3:出会い
アレスとアテナが村を出てからもう三日が過ぎ、魔獣におそわれ特に大きな怪我を負うこともなく旅は順調に進んでいるかのように思われた。
「ねぇアレス、あなたの予想はよく当たるのね。」「ほら言っただろうアテナ、川の上流に向かって歩けば橋があるって。」
「でもそれなら下流に行っても良かったんじゃない?」
「それは、上流の方が川幅が狭いからだよ。」
「それが何か関係あるの?」
「もし仮にだよ、あるかもわからない集落を探すときに川を見つけたとしたら、足場がなくて水棲の魔獣がいるかもしれない幅広の下流より、水面から岩が顔を出している安全な上流の方が渡たりやすいでしょ。」
「だから、その川を渡って他の集落を見つけることができたら、今後のために橋を架ける。」
「そう言うこと。」
※この時代の建築技術での橋とは丸太を半分に割って表面を滑らかにした物なので、川幅の狭い上流にしか架けられない。
「それで、アレスはどっちに曲がる気?」
「それはアテナに任せるよ。どっちに行こうが人里は見つかると思うから。」
丁度その時、対岸で自然のものとは思えない閃光と爆発音が聞こえてきた。
「アテナ、今の光って!」
「間違いない、魔法の一種よ。確かめましょう!」
二人が橋を渡って音を頼りに走っていくと、人が一人見たところ狼らしき魔獣の群れに囲まれていた。
「アテナ、援護頼む。」
「了解。」
この狼らしき魔獣は爪と歯が鋭く、動きもすばっしこいのだが、道中何度も相手をしてきた二人が遅れをとる相手ではなく、早々に退散していった。
「おい、あんた!大丈夫か?」
「あぁ助かったよ。少し水を分けてくれないか?」
「水ね!今出すわ。」
普通はここで水筒を取り出すのが常識だと思うのだが、なんとアテナは空の容器に水をその物を出したのだ。
「ありがとう、おかげで命拾いしたよ。ところで君たちの名は?」
「俺はアレスだ。」
「私がアテナよ。」
「アレスさん、アテナさん、今回は助けてくれてありがとう。」
「良いってことよ。それであんたは何者だ?」
「僕はユーリ旅人さ。」
「まさかとは思うけどユーリは今まで一人で魔獣の相手をしてきたの?」
「そうだよ。それでも今までは魔法で何とかなっていたんだけど、今日は魔力切れを起こしてしまって。だから本当に助かったよ。」
そう、これが僕ユーリと彼らとの最初の出会いである。もしあの時彼らと出会わなければ、僕はこの時死んでしまっていたのかもしれません。
「魔力切れって何?じゃあ何故、さっきは氷の矢や火の球が降ってたの?まずその前に魔力って何?」
「まぁ教えても別にいいけど、立ち話もなんだし、その辺の木陰で休もうよ。」
魔法が使える彼女にとって、ユーリが名付けた魔力と言う概念に興味津々のようだ。
「質問に答える前に二人とも魔法って何種類あると思いますか?」
「火と水と雷の三種類ほどじゃないの?」
「アレス、火水土風の四種類、正確には雷は風属性の仲間よ。」
「さすがアテナさんです。でもそれは属性魔法の中だけでの分類であって、魔法自体は大きく分けて属性魔法とそれ以外の二種類に分ける事ができるのです。」
「そうなの、知らなかったわ!」
「あくまで僕の推論に過ぎないので無理もありません。しかし確証はあります。そしてその推論を説明するために重要なのが魔力の存在です。大前提として属性魔法とは外部のエネルギーを借りて発動する魔法です。逆に魔力を生物の体内に存在するエネルギーと仮定します。だから先ほど魔力が切れた状態でも発動できたのです。」
「じゃあ何か、魔力が切れてなかったらもっと凄い魔法が発動すんのか?」
「多分そのはずですよ。そこまでの大技はまだ完成はしてないんですけど。さっきはそれの練習後に襲われてしまって、最悪のタイミングでした。」
「そりゃ良かった。」
「ねぇ、ユーリもし良かったら私たちと一緒に旅をしない?アレスも良いよね。」
「あぁ、そのための旅でもあるんだからな。」
ユーリはこの時の彼らの言葉ほど嬉しかったものはない。たった一人で暗い夜を過ごすのはとても辛かったのだ。
「本当に良いのですか?」
「ここで会ったのも何かの縁だろうしよ。」
「それに、私はもっとあなたの話を聞きたい!」
「アレスさん、アテナさん。よろしくお願いします。」
