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天下無双の最強勇者、更なる敵を求めて時を超えたら世界が平和になりすぎて無能の烙印を押される

作者: 陽乃優一

『ランキング見てたら書きたくなった』シリーズその2です。ななめあさっての方向への展開に注意。

「国王陛下、ただいま戻りました」

「おお、勇者クリスよ、よくぞ使命を果たした! 見事、暗黒神クラフトを倒すとは!」

「これも、陛下の栄光の賜物です。こちらが、堕天使共の溜め込んでいた宝にございます」

「うおっ、収納魔法か…! これを、全て我が国に?」

「いえ、こちらは王家に。国庫と協力国に納める成果は別途持参いたします」

「素晴らしい! この上、神々の領域であった天空諸島の支配権まで獲得しておるのだからな…!」


 この数年、クリスは人間の勇者として活躍を極めた。最初の魔王を倒したのが15の時。人間諸国の軍勢を率いて、地上の各地で君臨していた魔族の王達の領域を奪取し続けてきた。


 そのような行為に怒りを震わせたのが、天使を名乗る存在。神は魔族も人間も平等にお造りになられたと説き、鉄槌と称して空から人間の国々に進攻した。恐れおののいた国王や神官達であったが、クリスは堕天使討伐という名目で、天使達をユニークスキルの剣術や魔法で次々と蹂躙した。


 そして、天使達の住まう天空諸島を制圧した直後、ついに現界した神、クラフト。天使達が本当に神の使徒であったことに再び驚愕した人間側だったが、クリスはクラフトさえも人間に仇なす暗黒神と断ずる。退神剣ディデュースを顕現したクリスは、クラフトをこの世から消滅させた。


 クリスがこれほどまでの力をもつ理由はただひとつ。世の(ことわり)を捻じ曲げ、所有者の意思次第であらゆる事象が顕現するという、宝玉ラグナロク。その宝玉が、クリスのみを所有者と認めているからである。一説には、はるか高みに位置する高次元世界からこぼれ落ちた存在と言われている。


「それでだな、お主はこれからどうする? もはやお主が討伐に向かう相手はおるまい」

「いえ、はるか未来には存在するかもしれません。人間を脅かし、世界各地に君臨する邪悪な者達が、再び現れないとも限りません」

「未来…というと?」

「そのような者が現れるまで、眠りにつくことを考えております。宝玉があれば造作もないことです」


 宝玉ラグナロクは、所有者の意思であらゆるものを生み出す。しかしそれは、所有者の創造力に依存する。金銀財宝に心惹かれる者が所有者となれば、金銀財宝しか生まれない。たとえ命の危険が迫ろうと、剣一本、魔法のひとつも現れないのだ。


 そのような意味では、クリスはまさしく勇者であった。あらゆる存在を滅するための武器や術式を、細部から事細かに創造できる。記憶力、計算力、理解力、応用力、発想力。どれをとっても天才と呼べる能力をもつクリスだからこそ、宝玉を使いこなせるのである。そしてそれは、長い間眠りにつくことさえ実現可能だ。もっとも実際は、時を止めるという概念なのであるが。


「御心配なく。我が眠りを妨げる者が現れれば、たちどころに目覚める術も備えております」

「そ、そうなのか」


 それが、国王への牽制でもあるのは言うまでもない。実際、クリスは本当に眠るつもりはない。特別に作られた頑丈な建物に入り、そこで時間停止の術を発動させるだけである。侵入者があれば術は解けるので、クリスにとっては術をかけた直後のことなのである。


「眠りにつく場所は簡単な設備で済みますので、数日後には完成するでしょう」

「そう、か…」

「早速準備に取り掛かります。私はこれにて」


 いつまでも城にいると面倒なことが起きるのは目に見えている。なにしろ、神をも滅ぼした存在である。同族である人間に危害を加えないことはわかっていても、脅威を覚え、嫉妬に駆られる者達に命を狙われるのは当然の成り行きである。クリスはそそくさと城を後にし、王都郊外にある自宅に向かった。



 国王との最後の謁見から数日後。家の地下に頑丈な部屋、すなわち、地下室を作り上げたクリスは、その部屋に入り、時間停止の術をかける。


「よし、これで…。ん? 何も起きない?」


 確かに時間停止の術をかけたクリスは、しかし、訝しむ。予想通りであれば、侵入者か、もしくは、助けを求める者が部屋に近づけば、術は解ける。それが、何も起きないということは…。


