15.調子に乗んなよ
『エントリーナンバー13番! 勇者、キタハラ・アイさん!!』
ごおおおおおおおおおおお――――っ。
会場が爆発したかのような大声援!!!
あいちゃん、しずしずとベランダの前に出ていきます。
「アーイ! アーイ! アーイ! アーイ! アーイ!……」
愛コールすげえ! 勇者人気すげえ! ドラゴンの焼肉、効いてるな!
あいちゃん、スカートをまくり上げ……。
おいおい……それは反則では……。
聖剣をガーターから抜き、それをくるんと片手で一回転。
ひゅんっ!
一瞬で巨大化したゴツい聖剣を、「ふんっはっとりゃ――――っ!!」
……振り回しております。
おおおおおおおおおお――――っ!!
会場のボルテージは最高潮!
なんだこの反応は!
なんだこの男ども!
……そんなに娯楽が無いのですかなこの世界は……。
ぶぅおおおおおお……。
手のひらを上に向けてファイアボールを作っております。
何する気? 何する気? まさかそれを撃ち込む気?
そのまま直径1mのファイアボールを上空へ。
どっご――――んんんん……。
なんですかその五尺玉。
っていうか雲が全部吹っ飛んでしまいました。
……ぅぅぅぉぉぉおおおおおおおおおお!!
一瞬遅れて、大歓声となりました。
ぺこりと頭を下げてそそくさと戻ってきたあいちゃん。
「……やりすぎです」
「てへぺろ」
実際にやられると殴りたくなるものなのですね。てへぺろ。
「……聖剣をお貸し下さい。縮めます」
午後。
会場の男どもの投票が終わり、集計結果の発表が始まっております。
「準優勝! ロベルタさん!」
惜しかったですね! 大変な美少女です。
この子は『冒険者の酒場』の看板娘。元々ファンが多かったですからね。
王様から直々に賞状をもらっております。
商品や賞金じゃなくて、賞状というところがこの国の質素で好ましいところです。
「優勝……!」
どらららららららららららら――――。ドラムロールが響きます。
じゃーんっ!
「勇者、キタハラ・アイさん!!」
当然の結果ですね。圧倒的な支持です。あんなことやったらね。そりゃあ前の娘が全部かすんじゃうというものです。卑怯ですよ、あいちゃん。
勇者、焼肉、ストッキング、ガーターベルト、パンチラ、聖剣、五尺玉ファイアボールのコンボですもんね。
「第一回王国、ミスコンテスト、その栄えある優勝をここに称え、勇者、キタハラ・アイさんをここに表彰し……」
王様直々による表彰式です。
あいちゃんがお辞儀して、王様から賞状を受け取ります。
もう一度、会場のみなさまに、スカートをつまんで優雅にお辞儀。
昨日いっしょうけんめい教えました。淑女のたしなみです。
そして頭を上げると……。
ひゅるるるるるっるるうううう……。
「わはははははははは!!」
……バカ笑いと共に飛んできました魔王が。王宮のベランダに!!
どすーん! 王宮のベランダに着地!
「余は魔王!! 人類に仇成すものなり!!」
振り返って会場にアピールです。
きゃあああ――――、ぎゃああああああ――、うわああ――!!
会場から悲鳴が上がります。
「王国一の美女はもらってゆくぞ!! わはははははははっ!!」
そう叫んで、あいちゃんを小脇に抱え、飛び上がります。
「きゃ――――っ!」
かわいげに悲鳴を上げるあいちゃん。
ごつっ。
あいちゃんだけが見えない壁にぶつかって、ベランダに落下します。
どすんっ。
「いた――っ! いてててて……。なにすんのよ!!」
「な……なんだこれは!!」
【ウォール】だよ。お前が来た時からドーム状に張っといたんだよベランダに。
お前は通れるかもしれないけど、他の物質は通れないのは実験済みだよ!
「ええい仕方がない! ならばこの場で!!」
おいおいこの場でなにをするつもりだよ。
あいちゃんにずかずかと近寄ってくる魔王にあいちゃんびくついております。
「よ……よらないで!」
「女! いうことを聞……」
ずばっ!!
全長1m30cm、重さ2キログラムの聖剣が目にも止まらぬスピードで振り抜かれました!
「ぐああああああ――――!!」
色欲を丸出しにして近づいてきた魔王の胴を真っ二つ!
「き……貴様! 勇者!!」
……今頃気付いたんかい……。せっかくのイベント最初っからちゃんと見とけよ。
「魔王! 今度は逃がさないよ!!」
もくもくもくもく……魔王が煙に変わって、元の魔王に……。
ずばっ!!
間髪入れずにあいちゃんの第二撃!
「ぐあっ!」
煙、そして魔王に第三撃!!!
「あうっ!!」
うぉおおおおおお――――!!
会場大興奮!!
「アーイ! アーイ! アーイ! アーイ!!」
ものすごい愛コール!!
「貴様!」
ずばっ!
「ねっ……!」
ばしゅっ!
「妬ましいぞ!」
がきゅんっ!
「な……!」
ばしっ!
「なぜおまえだけが!」
ズババッ!!
「そんなに!」
ばしゅっ!
「愛される!!」
ずばばばばっ!!