「さん付けはなしだ、ユーリ。」
「分かったよ。宜しくね、アレス、アテナ。」
これで三人は無事に同じ旅の仲間として行動を共にするようになった。
「そう言えばいつの間にかあの橋から離れてしまったな。」
「そうね。これでまた振り出しに戻ったわ。」
「どうしたの二人とも?」
「何でもないよ。ただ目印にしてた轍を見失ってしまっただけだから。心配しなくていいわよ。」
「そう言うことなら、僕に任せて。」
「何をする気なの?」
「まぁ、見ててよ。損はさせないから。」
二人の役に立ちたい。そんな一心でユーリはある魔法を発動した。
「どうビックリした?これが僕の召喚魔法だよ。まだ魔力が回復しきっていないから召喚獣もこの鳥一羽しか喚べないけどね。」
「凄いわ、一体どうやって身に付けたの?」
「そんな簡単には教えれないよ。いくつもの段階を踏まないと無理なんだから。」
そう言ってユーリはその鳥を空に放った。
「召喚しっぱなしってユーリの魔力は大丈夫なのか?」
「一度召喚してしまえば、全く減らないんだよ。」
「こっちが休んでる時に偵察を出せるとは便利だなその魔法。」
「驚くのはまだ早いよアレス。術者は召喚獣と視界を同調することもできるんだ。まぁ、魔力は消費されるけどね。」
「それじゃ、ユーリの魔力が持たないわ。」
「心配ないよアテナ。魔力を消費しなくても、召喚獣の場所ぐらい特定できるから。」
早くも召喚獣が道を見つけて来てくれたらしく、一行は轍が残っている道に戻ることができ、その道を頼りに前へと進む一行であった。
日も沈みかけ、夜営の準備に取りかかった一行であったが、あれからどれ程歩いたのかは誰も知るよしも無い。そして分かっているのは、未だに人里にはたどり着いて無いことだけである。
「なぁユーリ、何書いてんだ?」
「ただの日記さ。旅に出てから毎日欠かさず書いてるんだ。」
「何のために?」
「忘れないためにだよ。それに後で読み返すと面白いんだ。気になるのなら読んでみる?」
アテナがとてもその日記を興味深く見ていたので、ユーリは書くのを途中で止めて、アテナに渡してみた。
「ちょっとアレス!これ見てなんか気付かない?」
「俺にはただの日記にしか見えないけど?」
「いい、よーく見てみなさい。」
「だから何が言いたいわけ?ユーリが三十日以上一人だったとか?」
「そんな事じゃなくて!」
「一回、落ち着けよ。」
ユーリの日記を見て興奮してしまったアテナは、アレスに指摘され、しっかりと呼吸を整えてからゆっくりと話し出した。
「私この日記を見てようやく気付いたんだけど、何でユーリの言葉や文字が私たちが分かるの?」
「それは言葉が通じるからだろ。」
「隣どうしの私たちの村でさえ、音楽や料理に差があるのに、歩いて三十日以上も離れた場所どうしでそんな偶然あり得ると思う?」
アテナの問いに答えられないアレスに代わって、ユーリが口を開いた。
「例えばもともと離れた場所で暮らしていた者の場合、そんな偶然が起こる可能性ゼロに等しいけど、もし仮に初めからまとまって暮らしていた人間が何らかの理由で散り散りになってしまったと考えるなら、同じ言語が使われていても不思議じゃない。」
流石のアレスもユーリの言葉のお陰でアテナの言いたいことを理解できたみたいだ。
「助かったわユーリ、簡単に説明してくれて。」
「それは僕の台詞だよ。お陰で夢に一歩近づく事ができた。」
「ユーリの夢って?」
「世界を知る、そのために僕は旅をしてるんだ。」
「『世界を知る』、素敵な夢ね。」
「そうでしょう。次はアテナたちの夢を教えて!」
「私は人々が魔獣に怯えずにこの広大な大地に農地を拓いて生活しているのを見てみたい。」
「俺も似たような物だ。しかし今の俺たちは弱くて魔獣全てを相手にすることは不可能だ。だけどそんな弱い人間でももっとたくさん集まって皆で助け合えば、どんなに不可能に近い事でも、何とかできると俺は信じてる。」
「そのため、私たちの当面の目標は多くの人里を見つけて、協力してくれる同志を探すこと。」
「人々が助け合って生活する。そんな世界が存在したら、楽しいだろきっと。」
夜も更けて静まり返った世界の中で、三人はお互いの夢と旅の目的を語り合いながら一日の疲れを癒し、明日への英気を養うのであった。