10.魔王はなにがしたいんだよ
AとBの案内で王宮に入ります。
立派です。古いです。かつては戦争も悪人もあったのでしょう。
城門に……衛兵は一人だけですか。
不用心ですね。ユルユルです。
戦争なんて起きない、泥棒なんて入らない、暗殺者など来るわけない。
そんな世界なんですな……。
立派な書庫に案内されます。
本も資料も一通りなんでもありますな。
司書官が呼ばれてまいりました。ここの管理者のようです。
王宮付きの執事も来ました。
A、Bもなぜか帰りません。
「では自由に閲覧していただいて結構です。御質問はそちらの司書官に。お茶をお出しします」
「勇者様には夕食を」
「はい」
「あ、ちょっと待ってください」
荷台を持ってこさせ、その上に……
「アイテムボックス」
(はいはいアイテムボックスですよー今度はなんですか)
女神ラステルに女神紋で通信する。
「例のモノ」
(例のモノって……今預かってるのイノシシだけですっ!)
「それを」
(え――――……。はいはい)
どすんっ!
荷台の上に巨大イノシシの死体が現れました。
「うわあああ――――!!」
「ぎゃあああああ――――!!」
……この程度でなにを騒ぎます。
血抜きも内臓抜きも皮剥ぎもすでに終わってるただの肉ですぞ?
……ロースが二か所とも切り取られておりますな。一か所は昨日食ったから、ラステルがもう一か所食ったのですな?
良い貢物になればいいんですがな。
「勇者様には肉料理を。残りは王宮のみなさんでおめしあがり下さい」
「は……はい。アイテムボックスですか……初めて見た」
「肉……」ごくり。
「お任せください!王宮厨房の総力をもって料理させていただきます!」
執事が大興奮です。
食べることは食べるんですな、この国の人も肉を。
ただ、ヘタレばかりで肉を獲ってくる人がいないのでめったに食べられない貴重品というわけですか。この国のハンターはなにをやってるんでしょうねえ……。
「魔王と勇者の戦いの記録はありますか?」
「ありません」
「なぜ無いのです?」
「勇者は魔王を倒すと、そのまま帰ってきません。なので報告が聞けないのです」
「それなのになぜ魔王が倒されたとわかります」
「聖剣が教会に戻ってくるからです。いつのまにか祭壇の上に」
「勇者様にパーティーメンバーとしての随行者はいないのですか?」
「ここ百年ぐらいは無いですね……最後はいつも勇者おひとりで」
なんというヘタレっぷりです。
全部勇者に丸投げですか。先代勇者の苦労が偲ばれます。
「では勇者がどうやって魔王を倒したのかということについては、聖剣で倒したとしかわからないのですね?」
「はい」
……倒し方がわからない……。聖剣でしか倒せないということだけか。
あいちゃんも一緒に話を聞いております。
どうせならここでとことん情報を集めてしまいましょうか。
あいちゃんはここの世界の読み書きができませんからね。
質問に答えてもらう形のほうがいいでしょう。
「まず前回魔王が行った悪行を報告していただきます」
どういうことをやってきたのか、できるだけ事前に手を打ちたい。
「はい、えーと、およそ五十年前ですね。魔王一人でやってきて村々を焼き払い、抵抗する兵士や村人たちを殺害しながらこの王宮まで乗り込んで、王を惨殺しました」
ずいぶんとダイレクトなアタックをするものですな。
「どうやって魔王を倒したのです?」
「その場でかけつけた勇者様が魔王を倒したのです。王を守っていた兵は全員殺されましたので戦いの場は見た者がありません」
ふーむ……。
「……魔王なにがしたかったの? バカみたい……」
あいちゃんがあきれます。
確かに馬鹿ですな魔王は。
これでは自爆テロとたいしてかわりがありません。
まるで『勇者に殺されに来ました――』という感じですな。
脚本が雑すぎます。
『レベル上げしてあとはお城で待ち伏せしていればいい』とか、そんなゲーム誰が買いますか。クソゲーもいいとこです。
勇者が魔王城まで乗り込んで闘うのが王道というものでしょう。
「その昔は、魔王が軍を率いて攻めてきて、勇者率いる国軍と闘ったこともあるのでしょう?」
「大昔の話ですね……」
「その点の変化については、どのように考えておられます?」
「世界樹に召喚された勇者によって倒されるたびに、魔王が弱体化しているのではないかと思われます」
その分析は正しいのだろうか?
