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幼女外伝 おじさんリスタート

相棒「今日集めたロリ画像の総数は百二枚か。まあまあだな」ふー


彼は萌えるパチスロで儲けた金でビルの六十二階をまるっと買い占めて、悠々自適な生活を送っていた。

今日もアルコールをグイッと飲み干して、無害なロリ画像の収集に熱心に努めていた。 


相棒「ん?誰だ、来客なんて珍しい」


無精髭をさすりながら、パソコンのモニターにドアカメラの映像を回す。


警察「警察だ。話がある」


相棒「何の用だ。俺は児童ポルノには興味がない、むしろ、それを趣味とする者を嫌悪さえしている」


警察「知っている。ハッカーによる義賊集団、リトルガールポルノレジスタンス。名をチャイルドシート。そのリーダーがお前だということもな」


彼が降参して玄関のオートロックを解除してやると、総勢三百六十八人の警官が部屋いっぱいに突撃した。


相棒「参った。ここは六十二階だ。逃げ場は元からない」


警察「初めに言っておこう。我々警察は、お前を逮捕しにきた訳ではない」


相棒「じゃあ、これは一体何の騒ぎだ」


代表警察官がパソコン画面に目をやると、デスクトップには女児向けアニメ、桜坂の福山ちゃん、それの主人公、福山にこちゃんのクラスメイトである、現在八十二話まで放送中の作中に二度しか登場していない天色あゆちゃんの笑顔が壁紙として飾られていた。


警察「ふっ。どうもお前は本物らしい」


彼はロリコンだった。

元の意味からは外れるらしいが、いま風に言うと「少女、彼の場合は特に女児や幼女が大好き」ということになる。

しかし、本当はそうでなかった。

幼女の魅力を恐れるあまりロリ画像―幼女の魅力を模範した健全で安全なイラスト―を義務的に終日かけて集めては自己防衛に必死になっていたのだった。


相棒「まあまあだな」ふー


かつて集めた膨大なロリ画像の選別作業を二徹してようやく終えたロリコン野郎はボサボサの髭をさすって満足気な笑みを浮かべると、ぐいと背筋を伸ばして固くなった体をほぐし、体内の淀みを全て吐き出すように長い溜め息を吐き切った。

収集したロリ画像は全て処分するつもりだったが、お気に入りを幾つか選んで残してしまった。

彼の心残りが、デスクトップいっぱいに整然と並んで淡い色彩を放っている。

ブルーライトよりかは目に優しいが、ロリ画像はそれ以上に刺激的で彼の神経を今でも妙にざわつかせる。


相棒「悲劇は終わった。もう何も恐れることはないんだ」


自分に言い聞かせて倒れ伏すと、男は気を失うように眠った。

酒飲みの絨毯の臭いがキツイ。

それに仕事終わりのサラリーマンのようにゴワゴワしていて痛い。

その最悪な寝床で意識を失って何時間経ったろう。

カーテンのない窓から日光が直に射し込み、太陽の高さから、だいたい昼だと分かった。

彼は淡慈支部を恋しく思いながら微かに目を覚ました。

あそこの布団はいい。

ミスリーダーがついでと洗濯してくれるから、ふんわりしていて心地よくグッスリ眠れた。

そうだ。部屋も良かった。

しばらくぶりのこの自室は換気しても酸っぱい匂いと埃っぽい空気でかなり息苦しい。

それとは真逆に淡慈支部にある自室は、メカヨウジョにせっつかれて、ケモナに吠えたてられて定期的に掃除するから、もうフレグランスの香りでいっぱいと言っても過言でないくらいに快適だった。


相棒「あそこがもう俺の居場所なんだ」


ふと、そう悟ると無性に帰りたくなった。

はじめましてホームシック?

