激情の大地 第三十二話 竜桧の妹 桂
南方の人間の命を犠牲にし炎の塊へと姿を変えた憎悪の塊はとてつもない光と熱を放出していた。
肌がジリジリと焦げるような感覚が襲う。
そしてその炎の塊はさらにさらに上空へと舞い上がり、その動きを封じていた南方の人々が作り上げた鎖の一本一本がはじかれ砕け散る。
「またこの大地の紗伊那への憎しみが増した」
鎖がはじけると同時に体が見えぬ力に飛ばされたリースを飛びかかって受け止めた春駒はそんなリースの言葉に頷いた。
「大地は記憶しているのです、我々が紗伊那に何をされたか、どれほど苦しめられたか」
リースは自分の魔力ではもう手に負えないと理解していた。
この大地でもっとも魔力をもつはずの自分ですら手が出せないということはもう打つ手はないということだ。
自分たちの先祖は悪霊となって憎き紗伊那を燃やし尽くす。
紗伊那の滅亡は先祖たちの願いだったのかもしれない。
それは仕方のないことなのだ、とうつむきかけた時、春駒の柔らかくて温かい掌を感じた。
「リース、お前の祖先にとって私達は憎むべき相手なのだろうが、私はお前と出会って、お前に惹かれて愛してしまった。お前と一生添い遂げたいと思っている」
突然のそんな春駒の強い言葉にリースは目を潤ませる。
「私はあきらめない、お前と共に生きることを。そしてできればお前の祖先たちに少しずつでいいから許されたい。お前と添い遂げることを万人認めてもらいたい」
「春駒様」
「許されたい、お前たちの先祖にも許されたい。けれどこの事態を引き起こしているのは紗伊那の人間だ、だから私はあの男を止めてこの大地に平穏をもたらせたい」
こんな風に憎しみが表面化し、地獄の業火のようになってしまったのは先祖の力を借りた心の汚い紗伊那の老人のせいだ。
この老人は伝道師としてこの地に逃げるまえはこの地で戦い先祖を幾人も殺してきたに違いない。
先ほどためらいなく仲間であるはずの人間に刀を突きたてたのがその証拠だ。
彼は「教皇になりたい」その私利私欲のためだけに自分たちが大切にあがめていた祠を壊し、怒りを呼び寄せた。
絶対に許せなかった。
彼の欲に我々の想いが利用されることだけは絶対に許せなかった。
今回の戦いはあの綺麗ごとばかりいう姫の方に大義があるような気がしてならない。
皆が信じきれなくても、自分はあの姫の思う未来を少し信じてみたかった。
託してみたかった。
それは春駒を愛するから、彼との幸せな未来を望むからだ。
だから、
「私も一緒に許してくださいと祈り続けます」
春駒はそんなリースの手を握って目を見てほほ笑んだ。
リースは首を縦に振るともう一度立ち上がって、今度は兄へと目を向ける。
兄も剣を持って立っていた。
何度も紗伊那のめっぽう強い剣士にやられたが最後まで妹の命をあきらめようとはしなかった。
今もまた兄はまだあきらめてはいない。
きっとあきらめの悪い人なのだ。
でもカナンの地を束ねる族長なのだからそれは仕方ないのかもしれない。
兄は族の人々の暮らしを、そして心を、伝統を、そして先祖を誰よりも守らなくてはいけないのだから。
「兄さん、怒りを鎮めましょう」
「ああ、祠に戻っていただいて我々を見守っていただこう」
美珠は老人が引き起こす塊の異変を見ていた。
これが紗伊那を食らいつくすというのなら止めなくては。
王都にこんなものをぶつけたらどうなる。
あのものと人にあふれた町が崩壊する。
ー絶対に止める
強い意志を宿しながら国明に目をやると国明も美珠を見てうなづいた。
そして剣を抜いて力を込めてゆく。
彼にしか使えない、彼だけの技だ。
何度も何度も国を救った彼の力。
ただ真正面から紗伊那の力を思いっきりぶつけただけではきっとこの怨念ともいうべきものは消せないだろう。
だから美珠は気持ちを込めた。
ーこの先、この国を守るべき自分はこの地を大切にしてゆきます。
過去は消せないかもしれないけれど、ここで生きる人々が笑って生きていける国に変えます。
願うそばでリースの祈る姿も見えた。
今は祈るしかできないとそこにいる誰もが悟った。
