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幼女外伝 幼女よ元気あれ

世界で唯一、支配がなく自由が生きるジーランディアという島がある。

ジーランディアは世界の英知が集う島で、人類が手を取り合って未来を創造する夢の島である。

そこで初めに創られたのが、ジーランディア航空宇宙局だ。


男は親愛なる友と別れて、夕陽を背にその夢の島に一人降り立った。

空港には人の姿が全くなかった。

幼女にも人類にもずっと内緒の秘密プロジェクトがいよいよ実行されるため、前もって人払いがされているのである。

男の帰還を心待ちにしていたのは彼にとって特に愛する人達だった。

人がいないので人目を気にする必要もない。

男は、二人の幼女を愛の衝動に任せて抱いた。

嫌々して拒絶されても、ホログラムに腕が貫通していても、決して離そうとしなかった。

いい加減にしなさいとミスリーダーが男を幼女から引き剥がす。

今度は彼女に飛び付いて抱き締めた。

影が一つ背を向けた。


ビンタの音が響いた。


影が向き直る。主人公だ。

彼は無邪気な子供のように楽しそうに笑っていた。

男が愛のままに、わがままに、生き生きしていることが嬉しかったのだ。

互いに軽く抱擁して再会を喜ぶ。

変わりない。容姿も絆も。


主人公の運転する車で模型みたいな町中を走る。

彼の家族だけが、この島へ来ているという。

タマランテを除いて淡慈の幼女はお留守番だ。

タマランテは遠い故郷へ帰ってしまった。

今度はいつ会えるか分からない。

幼女達は元気よく外を駆け回りながらも寂しさをまだ引きずっているという。

男は膝の上に座る幼女をぎゅってした。

なぜか頭突きを鼻に食らった。


主人公は真新しい立派な一軒家を仮の住まいとして借りていた。

庭のプールで主人公の愛娘が母親と遊んでいた。

幼女二人がそこに飛び入り参加して無邪気に戯れて萌を発散する。

元気な様子を確認した男は家に上がるとさっそく、これまでの冒険譚を勇ましく、そして熱く仲間に語った。

それでも、主人公の愛娘が秘める病に関してだけは話さなかった。

何度目の賭けになるだろう。

きっと大丈夫だ。この任務が終われば自然治癒すると信じている。


明くる朝、ジーランディア航空宇宙局でオパンティヌス博士と合流した。

その隣にいた物腰柔らかな老人も快く迎えてくれた。

彼は博士の親友で名をロリコップ・ジュニアという。

ロリコップは今回のプロジェクトのリーダーを務める、現紅白会長である。

男は博士と秘める病のことを話し合ってから、明日の出発に向けてハードなトレーニングをこなした。

計画の全てが普通では有り得ないスピードで目まぐるしく進行している。


瞬く間に、男は新型スペースシャトル「ヨウジョレッツ号」のコックピットに収まっていた。

間にメカヨウジョを挟んで、その向こうに主人公がいる。

男はぼんやりと思い出した。

幼女が必要だと、メカヨウジョの同乗を彼女自身が望み願ったことを。

彼女は初めからそのつもりでここへついて来たらしかった。

三つの座席はそれを想定した博士の指示で用意されていて、サポートの人工知能にはケモナが任命された。


シャトルは二機の飛行機に牽引されてある決まった高度まで上昇し、そこからジェット噴射で大気圏を突破する。

男はうろ覚えの手順を頭の中でイメージした。

イメージが難しく諦めることにした。

しかし心配することはない。

何もかもオートメーションで行われる。

男は人形みたいに、ただ乗っているだけでいい。


と、音を立てて機体が揺れた。

エンジン音が加速する。

いつの間にか発進していた。

男の意識だけはもう宇宙にあるようで、あの人と「ただいま」「おかえり」その言葉をまだ交わしていないことを思い出して、ふわふわ無重力気分で悔いていた。

次に突然、機体が激しく揺れた。

意識が強制的に肉体へ戻る。

体への圧力が大袈裟に強くなって、男は歯を食い縛りヘソに力を込めた。

ケモナがジェットエンジンへの切り替えと映画の上映をアナウンスする。

やがて緩急激しく圧から解放されると、男たちの前に一枚の紙のように薄いモニターが降りてきた。

本物の宇宙よりまず映画でも観て気を落ち着けろという博士の提案だ。


それは、池球へと迫り来る巨大隕石を英雄なる宇宙飛行士達が異次元へと送るSF超大作。

彼らは隕石と共にワームホールに吸い込まれて時空を渡り過去へ遡ってしまう。

隕石は時空粒子とぶつかり失速して、ワームホールを抜けたとき、とある惑星の重力に捕らわれて衛星と落ち着いた。

月だ。

傷ついたシャトルの中から生まれたばかりの月を眺める宇宙飛行士達の物悲しい表情を映して物語は終わる。


男は「もし帰れなかったらどうしよう」と不安な気持ちになった。

穴があきそうな重力を胃に感じた。

腹の中にブラックホールが出来たみたいだ。

そもそもなんて映画を見せるんだ。

前に観たことあるし。

怒り心頭に発して、さらにパニックを起こしそうになった時。

ふと、隣の幼女が男の手を掴んだ。

幼女は映画のクライマックスシーンをのめり込んで観ていた。

体から、ふっと余分な力が抜ける。

すると、無重力の影響をようやく感じて気持ちまで軽くなった。

一方で主人公は家族へ思いを馳せているのだろう。

家族をもつ登場人物に自分を重ねて、共感して静かに涙を流していた。

その嘆き悲しみを裂いて、にわかにケモナの甲高い叫び声が響いた。

続けて何度も吠えて警告する。


エンディングの途中でモニターが仕舞われた。

気が付けば窓の向こうは水だった。

シャトルは、あっという間に溺れてしまった。

月に到達するまで数日ある。

しかし、その前に向こうからやって来た。

やって来ていたのか?待ち伏せていたのか?