「…誰も何も部屋に近づかず、術自体の効能が切れるまで時が止まり続けた…!?」


 クリスは階段を急いで駆け上がり、地上に出るための扉を押し上げた。押し上げようとした。


「くっ、地上に何か建造物が…? しかたがない、転移魔法で!」


 ひゅんっ


「おっと…上空にまで飛んだか。よし、飛翔魔法で…な!?」


 確かに地下室の上空に飛んだはずのクリスは、眼下の状況に驚愕した。


 地平線まで果てしなく続く、生い茂った森林。別の方向には遠くに山々が見えるが、それらも緑豊かな様相を見せている。地上で最も栄えていた王都が、建造物など何一つない森林地帯と変わり果てていた。


「建造物とかじゃない! 地殻変動か何かで、地下室自体がより下の地中に埋もれていったのか。そうすると、一体どれだけの年月が…!?」


 少なくとも、何十年という規模ではない。何百年か、何千年か…。はるか未来を想定していたとはいえ、ここまで変わるほど遠くの未来とは予想外だった。


「魔族や堕天使共の脅威は完全に去っていた。私が奴らの大半を滅ぼしたし。だから、人間が滅ぶとも思えない…。たとえ、人間同士の戦争があったとしても」


 クリスは当時の人間側の情勢にも敏感であり、危険と思われる技術の大半も闇に葬っていた。時を止めていた間に新たな技術が生まれたのかもしれないが、それにしたってこのような状況にはならないだろう。むしろ逆に、草のひとつも生えない不毛の地となっている方が自然である。


「とにかく、人間の集落を見つけよう。森の上から眺めて見つかるかどうか…」


 クリスはそのまま飛翔魔法を駆使して移動を始めるのだった。



 結論から言えば、人間の集落はすぐに見つかった。見つかったのではあるが。


「あれ、は…?」


 大木の根本に枝や干し草を集めて作られた何か。その何かから人が出入りしているということは、アレはきっと家なのだろう。数人が雨風を十分しのげそうではあるが、それにしたって、家と呼ぶには粗末過ぎる。


 そして、その家を出入りしている人々が身につけている何か。この温暖な気候に沿ったものとしてやはり十分と思えるそれは、衣服相当なのであろう。…布に穴を空けて頭を出したようなシンプルなものではあるが。


「僻地の開拓民でさえ、こんな生活ではなかった。原始の時代まで文化・文明が退化している…?」


 クリスは集落の近くに降り立ち、人々の様子を伺う。ある者は、手編みの籠に木の実を入れて運んでいる。またある者は、枯れ木をなめして家(仮)の補強をしている。子供達が、木の枝を持って木々の周りを走り回っている。


「食生活も貧しい…が、なんだろう、生活に苦しんでいるようには見えない…」


 大人も子供も、笑顔なのである。素朴で穏やかな笑顔。心底安心しきっている様子が伝わってくる。飢えも脅威も、何の苦痛も知らないかのような微笑みが集落を満たしている。


「わからない…。このまま見続けていてもしかたがない。なんとか、接触を試みよう。言葉が微妙に違うところは、言語習得魔法で…」


 そうしてクリスは、集落で暮らす人々に近付いていった。



「ほう、それほどまでに遠くの地から…苦労なすったようじゃのう」

「は、はい。おかげで助かりました」

「はい、これ! 今日採ってきた果物から作った飲み物だよ!」

「着ているもの、なんかへーん」


 集落には、簡単に受け入れられた。言葉が通じなかったら状況はまた違っていたかもしれないが、いずれにしても、人々は自然な笑顔を崩すことなく、クリスに食べ物や飲み物を与え、談笑を始めた。


