12.ホントに来るとかどんだけバカだよ
「作戦を説明します」
王宮関係者が集まった国王をトップとする御前会議が開催されている。
深夜十二時まであと一時間。
「陛下は王宮、謁見の間の玉座で魔王をお待ちください」
「心得た」
「勇者様は王様と臨席。護衛をお願いします」
「うー……はい」
「どこから来るかわかりませんので私は城壁正門で敵を待ちます。A、Bは……」
「アルバートとベンドリックスです!」
イケメン兵士が声をそろえて抗議します。
「……AとBはもし正門に魔王が現れたら、すぐに王宮に戻って勇者様に連絡。私が時間稼ぎをしている間に勇者様を連れてきてください」
「了解しました!」
「正門から謁見の間までは人払いをいたします。誰も手出しをしないように」
「はいっ!!」
「残りの全員は城の周囲に散って警護を行ってください。怪しいものを発見したらハンドベルもしくは笛を吹くこと。決して自分では闘わないように」
「了解しました!!」
「万一のことを考え、全員このポーションを携帯。死にそうになったら飲んでください」
「はい!!」
「……おじさん、もし謁見の間に直接現れたら?」
「たっち」
「きゃ!」
あいちゃんのブレストアーマーにお触りします。
「なにすんのエッチ!」
「【ワイヤタップ】の魔法です。無線ですから、大声で『魔王が来たー』と叫んでください。正門の私まで聞こえます。すぐに駆け付けます」
音声の空気振動をエネルギーに電波変換して発信する盗聴魔法だ。
受信は女神紋でできる。つまり、俺の耳小骨を直接振動させる骨振動ワイヤレスホンである。電波なんですよね実は……女神紋での女神様との通信は。
「……おじさんの魔法ってときどき卑怯だと思う」
「魔王が現れたら、できるだけすぐには戦闘せず、相手を挑発し、時間稼ぎをして下さい」
「具体的にどうするの?」
「悪口を言いまくって相手を怒らせればいいんです。クラスの男子とケンカする時みたいに」
「……そんなにはやってないんだけど……時々しか……」
どんだけですか。
「魔王って悪口言われて怒ったりするもんなの?」
「間違いなく」
「たとえばどんな」
「『このクソ童貞野郎』とか」
「……マジで?」
「かなり心理的にダメージです」
「経験上?」
「やかましいわ」
さ、配置に付きますよ。
ごーんごーんごーんごーん……
十二時の鐘が鳴ります。
『わははははははははははは!』
『魔王来た――――――――!!』
そっちに来たか!!
身をひるがえしてダッシュで謁見の間に走る!
『王の命、頂戴にまいった! 覚悟せよ王!』
『王様を殺してどうすんのよ魔王!』
『……ぬ? お前が勇者か? 小娘ではないか』
いいぞあいちゃん、時間を稼げ!
『質問に答えなさいよ! 王様殺してどうすんのよ!』
『余の傲慢を満足させるためだ。邪魔するでない』
『なによそれ、わけわかんない』
『人間ごときに余の闇はわからぬというもの』
……傲慢、そうか王を殺すのは傲慢に当たるのか!
『いい年したおっさんがなにやってんのよ! この脳内中二病!!』
『余は魔王! 人間などと一緒にするでないわ!』
『おっさんはおっさんだって言ってんのよ! このクソ童貞野郎!!』
『なっ……なっ……なんだと! ど、ど、童貞ちゃうわっ!』
効いてる効いてる、っていうかそれ効くの?!
『あんた生まれたばっかりでしょうが。他に魔族の女もいなくて童貞にきまってるでしょうが!』
『なっなっ……こ、この女!!』
『童貞童貞童貞童貞童貞童貞童貞童貞!!』
『ゆっ許さぬ!! 童貞の何が悪い!!』
魔王認めちゃったよ。
『悪いわよ! ぜんっぜん女にモテないってことじゃない! あんたそんなおっさん顔のブサイクだからモテないのよ!!』
やべえおもしれえもっと聞いていたいわ。
謁見の間の前で聞き耳を立てる。
『私のおじさんだってもう四十三なのにまだ童貞なのよ!!』
バーンッ!
「待たせたな!!」
謁見の間の扉を開いて仮面の執事登場!
……あいちゃん、そこ、ちょっとお話ししましょうか。
「なんだお前は」
振り向く。こいつが魔王か。
若いのか老け顔なのかよくわからん。
年齢不詳の一見おっさんってことでいいか?
黒づくめの貴族みたいな服着て、手にでっかい剣ぶら下げて、撫でつけられた黒の髪の毛。肌は灰色……。目は白目かよ。
イメージ、ドラキュラ伯爵って感じ。
「勇者様の執事をしております、『仮面の執事』と申します。以後お見知りおきを」
「執事だと? 執事が何の用だ」
「勇者様のパーティーメンバーを務めております」
「……どれだけ人材不足なのだこの城は。執事と小娘でなにができる」
「なにができるか、ご覧いただきましょう」
【ウォールボックス】で閉じ込める。
「ふんっ」
すたすたと外に出る。
ぞくっ……。
鳥肌が立った。こいつ俺の【ウォール】を平然と通り抜けやがった!
