#4 抗い
「望さん、少しお話を聞いてもらえますか?」
望は無言で箸を動かし続けていた。
「私……介護福祉士の資格をとろうと思ってます」
望の箸がとまった。
「……何故ですか?」
「未来ちゃんのお世話をさせて頂きたいからです。看護師のままでも介護は出来るみたいですが、やっぱりちゃんと勉強して……」
「お気持ちはありがたいですが、そこまでして頂く理由はありません」
「……私じゃお役に立てませんか?」
「これは俺と未来の問題です。他人を巻き込めません」
他人と聞いた瞬間、巴の心に氷の欠片が突き刺さった気がした。
「確かに他人かもしれませんが、未来ちゃんは私にとっても……」
「とにかく! ……俺達の事はほっといて下さい!」
そう言うと望は千円札を二枚テーブルにおいて席をたった。
「ふられたね」
不意に後ろのテーブルから声が聞こえた。
「彩加、いたの?」
「いたの? って私の方が先に来てたんだけど」
そういいながら巴の親友の新道 彩加がドリンクバーのグラスを持って席を移ってきた。
「しかし、こんなかわい娘ちゃんの申し出を断るなんて、ありゃ重症ね。そのうち焼き切れなきゃいいけど」
「彩加……」
彩加も事件の目撃者の一人であり、彩加なりに望の状態を心配はしていた。
「巴、もう放っときな。今のあいつに何言っても届かないよ」
「……イヤ」
「イヤってね~、私はあんたの為を思って……」
「ダメなの! 彩加の言う事もわかる。でももう決めたの。望さん、あのままじゃダメになる。そしたら未来ちゃんが目覚めた時にすごく悲しむと思う」
未来が目覚める保障など無い。いや確率的には目覚める事などない。
「未来ちゃんが目覚めると思ってるの? 可能性はほぼゼロって言われたんじゃないの?」
「未来ちゃんは絶対に目覚めるよ、当たり前じゃない。そしたら、おかえり! って言ってあげるの」
彩加の問いに笑顔で巴が答えた。
「やっぱり、無駄だったか。一度言い出したら聞かないからね、この娘は」
「ごめんね、彩加」
「前にも言ったでしょ。巴が患者さんの話をしている時の顔が好きだって」
患者を数字では無く、一人の個人として捉える。決して要領のいいやり方では無く、悩み傷つく棘の道である。まともな人間の選ぶ道では無い。
散文的な日常で、人はやがて傷つく事を恐れ平坦な道を選び始める。保障されない未来の選択肢を自ら閉ざす。それが自然の摂理という理であるのかもしれない。
しかし巴は拒絶され傷ついても、前だけを見つめて抗がう。人が選ばないという理由で自らの選択肢を閉ざす事は無い。彩加は時として常識を超える選択をする巴が心配であり、同時にかけがえの無い魅力として惹かれてもいた。