ヨウジョVSコスプレイヤ
本土の西南地域にある複数の町をまたぐ竜王河川敷で、毎年、春になると大盛況のコスプレの祭典がある。
春陽のコスプレフェスティバル。
春のコス祭として、西南地域だけでなく全国、飛んで世界でも親しまれているビッグイベントだ。
その人気はなんと、無駄に六十二㌔に渡って河川敷が人で埋め尽くされるほどである。
祭の主な趣旨は、子供から老人、そして国を問わずコスプレ好きのコスプレイヤー達が集っては、ルールを守って楽しく交流することだ。
コスプレとは、好きなキャラクター等になりきることである。
そのように、親の影響で魔法少女になりたい幼女が一人いた。
七種しあや、まだ四才。
彼女は両親と共に初めてこれに参加した。
目の前に広がる空想世界に、彼女は女の子らしく胸をときめかせた。
ところが、楽しい時間は瞬く間に終わりを迎える。
この祭典には特別、誰もが心を浮わつかせててんやわんやに盛り上がる催しがあった。
コスプレ☆コンテスト
その幼少部門に勝手にエントリーされた彼女は人前に出るのが嫌で断るも、両親に強引にステージに立たされてしまう。
そして大声を上げて泣いた。
コスプレイヤ「なんで……?」
すると目の前で、さっきまで応援してくれていた全員がトキメキして、こてっと倒れた。
抜群のルックスという輝きも然り、そこに恥じらいと怯えが合わさって起きたビッグバン級のモジモジに皆して萌えたのだ。
トドメに泣き声という衝撃波が広がればご覧の有り様である。
また、その衝撃波がマイクからスピーカーを通じて、爆音でより広範囲に放たれた影響もあって会場と二㌔圏内の人間が多くキュン死にした。
この事件は当時、大変な騒ぎとなったが、すずりちゃんが起こした梅宮の乱で霞むことになる。
こうして、コスプレイヤが誕生するに至った。
彼女は山奥に作られた幼女村に緊急で隔離された。
コスプレイヤ「ねえ、お母さん。お父さん」
全員が一度にキュン死にしたその光景は、まだ幼い彼女にとって、何より恐ろしく地獄にまで見えた。
いわゆるトラウマを幼くして負ってしまったのだ。
コスプレイヤ「みんな、私のせいで病気になったの?」くすん
幸いにも娘を溺愛する両親は無事だった。
両親は彼女の涙を拭って抱擁、優しい言葉で慰めた。
コスプレイヤ「見て、また幼女がテレビに出てるよ」
それから静かに一年が過ぎた。
幼女村で幼女友達と幸せなヨウジョライフを送って、心の傷も癒えてきたある日のことである。
ニュースで最強の幼女が淡慈島に温かく迎えられたことが報じられた。
コスプレイヤ「ひとりぼっちだって。かわいそうだね」
コスプレイヤはこの時、不思議な気持ちになった。
もしかしたら、魔法少女としての目覚めだったのかも知れない。
コスプレイヤ「私が友達になって助けてあげなきゃ」
魔法少女マジカバカカの主人公である女子小学生、馬鹿しあや、憧れの彼女と同じことがしたいと願った。
それに両親はノリで応えて、勢いで移住を決めた。
コスプレイヤ「本当に!すぐ会えるの!」
さらに数ヶ月経って我慢できなくなった一行は、紅白からの許可を待たずして、ノリと勢いのままに淡慈島を目指す。
本土と淡慈島を繋ぐ淡慈海峡大橋が、車窓から遠くに見えた。
コスプレイヤ「はやく会いたいなあ……」
時刻は正午過ぎ、紅白淡慈支部幼女特命救護隊淡慈本部、二階、ミスリーダーの部屋。
主人公「新しい幼女の襲来……!」
相棒「一人でもいっぱいいっぱいだってのに。マジか、バカか。どうして組織は許可したんですか!」
ミス「許可はまだ下りていません。これは明らかな奇襲になります」
主人公「奇襲ですって!まさか幼女の判断ですか!」
ミス「ええ。幼女がお願いしたことのようです」
相棒「御両親は断らなかったのですか」
ミス「彼女の御両親はノリと勢いで生きるパリピで、それにまだ若い。組織も注意して接していたほどです」
相棒「つまり、ノリと勢いでここまで来たってことだ」
ミス「そうなります」
主人公「ええい、起こった事実にとやかく言っても仕方ない。それで、彼女はどんな幼女何ですか」
ミス「コードネームはコスプレイヤ」
相棒「コスプレイヤー?」
ミス「あなたなら、梅宮の乱より一年前のあの大事件をよくご存じでしょう」
相棒「一年前となれば……あ!」
主人公「事件名が思い出せない。教えてくれ」
相棒「次元超越のトキメキだ」
主人公「?」
相棒「事件名が、次元超越のトキメキ」
主人公「?」
相棒「よく聞け。二次元キャラにコスプレした、仮装した幼女が大勢の人間をトキメキさせた。これは萌えが二次元の壁を越えた、てことでそう呼ばれているんだ」
主人公「よく分からない」
相棒「これだから二次元に疎い人間は……」
主人公「何だその言いぐさは!」
相棒「何だ!ちゃんと説明してやっただろう!」
主人公「分かりません!」
相棒「理解しなくていい。仕方ない、だから落ち着け」かたぽん
主人公「ごめん」
ミス「こほん。良いですか、今は一刻を争います」
主人公「一行は現在どこにいるのでしょう」
ミス「淡慈海峡大橋の手前、淡慈パーキングエリアで休憩しています」
相棒「幼女が車から降りればたちまち大惨事ですね」
ミス「それは両親もよく理解しています。彼女はあの日、それでトラウマを負ってしまったので」
相棒「可哀想に!目の前で人がたくさんキュン死にすればそりゃそうなる!」
