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十七歳の誕生日

十六になった日、この部屋の扉を開けることが怖くて怖くてたまらなかった。

受け身でしかいなかった自分に待ち受けているものが何なのか全くわからなかったから……。

けれど今は違う。


「おはようございます」


朝の心地よい空気を体いっぱい吸い込んで相馬、珠利とともに部屋に入るとすでに父と母と騎士団長がそろっていた。

もう五種のいかつい鎧を着た男たちを見てもうおびえることはない。

心強くいられるだけだ。


「おはよう」


微笑む母、そして父は交互に満面の笑みで娘を抱きしめた。


「十七歳のお誕生日おめでとう、美珠」


そんな母の言葉に自分の顔を緩める。


「おめでとうございます、美珠様」


そして順番を待ってから隣でそういってくれた国明と目を合わせて微笑むとそこに居並ぶ男達に目をむけた。

誰もが美珠の誕生日を心から祝ってくれた。


「去年の今日はただ不安で泣いてばっかりでしたけど今年は嬉しいです。去年なんて皆さんが一体どこの誰かなんてわかりませんでしたし、お父様は悪の権化にしかみえませんでしたもの」


「確かに、去年の今日は我々にとっても特別な日でしたね。初めて顔を合わせて、姫の夫候補にあげていただいたものの、この状況はどうしたものかと色々悩んでいましたから。悶々してたら偉そうに国明にかえて行かなきゃならないとか諭されて」


やたら感慨深げな魔央の言葉に光東もうんうんと同調する。


「確かにあれは偉そうでした。でも今思うときっと国明が一番内心穏やかではなかったでしょうね。誰が美珠様と結婚してもおかしくない状態でしたから。それでもちゃんと皆を諭せたことは褒めるべきですか。それに暗守などはそれを完全無視でしたしね。でもまあ、今はこうしてここで話ができてるんだからよしとしましょう」