男は五分くらいジッと考えて、心残りを全て処分した。

それからまた四時間くらい考えて、天色あゆちゃんにも永遠の別れを告げた。

そして、素敵なロリ画像達にこれまでお世話になったことへの感謝を伝えた。

黒く滲んだ画面には、くしゃくしゃの笑顔だけが映っている。


相棒「ただいま戻りました」


数日後。

男は長い休暇を終えて東から西へ故郷へと戻った。

一羽のあげは蝶が車のガラス窓にぶつかった。

季節は春になっていた。

車外へ出ると、山に囲まれた田舎特有のボタニカルフレグランスに包まれた。

日光はちょうどよく、肌を撫でる風も優しい。

まったくのご機嫌日和である。

運転手の警官に手錠を外され、送ってくれたパトカーにだけお礼を言って形だけでも見送る。

メカヨウジョもケモナもお出掛けしていて、ミスリーダーと呼び親しまれる若い女が一人、わざわざ出迎えてくれた。


ミス「どうして手錠をされていたのですか。やだ、ついにしでかしましたか」


相棒「馴染みの警官がふざけてはめたんです。あいつは根っからの悪徳警官に違いない。これだから瑞穂の警察は嫌いだ」


ミス「ふふ」


相棒「何が可笑しい」むっ


ミス「きっと彼個人の、彼なりのもてなしですよ。事務的に送られるよりは良かったんじゃないでしょうか」


相棒「そっちの方が良かった。手錠なんて、冗談でも気分悪い」


ふと、男が何かに気付いたような顔をしてミスリーダーに歩み寄った。

鼻息が彼女の前髪を揺らす。

思わぬ突然の接近に彼女は肩をすくめ、頬を紅潮させて、目だけ一度見上げてすぐ逸らした。


相棒「髪に、背紋陣笠葉虫がついていました」


男は彼女から一歩離れると、そう言って無邪気に笑いながら、優しく摘まみ取った、背中のバツ印が特徴的な透き通った金色の小さな虫を彼女に見せた。

陽に照らされた金色の体が宝石のように輝いていて実に美しく芸術的な昆虫だ。

彼女は日溜まりのような柔らかな笑顔で、小動物のように愛らしく首をかしげた。


ミス「春ですね」


相棒「春ですね」


背紋陣笠葉虫は男の手から解放されると、澄み渡る青を横切って瑞々しい緑に吸い込まれていった。

さて、荷物を自室に置いてミスリーダーの部屋に招かれた。

懐かしいフレグランスの香りがして、それを逃すまいとした男の鼻が敏感に動いた。

そのままソファーへと倒れこみ猫みたいにくつろぐ。


ミス「あなたがいない間に、節分や雛祭りといった行事が大事なく済みました」


そう言いながら、ミスリーダーが冷たいお茶をグラスに入れて運んできた。

男は氷をペロッと舐めてお茶を半分も飲んだ。


相棒「今年はまだ一度も外出禁止命令が出ていないんでしたよね」


ミス「はい。あなたもご存知の通り、多くの人の体にY細胞が生まれたようで、キュン死には世界的に見ても一割を下回るようになりました」


相棒「最後の審判を機に世界は良くなった」


数ヶ月前の年末……最後の審判。

ふぇぇぇん現象が人類存亡の機を知らせた。

間もなく、歳晩で人類へと下された判決は無罪だった。

人類は存続することが決まり、幼女は自由を取り戻したのだった。

それは愛や絆といった、人によっては嫌厭するほど身近にずっとある綺麗事が為した奇跡だった。


相棒「あの日にミスリーダーが招待していなければ、YOUJO-X、彼女は足踏みしていた可能性もあったでしょうね」


ミス「私が招待しなくとも、彼女は必ず父親を目指したと思いますよ。彼女だけでなく、家族みんなが同じ思いで歩んだはずです」


相棒「年に一回、帰るか帰らないかの俺にはもう家族なんて遠い存在に感じます。どうも。いただきます」


ミスリーダーが地元の代表達との定例会に参加したときに頂いた桜餅をテーブルに出すと、男は喜んでさっそく口に運んだ。


ミス「連絡はあまり取らないのですか?」


相棒「ん、そうですね……。今さら特別に話すこともないしなあ」


ミス「なら、新しく家族を作ってみてはどうです?」


彼女は伸ばしはじめた髪のパーマがかかった毛先をくるくる弄びながら、男にそれとなく希望を提案してみた。


相棒「俺が?新しく?」


男はまるでこれっぽちも興味ないようだった。

という風にパチクリとまばたきして桜餅を置いた。

有り得ないと諦めているらしく、大げさに笑って一応は考える素振りをした。


ミス「歳関係なく、私は諦めるには早いと思いますね」


相棒「なぜ有り得ないかと言いますと。それは俺がまだまだ不甲斐ないからです」


ミス「あなたは立派にやれていますよ」


相棒「ミスリーダーも、メカヨウジョもそう言って何度も慰めてくれますが、いや実に有り難いですがね。俺の体にはY細胞がない。これが現実なんです」


ミス「もう戦いは終わったんです。あなたの活躍もあって、幼女は、本当の笑顔を取り戻しました」


相棒「それでも心残りがある」