主人公「トラウマを負った彼女がなぜ、幼女が群れて戯れる平穏な幼女村をわざわざ出たんだ……?」
ミス「分かりませんか。答えは簡単です」
主人公「はあ……!すずりちゃん!」
ミス「グッド推測。その通りです。彼女はアニメの影響を受けて、すずりちゃんと友達になり、彼女を孤独から救おうと決めたのです」
主人公「いい子だ」
相棒「泣ける」ぐすっ
主人公「是非、コスプレイヤを我々で受け入れましょう。彼女はきっと必要な存在です」
ミス「これから先、とても苦労することになりますよ」
相棒「今さらだ。な、相棒」
主人公「ああ。どんとこいです」
ミス「では、直ちに淡慈海峡大橋へ向かって下さい。その付近にある淡慈海浜公園でコスプレイヤとヨウジョを邂逅させるよう手配します」
主人公「あの、本部より許可は下りるでしょうか」
ミス「正式な許可に様々な手続きが終わるまで、この島に限定して、私の全権限を以て暫定的な許可を下します」
相棒「初めてミスリーダーがかっこいいと思った……!」
ミス「今夜、ご飯はいりませんね。分かりました」ぷい
相棒「怒らないでくれ。褒めてるんです」
ミス「あ、そう」ふんだ
主人公「ヨウジョの自宅から海浜公園までは距離があります。どう輸送するのでしょう」
ミス「両親に送ってもらいます。帰りは少し不安ですが、二人に距離を縮めてもらうために、思いきって少し冒険をさせます」
主人公「それはあまりに強硬な手段では」
ミス「両親には片付けてもらわねばならない用事がたくさんあります。何より、コスプレイヤは人見知りで臆病な性格です。ここでバシッと決めておいた方が良いでしょう」
主人公「逃げ場をあえてなくして追い詰めるわけですね」
ミス「可哀想にも思いますが、それが最善と私は考えます」
相棒「少しずつ仲を深めりゃいいと思うがな」
主人公「いや、子供は気の移り変わりが早い。彼女自身が友達になりたいと決心している今こそ絶好の機会だ」
相棒「なるほど。やっぱりお前は幼女に関しては長けているな」
主人公「そういうあなたは二次元に精通している」
ミス「つまり、あなた達凸凹コンビがうまくハマればコスプレイヤにも勝てるということです」
相棒「凸凹って酷いな。さっきの仕返しのつもりですか」
ミス「いいえ。褒めているんですよ」にこっ
相棒「どうだか」やれやれ
主人公「僕が凸であなたが凹だな」
相棒「勝手に凹んだ方に決めるな」
主人公「ははは!」
ミス「呑気に笑っていられる状況ですか。私は言いましたね」
主人公「行こう!」キリッ
相棒「待て、俺達にとっても距離がある」
ミス「下に大型バスを用意しました」
相棒「誰が運転するんだ」
主人公「僕に任せてくれ」
相棒「大型バスは免許がややこしいんだろう」
主人公「心配しなくていい。僕は免許マスターだ」すちゃ
相棒「なんでそんなに免許を取りまくった」
主人公「嫁の趣味が旅行だったから。何でも乗れるように努力したんだ」
相棒「へえ、それはご苦労なことだ」
ミス「お話はそこまで!ほら急ぎなさい!」
二人「アニメイツ!」ビシッ
二人は急いで支度して大型バスへ乗り込んだ。
主人公が運転をして、相棒が助手席でウンチクを語る。
主人公「魔法少女マジカバカカは、世界から欠けてしまった重要な知識や知恵を集めるアニメってことか」
相棒「そうだ。だから、米の作り方が欠ければ、その時から主食がパンになったりする」
主人公「それで毎回、世界観が更新されるわけだ。なかなか面白いアイディアだ」
相棒「分かってきたじゃないか」
主人公「娘と今度観てみよう」
相棒「なら、全話入った特典付きボックスを贈ろう」
主人公「いつもありがとう」
相棒「可愛い娘さんのためで、お前のためじゃない」
主人公「はは、そういうことなら助かる、て言っておこう」
相棒「どういたしまして」
バスは数十分かけて淡慈海浜公園に着いた。
芝生広場を走り抜けて砂浜へ急ぐ。
海から吹く生温かい潮風が肌をねっとりと撫でて、独特な磯の臭いが鼻をくすぐった。
主人公「橋を見ろ!」
淡慈海峡大橋は世界最長の吊り橋である。
夜には蛍の灯りのようなライトアップで飾られ、観光スポットとしても人気がある。
相棒「ほえー立派だなー」
主人公「そうじゃない。ほら、紅と白の武装車に挟まれたキャンピングカーが見える。あれがコスプレイヤの乗る車じゃないか」
相棒「厳戒態勢だな」
ミス「間もなくそちらへヨウジョが到着します。二人は砂浜で待ち合わせる予定ですので、あなた達は橋の下で伏せて待機してください」
相棒「なんですか、その変な待機の仕方は」
ミス「周囲は開けていて隠れるところがありません。ですので、遠くにあり、また陰になって確認しづらい橋の下が最適と判断しました」
相棒「アニメイツ」
主人公「よし、急ごう」
二人は駆け足で移動して指示通りに橋の下で伏せて待機する。
しばらく待っていると、一陣の風が二人の方へ逃げるように吹いて、一羽のカモメが飛んだ。
怪獣奮迅の幼女襲来に驚天動地。
ヨウジョ「がおー!」とてとて
砂浜をのしのしと荒らして遊びはじめる。
ちっちゃな足跡がいくつも池球に刻まれた。
相棒「双眼鏡で見てもやっぱり可愛いな」
主人公「気を確かに持て」かたぽん
相棒「平気だ。まだトキメキは訪れていない」
ヨウジョはやがて飽きたのか、退屈そうに貝殻を集めては海へ投げはじめた。
ヨウジョ「まだかなー」
と、そこへ。
主人公「きた!」
相棒「んん!」どきん!
