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第3話 秘密の繋がり

 昔昔、人間と魔族は対立していた。圧倒的数に勝る人間だが、魔法という強大な力を使う魔族に人間は劣勢だった。

 それを見かねた天使が人間に加護を与える。

 ――――魔法に対抗するための魔術を。

 ――――魔族に負けない屈強な肉体を。

 ――――魔族の天敵となる武具と、それを作り出す技術を。

 限られた人間に与えられた加護により、人間は攻勢に転じた。

 そして特に屈強な肉体を与えられ、誰よりも武芸に秀でた人間――後の勇者はついに魔族の王、魔王を討ち滅ぼすことに成功したのである。それを機に魔族は次々と天使により封じられ、ついに地上から姿を消した。

 そして、人間は勇者を中心として新たに国を興した。それがアルフォード王国の始まり。


 昔昔の大昔、実際に起きた話である。














 アルカの料理は客からも評判で、リピーター率が高い。そのことはティアの自慢だった。

 始めの頃はティアが顔を隠していることに戸惑う客も多かったが、何度も通ううちに慣れてくる。そうなると、話好きの客はティアによく話をかけてくるようになる。

 それが、ティアには嫌だった。

 だからティアはそういった客に積極的に関わらず、最低限のやり取りしかしない。そのせいで無愛想とよく言われるが、それで話しかけなくなってくれるなら万々歳だ。そして、ほとんどの客はティアの素っ気ない態度にだんだんと諦めてくる。

 だが、たった1人だけ。ティアがどんなに冷たくあしらっても、めげずに話しかけてくる客がいた。

 ティアと同色のはずの黒髪は艶やかで、紅玉の瞳は楽しそうに細められている。常に小奇麗で質素だが仕立ての良い服を身に着けている。平民のような装いだが、その仕草のひとつひとつから気品が感じられ、彼の身分を物語っていた。

 彼の名前を、フィルと言った。

 溢れ出る爽やかイケメンオーラとでも言うようなものが漂っている、美形。とても不恰好なティアと釣り合うような相手ではない。だというのに、何故かフィルは他の女性には目もくれずティアにのみ話しかけてくる。

