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決勝前夜

目の前で、男が空高くふっとび、やがてグシャリという音を立てて落ちてきた。

慌てて美珠は隣にこしかける優真の目を手でかくし哀れな男のそのつぶれた姿を見せないようにした。


「ああ、すいません、大丈夫ですか」


宙を舞った男に対し申し訳なさそうに手をさしのべたのは優菜、けれど相手は気を失っておりすぐさま担架にのせられ運ばれていった。


美珠の誕生日を終えて次にやって来るのは武闘大会だ。

騎士たちもこのところ大会に向けソワソワしているようで、どこでも鍛練が行われている。

しかし厳しい試験を勝ち抜きその名を得た騎士たちは本選からの出場であるが、一般人となると各地で行われる予選を勝ち上がってくる必要がある。


一般人の優菜がまさにそれだった。

喧嘩なれしている程度の人間から武術に精進するもの、面白がってとにかく登録してみるもの、とにかく老若問わず誰もが参加する大会でまずは上へ上へと進んでいかなければならない。

そんな中、恐怖の長靴をはいたワンコ先生にしごかれた優菜は難なく本線の出場権を手に入れた。


一方、そんなものを見せられたら美珠だってたまらなくなる。

優菜が予選会に申し込むのを見ていた美珠もまた女子の部にヒナという名で申し込んだのだ。

そのことについて護衛は誰も反対しなかった。

この日、金魚のフンこと相馬は宮で仕事をしており、珠利も昨日からどうしてもいきたいところがある国友とでかけ、結局警備についていたのは理解あるワンコ先生とその弟子魔法騎士団長魔央であった。

ワンコ先生はやれるところまでやってみろ、とだけ言って背中を叩いてくれた。

自由を得た双剣使いの少女はまた偽名ながらもこの都で腕に自信のあるものたちと手合わせできることを喜んでいた。

そして彼女もまた楽々と本線の権利を手に入れた。


「どっかで、予想はしてたけど、ほんとに出ちゃうんだ」


本戦に出場すると伝えた時の相馬の対応は静かなものだった。

そして婚約者から送られた黒革の手帳に出場とささっとかきこむとすぐさま顔を上げる。


「優菜の応援に行くって言われた時からそうだろうな、とは思ってた」


「さすが私の執事、その時は私は出るつもりはそれほどなかったのだけれど」


その横で腕立て伏せをしていた優菜は首を横に振る。


「いや、いや、ヒナの性格を知ってたら大概の人はわかってると思うよ」


「そうかしら」



「ええ、言いだされるんだと思ってましたよ」


「私そんなにわかりやすい? ねえ、反対しないの?」


国明は別段表情を変えることもなく頷いた。

夜、同僚の国王騎士と自発的な鍛錬を終え美珠のもとへと尋ねた時だ。

鎧を脱いで気楽な姿で美珠の寝台に腰かけ、手を伸ばして目の前に立つ美珠を引き寄せる。


「貴方に怪我はさせたくないけれど、武闘大会なら致し方ありません。俺にとってもあれは特別なものだし、武道の道に進むものなら出場してみたくもなるでしょう。去年のひ弱な貴方なら、反対するでしょうが。……それに俺がどれだけ反対したって出るんでしょう?」


