は手押し相撲をはじめたようだ。

手と手とがぶつかり合う乾いた音が途切れない。

フェイントのないガチンコ勝負をしていることが目を閉じていても分かった。

そこから意識を戻して断片的に記憶を呼び起こす。

清里すずり。彼女との激闘の日々を。


ウメ「なかなか強いね」


ヨウジョ「いつも運動してるから」


ヨウジョは身体能力に優れている。

サイクリングで険しい山道を登り、それから休むことなく、大蛇の如きアスレチックで血も滲むような訓練に励んでいる。

主人公らが行う訓練と変わらぬハードトレーニングだ。

鍛えられた一撃は鮭をくわえた熊の木彫りより重い。

しかしシャープペンシルのノックより速く鋭い。

YOUJO-Xは打ち返される手からそれを、険しい顔つきになるほど痛感した。

今では、たゆまぬ鍛練に仲間の幼女たちも付き添っている。

身体能力も体力も増すばかりで、その程度は甚だしく、主人公らが彼女達についていくだけで精一杯なほどだ。

現在進行形でどんどん突き放されている。

YOUJO-Xは突き飛ばされようとしている。


ウメ「あなたは、やまとことばが読めるんでしょう」


ヨウジョ「うん、読めるよ」


ヨウジョは識字能力に優れている。

その始まりは図書館での自習だった。

彼女は弱点を克服するための情報を得ようと、わざわざ、やまとことばを学んで自ら大量の資料を漁った。

その飽くなき好奇心と探求心には驚かされたものだ。

YOUJO-Xにもそれらはある。

弱点だってある。ないはずがなかった。

だからこそ、別個体の幼女を求めた。

ヨウジョは、ついに漫画という秘伝書から二次元的であり三次元的でもある美術のロジックまで学んでいる。

YOUJO-Xは、目で知れぬ口で語れぬ四次元的な心のロジックを探究している。


ヨウジョ「やまとことば教えてあげる」


ウメ「私も読めるからいい」


主人公「いつの間に……!」


ウメ「私もお勉強しているの」


ヨウジョ「一緒だね」


ウメ「一緒にしない……で!」


ヨウジョ「わっ!」


ヨウジョの手が伸びきったところで、ドンと突き返してやった。

劣等感をうっちゃり、多少は満足して肩をすくめると、YOUJO-Xは誇らしく自己肯定を叫んだ。

私は誰よりも私らしく努力している。

心が叫びたがっていた。


ウメ「私だって、ずっと運動してるし勉強もしてる。私だって、ずっと頑張ってる」


ヨウジョ「そうなの」


ウメ「そうなの!」


YOUJO-Xは吼えて強情を突っ張る。

はたと、主人公はようやく気付いた。


主人公「進化だ。ヨウジョの進化と同じに、いやそれを越える速度で娘は早熟している。そして思うに、ヨウジョへの嫉妬を燃料に自主性が激しく高まった。だからこその快進撃なんだ」


