#14 恐怖、孤独、希望
巴は走る。あてもないままに。ただ生き延びる為に。その瞳から涙がこぼれる。
恐怖、孤独、不安
膝が震えてまともに走れない。
ズサッ!
もう何度目になるだろう、転ぶのは。巴の膝と腕は擦り傷だらけで血が滲む。
「死にたくない」
立ち上がろうとするが、足に力が入らない。いつの間にかランニングシューズの右足が脱げて無くなっている。靴下は擦り切れ、踵と指先がむき出しで親指の爪も剥がれかかっている。肩で息をする巴の背筋に悪寒がはしる。振り返るが誰もいない。見えない力に突き動かされる様に、巴は気力を振り絞って立ち上がる。
「はぁ、はぁ、死にたくない!」
再び巴は走り出す。いやもう走るというより足を引きずりよろめいてる、というのが客観的な表現であろう。
ズン!
不意に背中に激痛がはしる。
「う……」
巴は前に突っ伏した。
「あ……う……」
激痛で息ができない。倒れた巴の横にこぶし大の石が転がる。背中にぶつけられたようだ。
「イヤ、死にたく……ない……」
巴は手を伸ばし前へ進もうと這いずる。
その手を黒い影が踏みにじった。初夏の頃であるにも関わらず、黒いマフラーをした影を見上げる、巴の顔は涙と汗と泥にまみれ、瞳は生気を失いかけていた。
黒い影は巴の手から足を上げ、変わりに腹部を強かに蹴り上げる。
その勢いで三メートル程吹き飛ばされた巴の口から血泡が吹き飛ぶ。
ゆっくりと巴に近づく黒い影。
激痛と恐怖で意識が混濁した巴の脳裏に、過去が走馬灯の様に過ぎる。
権藤さん、彩加、未来ちゃん、ハク、見届ける者……
『せっかくお見舞いに来られたのに、患者さんと会わずに帰るなんて一体何しに来たんですか!!』
『逃げるの? いつまで自分の殻に閉じこもっているつもりなの? 今のあなたを未来ちゃんが望んでいると思うの?』
『お願い……お願い……望さん、還ってきて!』
廻る走馬灯。
『巴さんありがとう、こんな俺を見捨てずにいてくれて』
巴の脳裏で望が微笑みかける。
「望さ……すけて……望さん、助けてー!!」
最後の力を振り絞り巴が叫ぶ。
《お前の選択を見届けよう》
脳裏に聞える見届ける者の声。
刹那
「ハクーー!」
望が叫ぶ。
「グルァーーー!」
咆哮と供に、白い閃光が影の喉元に飛びかかる。
飛び散る血飛沫。食いちぎられた黒いマフラーが地面にずり落ちる
「グ……ハ……」
白虎に喉を食い破られ、ひざまづく影。
”行光”を抜き胸の高さで逆手に構える望。
その刀身は月光を浴び輝く。
望は全体重をかけ、行光で影の心臓を一突きにする。勢いのあまり影の心臓を貫いた刀身が背中に突き出る。影はそのままゆっくり仰向けに倒れ、返り血を浴びた望がそれを見下ろす。
「巴さん!!」
影を倒した望は巴の元にかけよる。
「ううっ、うわーん、望さん、怖かった」
望にしがみつき嗚咽をあげて泣く巴。
「ごめん巴さん、怖い思いをさせて」
震える手でしがみつく巴に、望はただそれだけしか言葉が出なかった。