ミス「心残り……?」


相棒「俺、博士に召喚されるまで世界を巡ることに決めました」


ミス「またまた突然ですね」


ミスリーダーは口に含んだ動揺をお茶で濁して飲み込んだ。


ミス「世界を巡り何をしようと?」


相棒「幼女に会います。Y細胞がなくても構わない。学べることがあれば何でも学び、やれることがあれば何でもやります」


ミス「そうですか」


相棒「何?」


ミス「え?」


鈍感な相棒が気付くほど、彼女の顔にはしっかり不満が表れていた。

眉は寄り合い、頬は膨らんでいる。


相棒「不満そうですね。というか、何か怒ってません?」


ミス「怒ってません!」


相棒「めっちゃ怒ってるじゃないですか!」


ミス「怒ってませんてば!」


相棒「いや怒ってるし!めっちゃ怒ってるし!」


ミス「怒ってません!頑固ですね!」


相棒「どっちがですか!怒ってるなら怒ってるってちゃんと言ってくださいよ」


ミス「だから怒ってません!」


相棒「ああ!もういい!」


ミス「帰ってきてすぐ……なんて」


むくれ抗議が終わると、ミスリーダーは口を尖らせて肩を落とした。

しょんぼりした姿に相棒は少々戸惑った。


相棒「仕事として行くから構わないでしょう。遊びに行こうってわけじゃありません」


ミス「いいですよ。どこでも行ってくださって結構」しっしっ


相棒「なんだよったく……そうだ」


ミス「どうしました?」


相棒「主人公や幼女たちは家にいますよね?」


ミス「今日は島外へ外出しています。お泊まりするので帰ってきませんよ」


相棒「ええーそんなあ」


今度は男が肩を落とした。

親愛なる幼女とついでに相棒の不在に心底がっかりした。

しょんぼりした姿を見て、ミスリーダーは同情するような表情で溜め息をついた。


ミス「急に帰ってくるからです。なぜ島について連絡したんですか?」


相棒「仕事もほとんどないだろうし、どうせ暇してるだろうと」


ミス「はあー……あ」


相棒「うまかった。この桜餅もう一個ください」ぺろり


ミス「それより引っ越しの荷物は?」


相棒「えーと、明日か明後日には届く予定だったはず。まあ、家具や布団はそのままだし問題ないです。問題なのは、この土産の菓子だな。帰ってくるまで保つかな」


ミス「無計画おじさん……」じとー


ミスリーダーは同情をやめることにした。

冷めた目で男を見つめ、彼が土産物の賞味期限を確認している間に食べかけの桜餅を皿に置いてやった。


相棒「引っ越しの荷物ったって、ほとんどないですからね。うん、土産は大丈夫そうだ」


ミス「そうですか。それで、夜ご飯はどうしましょう」


相棒「なんか作って。ミスリーダーの手料理が久しぶりに食べたいです」


ミス「ふふ、いいですよ。なんでも作ってあげます」


相棒「じゃあ郷土料理で。ぜんぶうまいから」


ミス「あら、そう言ってもらえると嬉しいです」


相棒「決まり。じゃ、これ食ったら夜まで一眠りさせてください」


ミス「ダメです」


きっぱりと。


相棒「はいはい。部屋に戻りますよ」


ミス「ダメです」


もう一度。


相棒「は?なんで?」


ミス「一緒に」


並んで、二人きりでお出掛けしたいから、ふぅと息を吐いて俯いたあとトキメク上目遣いで。


ミス「一緒にお出かけしませんか?」


と男の眼をしっかり見つめてお誘いした。

真っ赤な顔して、丸い目は潤わせて、恥を覚悟して、精一杯の勇気を出してお願いする子猫ちゃん。

彼はもうたまらずイチコロだった。

瑞々しく若い彼女が魅力的なのを再確認してトキメキした彼は不思議な高揚感に戸惑い、生命力の強い顎髭を爪でこすりながら格好つけた言葉で了承した。


相棒「お、おう。いいぜ」


ミスリーダーの運転する軽自動車は揺りかごのような乗り心地だった。

つい先程のパトカーは安全運転を心掛けていても運転手が思い遣りの欠ける奴だからか乗り心地は最悪だった。

知ってる?桜坂の福山ちゃんのスピンオフが決まった。それもなんと主人公が天色あゆちゃんなんだ。そうだ、君が大好きなあゆちゃんだ。まあ、君ならもう知っているか。だろう。なにせ君は彼女の魅力をあまねく布教した影の功労者らしいじゃないか。それは何の罪にもならないが、あえて言おう、君は罪な男だ。え、まさか知らなかったのか。そうか、彼女と別れたのか。でもこの機会に復縁したらどうだ?君の想いが叶えた奇跡なんだから。そりゃ、去年に比べたら小さな奇跡だが、大きさなんて気にすることはない。奇跡なんて滅多なことだ。素直に喜んだらどうだ。そうか、良かった。もし君が彼女と復縁しないだなんて言ったら逮捕していたところだ。え、罪状?そうだな……恋泥棒……かな。罪じゃないって?まあ細かいことは気にするな。俺は警察官でも特殊な、それも、エリートポリスマンなんだ。これは内緒にしてくれよ。それでな。