妻「そんなところね。でも、まだ足りないかな」


主人公「まだ足りない……足りないものは友達!」


娘は例に漏れず孤独だった。

幼女には群を作り集団行動する習性がある。

苦労を重ねた経験からすぐにピンときた。

主人公は、自分が幼女に詳しいことを伝えたくてこらえきれず、あえて大声で答えた。


妻「ぴんぽーん。やっと間違いに気付いたね」


主人公「もしかして、最大の目的は、真の目標は友達を作ること」


妻「うん。それで、彼女達のことをよく知ろうとしているんだと思う」


主人公「ずっと、ここから観察していたんだね」


妻「してたよ。無線での情報も聞いてた」


主人公の妻は二人から目を離すことなくひっそりと言った。

まるで勝利の女神みたいに闘いを静観している。

が、その表情に笑みはない。

主人公はギクリとして何とも言えない虚しさを感じた。

妻にも。娘にも。なぜかそう感じた。


ヨウジョ「がおー!」


続いての闘技は指相撲に決まったらしい。

まるで二体の怪獣が縄張り争いでもするように躊躇いなく派手に傷つけ合う。

きっかけはなかった。

二体の怪獣は奇襲を仕掛けて価値を奪い合った。


ウメ「私だってすごいんだから。お父さんもお母さんもびっくりするくらいね。だって、たくさん頑張ったんだもの」


YOUJO-Xは牙をさらけ出し、爪で掻き立て、尾は振り回す。


ウメ「あなたの友達はどうなの?」


ヨウジョ「私の友達もすごいよ。しあやちゃんはお裁縫が出来るし、ことほちゃんとケモナちゃんは難しいこといっぱい知ってるし、モモちゃんのご飯は全部おいしいし、お菊さんはね、神様なんだよ」