桃色ウィッグをなびかせて、お母さんが夜なべして仕立てた魔法少女の衣装を纏いしコスプレイヤ襲来。
彼女は両手を胸の前に置いて不安そうな顔をしている。
コスプレイヤ「あ……」ぴた
ヨウジョを見つけて立ち止まる。
そうして一定の距離を保ったままコスプレイヤは動こうとしない。
主人公「どうしたんだ。なぜ動かない」
相棒「まさに次元超越……!」どきどき
主人公「喝!正気を保て!」
相棒「お前は、よく平気でいられるな」どきどき
主人公「僕には、あのコスプレの魅力がよく分からないからだろう」
相棒「なんてもったいない!あれはたまげるクオリティとひっくり返りそうな可愛いさだ!」どきどき
主人公「あなたは二次元の幼女で心を鍛えていたはずだ。なら、なおさら平気なはずじゃないか」
相棒「ふん、コスプレイヤはな。次元を越えて侵攻してきた新時代の幼女だ。この世界の常識はもはや通用しない」どきどき
主人公「やっぱりさっぱり分からない」真顔
ここでコスプレイヤがヨウジョの背中へ囁くように声をかける。
コスプレイヤ「あ……あの……」もじもじ
しかし、そのあまりに小さな声は虚しく届かない。
一方で無意識に放たれた一矢の萌が相棒のハートのど真ん中を射抜いた。
相棒「あ、だめだ」ぱたり
主人公「相棒がやられました。邪魔だからここへ寝かせておきます」
ミス「まったくもう……。今日は相手が悪かったようですね」
主人公「そのようです。しかし、反対に僕にとっては相性が良いようです」
ミス「頼りにします。ところで、二人はまだ接触していないみたいですが」
主人公「はい。さっきからコスプレイヤがヨウジョの背中に懸命に声をかけているようですが、彼女は砂浜に絵を描いていてまったく気付いていません」
ミス「さて、どうしましょう」
主人公「ここは見守りましょう」
ミス「このまま、見守るのですか」
主人公「はい。子供が自主的に行動することは、彼らの心の成長にとって欠かせない要素の一つです」
ミス「親御さんらしい意見ですね。とても勉強になります」
主人公「一緒に応援しましょう」
ミス「ふれっふれっコスプレイヤちゃん!ふぁいっおーコスプレイヤちゃん!」
主人公「ええ……」
ミス「昨夜のドラマで学びました」
主人公「勉強になります」
ミス「では、改めてご一緒に」
主人公「いえ、僕は結構です」きっぱり
ふいに、コスプレイヤが一歩踏み出す。
主人公「あ!動いた!」
ミス「ドローンはもっと近付けないの!」
ケツ「これ以上の接近は危険です」
ミス「そうですか。おや、また立ち止まりましたね」
主人公「惜しい。あともう一歩です」ぐぬぬ
もじもじしながら、あともう一歩踏み出すことが出来ないでいるコスプレイヤ。
それならばと、恐る恐るでもヨウジョの肩に手を伸ばした。
主人公「ふれっふれっコスプレイヤちゃん!」
ミス「ふぁいっおーコスプレイヤちゃん!」
二人の応援が届いたのか、そんなわけないか、ついにコスプレイヤがヨウジョの肩に手を置いた。
突然の不意討ちにヨウジョは驚いて振り向く。
刹那、目には見えぬが周囲に萌が迸った。
それはドローンを撃墜して、相棒の心臓をマッサージして、主人公の心をトキメキさせて、最後に淡慈海峡大橋の電球を漏れなく粉々に弾いて砕いた。
主人公「何だ!今のは……」ずきゅん!
胸の動悸が収まらない。
以前とは比較にならないほど胸がトキメキして止まない。
それは相棒も同じだった。
相棒「このトキメキ、どこかで感じたことないか」
主人公「目を覚ましたのか」びっくり
相棒「もう一度聞く。このトキメキをどこかで感じたことないか」
相棒も主人公も、このトキメキにノスタルジックな懐かしさを感じていた。
初恋の思い出を振り返るように記憶を整理する。
主人公「……覚えはある。確か娘が生まれた時だ」
相棒「いや、もっと前のはずだ」
主人公「ふぇぇぇん現象。また、あの日のことか」
相棒「そうだ。ビッグバン級の萌、その最小を俺達は今味わったんだ」
主人公「ということは、もしそれが起これば」
相棒「近くにいる俺達は間違いなく萌え尽きる」
主人公「最強の幼女すずりちゃん。これは彼女の魅力が生み出した科学反応なのか……」
相棒「なあ、二人を会わせたのは間違いだったんじゃないか」
主人公「それはない。子供が頑張って友達を作ることをあなたは間違いだと言うのか」
相棒「ごめん。正しいとか間違いだとか、そういう問題じゃあないんだろう」
主人公「そうだ」
相棒「うし、気合いを入れ直して頑張ろう」
そう意気込んで双眼鏡を構えた相棒は、芸術的な彫刻みたいに萌えに凝り固まってしまった。
主人公が同じく双眼鏡を覗いてみると、納得のいく光景がレンズの向こうにあった。
二人はもうすっかり仲良くなって、楽しそうに追いかけっこしていたのだ。
主人公には、そう見えた。
コスプレイヤ「あ、あの!」
萌が迸って二人が驚愕している間のことである。
ヨウジョ「あ!もしかして、しあやちゃんですか!」
コスプレイヤ「あ……んん……」もじもじ
ヨウジョ「どうしたの?」ととっ
コスプレイヤ「来ないで!……ください」
ヨウジョ「ん?」くびかしげ
コスプレイヤちゃんは極度の人見知りだった。
人のいるところでは必ず両親にくっつくほど人が苦手だった。
そんな彼女の側に今、頼れる両親はおらず隠れる場所もない。
ヨウジョ「遊ぼう!」にこっ
コスプレイヤ「え?」びくっ
しかし、そんな悲劇的事情をヨウジョが知るよしもない。
遠慮も容赦もなくコスプレイヤを遊戯に誘った。
そして、現状に至る。
ヨウジョ「がおー!」とてとて
コスプレイヤ「いやー!」とてとて