温厚に微笑む光東に国明、暗守はそろってばつがわるそうに目を伏せた。

そんなほほえましい様子を見ていて美珠は改めてこの一年、彼らと過ごしてきた日々を思い出した。


去年の今日は全くもって彼らは知らぬ人だった。

ろくでもない提案をしてくる父、母の従順な僕の一団というくらいの認識しかなかった。

けれど今は誰がどう思っていて何を考えて生きているのかそれはわかる。

何にも代えがたい、そして自分を命がけで守ろうとしてくれている信頼できる人たちだった。


朝の伝達を終え、温かい気持ちで珠利と他愛ないことを話しながら部屋へと向かう廊下を歩いていると後ろから鉄靴の音が聞こえてくる。

相馬にチョイチョイと肩を叩かれ、振りかえるとそこにいたのは国明だった。

自然に笑みが漏れた。


「あら、何? 国明さん」


「美珠様、今夜少しお時間をいただけると」


「少しでいいの?」


上げ足を取ろうとする相馬に素直に国明はできるならゆっくりしたい、と笑って首を振った。


「今夜お部屋にお伺いしてもよろしいですか? 舞踏会の後になりますが」


「ええ、待ってる」


「お酒、飲みすぎないでください。貴方の誕生日をちゃんと過ごしたいから」


「はいはい、わかってますよ」


手を振ってすぐに離れるのもさみしかったけれど、今夜は一緒に過ごせるのだと思うと美珠は嬉しくなった。

またこういう時間が二人に戻ってきたのだ。

甘い言葉をささやかれてただ彼の腕の中で甘えていられる時が。


「はあ、こっちに戻ってきてからいちゃいちゃしまくりだね」


「あら、相馬ちゃんだってそうじゃないの? 項慶の家にお泊りばっかりして」


「だってまた南方にいったら数か月会えないんだから仕方ないじゃん」


「だったら私だっておんなじだわ」


美珠の初めての公式な役目、南方の臨時太守は今のところ順調にこなせている。

けれどそれは王都から離れ、砂漠の地に滞在することを意味していた。

十七の誕生日、そして武闘大会の為に二か月ぶりに戻った王都にちょっと羽を伸ばし気分が盛り上がってしまうのももっともだ。


「珠利だって国友さんとは久しぶりに会うんだからちゃんとお話してるんでしょ?」


「あ~、うん。まあね」


何やら妙に照れた様子の珠利を心底カワイイなあと眺めつつ部屋の扉を開けると暖かい木漏れ日の中にドレス見えた。


誕生日の為に自分の意思で特別にあつらえられたドレスだ。

去年はいやらしいくらい胸元のあいたドレスだったが今年は清楚な深い青いドレス、それは国王騎士のマントと実は同じ色、ちょっとだけ「おそろい」なのだ。

今年は自分の意思が反映したドレスで美珠は人の前に立つことにした。


たった一年、それだけの間に自分としては十分変わることができたと思う。

いやこの一年、様々なことが美珠を襲った。

これで変われないほうがおかしい。


去年は泣きたい、逃げたい気持ちで歩いた白亜の宮の廊下、今年は期待の方が大きかった。

今日は誰に会えるだろうか、どんな話をしようか。


「あら」


「お誕生日おめでとう」


紺のストライプスーツに光沢のあるグレーのネクタイ、そんな見慣れぬ姿に身を包んで立っていたのは優菜だった。


「ありがとう、優菜! 来てくれたの? 仕事は?」


「今日は北新国王の名代みたいなもんだよ。うちの王様、ほんとは来たかったみたいだけど、国にどうしてもはずせない用があってさ」


スーツの姿の優菜を見るのが新鮮で、美珠はそそっと寄って優菜へと視線を送った。

今日のために恐らく髪を短く整えたのだろう。

それに身長も少しのびた気がする。


「本当に素敵、なんだか優菜じゃないみたい」


「惚れ直した?」


「うん」


「こんないい男捨ててもったいないって思う?」


「思うわ」


お互い微笑み合って、優しく手を取ったのは優菜だった。

美珠もその手をしっかりと握り返した。


「ケーキ作ってきたんだ、あとで皆でお祝いしよう」


「忙しいのに、ほんと? ありがとう、嬉しい」


「姫様は今夜は手一杯だね」


やり取りを見守っていた燕尾服の執事は手帳にケーキと書き込むと、さあ行こうと美珠の足を進ませる。

けれど美珠は足を止め優菜の手を撫でながら嬉しそうに声を上げた。


「優菜もおめでとう」


「うん」


双子はどこまでも双子だった。

他人のはずの美珠と優菜はこの日互いに十七となる。

お互いその事に気がついた時、次に気になったのは時間だ。

そうすればどちらが兄、姉なのかはっきりできるのだ。

優菜の記憶ではなくなった母親は昼前だといっていたという。

すぐさま美珠は教皇を訪ねると、教皇はその話に顔を緩め美珠も昼前に生まれたのだと教えてくれた。

きっと公式な書類に時間がかかれていたのだろうが、母もそれについて掘り起こそうとしなかったし、美珠もまたそこまでの言及しようとはおもわなかった。

どちらが上の子で下の子でも関係ない。


双子という気持ちだけが大事なのだ。

もしかすると優菜はあとから調べて知っておこうとするかもしれないが。


「さてと、優菜俺の左側」


「はいはい」


優菜は美珠から手を放し、半歩下がった所に並んだ。

彼はこれで貴族たちに美珠の側近として理解される。

執事相馬と並ぶ姫の近習として。

それはそれで彼の今後に関わってくることになる。

優菜も紗伊那の権力に巻き込まれてゆくことになるのだ。

優菜の場合、自分からまきこまれてゆくのだろうが。


「去年は乳母の道代がいてくれたけれど、なんだか心細くて一人ぼっちで歩いたの。でももう違う。後ろにはこんなに心強い二人がいてくれるんだもの」


「おだてても何もでないよ?」


そうは言っても嬉しそうな乳兄弟の相馬、美珠を見守る優菜そんな二人を従える格好で廊下をさらに進むと、前方には手を繋ぎお互いの瞳を愛しげに見合うこの国の権力者の姿が見えた。

一年前だったら幻覚だと信じて疑わなかった。


南方の一件が終わった後、一度だけ美珠が会議で王都に戻ったことがある。

その時、母と父と母の過ちについて話をした。

為政者ではなくただ家族として。

母の謝罪の後、父は美珠までが知っていたことに驚きはしたもののそれ以上の波乱は起こらなかった。


今、二人はいつよりも深く愛し合っているような気がする。

仲の悪い両親を見るよりも、こっちが赤面するくらい仲がよい姿を見せつけられる方がどんなに幸せなことか。


「私、お邪魔かしら?」


やっと本当の夫婦として歩き出しはじめた両親はこの一年で見違えるようにたくましくなった娘に目をやると目尻を下げて間に挟んだ。


目の前には大きな白い扉がある。

この一年、少しはこの瞬間に慣れたのだと思う。

人に見られるということに。

好奇と羨望の視線に絡めとられるということに。

扉が開いたとき、いつものようにおびただしい数の色彩と歓声がきこえてきた。

美しい、跡継ぎ、そんな言葉に怯えた一年前、人の視線からにげつづけた誕生日。


人混みの中には項慶もいる、初音一家もいる。

美珠を神格化させたモチーフの芸術一家も、落ちぶれたお抱え画家もいる。


一人じゃない。

自然に作ることのできた笑みで美珠はただ過ごすことができた。


「あれ? どこいくの?」


「ちょっと、思い出にひたりに」


宴も中盤に差し掛かったころ、美珠は脱走を試みた。

美珠の意味の分からぬ返答に相馬と優菜は顔を見合わせて、それから何も言わず美珠を送り出してくれた。


美珠は一人、白亜の宮の庭を歩いてみる。

足早にいくつかの角を曲がって、噴水を目の前にして一息つくと、背後から金属の音が近付いてくる。

来てくれた、と口の端を持ち上げあえて振り向かないようにしているといつものように声がかけられた。


「どうなさいました?」


顔を持ち上げるとそこにいるの蒼いマント碧の鎧の騎士。

いつもこうやって追いかけてきてくれるのは、自分を目でおってくれている証拠だろうか。


「珠以と二人きりになりたいから抜け出したの。だって私の誕生日なのよ、他の人よりも珠以に祝ってほしい」


「え?」


「どんな時だって珠以といたいんだもの」


しばらく待っても言葉が帰ってこなくて不審に思っていると、かすかな明かりの中で見えた国明の顔は真っ赤だった。

年上の余裕をぶち壊せた美珠は満足げに微笑みそれからため息をひとつ。


「きっと再会した時、こういう言葉を言えば良かったの。でも私は記憶がなくて、夢で毎日みていた貴方にここで再会した時、貴方が何かの物語の王子様みたいって、そう勝手に心をときめかせていました」


