激情の大地 第三十話 業
南方で大規模な戦闘がおこると連絡を受けたのは朝だった。
「皆、大丈夫かな?」
不安がる優真を隣に置いて教皇はずっと教会で祈りをささげていた。
国最大の教会では今日は多くの人が祈りをささげている。
中には光東、初音の両親の姿がある。
騎士とは関係のない一般の人々の姿もある。
皆、それぞれに戦闘の話をきき、家族を国を心配しているのだ。
教皇は家族のことだけではなく、たくさんの人々のことを思っていた。
騎士のこと、南方のこと、あらゆることを考えなくてはならなかった。
「一緒に祈りを捧げてよろしいですか?」
「ええ」
後ろから声をかけたのは麓珠だった。
「うちのかわいい息子たちがどうか元気に帰ってきますように」
彼はどれだけ仕事をしても見せないくらいげっそりした顔で倒れこむようにその場に跪き、とにかく何度も何度もそれを口に出していた。
文官最高位の彼から素直に出た言葉に教皇は口の端を持ち上げる。
-教皇は皆を支えなければならない。
だからこそ、公の場で自分の家族のことを口にし、案ずることはなかった。
正直うらやましくもあった。
「じゃあ、優真もお願いする。優菜とヒナと桂とフレイとワンコ先生とワンコ兄さんと王様がどうかどうか無事で帰ってきますように。ついでにお土産もください」
教皇は優真を撫でると心の中でほんの少しの時間だけ、自分にとって大切な人の祈りに割くことにした。
やっと素直に愛せるようになった夫と、やっと心を通わせるようになった娘、それからずっと守ってきてくれた弟のような息子のような青年、彼らがまた自分のもとに帰ってきてくれるように、と。
*
窓の向こうから黄土色のとてつもない何かが押し寄せてくる。
空も大地も覆い尽くす巨大なカーテン。
一体何が起こるのかと美珠は怯えたが、相馬がすぐさま答えをおしえてくれた。
これは砂嵐だというのだと。
本来ならば建物の中でやり過ごすべきなのだが、騎士達は砦の入口に集まり各々の竜の手綱を引いていた。
砂嵐の中に敵の姿がある。
ただ嵐のせいで斥候をだしてもその規模は把握できてはいなかった。
「この砂嵐も敵の魔法によるものかしら」
「だろうね」
美珠は魔法騎士の編んだ鉄壁の防御力を誇るマントのフードをかぶり入口に急ぎ足を進めていた。
相馬もまたマントの下に凝った造りのベルトに銃を装備し、迷彩柄のベストに手榴弾をひっかける。
「相馬ちゃんも戦場でるんだ、戦えるの? あのさ、逃げるのも一つの戦いかただからね」
着なれた制服のボタンをとめつつ、心底驚いた顔をする優菜を睨み付け相馬は自慢げに腰に手を当てる。
「俺だって数々の修羅場、くぐってますから」
「確かに、そうね」
柔らかな表情で同意した美珠が向かう道には珠利と聖斗がお互いの攻撃の幅を確認しあうように剣を見ながら話し合っていた。
「支度できた?」
相馬と優菜というコンビよりも聖斗と珠利は見るからに締まって見える。
強いのだといわれなくても気迫で感じる。
「ええ、珠利、聖斗さん、お願いします」
「美珠様はいいんだけどさ、後ろのヒヨコと腐れ外道はほんと邪魔しないでね」
同意するように聖斗が首を縦に振るのを見て優菜と相馬は口を揃えて叫んだ。
「俺だって数々の修羅場、くぐってますから!」
「知れてると思うけどね、そんなの、ああ、ほんと邪魔」
珠利に吐き捨てられ、美珠に同情する眼差しを向けられ二人は腹立たしい気持ちを抱え入口へとさらに足を進めた。
入口では光東、国明二人に守られた王が馬車の中で瞳を閉じて待っていた。
美珠も何も言わず、そこで父の考えていそうなことを考えたが、まだそこでどっしり考え更けることは出来なかった。
敵がもうそこまできていると思うと焦って汗がこめかみを伝う。
この焦りを見られたくなくて髪を撫でるふりをして汗をぬぐった。
「大丈夫です、俺たちがあなたと王をお守りいたします」
そんな声に顔をあげると優しい目をした国明と目があった。
「守ってもらうのはうれしいけれど、無謀なことはしないでね。皆で生きて帰るのよ」
「それ美珠様にいわれちゃおしまいだね」
珠利は笑って美珠の肩にのしかかってくる。
「そうね、でも私、いろいろ経験してわかったの、国明さんもびっくりするくらい自分の身を守ろうとせずに無茶ばっかりするの。周りの人間の身にもなってほしいものよ」
国王も同調するように頷き、光東にも頷かれて国明は困ったように兜に手を当てた。
それから美珠ともう一度目を合わせて、お互い屈託なくほほ笑むことができた。
鎧に身を包む彼の姿を見ることができることそれはなんと心強いことなのだろうと思う。
ここに彼の姿がなければ、きっと自分はここに立てない。
泣いて泣いて、何一つ出来なかっただろう。
彼がここにいるから自分も強くなれる。
そう痛烈に思えた。
「死んでくれてもよかったのにさ」
「こら優菜!」
真後ろでつぶやいた優菜の言葉に振り返り小さく拳を突き出す。
「これから戦うというのにちょっとは緊張しなさい!」
美珠と優菜は王の代わりに魔央に首根っこをつかまれ顔を見合わせる。
先ほどまでは緊張で押しつぶされそうだったけれどみんながそこにいてくれる。
それだけでずいぶんと緊張はほぐれた。
もしかするとみんなでほぐそうとしてくれていたのかもしれない。