ヨウジョは目の前に現れた獲物を執拗に追いかけ回す。
その目は海面よりもギラギラと輝いて本気だ。
ヨウジョ「が……お?」
対して、コスプレイヤも逃げてばかりではなかった。
にわかに立ち止まって、大きな声でヨウジョに宣戦布告する。
コスプレイヤ「あなたはマヌーケね!この魔法少女しあやが、魔法でいちころりよ!」
言って、ポッケから毬を取り出した。
ヨウジョ「ねえ、マヌーケてなあに?」
コスプレイヤ「ふぇ……?」ぱちくり
ヨウジョ「私、マヌーケて何か分からない」
コスプレイヤ「えとね。マヌーケは暴れる怪獣なの!とっても怖いんだよ!」
ヨウジョ「怪獣……!」
コスプレイヤは好きなことを語るとき夢中になるようだ。
まっすぐにヨウジョの目を見て、さっきとはまるで別人のようにしっかりした口調でハキハキと説明する。
コスプレイヤ「マヌーケは理の穴から出てくるの。だからね、はやく知識や知恵を集めて、穴を埋めて、それで怪獣をやっつけなきゃいけないの。じゃないと、みんなが怪我しちゃうんだよ」
コスプレイヤは、ふわふわに理解した設定を早口に語り終えて、ふう、と一息ついた。
ヨウジョ「?」
一方でヨウジョは、これっぽっちも分からないまま、ただ、頭のなかでマヌーケは怪獣だということだけは理解した。
ヨウジョは怪獣が大好き。
両親しか知らない彼女の夢は怪獣なのだ。
ヨウジョ「がおー!!」
雄叫びを上げて、今までになく怪獣になりきるヨウジョ。
マヌーケなんて知らない、彼女は彼女らしい彼女だけの怪獣となって心を燃やした。
コスプレイヤ「!?」びくっ
その熱に一瞬怯むも、実に子供らしい。
すぐに順応してコスプレイヤは毬を握り締めた。
コスプレイヤ「ま、負けな……」
ヨウジョ「がおー!」
コスプレイヤ「ひゃ!」
ヨウジョの迫力にたまらず、可愛らしく身を屈めるコスプレイヤ。
両手で頭を守って背中を向けた。
コスプレイヤは想像もしていなかった。
ヨウジョがこんなにも恐ろしい幼女だなんて。
ヨウジョ「がぶがぶ」
ヨウジョは手を使ってコスプレイヤの腕を噛み千切る演技をした。
やられたコスプレイヤは悲鳴を上げ、背筋をピンと伸ばしてとっさに逃げた。
ミス「聞こえ……すか。応答……がいます」
主人公「通信が回復した!こちら主人公、ミスリーダー聞こえますか!」
ミス「聞こえます。一体何が起こったのですか。こちらもとてもトキメキしました」
主人公「ビッグバン級の萌、その最小が起こったのです」
ミス「何ですって!」
主人公「これは僕の憶測になりますが、ヨウジョの魅力、その片鱗と思われます」
ミス「コスプレイヤと邂逅したことで、まさか、こんなことになるなんて……」
主人公「ヨウジョは現在、コスプレイヤと交戦中。さて、どうしましょう」
ミス「映像が途絶えてしまいました。申し訳ありませんが、こちらでは判断が出来ません」
主人公「ドローンは海に落ちましたからね」
ミス「後に回収させます。とにかく今は彼女達をバスへ誘導して、目的地である山道の入り口へ輸送することを優先してください。日が傾けば傾くほど危険が増します」
主人公「時刻は午後二時過ぎか……。オヤツの時間も危ぶまれる」
ミス「ただ今より全装備の使用を許可。現場にいるあなた達に全てをお任せします」
主人公「アニメイツ!」ビシッ
主人公は急務を受けて相棒を叩き起こす。
ところが、カチコチになってしまった相棒はうんともすんとも言わない。
さすがに心配になったので救急を要請して、ここからは単独で行動することに決めた。
主人公「まずはバスへ誘導するか」
大人達がさっき決めた幼女達の日程はこうなっている。
浜辺で出会ったらバスに乗って風林花山へ移動する。
そこの遊歩道を散歩して池でおやつタイム。
最後にキャンプ場へ向かってもらう。
キャンプ場に着いたら御両家の親睦会となる。
ヨウジョ「がおー!」とてとて
コスプレイヤ「いやー!」とてとて
さて、二人の激斗はなお続いている。
そこにおじさんの介入する余地はない。
主人公「よし、まずはバスを確保しよう」たたっ
よし、邪魔なおじさんは人知れずいなくなった。
その折、コスプレイヤが今度こそ反撃に出る。
愛を込めて心へ届ける必萌技。
コスプレイヤ「一球魔法!マリーアージュ!」ぽい
願いを乗せた流れ星が高く放物線の奇跡を描いてヨウジョの胸を抉り心を貫く。
そんなイメージを浮かべたコスプレイヤは満足してニヤリと笑った。
ヨウジョ「…………」真顔
ヨウジョは今のは何だろうと思った。
コスプレイヤの手から投げられ胸にちょんと当たって落ちた毬を見下ろした時、遅れて彼女の願いが届いたようだ。
ヨウジョ「ぎゃー」
ヨウジョは苦しそうに胸を押さえた。
そして、ふらふらと体を揺らした後、膝をついて沈黙した。
手応えを感じたコスプレイヤは跳ねて喜ぶ。
コスプレイヤ「やったやった!私、ひとりでマヌーケをやっつけた!」
だが甘い。それはぬか喜びだ。
ヨウジョは目をカッと見開いて愛らしい八重歯を光らせた。
ヨウジョ「がおー!」がばっ
コスプレイヤ「!?」びくっ
ヨウジョが頬を薄桃に染めるほど、増して熱を上げて甦る。
ここまでなりきってしまった彼女の暴走を止めることは難しい。
ヨウジョ「がお!」ぽい
毬を拾って悪戯に投げ返す。
コスプレイヤ「そんな……」
コスプレイヤは腹に当たって落ちた毬をおもむろに拾う。
それにはもう愛はなかった。
砂を払って、軽く口づけをしてポッケにないないする。
魔法少女マジカバカカ第三十八話「愛にさよならのキスを」ここに再現。
つまり、コスプレイヤもまた強くなる。
愛の届かない哀しみを知って女はより強くなるのだ。
