第2章 動き出す黒い影(4)
戦場と言う言葉が一番合うだろうと俺は思った。
目の前に広がるのはキメラの軍団だった。
二百や三百なんて数じゃない。
空間を分離しているとはいえ、ここが俺達の住む街だと思えない程だ。
「この数は半端じゃない…」
「かえでちゃんたちは…」
辺りを見回しても二人はいない。
あるのはキメラの死骸と灰だけだ。
つまり誠たちはこの場所をすでに離れたという事になる。
「こっちからコールが出来ない。二人の場所の特定は出来るか?」
こちらからの通信は通じない。
向こうの通信機が壊れてしまっている可能性がある。
少なくとも連絡が取れないと言うことは状況は悪化していると考えるべきだ。
「ちょっと待って」
「駄目…。魔力探知が妨害されてる…」
「妨害だと…」
さっきキメラの位置を把握するの行った方法と同じ事を楓はやったのだ。
魔力を使った探査なら普通は問題ない。
そう人為的に妨害をしない限りは。
「少なくとも一人以上の上位魔法使いがいることになるな…」
「…」
楓は唇をかむように悔しがる。
それもそうだろう。
場合によってはルークと言う可能性があるのだから。
「キメラの動きから二人を探すぞ」
近くで活動しているキメラは恐らく誠たちを襲撃するために移動するはず。
ならキメラが目指す場所に二人はいると考えるのが筋だ。
ここからでは何も見えないし、感じない。
逃げられる場所を探しているに違いないのだ。
「上から行く」
「わかった」
俺達は上空に飛び上がると、キメラが目指す方向へと飛んで行く。
地上に蔓延るキメラの数が夥しい。
間違いなく一万を超えているだろう。
無数と言うべき数のキメラの軍団の先にかえで達はいた。
どうやら二人とも負傷しているらしい。
かえでは腕を押さえていて、誠は腹を押さえている。
誠の方が傷は深そうだ。
「ようやく見つけた」
「急いで助けないと」
二人の周りにはキメラが密集している。
完全に退路を塞がれている状態だった。
かえでがキメラを倒し、誠は治療しながらドーム上のシールドを張っているのが分かった。
しかし、そのシールドも徐々に狭まっている。
群がるキメラに抑えきれないと言った様子だ。
かえでが迎撃するが、とても間にあう数じゃない。
そしてキメラの攻撃に耐え切れなくなったシールドが破られる。
シールドで守っていた領域にキメラがなだれ込んで来た。
「うああああ!」
「きゃああああ!」
攻撃が間にあわず誠とかえでがキメラの触手に捕まる。
「楓、誠を頼む! 俺はかえでを!」
「うん!」
このタイミングで助けなければ二人が危ない。
全速力で二人を救出するために降下する。
その間に誠は腹を貫かれて、楓の叫び声を上げた。
かえでは無数の触手から何とか逃れようと暴れる。
ルークの悪趣味なキメラは女性の戦意喪失にいわゆる女性を凌辱するように作られている。
つまり、このままだとかえでが犯されてしまうのだ。
案の定、触手がかえでの服の中に滑り込むように入って行った。
「い、いやああ!」
触手の感触に悲鳴を上げるのと、触手がかえでの衣服を引き裂くのは同時だった。
上着が紙のように避け、シャツをスカートを引き裂く。
「下衆が!」
俺は視覚で捕らえられる千を超えるキメラに対し、レーザーショットを打ち放った。
辺りはまさに神の怒りと表現するように光が天からキメラたちを貫くと同時に灰にする。
キメラ達を貫く光が消える。
これで半径数百メートルのキメラを排除した。
下を見ると触手から開放された誠は楓によって抱きかかえられ、すぐさま治療が始めていた。
楓の登場に驚くかえでのところに俺はシールドを張りながら降り立つ。
「え?」
かえでが何が起こったのか分からないという表情で俺の顔を見上げた。
「よ、何とか無事だったみたいだな」
「お、お、お兄ちゃん!」
降り立ったのが俺だと認識すると盛大な驚きをかましてくれるかえで。
ああ、やっとこの時が来たのかと思い不謹慎だが内心ガッツポーズをする。
