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5.そんなに俺怪しいのかよ


「さっきから見ておりましたが、コイツなんなんですか!」

「あっ、あの――……」

「お初にお目にかかります。わたくし、愛様付執事、サトウと申します」

「執事だとっ!!」

「はい。さきほど勇者様に『冒険者の酒場』で雇われました。以後お見知りおきを」

 帽子を取って優雅に礼をする。正式な作法で。


「怪しすぎるだろ! マスクを取れ!」

「お断りいたします」

「顔を見せろ!」

「勇者様は顔で人を判断なさるような方ではございません」

「身元もわからんやつを勇者様のそばに置けるか!」

「だから愛様付執事と申しております。勇者様がご自身でパーティーメンバーを選ばれるのは勇者様の正統な権利とお見受けいたします。私の身元は勇者様が保証してくださいました。これ以上の保証が必要ですかな?」

 話を振られてあいちゃんが慌てます。

「あっはいっ!この人私の執事です! さっき雇いました!」

「そんなの納得できるか!」

「マスクを……」


 ひゅんっ。

 掴みかかってきた男を、転倒させます。

 体重の軸をずらすだけです。簡単ですな。

 次々と取り押さえようとしてきますが、体をさばくだけで全員転倒させました。

「すごっ……」

 あいちゃんもびっくりですな。


「貴様! なぜマスクをつけて顔を隠す!」

「なぜそれを最初に聞かないのです。……魔物に襲われて顔を大けがしました。見せれば人を怖がらせてしまうので、このように隠すことにしております」

「……そうだったのですか……」

「いや、すいませんでした。我々も勇者様の警備が仕事なもので、事情も問わず失礼をいたしました」

「申し訳ありませんっ」

 六人全員がそろって頭を下げる。

 ……え? それでいいの?

 ……俺はそのことに凄い違和感を覚えた。

 ……こいつら疑うことを知らないの?


「勇者様はお忙しい身の上です。皆様の職務もありましょうからついてくるのはご勝手にしていただきますが、ただし、勇者様の邪魔はお断りいたしますのでよろしくお願いいたします。では失礼」


 山高帽を脱いで右手を広げ、お辞儀して立ち去る。

「おじさん、強いんだねー!!」

「軽いですな」

「それに執事のマネも完璧!」

「真似ではございません。本職だったこともございます」


 さて、買い物はまだ続きますよ。

 道具屋に行って、レベル上げに必要なものを買いそろえます。

 私用の革の背負い袋、大きめの布袋、ロープ、紐、寝袋、毛布、タオル、コッヘル、フライパン。水筒。こんなもんですかね。

 愛様のお買い物と合わせてでかい背負い袋になりましたが、袋ごと【コントラクション】をかけるとディパック程度に小さくなります。これを右肩にかけて街を歩きます。ロープだけは、腰に下げてマントで隠しておきましょう。


「愛様はこの世界で読み書きはできますかな?」

「無理でーす」

「会話はどうされておりますか?」

「相手なに喋ってるかわかんないんだけど、日本語で意味が分かるの」

「愛様はいつも日本語で話している」

「うん、むこうが日本語がわかるみたいって感じ。おじさんはどうなの?」

「私は二か国語が読み書き、会話できる感覚ですな」

「そういえばおじさんあいつらとさっきここの言葉でしゃべってたね。いいなーそれ……」

 異世界言語翻訳能力も世界によっていささか差異がありますな。

 そうか……私と初対面で「日本人」って言ったのは自然に日本語が出てたせいなんですな。特に意識してませんでしたが、私は相手によって話す言語が自然に切り替えられているようです。