ヨウジョ「がおー!」
ヨウジョが大きく口を開けた。
すると、翡翠の熱線が空気を焦がしながら、コスプレイヤに向けて真っ直ぐに放たれたように見えた。
コスプレイヤ「悲哀のベール」
それをコスプレイヤが、手をたおやかに振って織りなす悲哀のベールで防いだ気がする。
これにはヨウジョも驚いた、必殺の熱線が初めて防がれたらしいのだ。
コスプレイヤ「私はもう愛なんていらない……」
コスプレイヤは救われない心の痛みに目薬をさして、右目から一筋の涙を流した。
堕落の瞬間、魔法少女は、阿呆少女へと生まれ変わる。
アホウになることでストレスを無限に発散、誰に何に構うことなく哀のままにワガママに全てを破壊し尽くすだけの存在となった。
コスプレイヤ「阿呆少女しあやは、あなたを破壊します」
ヨウジョ「?」
ヨウジョはコスプレイヤの変わり様に疑問と不安を同時に抱いた。
どんな攻撃を仕掛けてくるか分からない、えいと踏ん張って相手の攻撃を待ち受ける。
ヨウジョ「がおー!」
つもりが辛抱できずに、両手を顔の横に上げて攻めに出たヨウジョ。
コスプレイヤがその両手を掴んで、力任せの取っ組み合いになった。
観戦するカモメ達がギャアと騒いで、海はゴウと逆巻き荒れる。
ヨウジョ「がおー!」ぐぐっ
コスプレイヤ「ふふ、マヌーケさんは可愛い声で泣くのね」
ヨウジョ「ううー!」ぐぐー
ヨウジョの力が勝る。
コスプレイヤはそれを利用しようと考え、手をふいに離して体を翻した。
ヨウジョは突然のことによろめいた。
遅れることなく、コスプレイヤがその背中をドンと突き飛ばす。
ヨウジョ「うわ!」とてん
阿呆。
それは心を汚す愚かな行為。
それは友を捨てる愚かな者。
コスプレイヤ「ふふふ」くすくす
コスプレイヤは真に阿呆となってしまった。
ヨウジョは砂浜に伏して思い悩む。
友達が出来ると喜んでここへ来た、なのになぜ、私たちは戦っているのだろう。
ヨウジョ「ねえ、もっと楽しいことしよう」
ヨウジョの熱は彼女の心から吹く嘆きにすっかり冷まされた。
コスプレイヤは「うっ……」とうめいて歯を食い縛った。
ヨウジョ「砂だらけになっちゃったね」
ヨウジョは自分の服に宝物のカバンについた砂よりも、コスプレイヤの腹に着いた僅かな砂を優先して払ってあげた。
ヨウジョ「かわいいお洋服だね!」
コスプレイヤ「どうして……」
ヨウジョ「ん?」くびかしげ
コスプレイヤ「どうして優しくするの!」
ヨウジョ「友達でしょ」
何気ないその一言がコスプレイヤに気付かせる。
彼女の友達になりたい。
純粋な願いが今、愛の輝きを取り戻す。
ヨウジョが彼女の心に愛の火を移して灯した。
コスプレイヤ「すずりちゃん!」
コスプレイヤはヨウジョを抱き締めた。
たくさんの砂がお気にの衣装についても構わなかった。
ヨウジョ「綺麗なお洋服が砂だらけだよ」
コスプレイヤ「いいの」
阿呆だからじゃない。
コスプレイヤ「あなたのこと、馬鹿でも本気で好きだから」にこっ!
魔法少女マジカバカカ第三十九話「ありがとう」ここに堂々完結。
コスプレイヤ「砂だらけだね」
ヨウジョ「パンパンしよ」
コスプレイヤ「うん」こく
コスプレイヤは元のように、すっかり慎ましくなった。
最終回を再現できたことが、何より彼女の友達になれたことが嬉しかった。
コスプレイヤ「今日から、ずっと友達だよ!」
コスプレイヤはヨウジョの手を掴んで走り出す。
遠くから魔法少女マジカバカカのエンディングが聞こえてきた。
それを目指して二人は一緒に砂浜を駆け抜ける。
相棒「ということで、素晴らしいものを見られました」にこにこ
ミス「声が聞こえたのですか」
相棒「はい。心に」にこ
ミス「そうですか。それで、容体の方はいかがですか」
相棒「平気です。もう恐れるものはありません。愛があれば、側に友達がいれば何でも乗り越えられるのです。彼女達のように」
ミス「救急班。彼を精神科へ運んでください」
相棒「俺はまともですよ!まだ体が動かないけど、頭も心も正常です!あ、もしかしてアニメ好きの人を馬鹿にしていませんか?そういう偏見はよくないですよね?」
主人公「うるさい。リーダーはちゃんと分かってる」
ミス「ええ、ただの冗談です。今日の夜ご飯は、にんじんしりしりになりますから、はやく帰って来てください」
相棒「にんじんしりしり!?魔法少女しあやちゃんの大好物のひとつじゃないですか!」
ミス「ロールキャベツも用意します」
相棒「何だ。あいつよりよく知っているじゃないですか」
ミス「当然です。一週間ほど前に本部よりコスプレイヤの情報が送られてきてから、そのアニメは最後まで見ました」
相棒「じゃあ、今夜は朝まで語り合いましょう」
ミス「もし、無事に帰って来られたなら約束しましょう」
相棒「よし!決まった!」
主人公「こほん。馴染みのある音楽作戦で幼女達の誘導に成功。間もなくバスへ到着次第、出発進行致します」
ミス「法定速度を遵守して、安全運転でよろしくお願い致します」
主人公「アニメイツ」
相棒「お前も予習に参加しろ」
主人公「ネタバレがないなら招待されよう」
相棒「心配に及ばない。大人のエチケットは弁えている」
主人公「楽しみにする。では、また夜に」
そこへ、タイミングよく幼女達が元気にバスへ乗り込んできた。
ヨウジョ「ほら、やっぱりいた!」とてとて
主人公「はやく座りなさい!」どきどき
主人公はクラクションを長々と押して威嚇した。
ヨウジョ「うるさーい!」けらけら
ヨウジョはおもしろおかしく笑いながらも一番後ろの広い席についてくれた。
コスプレイヤもそれに倣う。