ヨウジョは貴重な情報を指折り数えて教える。

周囲の被害などお構い無く大暴れする。


ウメ「じゃあ、あなたはどう?」


ヨウジョ「すごいね、てみんなほめてくれるよ。おかかは美味しくなったし、おにぎりも美味しくなったよ」


ウメ「へ、へえ。そうなんだ。よく分からないけどすごいね」


ヨウジョの予測不能の連打に娘が押されはじめた。

魅力の摩擦で気持ちが燃え上がり、とにかく負けまいと力比べはヒートアップする。

室内の温度がむせるほど増した気がした。

まるで、サウナの中に閉じ込められたみたいだ。


ウメ「ぐるるがあー!」


YOUJO-Xが力任せにヨウジョの首を押さえた。

逃げようともがくも頑なで歯が立たない。

彼女が十を数えてやっと、ヨウジョの親指は解放された。

そして、ゆとりある動作で汗ばんだ手を服でもって拭い、最後にふっと息を吹いて乾かした。


ウメ「そうだ。私、スイミングもしてるの」


勝利宣言という追撃。

ヨウジョは敗北が直撃しても平気な顔して手を打ち、素直な気持ちで相手を賞揚した。


ヨウジョ「すごいね。えらいえらい」


でもYOUJO-Xは満足しなかった。

決着は勝ち負けではなく優劣でもない。

押し問答は続く。埒が明かない。

二人は距離を適度に保って互いの動きをそろりそろりと伺い出した。


ウメ「ピアノも練習してるよ」


ヨウジョ「そうなの。今度聞かせて」


YOUJO-Xが自慢の猫パンチで牽制する。

ヨウジョはいとも簡単に、グーに対してパーで防御した。


ウメ「あなたは何か練習してる?」


ヨウジョ「うん。カメラの練習してるよ」


ウメ「カメラ……?え!カメラ!」


ガ……カメラにお熱なのは最新情報である。

ヨウジョの体内で魅力がスパークした。

肌が粟立つほどの衝撃波に、YOUJO-Xもたまらず距離を取って顔をしかめた。


ヨウジョ「お父さんのミニフォンでパシャパシャ、てするの」


ヨウジョは片目を閉じ、いつもこうしていると身振り手振りでシャッターを切った。

冗談とも嘘とも思わせない完璧な演武でYOUJO-Xをまだまだ圧倒する。


ウメ「お父さんのミニフォンで……しゅごい」


カメラというのは機器を問わずどれも複雑難解な機構をしていて、繊細でもあり、幼女が触れることは元来、許されるものではない。

触れられる機会は稀で、催しに際して、親の気まぐれにシャッターを切らせてもらえるくらいであろう。

あまつさえ、デジタルカメラではなくミニフォンに内蔵されたカメラである。

親セキュリティが最も厳しく、なおさら簡単には触らせてもらえないはずだった。

当然に、YOUJO-Xにも経験はなかった。


妻「そんなの聞いてない。あなた、これはどういうこと。ちゃんと説明してちょうだい」


ひどく狼狽したのは親も同じだった。

主人公は、なだめるように弁解する。


主人公「まだ本部にも報告していない様子見段階の趣味だよ。飽きる可能性があるからね」


妻「飽きて……ないよね」


主人公「その通りで飽きていない。むしろ熱中している。彼女のお父さんのミニフォンの中はいま、彼女が自らの手で切り取った獲物でいっぱいだ」


妻「どうして報告してくれなかったの!」


押し寄せる苛立ちの波に妻の穏やかな表情はさらわれてしまった。

怒りではなく、恐れに満ちている。


主人公「仕方ないだろう。さっき言ったように様子見段階なんだ。最低でも、二ヶ月は様子を見ることに決まっているんだ」


妻「そんな……」


主人公「それが、それこそが、すずりちゃんという幼女なんだ。彼女は幼女にして好奇の怪獣。獲物を見つけては食らいついてを繰り返し、吐き捨てられた骸は数えきれないほどある」