「勇者様は学校はどうされましたか?」

「今夏休みなの」

「そうでしたか。夏休みが終わるまでには帰りたいですね。あと何日ですか?」

「二週間。あー……今家で行方不明になってて大騒ぎかも……」

「帰ってから考えましょう」

「考えろって言ったのおじさんでしょ!」

「失礼いたしました」

「殴りたくなってきた……」

 タイムリミットは十四日ですか……。急ぎませんとね。


「次はこの先いろいろ必要となるでしょうから冒険者ギルドに登録しましょう」

「うお――異世界ファンタジーっぽいよそれ!」

 やっとノリが良くなってきましたな。

 冒険者ギルドの受付カウンターまで来ますと、「勇者が来た――!」と大騒ぎになりました。

 登録に関する調査、手数料、すべてフリーにしていただき、いきなりS級で登録させていただきましたね。これですべての仕事を請け負うことができます。

 冒険者ギルド会長が出てきて、勇者様に何度もお辞儀をしておられました。

 私ですか? 必要ありませんね。

 全部勇者様がやったことにすればいいだけの話ですし、勇者の従者としてどこに行っても顔パスですから。

 ガイコツですから顔がありませんが。


「はいっ」

 あ……私もですか。勇者様が私の分を作って渡してくれました。

 北原 愛(17)勇者

 ランクS

 LV・1

 PT1:佐藤雅之



 佐藤雅之(43)執事

 ランクS

 LV・□□□

 マスター:北原 愛(勇者)


 めっちゃシンプルですなー……。

 受け取ってもレベルカウンターが非表示のまま微動もしません。俺のレベルってなんなんでしょうな。

 まあ、これで単独行動時の身分証明ができるようになったと思えば……。


「この国の獲物など取りまとめたハンドブックなどないですかな?」

「はい、ございます。こちらです」

 受付嬢に一冊無料でいただけました。


 ……なんですかなこれは。

 ウサギ、カラス、キツネ、シカ……。

 薬草、山菜、高山植物……。


「しょぼい仕事しかないし」

 掲示板を見たあいちゃんが戻ってきます。

 悪い予感しかしないので見に行きます。

「ミツワナ草の採取、ナンナネギの採取、トロロイモの採取、ランラン花の採取……」

「この国の冒険者ってこんなことばっかりやってんのかよーって感じ?」

「いや、アカヤマドリとか高いですよ。銀貨二枚」

「……兵士さんもダメなら冒険者もダメなのね……」

 二人でがっかりします。


「さっ、今夜の宿でも探しましょうか。行くよ執事さん」

「なにを言っておられます。さっそくレベル上げいたしますよ」

「ええええ――!!

「夏休みが終わってしまってもよいのですかな」


 ぱらぱらとハンドブックをめくります。

 魔物が出るので危険な地域の注意が書かれています。

 そういうとこだけはしっかりしてるんですな。

 ま、こちらは勇者なのでそんなところに行って魔物に襲われても関係ないですな。


「ではスライムから行きましょう。実験したいこともいろいろありますからな」

「ええええ――――っスライムやだ――――!」

「贅沢を申しますな」


 ベーカリーで菓子パンをたくさん買い、バッグに詰め込みます。

 もう夕方ですので、急ぎますよ。


 城壁門まで歩き、衛兵に勇者の顔パスで通してもらい、外に出ます。


「では行きますよ。お手をどうぞ」

「はい……」


 勇者様と手をつなぎます。

 そのまま二人、【フライト】でふわーっと上昇してゆきます。

「きゃあっ! うわあああああ――――!」


 ルナの時みたいに背に乗せたりしないのはですな、これは「勇者の力」、ということにしておきたいからですな。

 ほら、後ろで護衛どもがぽかーんと口を開けて、見ておりますからな。


 スライムがいっぱいいるという湿地帯の近くまでまいりました。

 そろそろ日が山に隠れようかという時間です。


 一匹のはぐれスライムを、まず【ウォールボックス】で捕獲します。

 空気分子固定の見えない箱ですな。でも見えないとやりにくいので空気密度を変えてガラスのように視覚化しましょう。

 箱の中でぼよんぼよん弾んでおります。

「あいちゃん、経験値は?」

「ゼロです」

「そりゃあテストしやすいな……。さて。ではパーティーを解散してください」

「はい」


 俺の前に、『佐藤雅之が解雇されました』と表示されました。



 ……もう少し言いようがあるのではないでしょうか。


 ……元リーマンとして心にくるものがあります。


 心理的に大ダメージです。



「あの、おじさん?」

「あ、ゴメン、ちょっとダメージ食らってた」

「えっなにに?」

 そっとしといて。


「じゃ、箱に穴開けるから剣を突きさして」

「ええ――――!!」

「やるの!」

「はいい……」


 【ウォールボックス】を操作して、20cmぐらいの穴を空けます。

 スライムがその穴からうにょーっと出ようとします。

「早くしろ――!」

「ぎゃ――――!」

 妙な叫び声をあげながらあいちゃんが剣を突きさしました。

 スライムがぺしゃんと潰れ液状化します。


「……水風船みたい」

「経験値いくつ入った?」

「2」

「……まあいいや。はい次。俺をパーティーに入れて」

 目の前に『北原 愛からのパーティー招待を受けますか Y/N』って表示出たのでYにする。

 俺はそこらへんにいるスライムを適当に一匹ハンティングナイフですぱんと斬った。ぺしゃんとつぶれるスライム。

「あいちゃん経験値入った?」

「2」

「やっぱりか」

「どういうこと?」

「俺はね、パラメーターがカンスト、カウンターストップしてこれ以上なにやっても上がらないんだ。だからパーティー組んで俺が倒した敵の経験値は全部あいちゃんに入るってこと」

「ええ――それなんか悪い――」

「気にすんな。さて次は……」


 ひゅっ。どかんっ!