月ではない、それは水の星。

ヨウジョホームタウンと名付けられた架空の惑星が忽然と実現した。


シャトルが緩やかな水流に流される。

上下に大きく揺られ、急降下して吸い込まれるゾッとするような感覚に、一行は目を閉じ席にしがみついて耐える。

幾ほど時間が経ったろう。

恐る恐る目を開くと、シャトルは落ち着いた波の上に漂っていた。

雲のない空はシアン一色で万華鏡みたいに煌めいていて、水は透き通っているどころか淡く発光しているようだった。

まるで海の上にでもいるようだが、ここは明らかに池球ではない。

あちこちに、乳白色のキャンパスに虹を溶かして振り撒いたような水晶が突き出ていた。

それは山のような形があれば、島のような形もあり、また流氷のように大小様々な破片がそこらに浮いていた。

どれも光を細かくして空気に拡散している。

あれには見覚えがあった。

池球へ手紙として贈られてきた鉱石に間違いない。

シャトルはそれを器用に避けて、くるくる回転しながら、導かれるように一つの島に流された。


一行は暫く動かなかった。

が、痺れを切らして宇宙服を装着すると、意を決してシャトルから降り立った。

水平線がオーロラみたいに発光している。

ぐるっと見渡してみても太陽は見当たらなかった。

池球よりも重力が軽いようだが、重装備の宇宙服がちょうどよく、バランスは取れた。

風が強い。風の唸りが聞こえる。

しかし、ガラスを粉にして撒いたみたいな砂浜にさざ波が優しく打ち寄せている。

メカヨウジョは男の足にしがみついて、不思議そうに、もしくは興味深そうに幻想的な世界を観察している。

ここでケモナが、わん、ポイント報告する。

酸素濃度は希薄で、有害な紫外線が強く降り注いでいるそうだ。

スーツを脱ぐことは決して許されない。


にわかに物音がした。

目前に珊瑚のような結晶が群生する森があることに気付いた。

その方から何かが迫り来る音を微かに聞き捕らえた一行は身構える。

奥から、形容し難い人の形をした薄い水色の生き物が現れた。

主人公はびっくりして尻餅をついたが、男は微動だにしない。

動けなかった。

胸高鳴るトキメキが真実を告げる。


幼女襲来。


宇宙服みたいなものを着て可愛い突起を頭に生やした彼女は紛うことなく幼女だ。

男はみんなにトキメキすることを伝えた。

安心安全を認めたらしく異星の幼女がこちらへ進撃してくる。

彼女には感情があり、表情があった。

池球の幼女と変わりないあどけない笑顔で、礼儀正しく深々と頭を下げた。

彼女は「ラヴィベル」と名乗り、自分が代表者であることを流暢なやまと言葉で話した。

それに応対したのはメカヨウジョだ。

メカヨウジョは臆することなくスペースヨウジョと笑顔で対峙した。

スペースヨウジョはおもむろに要点を伝える。


最後に池球の幼女と直接会いたかった。


それは子供たちだけでなく、なにより母なる惑星の意思だと言う。

お互いの惑星の子供を一度だけでも会わせたかった。

人類が宇宙へ進出したことを知り、最後の最後にもう一度会いに来たのだった。

母なる惑星は男の推測通り一個の生命体だった。


命も知も心も愛もあった。


子供たちは母星の中心に浮かぶ核から分裂して生まれ、いつかまた母胎へと帰る。

そして、この惑星には幼女しかおらず、長い時を生きる。

母星が娘の素性を明かして一行の警戒心や恐怖を取り払うために、スペースヨウジョを通じて簡単にだが神秘を教えてくれた。

男がそこでストップをかけた。

まだまだ知りたいことは山ほどあるが、知りたい気持ちよりも伝えたい気持ちが海より大きかった。


男は急いでシャトルから機材を運び出す。

薄型のテレビみたいな機械だ。

男は続けてスペースヨウジョを、最新の折り畳み式で座り心地のよいふかふかチェアに座らせた。

機械をケモナが遠隔操作すると、録画していた映像が再生される。

淡慈の観光名所を幼女達が目まぐるしく紹介していく短いビデオレターだ。

池球、家族、友達……。

愛で栄える奇跡をしっかり伝えたつもりだ。