弱体化しているのは人間の方ではないか?
これではまるで魔王のほうが、人間に合わせて倒せるレベルの敵として新たに作り直されてるようにしか考えられないんだけど。
なんというご都合主義。脚本を書いている世界樹の頭の中はお花畑ですか。
……植物だから、お花畑でもしょうがないか。
夕食が運ばれてきました。
一旦中断して、みんなで食事会です。
イノシシですが要するにポークソテーですな。
あいちゃん他もみんな喜んで食べております。
私は食事は取らないので、ベランダで一人、たそがれることにいたしますか。
世界樹は今の世界を管理している。
女神ラステルは世界の管理を世界樹に奪われていると言っていた。
強力な支配。
誰も悪いことを思いつかないような、強力な思念のコントロール。
女神の代わりに。
……前の世界で、俺の妻だった女神ルナテスは、世界樹とひとつになり、今も魔王を封印している。
……この世界の世界樹も、前任の女神が宿っているとしたら?
……自分の理想の世界を作り上げて悦に入っているとしたら?
……そして、自分に信仰を集めるために魔王を出現させて、自分が呼び出した勇者に倒させて世界樹信仰に説得力を持たせている。
このクソな世界を維持するために。
……聞いてみるか。
左耳に触って、ラステルを呼び出す。
(はいはいアイテムボックスですよー。今度は何ですかー?)
「今日は相談」
(……珍しいッスね)
「女神様がそんな口利かない。さて、君が今の仕事に就いたのは七百年前より後の話だな?」
(はい。良く知ってますね)
「その時前任の女神はいなかった」
(はい、女神不在だったので、私が着任しました)
「女神が不在だった理由は何だろう?」
(いなくなったんです。急に……)
「その時世界樹はあった?」
(ありました。そのせいで私がほとんどなにも管理とかできなくて)
「世界樹に管理権を奪われている状態だと」
(はい)
ふーむ……。やっぱりな。
「その世界樹、前任の女神が宿っているってことはないか」
(!!)
「戦争ばかりしてる人間に嫌気がさして、直接コントロールしてやろうと地上に降り、世界樹から世界を操っているということはないか?」
(……わかりません。わかりませんけど、そうだったら……)
「そうだったら?」
(……納得いきます!)
「ちなみに前任の女神の名前は?」
(ファルテス、女神ファルテスです!)
「では今のクソな世界樹信仰が広がる前には、『女神ファルテス教』があったかも」
(ありましたね。宗教ってそんな一瞬で消えたりしませんから)
「教会関係者にでも聞いてみるか……。通信終わり」
(はーい、お疲れさまでした)
……増えてる。
ベランダから戻ってみると、更に人が増えていた。
焼肉の匂いに誘われたか……。書庫の人口密度がすごいことになってきた。
「そちらの方はどなた様でしょう」
「王様だよ! そっちの人は大臣さん」
あいちゃんが紹介してくれる。
「さようでございますか。お初にお目にかかります。勇者様の執事をしておりますサトウと申します。以後お見知りおきを」
「……動じないねおじさん……」
「年の功です」
……マスク被った仮面の俺に目を丸くしておりますな王様。
「……いや、驚いた。勇者様がパーティーメンバーを新しく雇ったとは聞いておりましたが、あなたがそうでしたか……」
「このような装束、王族を前に無礼とは存じますが、以前魔物に襲われたときのケガを隠しておりますゆえ、不問に願います」
「わかり申した。どうぞ勇者様をお守りください。王よりたっての願いです。よろしくお願いします」
立ち上がって大臣と並んで俺に頭を下げる。
王様がねえ……。ほんとこの国の人間はどいつもこいつもお人好しだ。
ここまでくるとちょっと気味悪い。
「良い機会です。陛下も、ご同席なされている大臣殿にもいくつかご質問がございます」
「ご協力できることがあればどんなことでも」