服を引き裂かれて下着だけとなっているかえでに俺の着ていたコートをかけてやった。
「そ、お兄ちゃんが迎えに来てやったぞ」
かえでの頭を撫でながら答えた。
「え? え? ど、どうやってここに来たの!」
「誠から何も聞いてないのか?」
「最強の救援を呼んだから、それまで持ちこたえてって」
そうか、こんな時まで誠は俺の言うことを守っていたんだな。
俺の正体はピンチの時にお兄ちゃんの登場と言う形で明かすのが夢だといっておいたからな。
「最強の救援って…もしかして?」
「そう、俺だ」
「えええええええええ!」
とてもさっきまでキメラにやられそうになっていたとは思えない。
そのくらいの大声で驚いてくれた。
とても気分がいいぞ。
「遅かったですよ…」
後ろを振り向くと、楓に支えられた誠がいた。
一応、応急処置で傷はふさがっているらしい。
「秀君、傷は何とかなったけど…。一度”アース”に帰って治療しないと誠が…」
そうだ。誠は腹を貫かれたんだ。
傷は塞いでも精密検査の必要がある。
「分かった。とりあえずあいつらを片付ける」
俺はそういうと再び迫り来るキメラを見た。
「お兄ちゃん、どうやって?」
「まあ、見てなって。
楓、シールドの引継ぎを頼む。
ちょっと広範囲でデカイのかますから強固にしとけ。」
「分かった。あれやるんだね」
楓の言葉に頷くと再び迫り来るキメラに対峙する。
これから放つのはレーザーショットじゃない。
「砕け散れ!」
俺の声と共に、辺りに恐ろしい爆発が起きる。
激しい閃光と共に残っている建物さえ一瞬に吹き飛ばす衝撃波が辺りを襲う。
楓のシールドで俺達の周りは何事も無いが、外では爆風にキメラたちが跡形もなく消え失せていく。
爆心地を中心に強力な熱と衝撃波が襲う魔法だ。
名前はアトミック・バースト。
まさに核爆発をイメージした恐ろしい魔法である。
俺がキメラの大群を効率よく倒すために編み出した魔法だ。
十年前も万を超えるキメラの大群を何度かけしかけられた。
既に複数ロックして打ち放つレーザーショットを編み出していたわけだが、より広範囲に効果的に使えるものとして編み出したのがアトミック・バーストと言うわけだ。
正直、気持ちのいい魔法ではない。
「す、すごい…」
かえでがコートでしっかり体を隠しながらこの状況に驚いている
「さすが、秀二兄さん」
「わたしの秀君だもん。このくらいはわね」
誠はもう尊敬のまなざしと言ったところだろう。
楓は誇らしげにだ。
爆発が引くと、すっかりキメラはいなくなっていた。
数にして一万を超えるキメラは一瞬にして消し去ったのだ。
もっともここは障害物が無い広い場所だったからこそ使える荒業だ。
さっき俺達が戦っていた場所では周りへの影響がい大きく使い勝手は悪い。
場合によっては味方を巻き込む可能性すらあるのだ。
楓くらい強力なシールドを張れないと爆発の余波に飲み込まれる。
「これで一応は大丈夫だ」
「お兄ちゃんのこと見直しちゃった」
かえでが尊敬のまなざしで俺を見る。
ふむ。作戦は成功だ。
ピンチの妹を助ける兄。
これがやりたかったのだ。
一番は二人の成長のために見守っていたわけだ。
俺の正体を知らせないで済むならそれが一番良かったと言ってもいい。
「まあ、これが俺の力だ」
「なーに、カッコつけてるのよ」
ふふふと笑いながらかえでが言う。
それよりだ。
「楓、魔法は使えるか?」
「え?」
俺の言葉の意味が分からないという風にかえでが楓を見る。
「今、魔法は使えるか?」
誠と楓はどうやら意味がわかったらしい。
楓は何か魔法を起動させようとして落胆する。
「…つ、使えない…」
やっぱりか…。
魔法が使えないというのがどういうことか?
楓に聞いた話のとおりなら、奴が近くにいるはずなのだ。
そう。
「ルーク・レーガン! てめぇがいるのは分かってるんだ! こそこそしてないで姿を見せたらどうだ!」
俺がそう叫ぶと俺達から五メートルくらい離れたところの空間が一瞬歪む。
黒い影が現れ、それは徐々に一人の男の姿となった。
そこに現れた男は……。