相棒「思い出すだけで車酔いしそうになる」


相棒は額に手を当てて息をついた。


ミス「ん?」


相棒「あの警官の運転に比べて快適です」


ミス「私は幾度と、努めて安全に幼女を運搬していましたから」


相棒「でも、タマランテとトキメキゾンビに立ち向かった時はホテルを破壊しましたよね」


ミス「あれは……仕方ないでしょう」


話題の警官は町のパトロールの途中、商店街の肉屋に立ち寄っていた。

芳ばしい油の匂いとパチパチと弾ける油の音に、彼は早くも舌鼓を打った。


警官「親父さん。あれから体の調子はどうでしょう」


親父「おかげさまでこの通り元気ですよ」


この肉屋の親父は昨年、おつかいにやって来たヨウジョとの戦いから逃げることを拒み、立ち向かったことで指を四本も火傷して胸にトキメキを刻まれた男である。

今はすっかり快方して仕事を再開した。

あの時に主人公とも一悶着あったが、彼とは、彼の家族とは世間話をするほどに仲良くしている。


親父「お待たせしました。自慢のメンチカツ揚がり」


警官「あの。コロッケを二つお願いしたのですが」


親父「ああ、そうだった。悪いね」


警官「もしかして今もまだ……」


親父は黙って油にコロッケを二つ滑らせた。

後ろで一くくりに束ねた髪をキュッと絞った。

心に、あの日のトキメキのささくれが深いところに刺さって残っていた。

幼女に自慢のメンチカツを揚げたあの日がフラッシュバック、アンパサンド、プレイバックするのだった。


親父「一つ食べてください」


警官「お気持ちだけで結構です」


親父「どうか遠慮されないで。これは宣伝です。だからどうぞ試食してください」


警官「分かりました。いただきます」


きっと彼のように心の傷が癒えていない人は大勢いるのだろう。

解凍された人達も、そして幼女も同じはずだ。

紅白という組織の本格的な解体がはじまり、世界は幼女が起こした騒動も忘れようとしている。

覚えていても傷つくのは幼女。

忘れてしまった方がいいのだ。

それでも、互いに手を取り合い共にひとつの未来を目指したことは、心が、命そのものが決して忘れはしないだろう。

幼女の物語は伝説になろうとしている。

しかし、想いは次世代へと受け継がれてゆく。

そうして間もなく傷も癒えるだろうと、今は信じるしかない。


親父「コロッケ二つ揚がり」


警官「ありがとう。美味しくいただきます」


親父「はい。美味しくいただいてください」


最後に笑顔を交わして警官は店を出た。

そして商店街を抜けて図書館の方へ向かい、その側の公園にあるベンチに腰掛けた。

ちょうど木陰になっていて居心地がいい。

さっそく紙袋からコロッケを半分ほど取り出した。

まだ熱々だ。一口、ほくほくだ。

と、警官は気付いた。


警官「これカレーコロッケだな」


もしかしたらスパイスを効かせるためにカレーに含まれる香辛料を使ったのかも知れない。

また、そのカレーコロッケを挟むようにして、長い髪の毛が、一本、カラッと揚がっているのも発見した。


警官「ふふ、ははは」


警官はそれを引き剥がしながら、つい一人で笑った。


警官「いいじゃないか」


人間味にあふれていて実に素晴らしい。

一生懸命に作ってくれたという実感がして嬉しい。

人が真心を込めて手作りするからこそ起こりうる珍事だ。

憎むことも恨むこともない。

むしろ愛しくなった。


警官「これがカレーコロッケなのも、きっと俺に愛を思い出させてくれるための奇跡なんだ」