「前回魔王が現れた時、時の王が殺害されたとか」
「はい」
「殺害理由に心当たりは? または魔族との遺恨、意趣返しなどは?」
「それがまったく心当たりがなく……強いて言えば勇者を支援していたことぐらいしか」
「失礼ながら行政になにか悪行があったとか神罰を受けるような不徳はございましたか?」
「それもまた」
「なぜわかります?」
かなり失礼な質問だと思うのだが、大臣も真面目に答えてくれるな。王に対して何たる失礼とか言って怒りそうなんだけど……。
「魔王が倒されたのち、国を挙げて調査をしました。世界樹様に対して顔向けできないような、なにか非があったのか。われら人間に罰せられるべき罪があったのか、それを検証するのは我々の大切な役目です。いくら調べてもそのようなものはなにも発見できず、私たちは未だにその罪を悔い改め、償うことも出来ずにいるのです」
……大臣も真面目な人ですね。
普通大臣というとなにか悪だくみをするようなやつとテンプレで決まっておりますが。
「お気になさいますな。人はもともと誰もが罪深き者。どのような悪いことも何一つ考えたこともない人間などおりますまい。王の責任だったというのは酷というものですな」
一応フォローしておきます。
「……王を狙って魔王がやってきたのです。王に非ありと考えるのは当然」
いや王様、そこまで思いつめなくても。
「そうじゃないよ」
あいちゃんはなにか言いたいことがありそうですな。
「魔王は人間が幸せに暮らしているのを見て妬んでいるだけだよ。逆恨みなんだから気にしちゃダメだよ。そんなやつやっつけられて当然なんだから」
シンプルですな。クラスでいじめがあったときなんか、こうばばっと解決しちゃうタイプです。いい子ですな。
……しかし人間というものはここまで謙虚になれるものか。
こんなに善人になれるものだろうか?
こんな世界、人間が生きている世界だと言えるのか?
やりすぎじゃないか?
「世界樹信仰が広まる前にはどのような神が信仰されておりました?」
「……女神信仰ですね」
「その女神様の名前は『ファルテス』といいましたか?」
「はい! よく御存じで。もうその名を知る者も少ないですが」
「その女神の時代、人々は戦乱に明け暮れていたとか」
「その通りです」
「今ファルテス教はどのような扱いに?」
「我々が戦争をやめてからは、戦争を止められなかったとして廃教されました」
「人々はなぜ戦争をやめたのでしょう」
「はっきりはわかりませぬ。私の祖先たる王が突然、停戦を宣言し、各国がそれに従ったのです。それに対してなにも異議も騒動も起きませんでした。大陸の運営は各国の合議制となり、そして国が平和的に統一され、今に至ります」
……女神ファルテスは戦争をやめない馬鹿な人間に絶望し、女神による神託をあきらめ、世界樹による強制的なコントロールに切り替えたということか……。
あいちゃんが眠そうですね。
「勇者様を寝室にご案内してください。あと、女神ファルテスがいた時代の聖書が残っていれば見せていただければ幸いです」
「手配いたします。確か教会に残っているはずですから」
「では今日は解散といたします。私は書庫で調査を続けますので、みなさんはお休みください。お手を煩わせて申し訳ありませんでした」
「ご苦労様です……。いや、しかし、あなたのような方が勇者様の従者とは、心強い限りです。シシ肉、ご馳走様でした」
イノシシそんなにうまかったかね。
夜中、司書がファルテス教の聖書を持ってきた。
仕事熱心ですな。
聖書古いな……七百年も昔の物か。まだ紙が無くて羊皮紙でまとめてある。
一晩中それを読みふける。
……確信めいたものが俺の中にできてきた。
朝。
ドンドンドン! ドアがノックされる。
「サトウ殿! サトウ殿!! 大変です!」
「なにごとですかな?」
「魔王! 魔王からの予告状ですっ!!」
……魔王、動いたか!
……予告状ってなに?!
魔王が予告状とか、どういう脚本??