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テロメアー生命の回数券ー  作者: 嵩戸はゆ
何もない場所ーゼロー
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第12話 テロメアの意味

「おい。お前どこから乗ったんだよ。まさかテロメアからか?」

 声をかけてきた人を見ると自分より少し年上らしき、がたいがいい青年だった。小麦色の肌は元々なのか焼けてそうなったのか分からない。頬のそばかすからして日焼けなのかもしれない。ニッと笑って白い歯をのぞかせた。

 セスが恐る恐る頷くと驚いた顔を見せた。

「マジか。テロメアから来たのか。お前バカだな。理想郷テロメアからわざわざ何もない所に来るなんてよ。」

「理想…郷。」

 ぼんやりつぶやくセスに青年は肩をたたくと遠くを指差した。そこにはドーム型の大きな建物が見えた。

「ほら。あれがテロメア。選ばれた人しかあそこに住めない。そしてここは何もない所。何もないからゼロってみんな呼んでる。」

 ゼロ…。何も…ない…。

「テロメアってなんのことか知らないのか?」

 テロメア…。それはさっきまで俺がいた場所。あの世界のことだ。


「テロメアはそうだな…。DNAが螺旋状になっているのは知ってるだろ?」

 生物学…だから苦手だって言ってるのに…。

 セスは誰に言うでもなく心の中で文句を言った。

「螺旋状なのは…なんとなく知ってる。」

「その先についているのがテロメア。細胞がバラバラにならないキャップみたいな役割をしている。まぁ蓋だな。」

 セスは螺旋状の物を束ねているものを想像する。その名前がテロメアなんて知らなかった。

「で、まぁ簡単に言えば生きていくとテロメアが短くなるんだ。テロメアがこれ以上は無理という所まで短くなった時、それは人間の死を意味する。」

 明るく当たり前に話す青年。しかしセスには衝撃の内容だった。

 死…。それはセスが生きていた世界では関係のないことだったはずだ。胸がドクンと音を立てて騒がしくなる。短くなることは死を意味するテロメア。その名を持つ場所にいた自分。

 青年が続けた言葉はセスの胸騒ぎをそのまま現実のものにした。

「理想郷テロメアはそのテロメアが短くなるのを防止できる技術があるらしいぜ。だからこそのテロメアって名前なんだろうよ。」


 テロメアでは…セスがいた世界では、死なんてのは存在しなかった。しかし青年の話を要約すればテロメアはそれ故に理想郷ということのようだ。つまりここでは…。

 急に死と隣り合わせになった気分になり冷や汗がたれる。

「テロメアから来た奴なんて初めてだからな。戻れるのかどうかも分かんねーや。俺達も1ヶ月に1度しか行くことを許されてないしな。」

「おーい!ブライアン!何してる!」

 セスが乗っていたトラックからもう一人の男が呼びかけた。青年はブライアンという名らしい。

「お前…行くとこないならついて来いよ。何か働くなら住まわせてやれないこともないぜ。」

 思えば行くあてもなくトラックに乗り込んだ自分はどれだけ浅はかだったのかと思い知った。テロメアが理想郷と呼ばれていることさえ知らなかった。それどころか…ここはどういう世界なのだろうか。

 黙り込んでいるセスの腕をひいてブライアンはトラックに戻った。


 連れて来られたのは何軒かの家が並ぶ集落のようなところだった。どれもこれも見たのは古い文献の中だけだ。

 ブライアンと同年代くらいの男達がブライアンとセスに気付いて近づいてきた。

「ブライアン。そいつ男か?男にしちゃガリガリだし肌も白くて女みてーだ。」

「顔も女みたいなツラしてやがる。」

 顎を強引に持ち上げられ近づけられた顔に吐き気がした。あの時の気持ち悪いリアン先生の時と同じ嫌悪感だ。

「コナーお前、男もいけたのか?」

「そりゃ女のがいいに決まってるが…。こいつならいけるかもな。」

 ガハハと笑い合う男達に得体の知れない恐怖を感じた。足が竦みその場に立ち尽くすのがやっとだ。

「こんな青臭いガキにいいモノ見せてやろうぜ。大人の嗜みってやつをよ。」

 大人…。セスは心臓を鷲掴みされた気持ちになった。

 ここでも摘出手術の痕を見せることが成人の証なのか…。どこにも逃げ場なんてものはなかったんだ。

 セスは自分が死にものぐるいで逃げてきたことがただ馬鹿な行いだったと悔やんだ。そして連れて行かれるがままに家の中に入っていった。


「おい!どこ行くんだ!」

 セスは連れて行かれた家から外に駆け出すと家の外で思わずうずくまる。込み上げるものを我慢できなくなり俯いた。

「うぇ。きったね!こいつ吐きやがった。」

 腹の底から込み上げるものを抑えられなかった。

 なんだよ。あれ…男と女?それに…。

 思い出すだけでまた吐き気を催すと止めどもなく逆流するものを吐き出した。

「コナー!あんたまた馬鹿なことしたのかい!」

 威勢のいい女の声がするとコナーはたじろいでいるようだ。

「ライリー!ちげーよ。俺のとっておきを見せただけだぜ。」

「どうせいかがわしい本かなんかだろ?」

「ちげーよ!動画だよ!」

「もっとタチ悪いよ!まったく…。」

 ライリーと呼ばれた女の人がセスの背中を力強くさする。

「悪かったね。悪ガキどもがさ。あんた…テロメアから来たんだって?大変だったね。」

 言動は乱暴なのにホッとする声だった。まだ止まらない吐き気から来る涙に混じって、別の涙もこぼれそうになる。背中をさする温かい手に自分が心細かったことを知った。

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