だからこそ、そこにいた誰もがみんな紗伊那、部族垣根をこえて力を込めた。
願うことはそれぞれ違ったのかもしれない。
お互いのことなど関係なくただ紗伊那を守る、南方を守る、それだけであったかもしれないし、王都に暮らす家族の無事を願ったのかもしれない、それとも先祖に安らかな眠りをと考えたのかもしれない
ただどの願いも平穏へとつながっていた。
人々から立ち上る光は国明の作る光の玉に渦を巻くように、けれども穏やかにまきついてゆく。
くるくるくるくると穏やかな風車のように人々の頭上で回り、やがてその球体をもしのぐ大きさになった。
そして回転を止めるとこの地を照らす灼熱の太陽よりも強烈なまっ白い光があたりを包み込む。
美珠はあまりのまばゆさに目を閉じそうになったが、目を背けてはいけないとなんとか片目だけでも視線を送った。
全てを焼き尽くそうとした炎は紗伊那と南方に住むたくさんの人々の願いから作り上げられた強い光に飲み込まれ、またくるくると穏やかに回りながらゆっくりと消えていった。
残されたのは老人だけだった。
「まさか、あれほど大きな憎しみがきえるなど」
「ご先祖様たちは未来に賭けてくださったんではないでしょうか」
美珠は老人のそばに立った。
この老人と分かり合うことはできないものか、と。
「あなたもこの地の未来に」
「いいや! 私は紗伊那の教皇になるにふさわしい男ぞ。私は教皇になるのだ。教皇となり、この国を」
「思うのは自由だが、お前など誰からも認められん」
暗守の言葉に老人はそこにいる者を睨みつけ、そして自分の体に魔法をかけた。
「教皇になるのはこの私じゃ! この呪いの炎で教皇など焼き尽くしてくれる」
そう宣言した途端、突然体が燃え上がりその体がまるで槍のように姿を変え空に舞い上がる。
「魔央!」
「間に合わない!」
その槍はまるで星のように軌跡を描いて空を飛ぶ。
「そんな! お母様!」
母は肉体的に強い人ではない。
あの槍が母を貫けばどうなるか。
美珠は悲鳴を上げた。
「誰か! 誰か止めて! 珠以!」
国明も魔法剣を使おうとしたが、槍はすでに北の空へと消えかかっていた。
「そんな! お母様! お母様!」
美珠は半狂乱になって叫んだ。
母とはもっと一緒にいて、もっといろいろなことを教えてほしい。
それにもっと娘として甘えたい。
「お母様ああああ!」
「行くよ、フレイ」
空を飛ぶ槍を止めたのもまた深紅の飛竜だった。
老人の姿が変化した槍はとてつもない強度を誇る飛竜の鱗を貫き、そして乗っていた少女の腹にめり込んでゆく。
けれどもそれ以上は動かなかった。
フレイが槍の末端を、そして桂が槍の先端を必死に押し止めていた。
槍が進もうとするたび桂は血を吐いた。
フレイもまた腹と口から血を噴いた。
「じいさん、残念だけど、ここで灰になってもらうよ」
教皇を燃やし尽くそうとした炎は一人の少女とその相棒の想いだけで引き留められてそしてその少女と竜を炎に包んでゆく。
「これは私の意地だよ! 絶対、あんたを教皇様のところへ行かせはしない! 竜桧の妹である桂と飛竜のフレイが紗伊那を守るんだ!」
「桂!」
美珠は首を振った。
止めてほしいと願ったけれど、こんなふうに止めてほしいなんて思ってない。
どうして桂が、どうして桂ばっかりこんな思いをするの。
「うそだ」
優菜もまた叫んでそれから駆け出した。
燃えながら落ちる飛竜をたくさんの飛竜が救いにゆく。
美珠もワンコ先生もみんながただその赤い飛竜めがけて走った。
*
「お兄ちゃん!」
桂は走って兄へと駆け寄った。
「桂、ごめんな、一人にして。でも聞いてくれ、俺、団長に推薦されたんだ」
「ほんとに?」
桂はこみあげてくる涙を抑えきれずにいた。
「桂、俺、団長になれるんだ。お前も早く騎士になって一緒に空飛ぼうな」
「うん!」
自慢の兄だった。
二人しかいない家族だった。
自分も絶対騎士になって空を一緒に飛ぶんだ、そう願って毎日修行してきた。
やっとその夢がかなうのだ。
フレイと兄と兄の飛竜と、空を飛ぶんだ。