妻「それで、二ヶ月という長い様子見期間が設けられたのね」


主人公「本部に報告がない。言うならば穴だ。まさかそれが落とし穴になって、大切な娘がそこに落ちることになろうとは、さすがに僕も予測出来なかった」


妻「彼女の御両親はよく許したものね」


主人公「すずりちゃんは約束を破らない。彼女の家族の結束力は固い」


妻「バラバラのうちとは、大違いね」


ため息まじりに、半ば嘲るように言って項垂れた妻の肩を、主人公は柔らかく掴んで自身に引き寄せた。

そして、自信のなさを隠して優しい言葉を掛けた。


主人公「これからさ」


ふと、YOUJO-Xとヨウジョが背中合わせに立った。

今度はどんな闘いになるのか主人公とその妻は気を取り直して注目する。


ウメ「写真が好きなの?」


YOUJO-Xが臀部を突き出して投げやりふうに言った。

ヨウジョは先制攻撃によろめいたものの踏ん張って態勢を整えると臀部を振るわせてすぐ、接近して反撃も強かに答える。


ヨウジョ「大人になったら怪獣映画を撮りたいなって思ってるの」


ウメ「怪獣映画なんて、あなた女の子なのにおかしいよ」


ヨウジョ「おかしいて言わないでよ。あのね、お父さんが怪獣さんなの」


ウメ「意味わかんない!」


のんどりヒップバン。

かわいい幼女の臀部とかわいい幼女の臀部が激突することで起こる超常トキメキ現象である。

臀部は柔らかくとも武器にすれば威力がある。

二人の体は何度も前に投げ出され、その度に後退しては腰を鋭く振って臀部をぶつけることを繰り返す。


主人公「手押し相撲、指相撲ときて臀相撲。硬派な格闘技でも幼女が闘士ならば、こうも風雅でなお華やぐものか」とくん…


妻「でも、昔とは違ってとてもいい気分」


主人公「何だって?警鐘のようにけたたましい胸の高鳴りが僕をこんなにも苦しめるのに、君はさっぱり平気だって?」


妻「うん。どうしてだろう」


主人公「そうだな。もしかすれば、キュン死にから蘇生したことで抵抗力、または免疫力でも強くなったんじゃないか」


妻「難しいことは分からないけど、とにかくいい気分に間違いはないよ」


にわかに静まり闘いが落ち着いた。

それでも熱気は依然として淀み、ムッと立ち込めている。

主人公は握り締めていた汗まみれの拳をおもむろに下ろして、最大限に気を付けながら二人の間に割って入った。


主人公「互いのことは、もうよく分かったろう。ここまでにしよう」


ウメ「お父さん邪魔。退いて」


ヨウジョ「もっと遊びたい」


二人は幼女。まだまだ稚い盛り。

得意を語り終えて相手が同等以上の存在と分かったいま、どちらか一方がくたばるまで遊んでやるほかに選択肢はなかった。


ウメ「えい!」


主人公「こら!何をするんだ!」


出し抜けの裏切り行為。

YOUJO-Xの臀部が主人公の脚部に炸裂すると、もっちりした弾力とは反対に、静電気に近い痛みが脳天まで駆け抜けた。

主人公の足は膝カックンでもされたみたいに弛緩して、あわや転んでしまいそうになった。


ヨウジョ「がお!」


ヨウジョも調子よく臀部を主人公の脚部に炸裂させた。

やはり静電気に近い痛みが走った。

二度目の攻撃には耐えられず、主人公は片膝をついて顔を歪めた。


主人公「これは何の冗談かな?」


二人の幼女が振り返り、面と向き合う。

すると、魅力を含んだ眼光が稲妻の如く一閃して迸り、主人公の体で交わってバチバチと弾けた。


主人公「これは何だあああ!!」


まさか一種の放電現象であろうか。

主人公の体に絡みついた雷撃は、電気風呂に頭から潜ったみたいに全身をピリピリ刺激する。

天然掛け流し温泉に似た火傷しそうな熱は、ねっちょり張り付いて冷めない。

幼女二人は目前で咲いては散る淡彩の花火を気にすることなく、まばたく度に火花を飛ばして、ジッとにらめっこを続けている。


妻「あなた逃げて!」


主人公「動けない!動けないよお!」


幼女二人は悲鳴に快感を覚えたのか不気味な微笑を浮かべた。

なんの偶然か奇跡か、そこで放電現象は止んでくれた。

ところが主人公の体は直立して麻痺したままだ。

落雷に打ちのめされた大木そのままに佇んでいる。


主人公「はあ……はあ……」


苦悶する主人公の弱気な息遣いに生々しい命を感じた怪獣は、どうしてもそれを欲したい風に喉を鳴らした。

ジリジリと、さも愉快に彼に詰め寄る。

どうやら、彼を獲物と共通認識してしまったらしい。


妻「遊んであげて。お父さん」


諦めて見捨てるような妻の冷たい一言。

主人公の傷ついた心から沁み出た血の匂いを嗅ぎ付けて怪獣が俊敏に動く。


主人公「何がしたいの!本当に遊んでほしいの!ねえ!」


気弱になった主人公は女口調で早口に叫んだ。

二匹の怪獣は彼を挟み撃ちにして、丸い爪を食い込ませ肉を抉るつもりでガリガリと恐怖心を掻きたて、昂った気持ちから本音の塊を吐き出し彼の肝へと深く突き刺す。


ウメ「私を見て!」


ヨウジョ「家族は仲良くしなきゃ!」


ハッキリと娘に必要とされ、ヨウジョにも思い遣られた主人公は、ふいに感慨無量の絶頂で至福のそよ風を浴びることになった。

この思慮深さ、細やかな心遣いこそが彼女達の美しい魅力を磨いて最大限に輝かせたに違いない。

主人公は思考するより早く理解して納得した。

緊張の糸でも切れたように、体はしなやかに解放され自由を取り戻した。


主人公「よし分かった!それが望みなら、こちらとしても望むところだ!」


言い切って、二人の首を軽くくすぐり動きを止めてから、上機嫌に大きく間合いをとった。

足取りは軽く、尻込みもしない。

主人公は両手を広げると、オペレッタさながらに迫真の演技で語る。


主人公「二人の望みはここに一致した。僕とすずりちゃんと遊ぶことでウメは充たされる。そうして家族が仲良くなれば、そのうえ、二人が協力することで友達になれば、すずりちゃんは僕らが託した任務を完遂することになり、なお僕らも嬉しい。これでようやく決着の都合がついたわけだ。いいだろう。幼女のために。大人のために。人類のために。世界のために。未来のために。家族のために!いま!僕は!悪にでもなろう!!」