コスプレイヤ「知らないおじさんについてっちゃ駄目だよ」
ヨウジョ「知ってるおじさんだよ。ほら、写真もあるの」
ヨウジョはカバンからクシャクシャになった二人の写真を取り出してこれ見よがしに披露した。
コスプレイヤ「本当だ。知ってるおじさんだね」
ヨウジョ「私たちを助けてくれるいい人だから大丈夫だよ」
コスプレイヤ「わかった」
主人公はコスプレイヤの納得に胸を撫で下ろして、周囲の安全を確認してから、ギアを入れてアクセルを踏み込んだ。
主人公「出発進行!」
ヨウジョ「わーい!」
それから到着まで何度もトキメキそうになった。
幼女達のドキッとするほど愛くるしい歌声が車内に満ちるカラオケ大会は、彼の意識を乱暴に掻き乱した。
何度立たないでと注意しても席を移り渡る幼女達にハラハラドキドキさせられた。
それでも、安全運転を第一に徐行して、意識を極限に高めて目的地まで輸送することに成功した。
ヨウジョ「おおー」わくわく
バスはナビに従って山道を少し上がり、その途中に林道へ入って、やがて砂利の広場に停まった。
主人公「さ、降りていいよ」
主人公の一言で幼女達が山へ解き放たれる。
ヨウジョ「山の中だー!」きらきら
コスプレイヤ「怖い……」ぎゅ
コスプレイヤは怯えてヨウジョに引っ付いた。
大丈夫だよ、とヨウジョがなだめると彼女は安心したのか微笑んだ。
きちんと待つ二人に、バスから降りた主人公がさっそく説明と注意をする。
主人公「あそこの道を行くと池があります。そこで、手を綺麗にしてオヤツを食べましょう」
主人公はそう言って、リュックからクッキーの入った袋を二人に見せつけた。
ヨウジョ「オヤツ!」
餌に食いつくヨウジョに説明を続ける。
主人公「オヤツを食べ終えたら、またおじさんが案内するから、次にキャンプ場へ向かってください」
ヨウジョ「キャンプ場!」
主人公「そこで夜、バーベキューをしてお泊まりです」
ヨウジョ「お、と、ま、り!!」
ヨウジョは興奮して池球をボコボコに踏みつけた。
続けて意味なくコスプレイヤの周りを走って、喜びの悲鳴を轟かせて、コスプレイヤに抱きついて、何度かジャンプしてからやっと落ち着いた。
主人公「最後に注意があります。よく聞いて覚えてね」
ヨウジョ「はーい!」
主人公「ひとつ、茂みの中へ入ったり危ないことをしないこと。ふたつ、池に近付き過ぎないこと、柵があっても危ないので守ってください。みっつ、仲良くすること」
ヨウジョ「わかった!」
主人公「約束だよ」
ヨウジョ「はーい!」
コスプレイヤは最後まで、しんと黙って視線をわざと避けている。
心を許したのは、まだヨウジョだけのようだ。
彼女が少しずつでも人に慣れるよう成長を願いながら、主人公は二人の楽しげな背中を見送った。
ミス「二人は移動を開始しましたね」
ドローンが二人を追いかけるように主人公の上空を通りすぎた。
主人公「お、新しいドローンを用意出来たんですね」
ミス「これは……!」
主人公「どうしました」
ミス「大変です!池の畔にウシやヤギがウジャウジャいます!」
主人公「何だって!」
ケツ「この上にある牧場から避難時に逃げ出したようです。牧場主と連絡が繋がりました」
ミス「もしもし。聞こえますか」
牧場主「ああ……ありゃあオイラのとこので間違いない。人に攻撃することはねえけど、危ないことに変わりはない。すまんの、どうにかしたってくれ」
ミス「分かりました。捕獲はとりあえず後にして、まずは幼女達の保護を優先します。主人公、駆け足!」
主人公「もう走り出しています!」たたっ
ミス「グッド判断。必ず、二人をキャンプ場まで無事に送り届けてください」
その時だった。
道の先からコスプレイヤの悲鳴が聞こえた。
主人公「くそっ!無事でいてくれ!」
それから五秒もして、ようやく二人に追い付いた。
二人は人類と絆の深い親愛なる鳥類と対峙していた。
主人公「道が塞がれている!」
鶏軍「クックドゥゥゥドゥルル!!」
まるで暴走族が一斉にバイクのエンジンを吹かしたようだ。
羽ばたいて喚くニワトリの迫力にコスプレイヤはすっかり怯えて涙を流している。
不幸中の幸い、ヨウジョのおかげで泣き声を上げてはいない。
コスプレイヤがもし泣き声を上げれば何が起きるか、想像するだけで胸が苦しい。
ミス「何事ですか!葉っぱが邪魔でこちらからは見えません」
主人公「ニワトリです。それもすごい数の」
主人公は二人を庇って、ニワトリの前に立ちはだかった。
主人公「なに、これくらい何とかなります」
ミス「無事に突破してください」
主人公「アニメイツ」
主人公はニワトリを刺激しないよう、なるだけ静かに、羽を広げるように腕を構える。
その後ろで何をするか察したお利口さんのヨウジョは、どっしりと怪獣の構えを取った。
主人公「クケクォックォォォオ!!」
ヨウジョ「がおー!!」
鶏軍「クックドゥゥゥドゥルル!!」
木霊も逃げ出す雄叫びで両者は威嚇を繰り返す。
コスプレイヤは耳を塞いで震えて決着を待つ。
ヨウジョ「がおー!!」とてとて
先攻、ヨウジョが仕掛ける。
ニワトリは仲間を尻で押し合いながら後退る。
主人公「よし!いける!」
ヨウジョ「がーおー!!」たたっ
次に前触れなく走り出した。
ニワトリは鳥肌を立て、さすがに参ったと羽ばたいて空高く逃げ去った。
天の川のように連なっている姿は美しく思えた。
ミス「ニワトリが飛びましたね」
主人公「まさか、ヨウジョが進化を促したのでしょうか」
ミス「恐ろしい冗談はやめてください。きっと、私達には分からない理屈があって飛び去ったのです」
主人公「そういうことにしておきましょう」
ヨウジョ「さっきから誰とお喋りしてるの?」
