#19 死者と生者
あの長い夜に巴が命を狙われてから数日後の早朝。
「鍋島刑事、起きて下さい」
躑躅ヶ咲警察署捜査一課のデスクで仮眠をとっていた鍋島 四郎を部下の刑事が起こしていた。
「う~ん、うるせ~な~。公務執行妨害で逮捕するぞ……」
「何アホな事言ってんですか、早く起きて下さい!」
「ふわ~、なんだよ一体」
昨日遅くまで躑躅ヶ咲警察署の管内で起きた、二つの殺人事件の調書を読み返していた鍋島であったが、調べる程に謎が深まっていった。
まず被害者が二人とも頭部を鋭利な刃物の様な物で切断されていた事だが、切り口があまりも綺麗なのである。一般的に頭の重量は体重の十パーセントといわれており、六十キロの成人男性では六キロある計算になる。それを支える頑強な骨や筋肉を、あの様に鮮やかな切り口で絶つ事など事実上ほぼ不可能である。
さらに事件現場に漂っていた強烈な異臭。
「あれは間違いなく死臭だ」
鍋島も死後数日経った遺体は幾度となく見てきたが、双葉公園ではその日の夕方まで児童が遊び、多くの人の往来もあった。この事から被害者は少なくとも夜二十一時以降に殺害された事になる。
「しかし何故殺されたばかりの遺体から死臭が?」
「その事ですが遺体の内、一人の身元が判明しました」
鍋島の部下は新しい情報を報告しにきたのだった。
「被害者は一色 浩二 36歳 会社員。一色は二週間前に交通事故で亡くなっています……」
◇ ◇ ◇
ところ変わって月見山総合病院二一二号室。
未来の病室である。今日は土曜日で朝からハクを引き連れた望と非番の巴が未来の面会に来ていた。
「……でね、見届ける者さんのあだ名が決まったの」
「へ~、何てあだ名ですか?」
未来のマッサージをしながら望が巴に振り返る。
「ふふっ、見ちゃん! どう、可愛いでしょ!」
「……え? 見ちゃん?」
「……だめ?」
「ぎゃははは! いや、可愛いじゃないですか。いいですよそれ」
「でしょ、ふふふ」
いつの間にか病室の入り口ドアに寄り掛り、うつむいている見届ける者。その表情は隠れていて見る事が出来ない。
「おい」 見届ける者(無表情)
「あ、見ちゃんだ!」 巴(笑顔)
「なんか用か、見ちゃん? ぷっ」 望(噴き出す寸前)
「見ちゃん、ちーす!」 ハク(半笑い)
「……お前ら全員、次の選択肢は無しな」
こめかみをピクピクさせながら湿け煙草をくわえた見ちゃんが一同に宣告する。
「ひどーい!」
「横暴だぞ見ちゃん!」
「職権乱用っすよ!」
吹き荒れるブーイングの嵐
「うるさい!!」
ピタ
「俺のイメージを壊す奴は、たとえ理といえども許さん」
堂々と器が小さい発言をする見ちゃんであった。