すると国明は顔を緩めて美珠のそばへと寄った。


「王子様? そんな風に俺を? でも俺は正直複雑でした。俺のことを覚えておられる素振りではなかったから。でも、それでもあなたともう一度二人になることができて、あなたと話すことができて舞い上がっていました。嬉しくて仕方なかった」


「そこまで想っていてくれてありがとう」


それは心の底から出てきた言葉だった。

へたれの姫様を、そして一度は閉ざされた自分の未来を思い続けてくれたのだ。


「貴方の期待に応えられそうになかった私はこの一年でずいぶんあなたに相応しい人間になれたかしら」


「充分すぎます。貴方が頑張りすぎるから俺は気が気ではありません。輝いてるあなたをいつ誰かに奪われるか、いつあなたにもっとふさわしい男が現れるか」


「ううん。もう貴方以外愛せないわ」


目が合った瞬間、唇を重ねた。

積極的な国明に翻弄されるように体がほてってゆく。

こんな情熱的な口づけを交わすのはいつぶりだ、考えようとしても頭の中はぼんやりしてしまってただ国明のその熱だけを感じた。

そして唇が離れた途端、いつの間にか力を失っていた美珠の体は国明のうでのなかにしなだれかかった。

国明は美珠の瞼に口づけ、やっぱり物足りないのかまた唇に触れた。


「もうだめ、これ以上は。お化粧落ちちゃう。続きは今日の夜ね」


そうとは知らず思わせ振りなことだけ言って美珠は国明と手をつなぐ。


「今夜というのは、あの」


「決まってるじゃない、せっかく二人になれるんだから、さ、去年は強制的でしたけど、今年は自主的に戻りますよ。行きましょう? お父様のところへ」


「ええ、戻りましょう」


父と光東という組み合わせには今日は彼らの父と初音もいた。

どうやら迫った結婚について話をしているようで、初音の父が妙に興奮していているようだ。

教皇のそばにはいつものように聖斗と魔央、そして美珠のためにと宴に参加した暗守もいて若い娘たちの視線をかっさらっていた。


宴が終わって美珠たちは居間に集まっていた。

皆が美珠への贈り物を持ちより、想像以上にでかい優菜作の二段のフルーツたっぷりのケーキが中央に鎮座していた。

お姫様の恰好の優真と一緒に蝋燭を吹き消し、贈り物を開ける。

去年は作為的な両親からの贈り物と国明から貰っただけだ。

けれど今年は皆が各々用意してくれていた。

優真の書いてくれた絵も宝物になった。


二次会がお開きになったのは日が変わる前で、飾り立てた服を脱いで軽く湯を浴びて汗を流し、一息ついた頃にはもう宮は静まっていた。

このまま椅子か寝台に腰かけたら待ち人が来る前に眠ってしまいそうで、どうしようかと思ったものの自分から彼の部屋にいってみることにした。

扉を叩いてみても返事はない。

どうしていないのかと取っ手を引くと、奥からお湯を使っている音がする。

美珠は勝手に待つことにした。

たくさんの蔵書のある本だなを眺めてから、彼の鎧に触れてみる。

全てが愛しく思えた。

流石に風呂への扉を開けるのは躊躇われ、手持無沙汰で上質な寝台に転がるとそこからふんわりと国明の匂いがする。

それだけで幸せになれた。

早くその匂いに全身包まれたくなった。


「珠以」


そう呟いて美珠は睡魔に引き込まれた。


「は?」


風呂からでて頭を拭いていた国明はその場に蹲った。

部屋には安らかな寝息をたてる美珠がいたからだ。

思わせ振りなことを言われ、その気にさせられて、どうしようか、まだ早いんではないかと悶々と考えた末路だった。


「まあ、これで良かったかな」


部屋に送り返す前、ほんの少しだけ国明は美珠の隣で彼女の寝顔を見つめながら横になることにした。


「愛しています。美珠様」


一方、先生と優真と眠りについていた優菜は突然たたき起こされた。

いやむしろ蹴り起こされた。

寝台から崩れおち、何事かと目をこすると、眼前に鬼の形相の珠利がいる。


「美珠様は!」


「え~?」


「くそ、姫様どこだ!」


酒が入って覚醒しない頭をふらつかせながら立ち上がると珠利の方はどうやらここにはいないのだと気がついて足を踏み鳴らしながら出ていった。


「ほんと夜になったらフラフラフラフラしてるんだから!」

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