警官は物心ついた時から奇跡が好きだった。

奇跡はいつだってキラキラ輝いていて人を明るくしてくれる。

そんな奇跡のような、いや、奇跡そのものになりたかったからこそ彼は警察官になった。


警官「ごちそうさまでした」


コロッケは二つともカレーコロッケだった。

警官は滅多な奇跡に感謝して、肉屋の親父に礼を言って軽食を終えた。

それから今後の人生について考えはじめた。

彼の瞳には、主人公や相棒のように奇跡を起こせなくても、人を明るくする何かが出来るはずだという自信がギラギラ輝いていた。


相棒「ちっ、あの警官だ」


男のミニフォンが呼んでいる。

新しく収録されたメカヨウジョ、ウィズ、ケモナの朗らかデュエットソング第八曲目が止まらない。


ミス「まさか……余罪?」


相棒「余罪もなにも、や、犯罪、や、軽犯罪、や、まあいくらか、や、でも、ええやあ今さらそんなあ」


ミス「冗談ですよ。あなたが逮捕されることは絶対にありません。ほら、はやく出て」


相棒「あいつウザいから出たくないんです」


ミス「お互い様でしょう」


相棒「どういう意味ですかそれ」パチクリ


ミス「命令です。はやく出る」


相棒「もしもし?」ピッ


警官「俺だ。いま取り込み中か?」


相棒「いや。出たくなかっただけです」


警官「……そうか」


相棒「冗談です。それで俺に何の用です?」


警官「すぐにでも世界に発つと、今朝パトカーの中で言ったろう」


相棒「それがどうしました?見送りなら大丈夫ですよ」


警官「実は折り入って、君に頼みがあるんだ」


男が話し込んでいる傍ら、ミスリーダーはソフトクリーム屋さんを見つけて塩バニラを頼んだ。

二人は温泉街に近い臨海公園を散歩していた。

彼女はベンチに腰掛けて、寄ってはすぐに遠ざかる波を眺めた。

それが相棒の姿に重なって、しょっぱい気持ちになった。


相棒「お待たせ」


ミス「一口食べます?」


相棒「うま」


男はミスリーダーの隣にドサッと腰を落とした。

彼女はほんの少しだけ気付かれないように彼の方へ身を寄せた。


ミス「何かありましたか?」


相棒「特に大事なことじゃないです。明日から、一緒に世界を回ることに決めました」


ミス「明日!」


相棒「早いに越したことはないだろうと思って」


ミス「もう少し休んだらいかがですか。なんなら、今日は温泉宿にでも泊まって」


相棒「時間が惜しいんです。こうして留まっていることが、もどかしいんです」


遮るように男は言う。

その語気から頑な意志が伝わった。

溶けたソフトクリームが砂の上に落ちた。


相棒「あ!もったいない!」


ミス「私も」


彼女はほんの言いかけて、またほんの少しだけ気付かれないように彼から身を離した。


ミス「分かりました。じゃあ、必要なものを買いに行きましょう」


男は女の笑顔の裏にある本当の気持ちをようやく見抜いた。

しかしそれでも、まだ早い、と男は何も言わなかった。

買い物は会話が弾んだ。

夕食は箸が進んだ。

最後は同じ布団で眠った。

二人は嘘偽りなく二人だけの一日を心から楽しんだ。

時は駆け抜けて瞬く間に陽が昇る。

男は疾うに一人で基地を出た。

どんよりとした曇り空なら良かったのに、雲一つない晴れ空だった。

女は布団の中で微睡んでいた。

いつまでも夢を見ていたい。

だから、男の枕を潰れるほど抱き締めた。

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