暗黒の章 第八話 お前、どうした?
暗守の動向が確認できた最終目撃地点は王都から南へ馬車で数日という比較的治安の良い場所。
馬車で数日というのは飛竜で山を越えればほぼ一日で移動可能な距離であり、その機動力から南方制圧の際には竜騎士団が非常に戦力として有効だったと桂は自慢げに語っていた。
目撃地点についたあと、ひとまず宿を取り、情報局の人間と連絡を取ってから先へと進む。
それが決定事項だった。
宿なんて要らない、そう美珠は言い張ったが、遠征に慣れた国明、聖斗はいつ宿が取れるか分からない取れる間は休んだほうがいい、と美珠を諭しすぐさま宿の手配をした。
「暗守さん、ちゃんと夕食取られているんでしょうか」
美珠は人でにぎわった店の中で夕食をぼんやり眺めながら溜息をついた。
席には相馬が注文した食事が次々に運ばれてくるのに、一向に食欲は起こらなかった。
何をしていてもやはり暗守のことを考えてしまう。
外見にもともと劣等感をいだいていたあの人が、今はその気持が薄れたとは言え、それほど堂々と人前に出て食事を取っているとは思えない。
自分は今、信頼している人に囲まれて食事をとっている。
けれど暗守は一人ぼっち。
見えなくなってゆく目で、ただ一人ぼっちなのだ。
「食べましょう。ここで貴方が体力を落とすわけにはいかないんです」
「そうだけれど」
国明の言葉に美珠はフォークを握るがその先が進まない。
結局ろくに食事も食べられず、宿へと戻った。
*
「え? あ? ごめん! 間違えた」
相馬は浴場に一歩踏み入れてから慌てて背を向ける。
浴場の蒸せる脱衣所では今まさに優菜が紫のパーカーを脱いでいた。
「何が?」
優菜が何のことかわからず、パーカーに両手だけを通した状態で様子を見ていると、相馬の後ろからやってくる国明と聖斗。
国明は顔を背けている相馬に目を遣り、やがて中にいる優菜へと不審そうに目を向ける。
「どうした?」
「さあ」
優菜は国明に首を振り、手を引き抜いてそのまま白いシャツを脱ぐと、ズボンを下ろす。
控えめに立っていた聖斗はその瞬間、暫く目を優菜の下半身に持って行き、初めて知った事実を受け入れようとしていた。
けれど相馬はそんな現実に気づこうともしなかった。
顔を赤らめ、優菜たちに背を向けるだけ。
「おい! 国明! お前、何みてんだよ! 失礼だろ? でも、優菜ちゃん、やっぱりここ男風呂だよ」
「だから?」
優菜はこいつ何を言ってるんだという顔をしながら風呂へと消えた。
「だからって、一緒に入っていいってこと?」
相馬は暫くそこで足踏みしていたが、国明が別に意識してないようなので、この好機を逃すかと急ぎ服を脱いでゆく。
「ちょっと国明、お前、先に入ってよ」
「はあ? お前、どうした?」
国明は不審でしかない相馬に背中を押されて湯船へと進むと優菜は洗い場で頭を洗っていた。
泡で体が隠れていたのだが、相馬はそちらへとチラチラ視線を向けながら優菜と少し離れた場所に座って、見れるものならと鼻の下を伸ばす。
「だから、なんだよ!」
視線に気が付いて優菜が正面を向いた瞬間、相馬は悲鳴を上げて、それから下半身に釘付けになって、べちゃりとタイルの上に座り込んだ。
「男ぉ?」
「お前、今更何言ってんだ!」
優菜はまさか美珠を支える乳兄弟がここまで気付いていなかったことに苛立つ反面、自分がどうしてこんなややこしい女顔なのかと肩を落とし、体に石鹸をこすりつける。
「相馬、お前、まさか知らなかったのか?」
国明はバカにするでもなく弱冠憐みの目を向けながら、隣で様子を見守っていた。
相馬はそれから聖斗へと目を向ける。
聖斗は知っていたとも知らなかったとも言わず、無言で桶を持った。
「そ、そんな」
相馬はその場で脱力し、ただ座っていた。
「これは運命だって思ってたのに」
「どんな運命だよ」
体を流した優菜はまた間違われたのはやっぱり自分が悪いのかと顔をもみながら、タイル張りの熱い湯船に浸かる。
そんな優菜の背後からは嘆きが聞こえてきた。
「そんな、優菜ちゃんは、ちょっと男っぽいでも優しい子だと思ってたのに」
「正真正銘男だよ」
「じゃあ、何、優菜ちゃん、美珠様とは女同士じゃなく、男と女としてあんなに仲良かったわけ? ん? え? じゃあ! まさか!」
突然何かに気がついたかのように相馬は四つん這いで優菜へと寄った。
「まさか、まさかと思うけど、あの、その男女の仲なの?」
男女の仲といわれるとなんだかもっと卑猥な感じがして、優菜は一瞬口ごもった。
恋人であることは確かなはずだ。
「うん」
すると相馬は声にならない声をあげてまた四つん這いで進んで国明の足首を掴んだ。
「何で、何で、お前がこんなに小さい男に負けるんだよ。おい、分かってんのか? 俺はお前のこと結構買ってるんだぞ。確かに、許せないことをしたのは分かってるけど、何でこんな女みたいな男に負けたんだ」
随分失礼じゃないか、優菜はそれでも美珠の恋人であるから元恋人の話について、そこは黙っておいた。
そして国明も何一つ、弁解も協調もしなかった。
「優菜君は北晋国にいる間、ずっと美珠様を守ってきてくれた。そういう関係になるのだって仕方のないことだろう」
「ああ!! 嫌!! こいつの、こういう俺、大人でしょ?みたいな割り切り方、絶対嫌! 俺は認めない、認めたくない!」
相馬は錯乱したように言い放つと風呂から飛び出ていった。
「珠利さんといい、彼といい、俺は敵みたいだ。おまけになんだよ小さい男って」
「身長なんてものは今から伸びるだろう」
そんな大人な対応しかみせない国明の言葉に優菜は息を吐く。
「何か器の小さい男って言われているみたいだ」
姫の今の恋人と昔の恋人の会話のその隣で聖斗は今日初めて知った事実を静かに全て受け入れることにした。
「ふうん、あんた、今頃気付いたの? ちょっと鈍すぎない?」
珠利は部屋で水の入ったカップを片手に布団に突っ伏し暴れる相馬へと冷たい視線を送っていた。
その隣で美珠は何度も何度も頷いていた。
「相馬ちゃんがどうして私たちが恋人だってことを理解してくれなかったのか、すごく疑問だったんですけど、やっと納得できました。女の子と思ってたなんて」
「馬鹿にすんな、くっそ何だよ」
布団を頭からばさっとかぶるともう相馬は貝のように口を閉ざし動かなくなった。