珠利の結婚
いつもの上質な絹とは違う木綿の感触に何度も顔をこすりつけちらりと窓へと目を向ける。
-まだうす暗いけど剣の稽古でもしようか、もうすぐ武闘大会だし。
珠利はそんなことを口にしながらふと思う。
-このえらくゴテゴテしたカーテンの柄みたことないなあ、ってかこの方向に窓があったかな。
「ああ、そうだ!」
一気に覚醒し、それから状況に気が付き顔から火が出そうになった。
大声を出したにも関わらず、それからはえらく慎重にそろりと視線を右へと向ける。
そこには昨日一線を超えた年下の恋人の黒い頭があった。
布団から出た肩には着衣もない。
それは自分も同じことで慌てて服を探す。
二人分の衣服は寝台の下に投げ捨ててあった。
今すぐに服がきたい。
けれど服を着る前にこいつを起こすことだけはしたくないと必死に気配を殺して離れようとすると、相手の腕がピクリと動いた。
「珠利さん、あれ、もう朝ですか?」
「あ、あああ、朝じゃないよ、まだ夜、夜だってばほら寝て!」
「じゃあ珠利さんも」
伸びてきた手をさらりとかわしもうどうしてよいのかわからぬまま、とにかく布団を引っ張ると体に巻きつける。
一方で布団を奪われた国友は頭を軽く叩いて窓へと視線を向けまだうす暗いとわかると、もう一度布団に倒れこみゆっくりと珠利へと手を伸ばし触れた。
そのしぐさに珠利は悲鳴をあげそうになった。
「珠利さん、もう起きるんですか、じゃあ起きよう」
「ま、まだ起きないで! ほら、寝ろ、寝ろって」
お互いこういうのははじめてだったはずなのに、と珠利は思う。
でも今この状況の違いはなんだ。
なんでこいつはこんなに普通で、自分は慌てふためいているんだ。
-私の方が年上なのに!
いや、昨日はこじゃれた名前のかわいい色の酒の力と高揚感から自分もずいぶん積極的だった気がする。
「珠利さん、受け取って下さい」
その夜の始まりはこれだった。
そこにあるのは見慣れぬ鍵で、珠利は装飾品にしてはえらく実用的な形をしているのだなと思っていた。
「ああ、うん、ありがと」
指でつまんでくるくると回してみる。
みればみるほど装飾品ではなさそうだった。
「小さいですけど王城近くに家を借りました。そこに住もうと思っています」
「へえ、団舎でるの? 行っていいよってこと?」
桃色の酒に軽く口をつけてから聞いてみると、国友は口の端を持ち上げて首を振った。
「行っていいよも何も、一緒に暮らすんです、そこで」
そう言われた途端珠利は当然のごとくその場で凍りついた。
きっとそうなるだろうことは国友もお見通しでそのまま話を進めてゆく。
「これは僕たち二人の家の鍵です。そうはいっても珠利さんには誰にも渡せない仕事がある。白亜の宮にだって立派なお部屋もあるし。だから、珠利さんの大切なお仕事の合間に、ちょっとでも会いたくなったらこれ使って下さい。一週間に一日でも、一時間でもいいです。寝てる時間だって構わない。だって珠利さんとの家なんだから」
「私たちの家?」
「そうです、僕たちの家です」
施設育ちの自分達が憧れ続けてきたものだ。
自分達だけの家。
白亜の宮暮らしは人々の羨望の的であるはずなのに、その場所よりもまだ見ぬ二人の家の方が心惹かれた。
「いいの?」
「もちろん」
「あの、それだけじゃなくて。ね、ほんとに私でいいの? 私かわいくないよ、年上だし、変に筋肉いっぱいついてるし、性格はこんなんだし」
「 ずっといい続けてます。珠利さんがいいんだって」
そこで自分の箍が外れた。
年下であるはずの国友がとても頼もしくて、そして愛しくて愛しくて堪らなかった。
自分の人生でこんなふうに男性を愛して、愛してもらえるなんて思いもしなかった。
珠利は桃色の酒を横へやって身を乗り出して国友に口づけた。
それはそれは他の客の目を惹くくらい熱くて激しい口づけを。
けれど冷静になってみたらこんなに恥ずかしいことはないではないか。
誰か他人にそんな自分の姿をみられるなんて、甘える自分なんて反吐がでそうだ。
昨夜のことを思い出した珠利はそのまま布団に顔をうずめた。
「ああ、もう……消えたい。今すぐにここから」
「何でですか? 俺はすごい幸せでしたよ。珠利さん超かわいかったし」
ホクホクした顔でそう宣言されて珠利はさらに恥ずかしくてどうしようもなくなった。
南方太守が誕生日を祝うため王都に戻るその時、休暇が与えられた珠利にはいきたいところがあった。