優菜に小さく拳を突き出すと優菜もそこに軽く拳を当ててくれた。
暗守も頷いて顔を入口へと向けた。
暗守の乗っていた竜が嘶く。
それにつられるようにたくさんの竜が嘶いた。
ーよし
美珠はこちらの機が熟したことを理解した。
と同時に王はゆっくりと目を開け、おもむろに手を挙げると砦の扉が開かれ、砂と風が入り込んでくる。
その中を暗黒騎士を筆頭に騎士が駆け出した。
砦を出たとたんに、今までと比較にならない猛烈な風が砂を巻き上げながら顔にあたった。
肌に痛みを感じて顔をそらすと誰かが背中でかばってくれた。
「聖斗さん」
彼がこんな風に守ってくれるのはいつからだろう。
「敵から目をそらしてはいけません」
「はい」
この嵐のなかに敵はいるのだ。
双剣を抜いて聖斗の後ろから様子を探る。
向こうから人の姿ではないものが見えてきた。
四足歩行に這うようなもの、どれもこれもが人の姿とかけ離れていた。
「あれは魔物ですか? 桐と同じ時のように」
竜たちが吠えたけり今すぐにでも戦わせてほしいと言っているのがわかる。
けれどそれを制したのは光と暗黒の騎士団長だった。
「騙されてはなりません。彼らは人です」
その言葉がにわかに信じられずにいたが、魔央率いる魔法騎士が先頭に立ちすぐさま幻術を解く。
そこにいたのはアーシャー率いる南方の民たちだった。
気づかず彼らを攻撃していれば、交渉などしてもらえるわけもない。
美珠は胸を撫で下ろした。
アーシャーは紗伊那の王の前まで来ると跪くこともなく、剣を上げた。
王もうなづくと剣を上げる。
それでいいと美珠は思う。
彼らに恭順などもとめてはいない。
彼らに仲間になってもらうことのみを望んでいるのだ。
王の代わりに美珠が彼らの前に立った。
「私は臨時太守に任命されました。この地を良きものにするために」
「そうか」
アーシャーの言葉は短いものだったが、その横からつつとリースが顔を出した。
「兄の守る部族、そしてこの地に生きる人々のこと本当に考えてくれる?」
「ええ、そのために私がいます。一緒に考えていきましょう」
そして春駒も覚悟を決めたのか剣を持って彼女の傍らにいた。
「あなたたちが安心して子供を作ろうと思えるように、私は力を尽くします。でもその前に」
美珠とリースは砂漠へと目を向ける。
この砂の大地の中には最優先で解決しなければいけない事項がある。
「行きましょう」
そういってくれたのはリースだった。
「ええ、共に」
空から稲妻が降ってくる。
砂は人外の者にかわる。
けれどそれは竜に乗った騎士たちが、南方の強者たちがなぎ倒していていた。
剣を奮い、盾で突き飛ばし、進んでゆく。
進む先にあったのは大きな岩だった。
「この場所で」
「我々の大切な場所を」
「何てことだ」
悔しそうに顔を歪め口ぐちに呟いたのは南方の人々だった。
それは南方の人々がこの地の起源としてあがめる巨大な岩。
彼らにとって聖地だ。
その聖地である岩の上で醜悪な老人がたった一人杖をかざしぐるぐると空をかき回していた。
彼のはるか頭上には心と同じような真っ黒い球体がある。
「何だあれは!」
「あんな巨大な物体と戦うのか」
美珠はそこから感じ取れる禍々しさに正直背筋が凍りそうになった。
それは無のようでもあり、怒りのようでもあり、嘆きのようでもあった。
桐にふれた時感じた、あの感じがまたよみがえってくる。
紗伊那にすべて奪われた彼女の気持ちだ。
左の掌にとてつもない痛みを感じて、唇をかみしめる。
ーここにいるのは何万、何十万の桐
これは紗伊那という国が、国に接する人々に味わわせてきたその思いだ。
これほどのものを作り上げたのは紗伊那という国の王、教皇、そして騎士。
数百年にわたって堆積した負の遺産。
紗伊那の業と向かい合わなくてはいけないのだ。
「よくもこんなこと」
リースは兄と顔を見合せ首をふった。
あの聖地には祠があった。
紗伊那という化け物のようなもの達と勇敢に戦い散った先祖、勇者達を祀った祠だ。
各部族の人間が大切にそして敬意をもって祈りを捧げた場所だ。
それを憎悪の対象でしかない紗伊那の人間がこじ開けた。
眠っていた霊は怒りと共に目覚め、荒れ狂う塊となってしまったのだ。
リースは騎士の間を縫ってそれを正面から見据える美珠の隣へとやって来て、その左手を握った。
「鎮めなきゃならないわ、とにかくあの下劣な伝道士を止めて、そしてご先祖様を戻さなきゃ」
美珠はリースと繋いだ左の手に視線を落とした。
その類い稀なる力をもつ彼女は美珠にとっての第二の桐となるところだった。
けれど彼女は今は力を貸してくれる。
彼女達南方の人々と力を合わせることができている。
ーここにいる人々は皆今は仲間だ。一緒に戦う心強い仲間だ。
そう思えると視界が開けた。
「ええ、あなた方のご先祖様に紗伊那は侵略に来たのではないとわかっていただかなければ」
左手の痛みは消え失せていた。
*
「動いちゃだめだ!」
砦で気を取り戻した桂は医師達の制止を振り払っていた。
「私だって戦うんだから」
「無理だ、死ぬぞ! やっと傷がふさがったところなんだから!」
「死んだって、戦うんだもん」
医師を殴り飛ばす勢いで部屋から飛び出ると外にはフレイが静かに立っていた。
「さすが、フレイ。飛べる?」
乗ってみろと言わんばかりにフレイは啼いた。




