第1章・影から見守る兄(3)
自宅玄関を出ると、門の壁に寄りかかって楓が待っていた。
実は俺と楓は同じ会社の仲間でもあるなのだ。
楓はもともと”アース”の人間だが、今ではこちらに戸籍を作って近所に住んでいる。
来年くらいには結婚するつもりだ。
「秀君、おはよう」
「ああ、おはよう」
お互いあいさつを交わすと歩き始める。
ここから駅までは歩きでだいたい十分程度だ。
「かえでちゃん、どうだった?」
「昨日のまま寝ちゃうくらいだ。相当疲れているな」
「そうなんだ…」
ちょっと暗い表情をする楓。
楓とかえでは仲が良かった。
昔から俺の家には良く楓が遊びに来ていたいて姉のように楓を慕っているのだ。
楓も、かえでを妹のように可愛がっているために少々過保護気味。
余談だが俺は楓の名字を呼んだ事がない。
実はそのために、かえでは楓の名字を知らないでいる。
おかげで誠と親類関係と言うのもまだかえでに気づかれていないのは助かっていた。
「いつまで様子見る気なの?」
「俺が危ないと思うまでかな?」
十年前、俺も魔法使いになって修羅場をくぐったのだ。
俺の妹である以上、昨日のキメラ程度に苦戦されていては今後が思いやられる。
誠の実力はかえで以上だが、それでも駆け出しだからこそ危険になるまでは手を出したくない。
あいつらにはあいつらで乗り越えないとならない試練にぶつかって貰いたいんだ。
俺は修羅場をくぐり抜けたおかげで精神はかなり鍛えられたのだから。
「まあ、あの程度で苦戦されると困るんだ」
「でもさ、秀君はちょっと特殊だったんだよ?」
何でも、俺は”アース”でも珍しい部類に入るらしい。
想像力が豊かで発想もいろいろとあるらしい。
当時、親の帰りが遅い事が多く家事もある程度やらなければなかった。
そんな事情があって精神面がやや大人びていたためか魔法使いとしても質は高かったそうだ。
「俺が引き受けていればすぐに終っただろうけど、成長はないな」
俺も楓と十年間魔法使いをやってきていろいろと事件を解決してきた。
十年前の事件以来、命が危険なレベルでの修羅場はなかったが実績は十分に上げてきたのだ。
楓はこっちの世界に戸籍を作った時点でPWMMを引退している。
同時に俺も引退した。
臨時で呼ばれることがあるが、それは余程の時だ。
そもそも楓が引退したのに、俺がいつまでも続ける理由も無かった。
だから今回の件は断って代わりに誠達を影で見守ることにしたのだ。
誠にはどうしようも無い場合に限りヘルプに入るとは言ってある。
「そうだね。誠も秀二兄さんさえいればってボヤてたし」
「誠は逆にこれから力を付けないとならないからな。返って俺みたいのがいると成長できない」
誠は今回が初の任務だった。
説明が遅れたが、PWMMは孤児で成り立つ。
英才教育を施され、早ければ十歳くらいから活躍し始める。
子供なのは相手が油断するというのが一つと、成長してからより難易度の高い任務をこなすためでもあった。
そう言った意味では、若くして引退しても召集されてしまうのだ。楓のように。
ともかく、楓は十二歳でデビューをしている。
誠はかえでと同い年。十五歳だ。
楓がデビューした年齢より三年も遅いのだが、はじめは苦労した方がいい。
「秀君は厳しいね」
「可愛い、弟だからこそな」
「それもそうだね」
楓はくすくすと笑う。
駅はもう少しだった。
時間は夕方の五時半。
終業のチャイムがオフィスに鳴り響くと俺は思いっきり伸びをする。
そこへ楓がやって来た。
「ようやく仕事が終わったなー」
「そうだね」
俺の仕事は中小IT企業でソフトウェア開発をしている。
親と同じ道を歩けばたぶん苦労はそんなに無かっただろう。
あと俺自身が元々コンピューターが好きだったのもありこの道を選んだ。
ちなみに楓は事務職である。
「今日、寄っていくか?」
「いいの?」
かえでも懐いているのもあるが、こうして楓を自宅に招く事が度々ある。
一緒にいられる時間は少しでも多くしたいと言う思いもあるが。
「ああ、料理は簡単だけどいいか?」
「それならわたしが作るよ。最近は腕も上がってきたんだ」
楓は去年まで家事はあまり得意ではなかった。
ずっとPWMMの一員として事件を追っていた関係で家事はあまりやらなかったのだ。代わりに誠の方が家事は得意だったりする。
何で俺の周りには家事の出来ない女の子が多いのだろうか。
まあ、楓は俺が指導していった結果かなりまともになったが、かえではまだまだ。
「じゃあ、頼むよ。これも花嫁修業だ」
「な、なに言ってるの!」
楓は真っ赤になりながら、講義するように俺の背中を思いっきり叩いた。
「痛っ! ふ、楓、少しは手加減しろよな……」
今、一瞬、内臓がシェイクされた。
鍛えていただけに一発が強烈だ。
どのくらいかと言えば、楓の本気はコンクリートの壁でさえ穴が開くほど。
無意識な一発だったが、普通の人だと骨折しても可笑しくないくらいだ。
買い物は、地元に戻って駅前のスーパーにて。
荷物が多くなるのが分かっているから地元じゃないと結構きつい。
一緒に買い物する以上、近所のおばさん達に冷やかされる。
もっとも一緒に買い物して、からかわれるのも心地よいものを感じた。
少し浮かれているのかもしれないな。
一通り買い物が終わると、俺達は並んで自宅へと向かう。
ちなみに二人とも両手にスーパーの袋持っている状態だ。
「随分買ったな……」
「そう?」
PWMMで厳しい訓練を受けていた楓の代謝はかなり良いらしく、土木作業する成人男性並みに食べるのだ。
ラーメンなら大盛りで二杯は食べる。お好み焼きなら四人前、ハンバーガーならビッグバーガーなる二段重ねのを三つだ。
俺はせいぜい楓の半分くらいなのだが。
「楓は太らないよな」
「当然。PWMMでの代謝は伊達じゃないもの」
そうなのだ。
身長が百五十前半、それだけ食べても体重も四十キロ台前半をキープ。
肉つきは女の子らしいけど、その柔らかい肌の下にもしっかりと筋肉はあるのだ。
それでもスタイルはかなりいい。
まあ、胸が大きいのはアンバランスだが、これはこれで何か萌えるものを感じる。
「今、エッチなこと考えていたでしょう?」
視線が胸に行ったのを感じてか指摘されてしまう。
「まあな」
「もう、秀君はしょうがないんだから」
いや、男だから仕方ないとは思うんだ。
見るなって言うほうが実は難しいと思うくらいだ。
自宅に着くと玄関に誠の靴があった。
「誠が来てるみたいだな」
「そうね……。男女で二人っきりってことは……」
「おい、楓も人のこと言えないぞ」
「じょ、冗談だってば」
顔を真っ赤にして否定されても説得力がない。
「おおかた昨日のことで来ているんだろうな」
昨日も研究所は空振りだった。
空振りっていうのは本命が居なかったってことである。
二人が来たときにはキメラが放たれていて、その間に逃げられているのだ。
つまりまだ逃げ場所、もしくは本命の研究所があるという証拠でもある。
それはともかく。
「ま、ちょっといじってやろう」
「うん」
今日はかえでと誠が酒の肴と言う訳だ。




