1.宵闇の森
「お願い、力を貸して精霊たち。私だけじゃ、どうにもならない!」
背後から黒い影が地に二体、追いかけてくる。
人狩りだ。
森に逃げ込んだのが間違いだった。まだ朝もやが広がる森は、影たちが動ける時間帯。
加えて私はとてもじゃないけれど攻撃魔法を詠唱する力は残っていない。
戦況は圧倒的に悪い。
影たちは魂を抜かれた残骸で、肉体は蒸発して灰と影になるが、その影はぽっかり空いてしまった魂を取り込もうと、生きている人間を標的として襲いかかる。
魂の中でも、人魂は一時的に莫大なエネルギーを得られるのだ。それがたとえ自分の魂でなくとも。
自分の影を取られたらおしまいだ。
影は現し身であり、影が縛られると肉体も同様、身動きが取れなくなる。魂を抜かれたら、その時点で私も影たちの仲間入りだ。
「風の精霊たちよ!」
《ヒトの子、》
《ヒトの子、オマエはナニをくれる?》
《くレル?》
「三滴!」
《ヒトのチ、さんテキ》
《おいシイ、さンテき》
姿はないが、木々の隙間から笑い声が聞こえた気がした。
「契約成立!」
叫び終わるや否や、鋭い風が頬をかすめ、痛みが走った。一本の短く細い線が浮き上がり、赤い滴が三滴風に攫われる。
「っ!」
その血は一瞬にして蒸発し、代わりにゴウゴウとすさまじい音が鳴り響いた。
「影たちを!」
《シってる》
《わカッテル》
《ちょっトソトに》
《おいやろウ》
風が影を押しやろうとするが、地を這う影たちはびくともしない。
《しっぱイ》
《シッパイ》
「もう! しっかりしてよ、こんな時に!」
くすくすと笑い声が響き渡り、今度は枝葉が風に吹かれて大きく揺れた。
ザアーッという葉のかすれる音とともに、左右に分かれた森の隙間から日が差し込む。
「朝陽だわ!」
影たちは陽の光に弱い。
特に朝の光は、混じりけのない純粋な光で、邪悪なものを全て浄化する自然エネルギーを持っている。
朝陽に照らされた影たちは、ジュウと蒸発して消えてしまった。
自然界には幾つもの精霊たちが住んでいる。自然エネルギーを吸収して、特有の魔法を使うのが精霊たちだ。
人は自らの魂に貯蔵されたエネルギー媒介に様々な魔法を使うが、エネルギーは一定量しか放出できない。
影たちから逃げる段階で、もう詠唱する力はほぼ残っていなかった。
「た、助かった……」
ピタリと止んだ風は、森に静けさを呼んだ。