大好きな姫の護衛を少しばかり休んでまでやりたいことがあったのだ。
するとどこでどう手を回されたのか国友も休みが重なったのだという。
国友本人は休みと聞いてしばらくぶりにあえた珠利と二人きりで過ごしたいと思っていたようだが、珠利は違う。
行きたいところがあると頑として自分の意思を貫き通した。
結局一人でいく、いや僕もついていくという押し問答をしていると、幼馴染みの姫様と団長から助言という形で一緒にいくようにとお達しがあった。
余計なことをと思ったけれどあの人達に「会わせる」にはちょうどいいかもしれないそう思ったからだ。
何とか平静を頑張って装いながら、荷物をまとめていると昨夜もらった鍵に触れた。
顔が自然に綻ぶ自分がいる。
この鍵にどんな飾りをつけようか、なんたって自分たちが得る初めての「家」なんだから羽目を外したくらいのカワイイ飾りさがし歩こう。
そんなことをしばし考えながら、我に返ってなんとか顔を引き締めて振りかえると国友とバッチリ目があった。
「見んなっつうのに、行くよ!」
「はいはい。もうほんと珠利さんってかわいいなあ。考えてること全部わかっちゃいます」
「ずいぶん大きく出たね。でもね、調子ぶっこいてると、あんた本気で一回しめるよ」
まだ剣術では珠利の方が強い。
それは二人ともちゃんとわかっている、だからこそ国友は今はこれくらいにしておくかと恭順の姿勢をとった。
「それで昨日もききましたが何処にですか?」
地図を開きながら国友は尋ねる。
昨日一日聞いても教えてもらえず、あんたにはたどり着けない遠い場所だとか、あんたには見えない妖精の棲家だとかはぐらかされてばかりだった。
彼女とだったらどこにでもいきたいのに、一方で相手が何をそんなに教えたがらないのかがわからないままついてきた。
けれど今日になって珠利は観念したようだった。
「香里って村にさすごく仲のいい夫婦がいてさ、そこにあやかりにいこうと思って」
国王騎士である国友は入団前の事件であるが知っているのだろう。
顔がくっと引き締まった。
皆までいう必要はなかった。
「私の剣の師匠なんだけどさ、何だか会いたくなちゃって。あの人も孤児で家族にあこがれててさ、でもいいお嫁さんもらって、幸せだったはずなのに、たくさん辛い思いして……。なんだかさ、私どうしても先生の話ききたくなって。で、先生にも私の話聞いてほしくって行ってみることにしたんだ。あと
武闘大会のお誘いもしたくてね、本当の先生の力をみてみたくてさ」
彼らが国王騎士のせいでどんなにつらい思いをしたか、それはもしかしたら国明がこれからも国王騎士の誇りとともに語りついでいくのかもしれないと珠利は思った。
そして国友もしっかりとそのことについて受け止めようとしていた。
「そうだったんですね、行かない方がいいのは分かっていますが連れて行ってください」
「うん。……あのね、正直私、こんなんだし、いい奥さんになれる自信も、ましてやいいお母さんになれる自信もない。だからちょっと背中を押してもらいたくて。幸せはつかめるんだってもう一回みせてもらいたくて」
そう言った珠利が語った途端、国友にきつくきつく抱き締められた。
「つかめます、つかみましょうよ。僕もいい夫になる自信も父親になる自信もましてや今は男としての自信も珠利さんに剣術で勝つ自信だってありません」
確かに剣術の腕は珠利の方が数段上で、それは周知の事実だ。
「でもなります」
珠利だってなってほしかった。
自分を完膚なきまでに打ちのめして、ついてこいと言ってほしかった。
「一緒に色々経験して自覚して、これから人として成長していきましょう」
「うん、そうだね」
剣術は上でも人としての器はもう国友の方が上だと珠利は思ってる。
相馬にのろけるなと笑われてもだ。
「じゃ、一緒に結婚の報告に行こうか」
「はい」
宿を出て繋いでいた馬に乗ると国友が珠利を優しく抱き締める。
珠利はそんな国友を振り払うことなく軽く体重を預けてみた。
「珠利さん、愛してます」
「私も」
馬の手配が悪くて相乗りでここまでやって来た。
先程まではわざわざ馬を一頭しか用意しなかった相馬に対し、あのヒヨコいらんことしてぶっ飛ばす、そう思っていたが今になって相馬の手配に少しばかり感謝してやろうという気になった。
-この旅行くらいは新婚旅行気分で甘えてみるか。