ぶわっ……。
煙が【ウォール】のドームの外に逃げました。
そこで実体化し、【ウォール】をはさんで睨み合う魔王と勇者。
「ふ……ふはは。ふははははははは!!」
魔王高笑い。
「余の『色欲』、『嫉妬』は満たされた……さすがだ。勇者」
……言ってて情けなくないか? 魔王。
「余に残されたのは『怠惰』のみ!」
……いやそれもうダメだろ魔王。メンタル大丈夫か?
「魔王城でお前を待つ! また会おう!!」
ひゅるるるるる――――ぅぅぅぅぅ……。
飛んでいって見えなくなる魔王。
「くっそ――っまた逃がした!」
「追うぞっ! 【ブレイクウォール】! 【フライト】!」
「リフトフォース!」
結界魔法、【ウォール】をぶっ壊して、あいちゃんと並んで急上昇、魔王を追う!
「アーイ! アーイ! アーイ! アーイ!」
会場のものすごい愛コールがどんどん遠ざかる……。
何人かは飛んでいくあいちゃんのパンツが見えましたかね。
ひゅるるるるるるるる……。
あいちゃんと夕焼けの空を飛ぶ。
「おじさん!魔王城ってどこだかわかるの?」
「わかる」
「なんで知ってるの?」
「【マップ】に描いてあるから」
「……おじさんの魔法ってつくづく卑怯」
「やかましいわ」
魔王城、見えてきた。
例によって魔王城らしく真黒だけど石造りで立派です。
正門前に着地。
綺麗な白とピンクのドレスに大剣の聖剣。
黒いマントに山高帽の仮面の執事に大柄のハンティングナイフ。
この世界最強最悪のお嬢様と執事のコンビが、魔王を打倒しにまいりましたよ。
どっご――ん!!
二人で正門を蹴り開き、前に進みます。
なんの飾りも無く、荒れ果てた魔王城。
なんの敵も現れず、静かな魔王城に二人の足音が響きます。
「……静かだね。手下いないのかな……」
「一人で攻めてくるぐらいですからね……」
どんどん真っすぐ進んでゆくと、玉座の間までたどり着きました。
燭台の光に揺られて、魔王が玉座に座っております。
だらしないです。ぐったりと玉座に体を預けて、ダルそうですな……。
「来たか……早かったな……」
「最後の勝負よ魔王! 立ちなさい!!」
ぶんっ! あいちゃんが聖剣を構えます。
「……もうどうでもよい……」
魔王、ダイヤモンドの原石をなでなでしながら、頬杖ついて投げやりに呟く。
「……余にはもう『怠惰』しか残っておらぬ……。好きにせよ」
「……魔王……」
さすがにあいちゃんも絶句ですな。
「こうなるとは思っていた……。魔王、少し、話さないか?」
俺は魔王の前に進んで、そこにあぐらをかいて座る。
むくっ、魔王が玉座に起き上がって、向き直る。
「それも面倒だが……。せっかく来てくれたのだしな。なにが聞きたい」
「お前は世界樹によって作られた、人間の悪を集めた思念体だな」
「……そうだ。なぜわかった」
「世界樹は人間を善良な存在に作り上げたかった。そして人間から悪の心を吸い取った。人間の悪の心は強大で、大きく、それは世界樹には吸い取りきることはできなかった」
「……」
「世界樹は人間の悪の心を集めて魔王を作った。最初は魔王は強く、偉大だった。
魔王は人間に復讐するように、人間にすべての悪を返そうとした。それを断ち切るために召喚されたのが、歴代勇者だ」
「たぶんな……」
「人間の心から、少しずつ悪は無くなった。そして魔王はどんどん弱くなった。魔王はただ、人間の悪の心を集めて、勇者に倒されるだけの存在」
「その通り。余は世界樹の操り人形。ただの道化……」
魔王がむっくりと顔を上げる。
「余は人間のゴミ箱なのだ」
「……やっぱりそうだったか。調べているうちに、そうじゃないかと思った」
「そんな……」
あいちゃんも驚愕だ。
「その呪われた輪廻、断ち切りたくはないか?」
「断ち切れるなら断ち切りたい……。これ以上の道化を演じさせられるのは御免だ。余は存在自体が恥ずかしい代物なのだ。もう新しい魔王は……必要ない」
「世界樹はどこにある?」
「……この下だ。地下にある。余の玉座を崩せ」
「……わかった」
「頼んでよいか」
「任せろ」
「礼を言う」
魔王が立ち上がる。
「余の大罪はことごとくお前たちに防がれた。余が手に入れられたのはこれだけだ」
愛おし気にダイヤを撫でる。
「だが、それも、余の力によって手に入れたものではない。余の『強欲』を満たすもの。それを直接勇者にプレゼントされたとあっては、魔王としての意味がない」
ぱきっ。ダイヤを握りつぶして粉々にする。
「勇者、楽しかったぞ。ここまで茶番に付き合ってくれてありがとう」
あいちゃんにむかって、にっこり笑う。親し気に、友人に会うように。
「お前たちが用意してくれた大舞台、どれも、余の最期にふさわしいものだった。見事な脚本であった」
あいちゃんの前に立つ。
「さあ、余を終わりの魔王にしてくれ。後は頼む」
「……」
「あいちゃん」
「やあああ――――っ!!」
聖剣が振られ、魔王は煙となって掻き消えた。