#1 追憶
爽やかな新緑の香りをまとったそよ風が望を通り抜ける。
「ん……」
二又瀬 望は、いつしか病室のベッド横で眠っていた様である。
ベッドには妹の二又瀬 未来が眠っていた。
いや、表現を少し修正する必要がある。未来は目を覚ます事の無い永い眠りにの中にいた。あの忌まわしい事件は一年前。望、未来、巴、彩加、そして権藤。五人で行った花火大会で起こった。
正体不明の暴漢に襲われた望を助ける為に、身代わりになった未来は脊髄に致命的な損傷を負い、死神の御手に抱かれる寸前、月見山総合病院の精鋭スタッフの尽力で、辛うじて生を繋ぎとめた。
だがその代償として植物状態に陥り、医師からは未来が目を覚ます可能性は、限りなくゼロに近いと宣告を受けたのである。
《お兄ちゃん、私の浴衣姿期待してたの?》
《あほ抜かせ》
望の脳裏に花火大会の日に交わした、未来との会話がフラッシュバックする。
《……やっぱり花火大会行く?》
《え、今更何言ってんだ? 権藤さんや選家さん達とも約束してあるだろう》
《そうだよね、ごめん、変な事言って》
未来……。
《絶対にここを動かないで。絶対に私の視界から消えないで。いい?》
《……わかったよ》
未来……、知ってたのか? 俺が死ぬ予知夢を見たのか?
《お兄ちゃん、私の浴衣姿期待してたの?》
《あほ抜かせ》
俺を助ける為に、動きにくい浴衣では無くラフな格好で……。あんなに選家さんと電話で楽しそうに喋ってたのに。浴衣を着るのを楽しみにしてたのに。
《……やっぱり花火大会行く?》
《え、今更何言ってんだ? 権藤さんや選家さん達とも約束してあるだろう》
《そうだよね、ごめん、変な事言って》
思い返すと花火大会の未来の言動は不自然だった。なのに俺は気づきもせず、選家さんと花火大会に行く事に夢中になって……。
《絶対にここを動かないで。絶対に私の視界から消えないで。いい?》
《……わかったよ》
間違いない。未来はあの日、俺が襲われて殺される予知夢を見たんだ。何故? 何故言わなかったんだ。一人で抱え込みやがって! お前はいつでもそうだ。俺が高校の時だってそうだ。勝手に自転車パンクさせやがって。俺なんかを助ける為にいつだってお前は……。
「今度は俺の番だ。お前が目を覚ますまで、俺がずっとそばにいる」
未来を見つめる望は、最後に交わした約束を思い出す。
《いいよ、行こう。約束だ。たまには兄妹でデートするか》
《その言い方ちょっとキモい》
約束だ、未来。お兄ちゃんが一回でも嘘を言った事があるか?




