激情の大地 最終話 太守
「大地から怒りがきえた」
そう切り出したのはカナンの族長アーシャーだった。
臨時太守となった美珠は彼らの礼儀に合わせ、草で編まれた敷物の上に座っていた。
「私もどこかそれは感じています。みなさんが力を貸してくださったおかげです」
アーシャー以外にもいくつもの部族の長が名を連ねる初めての会議。
全く知らぬ人々とこれからについて語り合う日々。
美珠にとって新しい日々が始まったのだ。
南方を平定し、ちょうど一月前、王は娘と護衛という名の国王騎士を残し王都へと引き上げた。
それと引き換えにやってきたのは南方にめっぽう強い老人だった。
伝説の騎士、光悦だ。
美珠にとっても祖父同然の老人が美珠の後見人としてついている、それはとても心強いことであるし、対外的にもなめられることはなかった。
一方、優菜は慎一とともに慌ただしく北晋へと戻って行った。
それでも二人が南方に出かけていた間、留守を預かっている人々は死ぬ気で仕事をこなしてくれていたそうで、二人が抜けても遅滞で済むくらいには人材は育っていたそうだ。
だから優菜はもうすぐ南方で補佐できると手紙をよこしてくれた。
そしてなぜか残った珠乃もぶちぶち文句を言いながら美珠の補佐として働き、相馬とともに南方との交渉ほとんどを取り仕切ってくれた。
麓珠は珠乃という息子を次代の美珠の御世の時、自分の後継として指名するためにきつい仕事を押し付けたのだ。
そして春駒は下っ端の人間としてでも雇われることを希望し、体を動かし痩せて健康的な体を手に入れ、堅実な働きぶりを見せている。
兄の背中にくっついて様子を見に来るリーズと時折逢瀬を重ねているようだった。
「暑い、むれるよ。先生、この包帯取りたい、なあ、フレイ」
安静状態からはほんの少し脱却した素直になれない女子と相棒も砦の庭付きの贅沢な部屋で文句を垂れ流していた。
「お前たち、誰のおかげで傷痕がのこらぬような見事な治療ができていると思っている。お前たちに魔力を与えているせいで、私はいつまでたってもこの姿なのだぞ」
黒犬の姿からいつまでたっても脱却できない魔法使いはそういいながらもこまめに治療にあたっていた。
彼女の部屋には騎士からの花やら贈り物が絶えずとどき、いつも甘い花の香りで満ちていた。
もう誰も彼女を反逆者の妹とは呼ばなくなった。
彼女はまだその事実をしらない。
王都に戻る日が来ればきっと彼女はその事実を知るのだろう。
そして口ではかわいくないことを言いながら照れるのだ。
*
夜、美珠はすべての仕事を終えてから物見窓に立っていた。
信じられないほど仕事が舞い込んでくる毎日。
強権だけではなく、折衝も必要になるから精神的にも辛い日々だが、それでも、やりがいのある毎日だ。
「やっぱりこの地は静かになったわ」
「そうだね。静かだな。あ、交代かな?」
護衛の珠利は上がってきた人間を見て、顔を緩めると階段を下りて行った。
「寒くありませんか?」
羽織ものを持ってやってきた男をは甲冑を脱いで剣一本携え二人の様子を見に来たようだった。
彼が元気に動いている姿を見るのは美珠にとっては何よりの源になる。
彼がそこにいる、それだけで幸せな気持ちになる。
ひと月、太守と騎士団長としての距離を保ってきた。
太守の椅子に腰かけているときは、ずっと彼が傍らにいて警備をしてくれた。
けれどそれ以上の何かがあったわけではない。
何を言ったわけでも言われたわけでもない。
甘い空気になるほどの心の余裕がなかったというのが正解かもしれない。
頭の中が煮詰まってチンチンになった時、軽口を叩いてもらえると頭も冷えたし、親身になられると心配させたくないと力が沸いてでた。
けれど明日には会えなくなる。
そして次に会えるのはいつになるかわからない。
だから今日はこっそり相馬にお願いをしておいた。
夜、少しでいいから二人で話をする時間を作ってもらえないか、と。
相馬は二つ返事で準備をしてくれたようだった。
「ちょっとだけ肌寒いかもしれません」
美珠はそういってその羽織ものを受け取った。
本当は彼の腕の中に納まるほうが心地いいのは知っている。