主人公は肩で息をしながらノンストップで語り終えると、髪をくしゃくしゃに乱して、怪獣に対抗してか四つん這いになって構えた。

慈愛の使命だけは胸に留めて……。

プライドもモラルも仕事も責務もあれもこれも、枷となるものはまとめて破棄した。


主人公「イヨオオオオオッ!!」


甲高い天まで轟く号叫。

大人でもあり親でもある男のみっともない異形を見た幼女二人は挙動不審でまごまごする。

主人公は、それこそ絶好の機会とばかりに機敏な運動で、ベイビー顔負けの高速ハイハイで幼女へ襲いかかる。

まずは娘に狙いを定めた。


ウメ「きやあああ!」


目と目が合うやいなや、娘は生まれた瞬間ですら聞いたことのない絶叫をあげて逃げ出した。

イヤイヤ期を思い出させるほどの最大の抵抗だ。

妻が、転びやしないかとハラハラする全力疾走だ。


ウメ「お母さんたすけて!」


涙声で助けを乞い母の背に素早く隠れる。

ところが母は途方もなく困惑した。

夫の気持ち悪い姿にどうすればいいのか全く分からない。

赤ん坊の娘に赤ちゃん言葉で一日中話しかけていた或る日の姿よりも我慢ならない生理的嫌悪感にゾッとした。


妻「本気で気持ち悪い」


嘔吐された冷酷な言葉と蔑む眼差しに怯んだ主人公は狙いを弱者に変えることにした。

主人公は存外、臆病で卑怯らしかった。


ヨウジョ「ふふふ……ふ?」


そこの君。他人事と笑っている場合ではない。

奴がグルリと方向転換してギョロリと狙いを定めた。

ヨウジョはビクッとなって縮み上がり、本能的に救いを求めて、髪を振り乱しながら周囲を見回した。

YOUJO-Xがお座りしていただろう座布団を見つけるや咄嗟の判断で駆けつけ、その両端を掴むと、腰をうんと捻り、腕を鞭のように振るい、のめり込むほど豪快に座布団を投げつけた。