「そういえば、町の近くにもオーガが出たらしいね」

「ふーん」

「やっぱり怖い?」

「いい加減黙れ」

「まあそれは、たまたま休暇中の騎士が退治したんだけどさ」

「あの、」

 ティアに味方はいない。

 ティアに好き好んで話しかける、ほぼ皆無と言っていい物好き。皆が2人のやり取りをニコニコと見守っている……否、ニヤニヤと見物している。

 美男子と不格好女子のカップルが成立するのか。それともフィルが諦めるのか。何でも賭けの一種となっているらしい。

「いい加減注文決めてくださいませんでしょうか」

「うーんと……」

 言われ、フィルは壁にかけてあるメニューをじっくりと眺める。

「アギト豚のクリーム煮はこの前食べたし、足長鳥のソテーも美味しそうだし……あ、オムライスもいいなぁ」

そしてメニューを考える素振りを見せる。

「……なら、決まったら教えてください」

「まあそう言わず、あと少しで決めるからさ」

「………」

そう言われ、実際にすぐに注文が確定したことなどない。ティアを引き留める口実だ。だがティアも接客を商売にしている限り、無碍に出来ない。

「……この野郎」

「何か言った?」

「イエナニモ」

 片言になっていた気がしないでもないが、フィルは気に留めなかったらしい。

「……でも実際、何かと物騒だからね」

 唐突に再開したフィルの話が、オーガの件の続きということを理解するのに少し時間がかかってしまった。

「いくらティアが大丈夫だろうと分かってても、こっちとしては心配なんだよ」

「ご注文は?」

再度、強い口調で催促するとようやくフィルはメニューを決めた。

「ケンロウ牛のビーフシチューと……お土産にラズベリージャム、お願い」

「畏まりました」

ようやく注文が取れ、ひとつ息を吐いてティアは厨房に引っ込んだ。これでようやくフィルの観察するような視線から逃れられる。

「お疲れ様です、ティア」

 すると、同僚のエリアが労ってくれた。

「いつも大変ですね」

「いつもの事だから、慣れた」

「……それ、慣れていいんですか?」

「いいのよ」

数か月前にバイトとして入って来たエリア・ツォークの方が、いい意味でティアよりも人目を引くだろう。だというのに、リオは見向きもせずティアにばかり話しかけてくる。

「……本当に、意味が分からない」

「またまた。あんなに恰好良いのに」

「いくら相手の外見が良くても、迷惑よ」

「え……じゃあティアは、あの人のことどう思ってるんですか」

随分と直球な質問だ。もしかしたらエリアは客に頼まれて、賭け進捗状況を調べているのかもしれない。

「どうとも思ってないわよ。ただの面倒な客。それはあっちも同じでしょ」

「そんなぁ。気になってなかったら、あんなに話しかけないですよ。……でも、羨ましいです。あんなに恰好いい人に言い寄られるなんて」

「そう?」

「そんな恰好してるのに……あ」

失言にエリアが口元を押さえる。しかしティアは気にした素振りを見せず、むしろ自嘲する。

「フン、本当に変でしょ。私の恰好」

「え……っと」

ひとつ嘆息し、ティアはざっと周囲を見回した。

「私、顔見られたくないの」

「……うん、それは分かります」

「それに、外に出たくないし、出来るなら引きこもってたい」

それはエリアにとって初耳だった。だが納得してしまった。

 ティアは客がいるところでは笑顔を作らない。口元しかはっきり出していない分、それが目立ってしまうのだ。

「でも、私を助けてくれたアルカさんはそれを許してくれなかった。アルカさんは私の恩人だから仕方なく給仕をしてるけど、そうじゃなかったら部屋からずっと出たくない」

「……それは、どうして?」

 しかしそれにティアが堪える前に。

「こら、何サボってるんだい!」

アルカが怒鳴り込んで、伝票をティアに押し付けた。

「ティア、サボる時間あったら注文取ってきな!」

「……はい」

ティアはそれに大人しく頷き、伝票を片手に厨房を出ていく。

「エリア、あんたは1度休憩に入りな。疲れてるから変なことが気になるんだよ」

アルカの険しい視線。詮索するなと暗に言われる。エリアはそれに従うしかなかった。









 ケンロウ牛のビーフシチューとラズベリージャムを持ってきたのはティアではなかった。

「はいよ、お待ち」

 テーブルの上のどんと置かれた深皿。普段よりも量が少ないようにも思えるのは果たして気のせいだろうか。

「あ、ありがとうございます」

「フン」

絶対零度の眼差しに若干怯え越しになりつつも、リオは頭を下げた。

 それは、店員を口説こうとしている悪質な客に対する牽制に見える。

「よう坊主。本当によくやるな」

「いい加減諦めようぜ」

同じく常連の客たちが、フィルに口々に囃し立てる。

「諦めるって……変な言い方止めてください。……それに、僕が誰と話そうががいいじゃないですか」

不機嫌そうに少し顔をしかめ、フィルはアルカから受け取ったものを懐に仕舞う。それからスープスプーンを手に取った。

「大体、僕とティアは皆さんが考えてるような関係じゃないですよ」

 とたん、周囲にざわめきが起こった。

「ま、まさか……」

「いつの間にか進んだのか!?」

「それとも玉砕か!?」

「発展も後退もしてないから安心してください! 現状維持です!」

フィルがそう叫ぶと、とたんに冷たい視線が奥の方から飛んできた。それも二対。

「よし、じゃあまだ賭けは継続だな」

「それにしても頑張るな~兄ちゃん」

「おい、今から何カ月で結果でるかも賭けようぜ。いつまで経っても結果でねえ!」

 どうやらまた、本人たちには無断で賭けの対象が増えたらしい。








 それから粘ってみたものの結局フィルがティアと再度会話できることはなく、今日のところは退散することにした。

「お」

 そこで、知ってる人物と出くわしてしまった。

「フィルじゃねーか」

 シエルともう1人、後輩のギルバ・ツィスターが並んで歩いていたのだ。

「……今日はサボってないんだ。どうしたの?」

「シエル先輩、懲罰に負傷してまだ復帰できない人たちの分の見回りすることになったんです」

「ああ、成程」

 フィル……フィリオール・アークハイトは得心がいったとばかりに笑った。通りでシエルはいつもに増してつまらなそうな顔をして、しかも担当区域ではない場所で見回りをしているわけだ。反省させると称して謹慎させるよりもよっぽど有意義だ。

「ところで、フィルはどうしてここに?」

「そりゃ、非番だからね」

そうフィルは肩を竦めた。

「でも意外です。あの、アークハイト家のの人がこんな下町の食堂に来るなんて」

 アークハイト。名前から分かるように、フィリオールの生家だ。

 国内でも屈指の大貴族であるアークハイト家。せっかくの非番で外出もしているのだから、騎士団宿舎の質より量の食事ではなくもっと豪華なレストランでの会食の方がイメージとして合っている。

 何より、フィリオールの外見で大衆食堂は似合わない。

「……うん、ギルバ君。その話、ここでするのは止めようか」

 何せこの店ではただのフィルで通っている。お忍びの貴族とはバレているだろうが、少なくとも家名が分かるものは絶対に身に着けていない。

「あ、はい」

 フィルの凄味のある笑顔に、ギルバは青ざめて何度も頷いた。

「よし、それに巡回の邪魔するわけにはいかないもんね。僕はもう行くから……シエル、ちゃんと仕事しなよ」

「わーってるよ」

片手を挙げ、面倒そうにシエルは応じた。

「しっかし、あのフィリオール様がこんな店にいるなんて……可愛い子でもいるのか?」

 直後、シエルが体をくの字に曲げた。

「……テ、テメエ……何しやがる……」

「あれ?」

「あれ……じゃ、ねえよ……!」

腹を殴られたシエルがフィルを睨みあげる。しかしフィルは自分でも不思議そうな顔をして、手をプラプラさせた。

「うーん、おかしいなぁ」

「それは、こっちの台詞だ……」

「まあまあ、シエル先輩。巡回に戻りましょう」

後輩に促され、シエルは腹を押さえながら歩き出した。それを見送り、シエルもまた騎士団の宿舎に戻る。

 









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