ガキッ。
魔王が手に持った剣が【ウォールボックス】にひっかかる。
「なっ! なんだこれは! み、見えない壁?!」
がんっがんっ!
引き抜こうとするが剣だけが【ウォールボックス】の中。
バナナを掴んで手が抜けなくなったチンパンジーですな。
「あいちゃん!」
「はいっ!!」
勇者あいちゃんが聖剣を振りかぶって剣を引っ張り出そうと背を向けている魔王を両断する!
「ぬぉっ!!」
聖剣でばっさりやられて魔王が崩れ……煙となる。
もくもくもくもく……。
煙が集まって、再び魔王の形になる。
「な……」
「話違うじゃない――――!!」
聖剣で斬ってもダメなのか?!
「女……俺の『傲慢』を……」
……何言ってる? いや、やっぱりそれなのか?
「許さぬ! 許さぬぞ勇者!! 殺してやる!! 殺してやるぞ!!」
既に剣を手放した魔王、激怒して……魔力が集中する。
ずばっ!!
俺のハンティングナイフが魔王の背中を袈裟に切り裂く。
「魔法出すまで待つやつがいるものですか」
隙だらけだバカヤロウ。
「ぐぁっ!!」
再び、魔王が崩れ、……煙となる。
もくもくもくもく……。煙が集まって、そして形になって跪く。
「貴様……余の『憤怒』をも……。なぜ聖剣が二本ある!?」
「聖剣じゃねーよ。俺の魔法さ」
教えてやる必要はないけど、俺のハンティングナイフには前世の妻、女神ルナテスの聖なる加護があるからな! これはヘタな聖剣より強力かもしれないぜ!
「くふふふふふ、はははははは!!」
立ち上がる魔王! テンプレな展開だな! このまま逃がすかっ!
俺のハンティングナイフとあいちゃんの聖剣が魔王の体で交差する。
ふっと魔王の姿が掻き消える。
「わはははは!! 余は満足した! しかし人間の罪はまだまだ重い! また会おう勇者!」
捨て台詞を残して、消えやがった……。
結局朝まで警備したが、魔王はその後現れなかった。
「魔王、倒せなかったね……」
あいちゃんと二人で朝チュンです。
別になにもやっておりませんが、スズメが鳴いておりますので。
「でもいろいろわかった」
「たとえば?」
「魔王は弱い。実戦経験がまるでない戦闘のド素人だ。生まれたばっかりってのはホントらしいな」
「一撃だったよね。でもその場で煙になって復活したけど」
「あと、俺の【ウォール】を通り抜けやがった」
「……あれはびっくりだよ。私もおじさんの魔法で一番凄いのがあれだと思ってたから」
「俺の魔法ってね、実は魔法じゃないの。物理法則をコントロールする物理魔法」
「ぜんぜん意味がわかんないんだけど……」
「あいちゃんの使うファンタジーな謎な力じゃなくてね、科学的に説明できる物理現象なわけ。たとえば【ウォール】なら空気の分子を固定する。空気が動かないようにして壁にしてるの」
「へえ……」
「それをすり抜けたってことは、奴はガスか、微粒子か、あるいは物質じゃない別の何かってこと」
「実体がないってこと?」
「そうなんだよ。オカルトだなー! 科学が一番苦手な相手! いままであんな奴を相手にしたことは一度もなかったな」
「幽霊みたいなもん?」
「そうかもしれないな」
「でも聖剣で斬れたよ」
「俺のナイフでもだ」
『なんで聖剣が二本ある!?』って言って驚いてたなあいつ。
……俺のナイフはチート武器だ。
前世で親友になった魔王ルシフィスがくれたもの。
あいつが思いつくだけの付加属性をつけまくってほぼ無敵の剣だ。
どんな結界でも破れてしまうし、岩でも鉄でも砕いてしまう。
これに、さらに女神ルナテスの聖属性まで加わっている。
だから、逆になんで魔王が斬れたのかがわからない。
どの属性が効いたんだ……あいつの弱点はなんだ?
……ってあいちゃんの聖剣で斬れたんだから、聖属性だよな。
……そもそも聖属性ってなに?
科学で説明できないものとなると俺にはさっぱりだね。
「また襲ってくるよね。『また会おう』って言ってたもんね」
「それを待っていると夏休みが終わっちゃうな」
「そうだった! どうしよう――――っ!!」
「てなわけで」
「?」
「あいつをおびき出してちゃっちゃと終わらせよう」
「そんなんできるの?!」
「あと一言、言っておきますけど」
「はい」
「おじさんは童貞ではありませんよ? 子供もいます」
……なんでそんなビックリした顔すんの。