なんでこの人たちはこうもお見通しなのだろう。

美珠は引き寄せらるままに国明の腕の中に納まってそれから顔を上げた。

国明の顔がそこにあってその顎を指で撫でてみる。


「ある程度の反対なら強行出場するわ。でも、賛成してくれるの? なんだ気を遣って損したわ」


「気を遣ってらしたんですか?」


それで、という言葉を飲み込んで国明は笑みだけを浮かべていたのだが、


「ところで……ね、珠以、今夜……どう?」


美珠は甘えるように袖を引いて引き寄せる。

国明は唇を寄せて先に口づけてから聞くことにした。

もう次にくる言葉はわかってる。


「稽古したいの、珠利の攻略法とか教えて」


「ええ、ええ、そうですね、わかってますよ」


姫の頭を占めるのは、今は恋でも政治でもなく、武闘大会。

国明は何度も何度も自分に言い聞かせ、剣を一本携えるとおそらく他の仲間たちも汗を流しているはずの中庭に出向くことにした。


    *


「今回の闘技場はさすが聖斗さんというべきものですね」


「褒め言葉だと受け取っておきます」


騎士団長の趣味が試される闘技場、今年は白一色のシンプルなもの。

味気ないと言われればそうであるし、これほど高潔なものはないというとそうでもある。

そして傍に立てられた五騎士の旗がよく映えた。


姫ではなく一般人のヒナとして出場の機会を得た少女は一回戦から順当に勝ち進んだ。

その民間人ヒナには鎧こそ脱いだものの国明やら魔央が警備及び指導につくので何事かという若い女性の視線をかっさらう。

一方で、優菜も勝ち進んでいた。

本戦はいつも血縁、地縁の者たちが応援に来て、熱気を帯びる。

異国育ちの優菜にはおじいちゃんくらいしか応援がないと思っていたのだが、一回戦からとんでもない応援団が現れた。

竜仙の者たちだ。

今回の大会に出場できる人間は縁や年端もいかない少年少女数人であるから、どうせならと恩のある優菜の応援もすることになったようである。

太鼓やら笛、はては飛竜まで舞うことになった。

飛竜によい思いを持っていない人たちもいるのだが、地方から来た人間や子供がこぞって飛竜に近寄るものだからそこはさらに人が集い優菜の応援をしているのか、飛竜の紹介をしているのか結局はわからなくなっていた。


「ホウホウ、優菜、無事勝ち残ったようじゃのう」


伝説の騎士光悦は孫たちの武闘大会を楽しみに、王都へとやってきた。

優菜と美珠の応援の後、その夜は各王主催の食事会に騎士団長や麓珠、数馬といった面々と今日の戦いについて歓談していたのだが、話が途切れた頃、控えめに光東が声をかけた。


「よろしければ、光東様の収集なさった剣の数々を拝見したいのですが、光悦様のよろしい時にお伺いしてもよろしいでしょうか」


居並ぶ団長、そして警備についていた騎士達の目の色が変わる。

国宝級、いや伝説にさえなっている名剣の数々を彼は収集しているのだ。

剣には目の肥えたはずの彼らですら垂涎ものだ。

機会があればぜひ見たい、誰の目もそう語っていた。

ただ光悦という人間に直接声をかけることすらはばかられ、名刀については噂でしかきいたことがない。


「私も美珠様の剣を選ばせていただく際に入れていただいたが、あれはスゴイぞ、名剣たちが最良の状態で保管されてある」


魔央の言葉に自慢げに光悦は頷く。


「よかろう、いつでも来るがよい」


「ありがとうございます。若い騎士もつれて行かせていただいてもよろしいでしょうか」


「励みになるのならばな」


嬉々とした顔で光東が光騎士たちに振り向くと、彼らはその手柄を心の底からたたえた。

一方、出遅れた団長たちはどう切り出すべきか悩んでいたが、そこに救いの手を出したのは優菜だった。


「ねえ、じいちゃん、俺と優真が帰るときにも護衛してくれた人に見せてあげてもいいでしょ? お礼がてらにさ」


「そうじゃな、ちびさんを連れてきてくれるならこんな嬉しいことはないからの」


膝に優真を乗せて朗らかに笑う光悦はだれが見ても気のいいおじいちゃんだった。



「あぁ、また手柄もってかれましたね」


「お前も見たい口か?」


食事を終え国明は団舎に戻る道すがら副団長に振り向きもせず声をかける。


「見たくない騎士なんているんでしょうかね。あの軍師君のおかげで宝刀に出会えるのですから、彼の評価は瞬く間に上がるのでしょうね。本当に彼は策士ですね。それで、あなたは見たくないんですか?」