「ところで、私にはあまり昔の記憶がありません。事故で失ったのか、それとも、僻地で暮らしていてもともとないのか…」

「そうか…。では、この地に伝わる伝説も知らないということじゃな」

「伝説、ですか?」


 村長…長老…なのだろうか、集落の代表のような人物に、そう語りかけられる。クリスとしては時代考証を進めるための知識になるかと思い、その伝説について語ってもらう。


「なに、単純な話じゃよ。太古の昔、人々は常に『争い』をしてきた。命を奪い、土地を奪い、心さえも奪っていた。ある人間を中心にな」

「人間? 魔族とか天使とか…神、とかではなく?」

「ああ、そのような者達がいたという話も聞くな。いや、そのような不確かなものではなく、あるひとりの人間。名前までは伝えられていないが」


 不確かなもの。魔族や天使はおろか、神すらも認識し得ない存在となった世界。クリスの徹底した蹂躙は功を奏したようである。


「その者は、人々の『争い』の欲望を常に叶え、それ故に畏怖もされた。遂には、敵対する存在がなくなってしもうた。そして…」

「そして?」

「その者は眠りについた。『眠りを妨げる者が現れれば目覚める』と」


 …クリスが驚愕したのは言うまでもない。本人にとっては数日前、国王に向けて放った言葉だったからだ。つまり、この伝説は他ならぬ、クリスのことを伝えるものだった。


「そうしてその者は、本当に姿を消した。どこで眠りについたかわからない人々は、いつ目覚めるとも知れぬその者を恐れ、『争い』をやめた。絶大なる力をもっていたゆえに、考えただけでも目覚めるのではないかとな」


 クリスは、どこで『眠りにつく』かを伝えていなかった。家族はいなかったし、地下室は自ら作り上げたものである。


「で、でも、それでも争いを好む者はいたのでは?」

「いや、そんなことはあるまい? お主、『争い』は好きかの?」

「それは…」

「好きではないだろう? わしらとてそうじゃ。『争い』というものは結局、その者がなんでも望みを叶えていたことによって引き起こされていたということじゃ。誰だって傷つきたくないからのう」


 クリスはここまで聞いてようやく、『争い』という言葉が、ここでは死語のように扱われていることに気づいた。古い慣習、昔の名残り。クリスが活躍していた時代に既に死語として扱われていた『奴隷』という言葉のように。人が人を完全に隷属させることは不可能、ならば殲滅すべし、という考え方の下に。


「それでは、人間を脅かすものは、いや、人間を含む邪悪なものは…」

「ほう、お主、『邪悪』などという古い言葉も知っておるのじゃな。伝説を好む集落で育ったのではないかな?」

「…」


 クリスは、落胆していた。この未来世界に、自分の存在意義はない。いや、未来に来る前にそう感じたからこそ、未来に飛ぼうとしたのではないか?


 こうなれば、宝玉の力で過去に戻ろうかとも思ったが、厳格な思考が邪魔をする。過去に戻り、少なからず残っていた争いに加担すれば、この未来世界は存在し得ない。そうなれば、クリスが落胆して過去に戻る理由がなくなる。並行世界の過去に戻ればいい? それに何の意味があるのか。矛盾(パラドックス)に陥ったクリスに、宝玉の力は発動しない。


「まあ、ここでしばらく暮らしてみなされ。いつか何かを思い出すじゃろうて」


 クリスにとって必要なのは、何かを思い出すことではない。自身の存在意義が見出だせるかどうかである。そしてそれは、宝玉ラグナロクで何もかもを実現してきたクリスにとって、至難の業であった。



「もう、野草取るのヘタクソー」

「クリスさん、穴を開けるだけでいいんですが…」

「ほれ、クリス、こうして木の枝を集めるんじゃ」

「あ、あう…」


 簡単な採取、簡単な手作業、簡単な労働。そのどれもが、クリスにはキツかった。幼少の頃から、天才的な頭脳と宝玉の組合せで全てをこなしてきたクリスにとって、剣や魔法を使うまでもないこれらのことは新鮮であり、また、創造力で補うほど複雑なものでもなかった。


「うう、私はやはりここ(未来世界)では無能…」

「へえ、そんな言葉も知ってるんだ。『無能』って確か、能力がないって意味だよね?」

「ぐはっ」


 無能の烙印を押されてうなだれるクリスに、しかし、話しかけた青年は続ける。


「いやいやクリス、『無能』でもいいじゃないか。その一所懸命なところは、とっても素敵だよ?」

「ふ、ふえっ!?」


 クリスにとって、その絶大なる力を最も発揮できない経験が、今、始まる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者が最終的に人類の最大の脅威として排除されそうになるというのもテンプレになっておりますが、 善意からの時間停止してまでの隠棲、自分が恐怖の権化として伝わる、その結果の戦争の根絶・文明の衰…
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