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9.ヘタレしかいないのかよ


 せっかく獲ったイノシシがあるので、持って帰ろう。

「アイテムボックス」

 左耳にタッチして女神ラステル様を呼び出す。

(はーい、おはようございます。今度はなんですかーっ)

「転送」

(ぎゃああああああああ――――――――)ぷちっ。

 耳元で悲鳴上げられたので通信切った。

 動物の死体はまずかったか……。


(プルルルルッ、プルルルルッ)

 ……そっちから呼び出せるんかい……。

 女神さんと女神通信はいままでもやって来たけど、向こうから呼び出されたのは八年異世界にいてこれが初めてだわ。


 左耳にタッチする。

(いきなり死体とかやめてくださいよ――――!!)

「血抜きも内蔵抜きも皮剥ぎも終わっとるただの肉だって。冷蔵庫とかないのそっち?」

(こっちの世界は時間の流れが遅いから、腐ったりはしませんけどお……)

「それで幼女のままなのか……そりゃあいいや」

(大きなお世話です。ナマモノはやめてくださいよお!)

「ご利用は計画的にってことですね」

(それ以前の話です!!)

「食べていいから」

(食べるって……これを?)

「それ好きなとこ切り取って焼いて食べていいからさ」


 あいちゃんはお花摘みだし俺は昨日獲ったイノシシの処理ってことで出発前のちょっと単独行動だ。少しのヒマにラステルと話をしとかないとな。


「新しい魔王が出現する。それに応じて世界樹が勇者を召喚するんだよな?」

(はい)

「ではあいちゃんが召喚されて既にいるということは、魔王はもう出現しているということになるのかな?」

(たぶんそうです)

「魔王の攻撃はもうあるの? どこかの街が襲われたとか?」

(まだです)

「……魔王なにしてんの?」

(惰眠を貪っているところだと思われます)

「……そんな魔王ほうっておけばいいじゃない……なんで勇者で討伐する必要があるの」

(なんででしょうね……。世界樹のやることだから、わからないですね)

「過去魔王はどんな攻撃をしてきたの?」

(昔は魔族と戦争仕掛けてきたりしたんですが、勇者に倒されるたびに弱体化してきて、魔物操って攻めてきたり、四天王と攻めてきたりとかだんだん数が減ってきて、一番最近では五十年前に魔王一人で攻めてきましたね)


 ……魔王様ぼっちですか。俺と同じですね……。


「魔王不憫。涙でそう」

(魔王に同情してどうします)

「ともだちになりたい」

(それだけは絶対にやめてくださいね! 怒った世界樹がこの世界に何をしてくるかわかりませんからね?!)

「世界樹を人類の敵に認定しようか」

(世界樹を敵に回すと、姪御さん帰れなくなりますよ)

「とりあえず魔王を倒すってのは絶対に譲れないラインか……」

(そうなります)

「そうか……、これは世界樹が書いてる脚本なんだな?」

(……なぜそう思います?)

「勇者のレベルが上がるのを待っててくれる魔王なんて、ゲームや物語じゃあるまいし現実にいると思う? 今すぐ全力で叩きに来るべきでしょう?」

(確かに……)

「そして、その脚本を壊そうとするやつは世界樹は排除しようとするか」

(ありえます)

「では、とりあえず世界樹の脚本通り動いてるフリはしないとダメか」

(そうですね)

「わかった。とりあえず魔王動きないか首都戻って確認するわ。通信終わり」

(はーい)


 野営道具を全部撤収して、かばんにつめて【コントラクション】で収縮する。

「今日はどうするのおじさん」

 あいちゃんの準備もOKですな。

「一度首都に戻る。なにか動きあるかもしれないし」

「はーい。ね、せっかく異世界に来てるんだから、少しはこの世界見て回りたい」

「……まあがんばったしね、今日一日ぐらいはいいかもね」

「やった――――っ!」


 首都アルアトスまで【フライト】で飛んで、直接宿屋の前に降り立ちます。もう飛べる能力をいちいち隠す意味がありませんからな。多少騒ぎにはなりますが、勇者のやることですしさっさと宿屋に入ってもらえば問題ありません。