 【ファイアボール】を無詠唱で起爆してスライムを一匹、ぶっ飛ばす。

 俺のファイアボールってヘンなんだよね。

 火球が飛んでいくとかなくって、狙ったところが直接爆発する。

「あいちゃん経験値入った?」

「2、あ、これ魔法経験値だ」

 俺の魔法はこの世界の魔法とは全然原理が違う魔法なんだけど、ちゃんと魔法としてカウントされますな。

 空気を読んでくれるカウンターで助かりました。


「よし、これでわかったな。要するに俺がここでスライム狩りまくれば、あいちゃんは寝ててもレベルアップできるというこった」

「えええええ――――!!」

「じゃ、もっとスライムいるところにいこっ」

「いやああああああっ!」


 うねうねうねうねごろごろごろごろ。

 一面スライムだらけの沼にやってきました。

 空いてる場所を見つけて着地と同時に【ウォール】でドームを張ります。

 もう完全に暗いです。


「はいこれ夕食。好きなだけ食べていいよ」

 パンの入ったバッグを置きます。

 ドームの周りをうねうねうねうねとスライムが這いより回ります。キモイです。

「いやあああああああ!」

「水が飲みたいときはこれ」

 2リットルぐらいの大きさの水筒を渡します。

「ひいいいいいー」

「魔王と闘うんだからメンタルも鍛えましょ」

「そうなんだけど――っ!!」


「寝るときはここに寝て」

 改良に改良を重ねて今やもう完成の域に達した【ウォール】のエアマットを敷きます。見えないベッドの出来上がりです。

「あっすごい、これふかふか」

「はい寝袋」

「……おじさんは?」

「ふっふっふっふ……」


 帽子を取ります。手袋を脱ぎます。

 マントをばっとたなびかせてこれを取り、マスクを脱ぎます。

「お……おじさん……?」

「もう逃げられませんよ……」

「き……きゃ――――!!」

 シャツを脱ぎ、

「ぎゃああ――――!」

 靴と靴下を脱ぎ。

「いやあああああ――っ!!」

 ズボンもおろします。

「や……やめて――っ! わたしたち、叔父と姪よっ! ダメよそんなの!!」

 そして俺は、全裸になりました。


 ……って言っても、ガイコツだけどね。

「何言ってる」

 全裸のガイコツ。要するにただの骨格標本になって俺は言う。

「せっかく買った執事服が汚れるだろ。俺、これからここのスライム全滅させるから、あいちゃん寝てて」


 そう言って、【ウォール】のドームに手をあててぐにょーって押すと、俺の手(の骨)がドームから突き出て、そのまま俺は外に出た。

 もちろんスライムが一斉に襲い掛かってくるんだけど、それを全部ハンティングナイフで斬って斬って斬りまくる。

 全身に体液を浴びますけどね、まあガイコツだから関係ないね。

 一応【ウォール】の被膜を骨にかけてるから消化もされないしね。

 半分ぐらいは【ファイアボール】も使って魔法経験値も稼いでおきます。

 どかーんどかーん。

 すぱんすぱんすぱん。

 どかーんどかーんどかーん。

 すぱんすぱんすぱん。


「レベル2になった――っ!」

「はいおめでと――」

 どかーんどかーんどかーん……。


「レベル3になったーっ!!」

「はいおめでと――」

 すぱーんどかーんすぱーんどかーん。


「れべる4になったー……」

「寝てていいよ――っ」

「……はあい……」

 すぱーんすぱーんすぱーん……。


 スライムの巣窟で眠れる女子高生。

 それを狙って集まってくるスライムと、全身をドロドロにしながら闘い続けるガイコツ。

 ファンタジー史上かつてない地獄絵図が展開されておりますな。

 ……うん、俺やっぱり怪しいわ。



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