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#3 哀しき屍

 

 伸一の計らいにより、比良坂市に戻った望は比良坂支社営業一課での勤務が終わると、一日も欠かさず未来の面会に来ていた。


「未来、遅くなってゴメンな」


 背広の上着をハンガーにかけ、手馴れた様に未来の腕のマッサージを始める。未来が目覚めた時に筋力の衰えを少しでも防ぐ為である。


「あ、望さんおかえりなさい」


 消灯の見回りに来ていた、巴が未来のマッサージをする望を見かけて声をかけた。一日も欠かさず未来の面会に来る望に好意の揶揄を込め、そう声かけするのが巴の習慣になっていた。

実際、望は仕事以外の時間の大半を、ここ月見山総合病院二一二号室で未来の看護をする為に使っており、ここが家といっても差し支えなかった。


「こんばんは」


 巴との出会いはこの病院で、出会った当時は望は不審者扱い同然であった。そして巴に対する望の感情も、出逢った頃のそれと微妙に変化していた。望は未来が目覚める為に自分の全てをかけると誓い、それ以外の事は、例え巴への想いすらも封印している節があった。結果的にそれが巴への一線を画した態度に表れる事になる。


 未来がこうなったのは自分の責任。

あの花火大会の事件から望は一日たりとも、いや一時たりとも自責の念から開放される事はない。


 面会時間は消灯時間の二十二時までであり、面会を終えた後近くのレストランメイプル霞ヶ丘かすみがおか店で遅い夕食を終えて、帰宅するのが望の生活パターンであった。


「から揚げ定食一つ」

「はい、から揚げ定食”大盛り”が1つですね。かしこまりました」


 望はフロントクルー(接客担当アルバイト)真田さなだ 皐月さつきを生気の無い眼で見上げ、注文を一部訂正した。


「うん、から揚げ定食大盛り一つ」


 普段は大盛りを頼む望だが、たまに注文をこの様に間違える事もあり、皐月が注文を取る時など、この程度のやり取りが出来る程には常連になっていた。


「ニューオーダー、から揚げ定食(ワン)。……ん?もうこんな時間か。皐月、”から定()”来てんだろ?」


 注文伝票がキッチンに送信され、キッチンクルー(調理担当アルバイト)小幡おばた 健吾けんごが伝票を読み上げると皐月に聞いた。

ファミレスでは常連客に、注文が多い商品名であだ名が付く事は多々あり、望の用に毎日来る常連客には、ほぼついてるといって間違いない。故に望は毎日注文しているから揚げ定食を略して”から定”と呼ばれていた。


「はい、もう二十二時半ですよ」

「やべ! 仕込みまだ終わってねぇ~」


ピンポーン


 客の入店を告げる玄関のチャイムが鳴ると、巴が入店して来た。そして人も疎らな店内で一人黙々とから揚げ定食大盛りを食べる望を見つけた。


「お邪魔してもいいですか?」

「……どうぞ」


 巴は自分の行動や感情を、自分でも正確には理解出来ていなかった。母を自殺で亡くし、そして妹を失いかけた望に同情している面は確かにある。出会ってすぐに打ち解け、自分にとっても妹の様な未来の兄という側面もある。しかしそれだけでは無い気もしていた。


 自分の注文を終え二人分のお冷を注いだ巴は「いただき!」と望のからあげを一つフォークに突き刺し、自分の口に放り込んだ。しかし望は無言のまま、から揚げ定食を食べ続ける。

巴にはわかっていた。今の望に何をしても反応しない事は。おそらく今食べている物の味さえしていないだろう。ただ生を繋ぐ為に、未来の為に食事を”処理”しているだけだと。

しかし例え、妹の為とはいえここまで自分を捨てる必要があるのか? 全てに興味を失い、およそ生気というものを感じさせない、生ける屍の様になった望を妹は喜ぶのだろうか?


 この哀しき屍を、巴はどうしても見捨てる事が出来なかった。


「望さん、少しお話を聞いてもらえますか?」



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