 宿屋さんで着替えてもらって、洗濯物とかを頼んで荷物とか整理。

 さあ買い出しです。


 豊かな世界ですねえ……戦争がないとこんなに発展するもんなんですね。

 調味料でも食材でもなんでも一通り手に入りますわ。

 俺はガイコツなんで全部あいちゃんに食べさせるためだけに買うんですけど。

 ……それ考えるとちょっと悲しくなるな。


 あいちゃんはずーっと買い食いしておりますな。

 屋台でいろいろドーナツだの焼き菓子だのスイーツだの。

「お菓子はおいしいんだけど、ガッツリいけるやつが無いんだよねこの世界……なんか物足りない」

「肉が無いせいでしょうか」

「たぶんそれだな! 牛丼とか焼肉とかハンバーガーとかが恋しいよ」

 あいちゃんは肉食系女子でしたか。

 女子高生が牛丼屋とか……。まあ部活がんばってましたしね……。


「食べてばっかりでデートしててもつまんない……なんか娯楽っぽいものないのこの世界?」

「デートではありません。社会勉強です」

「おじさんそんなんだからモテないのよ」

「やかましいです。ファンタジー世界で女性が喜ぶものと言ったら、芝居ですね」

「お芝居? 役者さんが舞台で演じる?」

「はい。映画がありませんのでその代わりです」

「映画館もDVDも無いもんね」

「どの世界でも芝居小屋がありまして、定番の人気スポットでしたな」

「じゃ、それ探してみようか」

「ここですよ」

「さすがおじさん!」


 なかなか立派な劇場ですね。

「『ドッグ家の一族』ですか」


 ……犯人は松子ですかね。


「ミステリーって、なんかわくわくするよね!」

 

 ドッグ侯爵家の当主が亡くなったことにより、遺産相続の争いが一族に起こった。

 跡取り息子の最初の一人の惨殺死体が発見され、犯人捜しが始まる。

 呼ばれたのは国王の密命を受けた探偵ゴールドファーマー。

 戦争から復員してきた爵子の男は鉄仮面を取ろうとしない。

 捜査は進展しないまま、別の鉄仮面の男の存在が明らかになり、第二、第三の殺人が決行される……。

 『よしっわかった! 犯人は鉄仮面の男だ!』

 騎士団長が指名手配した謎の鉄仮面の男は、翌朝、湖で逆立ち死体で発見された。


 うん、犯人は松子ですね。

 

 すべての関係者が集められ、ゴールドファーマーの謎解きが始まる。

 『犯人は、侯爵夫人、あなたですね』


 はい、犯人は松子でした。


 カーテンコールの中、夢中で拍手するあいちゃん。

「すごかった! 私最後までぜんぜん、犯人わからなかった――!」

 

 ……なんだかなあ。


「この世界は犯罪も殺人もぜんぜん起きないのではなかったですかな?」

「そういえばそうだね。でも、推理小説とか刑事ものとか日本でも人気だし」

「一億人以上人間がいて、殺人なんて一日一件ないですからな」

「テレビでは朝から晩まで全部合わせたら毎日百人は殺されてるよね」

「なるほどね……まあ古典のシェイクスピアの劇でも大抵誰か殺されてますからな。現実と娯楽はちゃんと分けるってのは、昔からあるんですな」


 人間の奥深く渦巻く欲望ですか……。それを抑えてこの世界の人は生きている。

 ……日本もそうか。ここが特別ってわけじゃないか。


「でも、スケキーヨ爵子の鉄仮面は、おじさんにもいいかもしんないよ」

「私はこっちのほうが気に入っておりますが」

 まじまじと俺の『歌劇座の怪人』風の仮面を見るあいちゃん。

「うん、やっぱそっちのほうがダンディーだよね」


 山高帽、執事服、蝶ネクタイ、マント、黒いニット覆面、白のシャツ以外全てが黒尽くめのなかできらりと光る白い半仮面。

 あいちゃんの見立てはなかなかですな。

 ゴムの覆面とかでなくてよかったわ。


「勇者様! 勇者様!!」

 騎士の鎧を着たイケメン男が二人、俺たちを追いかけてきました。

「あっAさん、Bさん。ひさしぶりです」

「アルバートとベンドリックスです……。どうして名前を憶えてくれないんですか……」

 あいちゃんその呼び方はちょっと……。

 ……それにしてもイケメンですね。金髪、碧眼、いい男です。

 あれですかねスライムに囲まれて逃げてきたやつらですかね。


「パーティーメンバーも連れず、旅立ったと聞きまして、探しておりました」

 旅立ったと聞いていたのに探していたのは市内ですか。バカですかな?


