第1章・影から見守る兄(5)
時間が過ぎて楓たちの帰宅時間になる。
「じゃあ、俺は楓を送ってくるから」
靴を履いて、俺は楓達が待つ外へ向こうとする。
「はーい。朝帰りになってもいいからね~」
ドアを開けようとするところで、かえでが仕返しとばかりにそんな事を言ってきた。
「そうか? じゃあ、朝までコースで行こうかな」
「へ?」
俺が少しは慌てると思ったのか、そう返事を返してやる。
「お前もついにおばさんか…」
俺がそういうと一瞬で石化するかえで。
しきりに「わたし、おばさん…になるの?」などと呟いて玄関に立っていた。
俺は一言冗談だと苦笑しながら家から出るのだった。
「かえで、何かあったんですか?」
玄関を開けたときに見えたのだろう。
誠がかえでを心配して聞いてくる。
俺は歩き始めながら答えた。
「ああ、からかわれた仕返しに朝帰りでもいいからねーってな。だからお前もついにおばさんかって言ってやったんだ」
「ああ、それで…。正直、姉さんも秀二兄さんもからかいがひどかったですよ?」
「でも、お前は堪えてないんだろ?」
「慣れましたからね」
僕もついに聖人ですと言いたい様な悟った目をした。
まあ、単なる強がりなのは分かっているが。
「そうでした…。姉さんと秀二兄さんに悪い知らせがあるんです」
「なに?」
「どうかしたか?」
誠が歩くのをやめて、俺と楓を見る。
「ルーク・レーガンが脱獄したそうです」
「!」
「何だって!」
俺はその言葉を疑った。
ルーク・レーガン。
十年前に俺が必死の思い出逮捕した魔法使いだ。
違法研究者でもあり、今回のようにキメラを作っていた。
もっとも、奴が作ったキメラの力は半端じゃない。
かえで達が戦っているキメラの三割くらい能力は上だろう。
実際にはかえで達のキメラと戦ったことは無いが、まあ大体分かる。
ルークは最高にして最低な研究者とでも言えばいいのだろうか?
逮捕後、俺の記憶が間違っていなければ奴はまだ百年の刑期が残っていたはず。
「本当に…。脱走したの…?」
やや青い顔をしながら楓が言う。
楓は一度、人質に取られている。
人質だったがゆえに俺も右手以外を失う羽目になるのだが、それだけに楓にとってはトラウマでもある奴だ。
「どうやって奴は脱獄したんだ?」
「買収…だそうです」
その言葉が信じられなかった。
むしろ信じたくないと言う方がいいだろう。
「ルークの資産差し押さえられたんじゃなかったのか?」
「彼が持つ知識そのものが取引材料です。彼の知識は僕達の世界でも軽く百億ドルは下りませんから……」
「否定出来ないな…」
俺でもその事実は分かる。
かえで達が戦うキメラの技術自体、奴が生み出したのだ。
結果、違法研究者達に広く認知されて今日でもこっちの世界では常に脅威にさらされているわけだ。
特許が取れるような技術ではないがあいつはその技術提供でテロリスト等の組織から莫大な金を得ているわけだ。
「楓、大丈夫か?」
ふと楓を見るとやはり青くなったまま呆然としている。
詳しくは聞いていないが、人質になった時に何かをされているらしいのだ。
それがどんなことかまでは聞いていない。
「う、うん」
「姉さん…」
頷く楓を心配そうに見る誠。
確かにあまり大丈夫そうには見えないからだ。
「この事を知るのは?」
「いない人はいません。かえでにも話しておきました。秀二兄さんのことを伏せながらですが…」
「分かった。この件、俺の方が引き受ける。要請はどうせ来てるんだろ?」
「はい…」
申し訳ありません。といいながら俺に一枚のカードを渡す。
このカードは仕事の要請があった場合などに渡されるもので直接PWMMの人間と話すことが出来る通信端末だ。
俺はそれを胸ポケットにしまうと、一先ず楓と誠を送り届けることにした。