主人公「この耳につけている道具で偉い人とお喋りをしているんだよ」
ヨウジョ「貸して!」
主人公「ごめん。それは出来ない」
ヨウジョ「そっか……」しゅん…
主人公「かわい」ときっ
ヨウジョ「え?」
主人公「それより急ごう。この先、もっと大変なんだ」
そう言うと、ヨウジョはなぜか目を大きくして期待した。
少し落ち着いたコスプレイヤがヨウジョの手を握ってきく。
コスプレイヤ「まだ怖いのいるの?」
ヨウジョ「怪獣がいるよ!」
コスプレイヤ「ふぇ……」うるうる
主人公「いないいない!大丈夫!さ、おじさんにしっかり着いてきて」
コスプレイヤ「うん」こく
主人公はコスプレイヤの返事を受け取って過保護になることを覚悟した。
たとえ腰が砕けようとも二人をキャンプ場へ送り届けねばならない。
ヨウジョ「すっごーーーい!」
池の畔の原っぱを埋め尽くすウシとヤギたち。
彼らは草食みパーティーをそれぞれに楽しんでいる。
ヨウジョはそれを見て感動を叫んだ。
主人公「はい、二人とも注目して」
祝詞池。
昔々、淡慈島の名のいわれとなる出来事がここでありました。
ある年、雨のない夏がありました。
人々は見るからに干からびて、海の水を飲んでしまうほどくたびれていました。
そのある日、島の子供たちが、海の水を飲んでお腹を壊してしまった両親の為に飲み水を探して、この山に集まりました。
ところがどこを探しても、川も池もぜんぶ枯れてしまっていました。
辺りをよく見渡すと、なんと、森まで枯れてしまっているではありませんか。
子供たちは枯れて大きな窪みになった池の真ん中で寄り添い、えんえんと泣きました。
涙も枯れてしまって出てきません。
ところが不思議なことに、子供たちの頬に冷たいものが流れました。
それは天から子供たちを見下ろして気の毒に思う神様の涙でした。
神様の涙はやがて雨となってこの島全体に降り注ぎました。
子供たちは、いっぱいになった池を囲んで大喜びしました。
それからこの島は、淡い慈しみの島、淡慈島と愛されるようになりました。
そして、神様に感謝して祠を作り、一年しっかり漬けた梅を捧げて祀るようになってから、夏の初めに必ず雨が降るようになりました。
これが梅雨の生まれで、ここは祝詞池と呼ばれるようになりました。
主人公「おしまい」
コスプレイヤ「わあ!」ぱちぱち
ヨウジョ「良かったね!」ぱちぱち
主人公は腕時計から立体映像を最大に投影して、饒舌なプロになりきって紙芝居を披露した。
この昔話はバスで幼女待ちをしている時に人工知能ケツに頼んで調べたものである。
ヨウジョ「でも難しかった」
コスプレイヤ「うん。そうだね」
主人公「これがその祠だよ」
ヨウジョ「へえ」
コスプレイヤ「またいる……」ちら
ヨウジョ「いるね」
祠の周りにも、もちろん彼らはいる。
この非現実的状況から何とか気を逸らそうと昔話を披露したのだが無駄な計らいだった。
ヨウジョは心配しなくてもこの異常事態を楽しんでいる。
問題はコスプレイヤだ。
例えるなら、ビールを湛えたジョッキを目的地まで運ぶようなもの。
ほんの少しの衝撃で彼女の涙は溢れてしまうだろう。
主人公「君を泣かせるわけにはいかない」
コスプレイヤ「……?」
コスプレイヤと見つめ合っていると胸の内が温かくなってきた。
鼓動が速度を増してエネルギーを全身に巡らせる。
主人公「えっへへ、かわいいなあ」でれでれ
主人公は見惚れて、ちょっくらトキメキしてしまった。
そんな腑抜けた彼に猪突猛進のツッコミが炸裂した。
主人公「なん……だと……!」
気付かなかった。
そいつはいつの間にか現れて、主人公はいつの間にか横から激しく突き飛ばされた。
彼の体はふざけた姿で宙を舞って池に落ちた。
コスプレイヤ「きゃー!」
ヨウジョ「ふぇ……」びくびく
そいつの正体はこの山の主である大猪。
縄張りを荒らされたと勘違いして怒り狂っている。
体格は人間の大人に等しい。
幼女達にとっては正しく怪獣に見えた。
コスプレイヤ「やだあ……お母さん!お父さん!」
コスプレイヤが助けを求めて泣き出す。
ヨウジョは彼女を抱き締めてぎゅっと目をつむった。
主人公「こんなところで終わってたまるか……!」
主人公は絶え絶えに池から陸へ這い上がった。
腰の激痛に目が霞む。リュックは沈んで装備は使えない。
満身創痍でも二人を守ろうと這いずって進む。
主人公「あれは……!」
驚くことに、二人を守ろうとするのは主人公だけではなかった。
あっという間にウシとヤギが集合して二人の姫を守る城となった。
主人公「あれも幼女の魅力による作用か」
いや違う。
主人公は悟った。
主人公「淡い慈愛だ!」
と、腹に響く低い声で唸って、猪が真の敵である彼らに情け容赦なく突進した。
数匹のウシとヤギが鳴き声を上げて飛んでった。
主人公の頭上を過ぎて、ドボンと池に落ちた。
主人公「なんて威力だ……」ひっ
猪が突進する度にウシとヤギが池に飛び、彼らはそれでも順々に幼女達の前に立った。
百を越える彼らも数十分もすれば残り数匹にまで減った。
対して、猪も舌を垂らし肩を上下させて疲れている様子だ。
主人公はこの戦いの行く末を傷ついたウシとヤギに囲まれて見守る。
主人公「頑張れ!」
主人公を囲むウシとヤギも鳴いて仲間を鼓舞する。
それに気圧されたのか猪が僅かにたじろいだ。
すかさず、ヤギが横っ腹に頭突きした。
さらに態勢を崩したところへウシが正面から頭突きをする。
猪は脳震盪を起こしたのか、おぼつかない足取りでよろめいたあと、ほんの拍子に倒れた。
そこへ、ワッとウシとヤギがたかる。