「パーティーメンバーなら見つかりました。この人です」

「『冒険者の酒場』で勇者様に執事として雇われたサトウと申します。以後お見知りおきを」

 例によって優雅にお辞儀をする。

「アイ様……執事など戦闘の役にたちますまい……」

「スライム見ただけで逃げてきたAさんBさんよりずっと強いよ」

「スライムはやっかいな敵です! あなどってはいけません!!」

 どこがやっかいなのか詳しく説明をいただきたいですな。


「なにもそのような怪しい者雇わずとも、僕たちでいいじゃないですか!」

 未練タラタラなんだなあ。アレか? 勇者アイ様のために王宮が特にイケメンを選抜してつけてあげたってことなのかね。勇者様といい感じになれば名誉なことだし出世もできるってことなのか。

 あるいはあいちゃんにガチで恋してるか……ないか。


「そのような者、王宮近衛兵団の私たちより強いなどありえないでしょう?」

「じゃあこの人と闘ってみてよ。執事さん、やっちゃって」

 あいちゃん……そんな物騒な……。

 わざわざトラブルを起こさなくてもさあ。


「国軍の方とわざわざ敵対する必要はありません。これからも良好な関係を結んでいかなければ今後魔王と闘うのが難しくなりますよ。勇者様も自重下さい」

「あ……ゴメン」

「……そこまで言われたら僕たちも引き下がれません!」

「決闘を申し込みます!」

「なにゆえに?」

「名誉を守るためです!」

「どのようにしたら名誉が守られますかな?」

「あなたに勝って強さを証明します!」

「では負けたら私に殺されても文句はありませんな?」

「……」

 二人とも真っ青になって黙る。


「あなたたちは私を殺して勝つのではないのですかな?」

「そんな野蛮な!」

「決闘とは殺し合いではないのですか?」

「違う! どちらかが負けを認めればいいだけだ!」

「それはただのケンカです。決闘は殺し合いです。相手を殺してこそ決着がつく。それが決闘です」

「……」

「魔王を倒すべく勇者の盾となるパーティーメンバーが相手を殺す、相手に殺される覚悟がないのですかな? そのような者、勇者のパーティーメンバーにふさわしいですかな? 魔王と闘って死ぬつもりはおありですか? 魔王をその手で殺すつもりはおありですか? 今殺し合いは野蛮と言われたが、魔王と闘うことは野蛮なことではないのですかな?」

「それは……。魔王と闘うのは名誉だからです!」


「あなたたちが野蛮と忌み嫌う殺し合いをあなたたちに代って魔王と行うのが勇者です。勇者にはどんな名誉も無く、生か死かしかないのです。あなたたちが勇者と共に魔王と闘うために必要なものは名誉では断じてありません」

 グウの音も出ないAさんBさん。


「私を殺す覚悟で、私に殺されてでも守りたい名誉があるのなら、この決闘受けましょう。勇者のパーティーメンバーは場を華やかに盛り上げる脇役ではありません。私を殺してでも勇者のパーティーに入りたい覚悟ができたら、また決闘にお誘いください。いつでもお相手します。では失礼」

 ばっとマントを翻して踵を返す。


「……かっこいい……」

 あいちゃんが眼をきらきらさせてついてきます。

「……この国の騎士はヘタレもいいとこですな。足手まといは不要です」

「だよねえ……。私この国に来てからイケメン大嫌いになったよ……」

「これはもう、私たちだけで魔王と闘う前提で、動くしかありませんな」

「まったくだよ」


「あ、そうそう」

 振り向いてA、Bに話しかける。

 ずっとついてきてるんだよこの二人……なんなのいったい。

 ぎくっとして身を固くするA、B。


「魔王のほうでなにか動きはありましたかな? どこかで魔王の攻撃を受けた町や村はないのですか? 王宮に報告は届いておりますか?」

「まだなにもありません」

「まだなにもないのに、どうして魔王がいるとわかるのですかな?」

「勇者様が教会に召喚されたのが魔王出現の証拠です」

「そのような記録があるのですかな?」

「もちろん。過去召喚された勇者の例がありますから」

「その記録見ることができますかな?」

「はい」

「では王宮でそれらの記録を見せていただけますか?」

「いいですよ。ご案内します」

「よろしくお願いします」


 ……ダメ元で聞いてみたんだけど、あっさりOKもらえたな。

 こういう大事を簡単に見せていいというところがこの国の甘々なお人好しで危ういところですな……。悪人がいない、悪いことをする人がいないというのはこうも人を不用心にするものですか。


「勇者様、私はこれから王宮で調べものです。先に宿にお帰り下さい」

「え――っ!!」

「……勇者様はこの国の文献読めませんでしょう……」

「そうだけどさ……。いやっ、やっぱりついてく!」

「では共にまいりましょう」

「はいはい。夏休みにもお勉強かあ……うんざり」


 そうして俺はAとBに案内されて王宮に行くのだった。

 ほらな、敵対するより利用するほうがずっと役に立つというもんさ。

 


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