主人公「ヘドルァ!」


顔面直撃。わざと受け止めたようにも見える。

座布団は、主人公の顔にほんの僅かな間しがみついてからドシリと床に落ちた。


ヨウジョ「ふぇ……」びくっ


主人公は笑っていた。

目も歯も面白くしてニタニタと笑っていた。

口元では今にも溢れそうな涎が呼吸にあわせて揺れている。


ヨウジョ「きゃあー!」


悲鳴を追い越して逃げるヨウジョを。


主人公「イヨオオオオオッ!!」


かぶくひょうきんな四足獣がドタバタとうるさく追跡する。


ウメ「やめろ!この!」


敵であったはずのYOUJO-Xがヨウジョを助けるために利他的に行動した。

主人公の背に飛び乗って拳でこれでもかと殴打する。

肩たたきみたいな親孝行と言えない単純明快な攻撃が彼の肩と首に鈍痛を与えた。

彼は娘が怪我しないよう慎重に横に倒れて逃れようと試みるも、娘は臨機応変に腹にのしかかって、尻でもって攻撃を再開した。

彼は「うっうっ」と呻きながらそれを止めさせようとしたが、ヨウジョが腕をへし折りもぎ取らんばかりの勢いで引っ張って許さない。

彼はせめて、残った片腕で顔だけは守るしかなかった。


ウメ「えいっ!えいっ!」


ヨウジョ「がぶがぶ!」


YOUJO-Xが胸をぴしぱし平手打ちして、ヨウジョは指をしゃにむに甘噛みする。

この連携攻撃に主人公はもう「ごめんなさい」するしかなかった。

悪になりきろうとしたがなれなかった。

なれるはずがないじゃないか。

彼女達を、幼女を心から慈しみ愛しているから。


主人公「ごめ」


その時、言葉よりはやく娘の平手打ちが頬にきた。

不幸中の幸い。怒りは頭にこなかった。

しかし主人公は「やめて!ほっぺは痛いでしょう!」と極めて注意した。

それを受けたYOUJO-Xは、小さく、ごめんなさいをした。

素直に謝られては仕方ない。

ここは許そう。


主人公「さあ二人とも。僕はこの通り降参だ」


主人公が白旗を上げると、二人は攻めることをすんなり諦めて離れてくれた。

これ以上に彼をなぶる理由はなかったのだった。

風船の空気が抜けるみたいに激情が抜けて心が萎んだ。

その拍子に、グーとYOUJO-Xの腹が鳴いた。

主人公が腕時計の時刻を確認すると、とっくに午後一時を回っていた。


主人公「お腹空いたろう」


ウメ「うん」


主人公「すずりちゃんも。遅めに朝食を食べたけれど、たくさん運動したら空いてきただろう」


ヨウジョ「うん。ぺこぺこ」


にわかに、二人の老人が妖怪のように、ぬっと屏風から飛び出して現れたかに見えた。

部屋の奥に飾られた屏風には、金色にテカる虎が棍棒を持つ橙色の肌の巨人に歯向かう立派な絵が描かれていたような気もする。

見えた、続けて気もする、と表現が曖昧なのは、主人公が屏風よりも、その裏から現れた二人の老人の方に目を奪われたからである。

一人は髪をオールバックで整えた目の垂れた爺。

もう一人は髪をパンチの効いたパーマで整えた頬の垂れた婆。

彼らは主人公にとっての。


主人公「お義父さん!お義母さん!」


お義父「こんにちは。久しぶりだね」


主人公はあんぐりしたまま、体だけはロボットが変形するみたいにテキパキと正座して固まった。


お義母「よかったねウメちゃん。お父さんに遊んでもらって。お友達も出来て」


お義母さんはよちよちと孫娘に近寄ると、孫娘の頭をいとおしそうに撫でながら、彼女こそ誰より嬉しそうに微笑んだ。

YOUJO-Xもえくぼを作って満足している。


主人公「あ!あー!君じゃなかったのか!」


妻「え?私がなに?」


主人公「そうだ。人類解凍計画が始動して間もないのに君は詳しすぎた。予習を考えても色々と詳しすぎる。それに、君が本部の人間を動かすなんて少しおかしいと思った」


妻「ん?」


お義父「分かってしまったか」


妻「なにを?」


主人公「ええ。分かってしまいましたよ」


妻「なにが?ねえ?」


主人公「ウメの背中を押して、本部の人間を扇動したのは君じゃない。他の誰でもない。君の御両親だったんだ」


妻「ああ、そのこと」


主人公「毎日ウメのところへ会いにいって遊んでくれていたのはお二人だ。トキメキに対して時間が限られているとしても誰よりウメに近く詳しいはず。それと、親族権を行使すれば淡慈の幼女の情報に精通していてもおかしくはない。しかし、どうしてこの機会を選んだのです?」


