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激情の大地 第三十一話 暴露

宙に浮かぶどす黒い憎悪の塊をさんざんかき回した後、魔力でふわふわと岩から降りてきた老人は国王騎士の竜二頭だての車に乗る王を見下していた。

もう自分が勝ったといわんばかりの誇った顔で。


「部下である竜騎士に裏切られ、建国以来の騎士団を一つ失った愚かな王よ。お前もその妻である教皇も愚かな人間だ、お前以外の」


王は話など聞かなかった。

聞く耳などないのだと持っていた剣を老人めがけ投げる。

けれど王の剣は老人の体をすり抜けて飛んでいった。


「愚かなものよ。言葉も腕もなくし、そのような攻撃しかできぬとは」


そんな王の傍を二人の男がすりぬけて老人に切りかかる。

碧の鎧と純白の鎧、王の忠臣二人だ。

国王騎士団長、光騎士団長はお互いの戦闘特性を完全に把握して攻撃を繰り返した。

老人の魔力は国明の魔法剣が封じ、そこへ光東の正確な一撃が放たれる。

老人は物理攻撃に歩がないと踏んだのか数歩下がった後、杖に光を作り上げたが、それは上から斧が振り下ろされ、杖と光を砕いた。


「許さぬぞ、お前は。騎士団長という職にあったはずのお前はどれだけの人間を傷つけた」


「ほっほっほ、お前たちが言うでない」


暗守の怒り隠さぬ声に老人は不敵に声をあげて笑うと、手を空へと持ち上げる。

その手で空をかき回すと黒い稲光を放つ闇の塊がぐにゃりと歪み、美珠は体の細胞一つ一つがゆがむような妙な違和を感じた。


「うっわ、気持ち悪」


「え? 何が?」


バチンと自分の腕を叩いた珠利と対照的なのは相馬だった。

もともと武道に縁のない彼には全く通じず、感覚を研ぎ澄ました人間には美珠よりももっと有効な攻撃だったのかもしれない。

光東の攻撃もわずかに狂い老人はスルリスルリと距離をとってゆく。

そして老人が手をぐるぐる動く度、グニャグニャとまるで軟体動物のように動くその塊からはバサバサと埃のように何かが降ってきた。

それはあの「口」だけの化け物であったり、黒いぶにょぶにょした半透明のものであったり、とにかくすべてがおぞましい生き物。

そしてそのおぞましい生物を放出させる老人の口は口の化け物以上によく動いた。


「お前たちにはこれが、なんなのかわからぬであろう」


「それは負の気持ちですね。我々紗伊那に向けられる、その気持ちから生み出された魔物、というところですか」


その声に老人は大きくうなづいた。


「おお、お前はわかるのか? 飾り物にも脳はあるのか?」


「嫌味なおじいさんね、ワンコ先生以上だわ」


美珠は相手をじっと見据える。

この人に人の心などまだあるのだろうか、もう人間性の一つも感じられなかった。


「ヒナ、お前、私を嫌味なおじいさんだと思っているのか?」


いつの間にかいた足元の黒犬の声にヒナは笑みを作る。


「嫌味だけど愛情は感じるわ。でも優菜に贔屓気味だけど」


すると長靴をはいた犬は何度か頷いて見上げた。


「私が団長だったころには英雄でもなんでもなくすでに凶悪犯だったが、今は醜悪な凶悪犯だな。人間老いさらばえるとここまで落ちるか、私も気を付けねば」


「なんだ、駄犬。お前のような小物など知らぬわ。この国は犬が騎士団長になれるようになったのか。末期だな」


「ぬわにぃ?」


「大物面していたのに、残念ですね」


「おい、坊」


思わぬ聖斗の攻撃にワンコ先生は少し聖斗を睨んだが、何とか気を落ち着かせそしてもう一人弟子へと目を向ける。

現魔法騎士団長は砂の大地に杖を突きたててすでに魔法を詠唱しはじめていた。


「私にいびられた二人でやれ、私への積もりに積もった想いはあの爺にぶつけてやれ」


「そう言われたら俄然力が入る」


魔央がたまった魔力の砲弾を老人へと向け掌から撃ち放つ。

聖斗もなまった目では追い切れぬほどの速さでまず老人の足元に迫ってその足を薙ぎ払おうとした。

けれど同時にぐにゃりとまた空の塊が歪み手元が狂ったのか空を切る。


降ってきた魔物たちはすぐに騎士が取り囲みすぐさま殲滅しようとするのだが、塊は何度も何度もぐにゃりぐにゃりとその身をよじり魔物を排出し続けていた。


すると空に浮かぶ禍々しい球体に鎖が絡みついた。

鎖は物理的なものではない。

南方の魔法使いたちが作り上げる魔法の鎖だ。


「ご先祖様たちをあなたのいいように使われてたまるものですか」


「なに、お前たち」


老人の手が止まった隙に聖斗は距離をさらに詰め、老人の腕をつかみ力技で引き寄せ老人の背後を取った。

そして問答無用に剣を突き立てる。

けれど肉に剣を立てる感触とはまた違う手がうずもる感触。

剣が勝手に吸い込まれてゆく。

手を放そうとしても、それすら叶わずそのまま体に吸い込まれてゆく。

その老人の体はまるで虚無だった。


「お前も騎士団長としては失格だな。守る対象に手を出すなど。お前にとって女教皇はただの女だったのか?」


老人のその呪いに近い下品な言葉は多くの人に聞こえたのだろうか、あからさまに騎士の動きが鈍った。

けれど聖斗は表情ひとつ変えなかった。


「この国初の女性教皇は、この国開闢以来初めて王と結ばれた教皇はその実、騎士団長と肉体関係があった。貞淑さなど微塵もなかった。その醜聞で充分だ。民はその話をこぞって喜ぶ、そして教皇はその地位を引きずり降ろされる」