「見たいに決まってるだろう!」


「だったら、ほら」


部下から渡されたのは各騎士団の名前の入った棒きれのくじだった。


「これで、国王騎士の順番確保してきてください」


「この武闘大会前のくそ忙しい時にか」


「武闘大会終了後に楽しみが待ってる、そうなると士気があがりますから」


「くっそ、俺がこんなバカげた提案をするのか、あいつらを集めて」




「去年の今頃は人生最悪の日々でした」


「かもしれませんね」


美珠は中庭で一人たたずむ男の傍に歩いていった。

剣を振る訓練など今更せず、心を落ち着けている一人の男を見つけてどうしても話をしたかったのだ。


「優勝した一昨年はあの方のため、その一念でしたが、去年は何をどうすべきか、どうしたらあの方が救われるのか、何一つ精神統一できず、あのざまで」


「きっと罰があたったんですよ」


聖斗は美珠には見せなかったけれどかすかに口を緩めると空を見上げた。


「きついことをおっしゃいますね。でも去年は私とあの方が抱き合っているのをみて、きっと泣いてばかりおられたんでしょうね、信じられない光景を目の当たりにされて、今ならあなたがどんな顔で泣いておられたかまでわかります」


「ええ、泣いてここを飛び出てみなさんを睡眠不足に陥らせました」


しばらく黙っていた聖斗だったけれどふと空を見上げたまま突然口調を変えた。


「ということだ、去年のことは宮を飛びだされた美珠様ではなく私がお前たちに謝るべき話だったのかもしれない」


突然変わった口調に美珠は一瞬呆けたがすぐに理解した。

いつの間にか自分たち以外の気配がいくつかある。

まずいことに聞かれたというよりは聖斗はそこに存在があると分かって聞かせようとしたのかもしれない。


「美珠様と陛下が納得されたのならそれでいい。今更俺たちがいうことは何もない」


国明は険しい顔で謎の棒きれを五つもって聖斗と美珠へと歩いてきた。

その後ろに四つの影がある。


「それに俺たちはその頃まだお互いが腹を割って話せる相手でもなかったから。でも、今ならお前のことは俺たちだってわかる、それに手に入らないものを追う気持ちもわかる、だからお前も一人でため込むな、もし聞いてほしくなったら聞いてやるから」


「この一年、限界を迎えるたびに何故だかそこに美珠様がいらして聞いていただいた」


「嫌味を言っていただけですよ」


確かに彼と何度か母の話をした。

彼がどんな気持ちで話していたのかまでは分からなかった。

複雑な話し相手ではあるがそれでも彼の役に立っていたのならそれはそれでよかったのかもしれない。


「それにお前はもう手に入っただろ?」


聖斗はそういって軽く国明の肩を叩き剣を抜く。


「さてと光悦様の宝刀を拝みに行く順番を今決めるか」


国明は持たされていたくじの棒をこんなものと捨てて剣に手をかける。


「まあ光東は提案者だから不戦勝だな」


「ああ、ありがとう」


光東はいつもと変わらぬ表情で石に腰かけ審判になると決めたようだった。

美珠もその隣に腰かけるどこか無邪気な年上の男たちを見守ることにした。


「おい、魔央、暗守、さっさとやるぞ」


「お前たち明日が決勝だというのに体力を温存するという考えはないのか?」


そういう魔央だってもう杖の上の宝珠は光り輝いている。

暗守は何も言わなかったが気迫だけは伝わってきた。

そんな仲間たちをみてから聖斗は少し間をおいて美珠へと向いた。


「一つだけ確認しておきたいことがあります。これが今年の私の最大の悩みでもあります」


彼からの相談、それは聞かなくては、と乗り出した美珠に聖斗は軽く笑った。

それは美珠が今まで見た中で一番年相応のさわやかな笑顔だった。


「決勝戦で国明とあたったら、打ちのめしてもよろしいですか? それともさりげなくまけましょうか?」


軽い口調、美珠だってもうそれが本気か嘘かくらいわかっている。


「こてんぱんでお願いします」


「わかりました。もし結婚できずとも恨まないでくださいね」


「ええ、恨むのなら珠以を恨みます」


「負けるわけがないだろう!」


国明も初めてみる本当の聖斗の表情に嬉しそうな顔をしていた。

こんばんは!

お付き合いくださってありがとうございます。


実は残すところあと一話となりました(*´∇`*)

来週更新したらこの長かった姫様のお話は完結します。


本当にお付き合いくださった皆さま感謝、感謝でございます。

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