主人公は疑問を口にして義母に尋ねた。

彼女は項垂れて落ち込み、影でシワの濃くなった顔を見せたくないみたいに孫娘の顔を腹に押しつけて答えた。


お義母「非常識よね。でも仕方なかったのよ。こうするしかなかった」


お義父「ウメが覚醒した時に、その場にいた私達の胸のトキメキも騒がしくなって、ついにキュン死にしそうになったんだ」


お義母「それで時間がないと思ったの。だから」


孫娘が祖母の腕から強引に脱出して、二人を庇うように一歩前に出て叫んだ。


ウメ「私がお願いして連れてきてもらったの!おじいちゃんもおばあちゃんも悪くないよ!」


妻「あなた……その」


主人公「心配しないで」


主人公はそっと娘を抱き上げた。

そして念願叶って家族を、ぎゅう、と抱き締めた。

懐かしく恋しい匂いがした。


主人公「誰も責めないし、誰を咎めることもない。これは僕だけの判断じゃない」


妻「じゃあ、私達は許されるの?」


主人公「許すもなにも罪なんてない。幼女が魅力的なのは罪なのか?家族を愛することが罪なのか?そんなことあるはずないじゃないか」


妻「でも、誰もがそう思うわけじゃないでしょう」


主人公「大丈夫。僕が側にいる限り安心していい」


主人公は娘の背をぽんぽんと叩いたり、妻の髪を撫で頬を擦り合わせたりして態度で愛を語った。

それから一篇、変わらない愛言葉を耳元で囁いた。


主人公「……だから。家族は僕が守る」


妻は女らしく頬を紅く染めて贈られた愛に全てを委ねた。

娘がそれを見て、恥じらいもなくお父さんのほっぺにちゅーをした。

続けて、お母さんのほっぺにもちゅーをした。

娘の仮面はやっと砕けて、無垢な笑みがこぼれた。

お父さんの腕から飛び降りると、仕舞に小躍りして喜んで、ぱっと顧みてから、屈託のない笑顔で純情をほのめかした。


ウメ「大好きだよ」


昼食の用意は滞りなく進んだ。

電波障害も回復して、世界各地から幼女や女児が落ち着いたという報せが続々とミスリーダーのもとへ送られてきた。

昼食の用意が終わる頃、正式に任務完了となった。

人類の滅亡は人類の慈愛でこそ阻止されたのだった。

祝福するような日射しに照らされ、温かな雰囲気のなかで、食事会は盛大に開かれた。

遅くはなったが、夜のパーティーに支障はないだろう。

細かいことはさて置き、特務員も女児とその家族も構わず一緒になって、複数のやぐらでそれぞれに昼食を楽しんでいる。

みんな和気あいあいとして朗らかで和やかだ。

大いに沸く歓喜を肌に感じながら、主人公もまた家族団欒の時を心行くまで楽しんでいた。

このやぐらには主人公と妻と娘の三人しかいない。

義父母と皆々様からの粋な計らいで嬉しい運びになった。


主人公「ウメ」


ふいに呼ばれた娘はひょいと顔を上げると、口に入れたばかりの鯛飯を噛み砕きながら主人公の笑顔に注目した。

主人公は彼女が飲みこむのを待ってから、頬を緩めて、一言一言に真心を込めて話しかけた。


主人公「遅くなったけれど、ウメに言っておくことがある」


ウメ「なあに?」


娘はそれを聞いて、何か怒られると思ったのか、唇をきゅっと結び、怯えの混ざった困り顔で萎縮した。

主人公は娘の隣に移ると、恐がることはないと頭を撫で、笑ってと頬をつっついて、最後に信じてと手を握って言葉を続けた。


主人公「よく頑張った。えらいえらい」


もう一度、手のひらに収まるほど小さな頭を撫でてやる。


主人公「それから、ありがとう。本当に嬉しかった」


と、よく頑張ったで賞に花盛りの親愛を束ねた感謝を添えて贈った。

受け取ったYOUJO-Xは照れ隠しに、ぽふっと主人公の胸に顔を埋めた。


主人公「甘えてくれていいからね」


そう言われた娘はこしこし攻撃。

顔を擦り付けて主人公に強烈なトキメキを返してやった。

そうして直に魅力を受けても主人公はへっちゃらだった。

いっそ息苦しいほど抱いて迎撃した。


ウメ「もう!くるしい!」


主人公「ごめんごめん」


それから主人公は食事を続けながら幾つか質問をした。

娘が素直に答えてくれたことで、隠された真相が明らかになった。

はじめに、娘は紅白という組織を少しは憎んでいたことが分かった。