スペースヨウジョはビデオレターが終わっても、まだ画面を見つめていた。

ふいにそっと腰を上げて、ゆっくりと歩いて、丸い指先で画面にちょんと触れた。

それから溜め息を吐いて、消えそうな声で呟く。


「すてきなところね」


男には光速を越えて理解できた。

三次元と二次元。

決して行くことの出来ない画面の向こうの世界。

決して会うことの出来ない画面の向こうの人物。

大好きなアニメを通じて痛感していた。

渇いた恋しさと冷たい虚しさを男は誰よりも知っていた。

彼女は現実的な出会いを希っていた。

男が顔を覗き込むと、彼女は目を細め口を尖らせてしょんぼりしていた。


そんな彼女の手を、メカヨウジョが躊躇いなく取った。


スペースヨウジョは奇襲に振り向いて、それから微笑んだ。

メカヨウジョが微笑んでいたからだ。

二人は共感している。


今、こうして会えています。

たった一人と一人でも出会えました。

ううん、二人と一人だわん。

それだけでも素晴らしいことじゃない。

そうね。すてきね。

わんだふる。


言葉も音もなくとも、男の心にはそれが聞こえた。

男は密かに機材と椅子を手早く片付けると、主人公までシャトルに片付けた。

自身もシャトルに乗って一息つくと、窓の向こうの風景をぼんやり眺めた。

主人公は男の相棒だから、表情が見えなくても彼の思い遣りを知ることが出来た。

主人公は窓の向こうの幼女をうっとり眺める。

浜辺で幼女二人がケモナを楽しそうに追いかけている。


幼女は幼女らしく幼女だった。


刹那のうちに仲良くなって戯れている。

時間は十分にある。

主人公は荷物置き場からプリンを内包した宇宙食のパックを二つ取り出して相棒に投げ渡した。


幼女の瞳に乾杯。


そんなことがあったのが数ヶ月前になる。

懐かしいというよりも、そんなことと表現してしまうくらい、まだ夢から覚めていないような気持ちだった。

何一つ「心配することがなくなって」今も夢見心地なのだった。


男はその日、とある小学校の授業参観に参加していた。

行事が終わり、校庭は子供に保護者で賑わっている。

男はこっそりとミスリーダーを連れて賑わいから遠ざかった。

青い春に染まる桜の葉を見上げながら歩いて、ふと立ち止まった。

二人は意志疎通を必要とせず繋いでいた手を離して、ほぼ同時に向き合った。

春の息吹が女の頬を桜色に染めて、きちんと整えられた髪を遊ばせた。

男は深呼吸して、スーツのポケットから藍色の小さな箱を取り出した。

拍子に落として慌てて拾った。

ミスリーダーは困った顔をしたものの、何も言わずそれを見守る。

男は咳払いをして、砂の付いた小さな箱をミスリーダーの前に突き出して上蓋を開けた。

中には珍しく貴重な一生の宝物があった。

それは、かつて手紙として送られてきたヨウジョホームタウンの鉱石をオパンティヌスとロリコップが共謀してジーランディア航空宇宙局の保管庫からちょいとくすねて、その欠片を研磨して作った宝石をしっかり嵌め込んだ、この世でたった一つしかない指輪である。

その話を初めて聞いたミスリーダーはさらに困った顔をした。


「これからもあなたの、おかえり、その声を聞かせてほしい」


でも、男のプロポーズを受けたら細かいことは気にならなくなった。

返事の前に一呼吸。もう一呼吸。

そこへ、ベテランのハンターが匂いを嗅ぎ付けて追いかけてきた。

遠くから幼女だった者達が駆けて来るのが見えた。


過去。

彼女達は幼女でない。

女児に萌えて彼方へ蕾を伸ばしていく。


現在。

男は、これからも彼女達を、そして世界中の幼女達を、共に見守っていくことを唇で弾けた温もりから使命として感じている。


未来。

幼女という言葉はもう怪獣でない。

親しみ深い愛称として好まれる。

笑顔と生命を繋ぐ糸になる。


縦に継ぐ糸はあなた。

横に継ぐ糸は幼女。


いつかどこかで縁が結ばれる。

かもね。

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