主人公「トドメをさすつもりか」
そんなことはない。
彼らは慈愛を内に秘めた草食動物だ。
猪の全身を舐めて労っている。
主人公はその光景を見て、己の未熟な醜さを恥じた。
主人公「仲直りしたんだな」
猪は立ち上がって、振り向くことなく森の奥へと帰って行った。
それをちゃんと見送って、主人公は慌てて幼女達のもとへ駆け寄る。
主人公「平気か」
二人は横になったヤギを枕に気持ち良さそうに眠っていた。
主人公はホッとしてニヤニヤした。
主人公「みんな、ありがとう」
主人公が礼を言うと、一匹の牛が代表して前に出て、おもむろにひざまずいた。
主人公「もしかして、乗せて行ってくれるのか」
ウシは言葉を理解しているのか、メエー、と鳴いた。
主人公「分かった。助かる」
主人公は二人を優しく起こして、それからウシの背中へ乗せてやった。
コスプレイヤがかなり嫌がったが、ヨウジョが手を差し伸べれば簡単だった。
主人公「みんな!本当にありがとう!」
キャンプ場を目指す前に、振り向いて改めてお礼を伝えた。
ヤギたちが、モー、と返答した。
ヨウジョ「私、ウシさんに乗ったのはじめてだよ!すごいね!」
コスプレイヤ「怖いよぅ……」むぎゅー
コスプレイヤは落ちないよう必死にウシの背中にしがみついている。
ウシは二人と腰を痛めた主人公に配慮してゆっくり歩いた。
百㍍ない距離だったので、のんびり散歩してもキャンプ場まであっという間だった。
そこで御両家が揃って愛する娘を待っていた。
コスプレイヤ「お母さーん!お父さーん!」
コスプレイヤはすぐに両親へ泣きついた。
一方でヨウジョは、さっき体験した世にも奇妙な出来事を体まで大きく使って両親へ語っている。
主人公は御両家の会釈に敬礼を返して、ようやく仕事を終えた。
主人公「任務完遂」
ひとり満足して振り向くとさっきの猪がいた。
主人公「!」びくっ
どうやら送ってくれるらしい、ウシと同じように跪いて主人公に目を遣った。
主人公「え……乗っていいの?」
怯えながら近付く主人公を猪は平然と待った。
手でそっと触れてみると、毛はゴワゴワしていた。
主人公「乗りますね」
主人公が勇気を出して猪にまたがると、彼は豪快に駆け出した。
乗り心地は最悪だし腰がズキズキ痛んだが、子供の頃に忘れた感動を思い出した。
主人公は大事に思った。
子供達はこういうキラキラした思いをたくさん詰め込んでいる、それはまるでガラスの宝石箱や。
主人公「もしもし。お父さんだよ」
主人公はバスの運転席で楽になって娘に電話した。
宝石の磨き方を教えて、一つも落とさないよう気を付ける人生訓を伝えた。
主人公「というようなことがありました」
その夜。
主人公は病院で湿布を貰ったらすぐに帰宅した。
風呂に入って、ミスリーダーお手製の料理をがつがつ食べた。
ミス「動物って、意外にも賢いんですね」
主人公「彼らも保護されましたか」もぐもぐ
ミス「はい、無事に。ちなみに、そのうちの一頭のウシは御両家に贈られました」
主人公「…………」からん
ミス「心中お察します」
主人公「幼女達は平気でしたか」
ミス「ウシがお肉に加工されることをちゃんと理解していないようです。美味しく召し上がりました」
主人公「それは良かった……のか?」
ミス「ご飯、おかわりしますか」
主人公「あ、はい。少しだけお願いします」
博士「主人公」
主人公「何でしょう」
博士「幼女には慣れたか」
主人公「まあ、ほどほどに。そうだ。僕ひとつ分かりましたよ」
博士「何を分かった」
主人公「幼女に耐性のある人の個人差についてです」
博士「興味深い。聞かせて」
主人公「それはズバリ感受性です。人は子供の頃、どんなことも新鮮な刺激として受け入れます。しかし、大人になって歳を重ねるにつれて新鮮さは損なわれる一方です」
博士「それで」
主人公「僕は、幼女の萌は、新鮮な刺激や思いが純粋に変化したエネルギー、それに女の子という魅力が加わったものではないかと考えます。幼女には劣るものの感受性の強い人は、無意識の共感がバリアーとなってエネルギーを幾らかカットしている。だからキュン死にを抑えられる」
博士「ふむ」
主人公「ということで、感受性が強ければ強いほど耐性は強く、逆に弱いほど弱くなるのではないでしょうか。僕は娘が出来て、相棒は二次元から新鮮な刺激を享受しています。他人より耐性が強い理由として十分だと思います」
博士「面白い。データに組み込もう」
主人公「何のデータですか?」
博士「もちろん幼女だ」
主人公「博士は研究熱心ですね」
ミス「博士は、ふぇぇぇん現象をきっかけに、幼女をずっと研究なさっているんですよ。はいおかわり」
主人公「ありがとうございます。今ある平和は博士達の努力のおかげなんですね、頭が下がります」
博士「まだ平和ではない。人類は今も戦っている」
主人公「今も……そうですね」
博士「が、夏には救われる」
主人公「本当ですか!」
博士「そのためにわしは研究を続けてきた」
幼女を救うために。
全人類を救うために。
ところが、その愛は成果のない研究によって歪んで、未来は曇ってしまった。
救いは幸せな夢の中にこそある。
そう考えた博士は、人類の愛と未来を永久に凍結させることを決めた。
深い眠りの底で夢を見て、幸せなまま体だけが朽ちて、魂は救われる。
博士はその計画をこう名付けた。
博士「アブソリュート・ゼロ」
主人公「何ですかそれ」
博士「今は知らなくていい」
もうすぐ冷たい夏が訪れるのを博士は心の中で予言した。
機械幼女の萌によって、この世界はキンキンに凍えるのだ。
皮肉で憐れな人類に告ぐ。
旅立ちに備えて幸福を蓄えよ。