言葉が終わらぬうちに王は馬車を殴りつけた。

その憤怒の表情は相手を絶対に許さぬと物語っている。

けれど王は相手をなじることもできず言われるがままにしかできなかった。


「年をとっても下世話な自分の妄想を吹聴するような老人にはなりたくありませんね」


そんな中、王に変わって言葉を発したのは美珠だった。

自分だって父と同じだ。


ーこの爺さんは絶対に許さない。


母は小姓でもあった聖斗とそういうことをしていた。

それは事実で、自分だってその事実を受け入れられなくて苦しんだ時があった。

母に対しての目が変わった時だってある。

けれど母という人間を知らぬ、そして母の権力を狙う元魔法騎士団長なんかに馬鹿にされたくはなかった。


母はこの国のために夫とも娘とも離れて苦しい旅を続けてきたのだ。

娘である自分はそんな母の仕事など知ろうともせずばあやにばかり甘えて距離を置いていたし、支えてくれるはずの夫も女遊びの激しい人間だった。

母は旅の最中でも王都にいても寂しくて、辛くて、逃げ出したくなってしまった時は何度もあったはずだ、そんなときにずっと支えてくれた人の手を取ってしまった。

寄りかかってしまったのだ。

そして彼に心を守ってもらったおかげで多くの人の心を救うことができた。


今、いろいろと理解するようになって、母のしたことは道徳的に肯定されないことであっても、その気持ちは少しわかるようになった。


「優菜の話では私が王の子ではないとまでおっしゃっていたとか。ここまで妄想が過ぎると滑稽です。私、よくお父様似と言われてるのに」


今、自分にできることは母を守ること。

安易に相手の挑発にのらないこと。

聖斗をまねてできるだけ無表情でいることだ。


けれどこの自分が無表情なのもおかしいかと考えていると、


「俺と美珠姫が双子だって勝手に設定したワンコ先生よりも信憑性薄いね、歴代の魔法騎士団長って引退してこういう突拍子のないことばっかり考えてんのかな」


「お前の妄想痴話よりましだ。兄と妹がいつもいちゃいちゃしてるだけの卑猥な何の文学的思考もないあれよりな」


なんだか脱力させる内容だったけれど、優菜とワンコ先生の援護はこの場では過剰な弁解よりもよほど効果的だった。

それほど老人の口にしたことは真実味に欠けるものだったはずだからだ。


「おい、坊、お前さっき私にえらそうな口をきいたからそんな目にあったのだぞ! わかっているな、反省しろ、反省! おい、大して強くないわが弟子、ついでに優菜の恋敵、あの妄想老人の魔法を封じろ。あれは体を異次元につなげているぞ、下手すればあそこからも魔物をだしてくる」


「はっ」


即座に魔法を使用する魔央に比べ国明の動きが遅れたのは自分が呼ばれているということに気が付くのに時間がかかったからだ。

魔央が氷の鞭を、国明が光の帯をつくりあげ老人の体に幾重にもまきついてゆく。

実体としてさらされた老人の体は目に見えているものよりも更に細いものだった。


「ちょっと、まだ正気保ってる?」


刺していた部分は幻覚であったことに今更ながら気づかされた聖斗の腰に力いっぱい腕を回したのは珠利だった。

力技で引き抜こうと必死に体を引っ張る。


「ってか気持ち悪い! なんでこの爺さんの体に入ってんの?」


「どんな攻撃がくるかわからん! お前はさがっていろ!」


「さがれるわけないでしょ! こんなところに家族置いてけると思う?」


聖斗は自分を怒鳴りつける珠利の顔を静かに見てそれから首を振った。


「そうだな」


「よし、抜くよ! よいっしょ!」


顔を気持ちゆるめた途端聖斗の手元をカラスがかすめ、それと同時に体が抜けて二人は勢いよく後ろへと倒れこんだ。


「坊、私に対しこれからも決して減らず口を叩くのではないぞ、感謝の心を忘れぬように」


ワンコ先生はそう尊大に言ってカラスを杖に宿らせる。

聖斗は返事などしたくはなかったけれど、それでもやはり子供のころから見てきたこの男の強さに感服せざるを得なかった。


老人はどれほど戦況がわるくなろうが権力への執着を失ってはいなかった。

血走った目で身をかがめ一気に走ると、一人南方の男を捕まえためらいなく小刀で心臓を突き刺した。

悲鳴とともに血が大地にこぼれ落ちる。


「南方の地が血で汚される。憎き紗伊那の力でな」


そう老人が高笑い始めた途端、地面が揺れた。

決して大きくはないが、それは規則的で、まるで大地が鼓動を打ちはじめたかのようだった。

魔力を含んだ地から次第にその魔力が煙のように立ち上り、禍々しい力を持つ宙に浮く塊に吸い寄せられてゆく。


「お前達には特等席でよいものを見せてやろう。この頭上にある憎しみが魔物となりて紗伊那のという国を、そして教皇を業火で燃やし尽くすさまをな」


「何?」


その禍々しい言葉を聞いて美珠の背筋は凍りついた。


ドクンと激しく球体が脈打つ。


「何を……」


南方の人間たちにより動きを封じられつつあった宙に浮かぶ球体は血で穢れた大地の力を受け律動し続け、そしてとうとうとてつもない業火へとその姿を変えた。

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