けれどそこに行くためにはどう切り出せばいいのかわからなかった。
ゆっくりと木の長椅子に腰をおろし桃色の羽織を肩にかけ一呼吸、それからそばで立っている男に距離を感じ少し勇気を出してみた。
「国明さんもどうぞ」
すると目じりを下げて美珠へと視線を落とす。
「美珠様、今は二人ですよ?」
「そうね。……ねえ、珠以、ここにきて」
少し甘えた口調でねだってみると美珠の隣に腰かけそれから同じ大地に目をやった。
別の道を歩き出してから二人が座るときには少し距離が必要だったが、今日はそんな距離必要なかった。
明日には離れ離れになる。
それが二人の心を少し押してくれた。
肩が触れ合うほどの近くに二人で砂の地平線を見渡す。
今日の風は二人に優しく吹いてくれた。
「穏やかな夜ですね」
国明の言葉に美珠は頷いた。
「明日、王都に戻ります」
「うん」
国王騎士は明日王都に引き上げる。
それと交代として今度は教会騎士がやってきてくれる。
警備に問題はないが、美珠としては珠以に会えなくなる。
臨時太守の任が解かれるその時まで、数か月会えなくなる。
わかっていたことで、でもやはりさみしくて視線を隣の背の高い男へと向けた。
「さみしいけど、でも頑張る」
「ご無理だけは決してなさらないでください」
美珠はしっかりとうなづいてそれから顔を持ち上げた。
「私、これ以上意地をはるのはやめる。だってまた何か起こるかわからないんだもの。もし何かあったら絶対後悔する。それに会えないこの数か月、もう他人行儀に接するのは嫌だもの」
すぐそばにある愛しい男の手に触れるとピクリと手が震えた。
けれどすぐに美珠の細い指に男の手が絡んだ。
「ねえ、珠以」
「はい」
触れた手を優しく握られるとじんわり心まで温かくなる。
「好きよ、貴方が大好き。今、私の心を占めるのはあなたなの」
美珠が素直な言葉を口にすると、国明は唇をかんでさらに美珠の指に力を加えた。
「美珠様、愛しています、貴方という存在を心から」
「もう、捨てないで、私のこと。何か起こったら二人で、ううん、みんなで考えればいいじゃない」
「ええ、ええ、もうあなたを苦しめたりしないから」
「信じてる」
ぐいと引き寄せられ腕の中に納まると、美珠も自分から男の首に手を伸ばした。
黒い髪に触れて顔を持ち上げると唇が触れる。
優しくついばんでいた唇が美珠が体を押し付けると少し熱を帯びる。
月明かりの下お互いの瞳が少しうるんでいた。
お互いの瞳に映るのは初恋を実らせた二人。
「この命尽き果てるまであなたをお守りします」
その言葉は何度も聞いた。
そして彼も自分も何度か死にかけた。
だからこそ、思うこと。
「死なないで珠以。一緒に生きて。これからも、この先も」
「ええ、貴方が俺のことを見えなくなって、俺も剣を握れなくなるその日まで」
強く抱きしめられて美珠もまたきつく抱きしめた。
「次の武闘大会、優勝してね。私を絶対珠以のお嫁さんにしてね」
「はい。必ず」
十六の誕生日に出会った国王騎士団長。
その頃恋をしていたのは夢に出てくる少年だった。
そんな少年に焦がれながらも、意地悪をいうこの人に惹かれた。
そしてこの約束を果たそうとしたこの二人に何度も困難が襲いかかってきた。
その困難に負けた時もある。
けれどこうやって今二人で手を取り合って心静かにいられる日々がやってきた。
美珠は王の跡継ぎとしての一歩を踏み出した。
これからは厳しさも必要になってくる。
それでも補佐してくれる皆を見つけることができた。
自分が誤った道に進めば罵倒して引き戻してくれる人たちだ。
紗伊那という国が踏みにじり作り上げた、悲しい桐のような人間を二度と作らない。
そんな誓いを守りながら、この隣にいる愛しい人と国を守ってゆくのだ。
たくさんの困難があるだろうし、涙にくれる日もあるだろう。
それでも自分のこの先が美珠には楽しみでならなかった。
アクセスありがとうございます!(*^_^*)
なんとかこの章も無事に終わることができました。
あといくつかのお話で本当の意味で完結するつもりでおります。
最後までおつきあいいただけたら幸いです。