親切にお世話されていたから、どうも憎みきれなかったようだが……。

紅白だけでなく主人公のことを恨んでもいた。

置いてかれたことや、同じ年頃の子と遊んでいるのをずっと気にしていた。

仕事で仕方ない、と自分に何度も何度も言い聞かせても、受け入れることは出来なかったみたいだ。

当然だろう。可哀想で胸が痛んだ。

また、すずりちゃんたちに嫉妬していたのも事実だった。

娘は、彼女たちのように主人公を、お父さんを惹きつける魅力を手に入れるためにいっぱい努力した。

主人公は頑張っていること自体は知っていたし褒めてもいたが、それは浅い表面的な部分に過ぎなかった。

本人があえて口にしなかったし、本部の人に口止めまでして、相当に頑張っていたようだ。

どうも直接会ってこそ褒めてほしかったらしい。


主人公「その涙ぐましい努力に感動して、みんな約束をきちんと守ってくれたみたいだね。僕は本当に知らなかった」


ウメ「後でちゃんと、ありがとう、て言うよ」


主人公「えらい!」


次に、この籠城戦は彼女なりの歓迎だったことを知った。


ウメ「おもてなし、て言うんだっけ」


妻「そうね。合ってるよ」


主人公「つまり大歓迎してくれたんだな」


思い返せば、なるほどと納得する。

雪投げもパイ投げも、クラッカー攻撃もパパさんたちの女装攻撃も、女児のこちょこちょだって、全てがお客さんを楽しませるためのエンターテインメントだったのだ。

その裏に反抗心はあったが、歓迎となれば友愛の情も確かにあったに違いない。

彼女が怨念に完全には囚われず、博愛の精神を失わずにいられたのは、義父母に周囲の大人たちや女児たち、特に四人の幼女のおかげだろう。


主人公「あのドキッとするほど可愛らしい四人と特に仲良しなんだろう」


ウメ「うん。友達だよ」


改造幼女。今は老舗茶屋の看板幼女に戻っている。

和歌月もなか。

祖父に連れられて紅白本部にやって来た夢見る幼女。

紅白は秘密結社だが、幼女に関して活動していることは周知されている。

ふぇぇぇん現象によるパニックの説明と解決を彼らに求めてなだれ込んだ家族の一つだった。

もなかを含めて、そこで主人公の娘はたくさんの人と巡り合い縁を結んだ。

大人は大人と話し合い、年頃の乙女は年頃の乙女と話し合い意気投合したようだ。


主人公「しかし大変だったろう」


妻「本部の人はゾンビみたいにウロウロするだけだし、まともな人たちを落ち着かせて、まとめるの本当に苦労したんだからね」


主人公「はは……よくまとめられたね」


妻「何もかもボドリーさんのおかげよ」


克明の国の紅白本部で本部長を務め、ベテランの船乗りでもあり、一家の大黒柱でもあるボドリー。

彼らウクレーナ一家は、総本部とも呼ばれる瑞穂の国は桜宮にある紅白本部で催されるメリーナイトパーティーに招待されて、遠路はるばる海を渡って訪れていた。

ボドリーが皆をまとめてくれたことで話もまとまり荷物も急いでまとまり、やや無計画ながら急遽、本部に常設されていた大型クルーザーを彼が操舵して淡慈島を目指した。

その旅の途中で、主人公の娘が親睦を特に深めたのが残る三人。

尊き海外最強の三つ子幼女。

イエラ、リエラ、ティエラ。

彼女がその三人と談笑しているところへ、もなかが自慢の和菓子を運んできた。

世界の心を揺るがすほどの驚異的な魅力の渦中に飛び込んでしまったもなかは、その時に未知なる刺激を与えられ、一時的に擬似覚醒、つまり改造されてしまったと思われる。

まあとにもかくにもてんやわんやあって。

幸いなことに、彼女は四人の幼女と友達になって、さらに友達の輪を広げることに成功した。

そして現在、彼女の心にぽっかり空いた虚無に渦巻いていた鬱憤は親子の愛で浄化され、友達の様々な想いがそれを埋めるように癒してくれている。


君がずっと笑って幸せであること。


なにより願って止まないことだ。

だから祝福し、激励しよう。

これから良き友と出逢い、人生が豊かなものになると信じている。

僕は、その友達が彼女のように、怪獣のように元気ならと望む。


「がおー!」


幼女襲来。

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