#5 張り手
「”消す者”よ。どうするつもりだ。あれは”憑依した者”に命を狙われる事になるぞ」
見届ける者の問いに、問われた者は瞳を瞑ったまま答えない。
「事象の因果を違えたお前がどう足搔くつもりか知らんが、”憑依した者”が動くとなれば時の流れの本流に大きく外れた選択をしたという事だ」
「二又瀬 望を護る。彼が死ぬべき運命はまだ先だ」
消す者と呼ばれた者が始めて瞳を開き、答えた。
「……勝てる相手ではないぞ。例えお前が”消す者”であっても」
「現に二又瀬 望は生きている。理ばかりに目を向けず、少しは”今ある時”に目を向けたらどうだ、見届ける者よ」
「……ふっ、知った風な口を」
そういうと見届ける者は、消す者の視界から消えた。
「消してみせる、二又瀬 望が死ぬ運命の選択肢は」
そう呟くと消す者は静かに瞳を閉じた。
◇ ◇ ◇
未来の看護を終えた望は、今日もメイプルで遅い夕食をとっていた。そして望の前には、今日も巴が座っていた。
「いただき!」そして今日も望のから揚げを1つフォークで突き刺し自分の口に放り込んだ。望もいつもの通り無反応であった。
「望さんこの前の話、考えてくれました?」
この前の話とは、巴が介護福祉士の資格をとり未来の介護をするというものであった。
「その話はお断りした筈です」
「そう、私も諦めないから」
最初にこの話をしてから一週間。二人の間には同様の会話が幾度となく繰り返されたが、望が首を縦に振る事は無かった。
「しつこい人だな」
望はから揚げ定食を食べる箸を止め、巴を見て吐き捨てる。いつもは目を合わせない望が、巴の目を見るのは久しぶりであった。
「やっと目を見てくれたわね」
巴が見た望の瞳には心無しか感情が、微小ではあるが戻っている様にも見える。
「とにかく何度言われてもあなたを巻き込むつもりは……」
パァァァン!
巴が体を乗り出しテーブル越しに、力いっぱい望に張り手をくらわせた。人も疎らな店内に張り手の音が響き渡り、一瞬店内が静まり返る。望は張り手をされた勢いで右を向いたまま動かない。
「おっ、痴話喧嘩か?」
「ちょっと主任、趣味悪いですよ!」
主任と呼ばれたメイプルの接客主任の仁科 亘をフロントクルーの真田 皐月が諌めるが、言葉とは裏腹に目が輝いている。
望はそのまま席を立ち、店内を出て行った。巴がその後を追って駆け出す。
「あ……お会計……」
皐月が呆然としていると
「そこのテーブルの分も一緒に会計お願い」
二枚の伝票を差し出したのは彩加であった。