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激情の大地 第二十九話 桂の戦い

何をしているのだと、引きはなすべくその手を掴んで力をかける。

薄暗闇の中見える顔は知った桂であるはずなのに、その力は知っているものとは違った。

どうしてこの短期間でこれだけ力を強化できたのか。


「なに……された」


そしてどうしてこんなに顔に怯えを浮かべているのか。

ギリギリと締め上げる首の手を引き剥がしながら問いかけた。


ーどうすれば救える。


「私、殺して」


無情にもそう優菜の耳にはっきり聞こえた。

できないと首を横にふる。

また首に力が加わった。


「私、裏切り者にはなりたくない。絶対に裏切れない」


優菜の首を絞めるというその行動とは裏腹に悲しそう言葉を絞り出す桂。


「優菜、私、あんたにこんなことしてる。こんなことしたくない、こんなの絶対嫌だ! 死にたい」


「っばっか」


ー馬鹿なこといってんな


そういってやりたいのに優菜も窒息で血が上って目の前がチカチカした。


ーこのままじゃ、俺、まずい


脳に酸素がいっていないのか、考えることもできず異様な体の重さに力を失って手が落ちる。

そのまま身体中の感覚が失われようとしたその時、


「フレイ!」


桂が叫んだ。

大きな声で一度哭いたフレイは長い首を伸ばし、鋭い牙で桂の首を噛みつける。

骨まで砕く音が耳に聞こえたのだが、優菜は目を見開くしかできずにいた。

桂はフレイに引き剥がされるようにその場に倒れ、フレイもまた牙を桂の血で染めてその場に崩れ落ちる。


「おい、っつ、桂!」


そこにある光景が信じられなかった。

相棒の飛竜が桂のためにやったのだと頭ですぐに理解できてもどうすればいいのか全くわからなかった。

咳き込みつつ優菜が桂へとよって行くと、桂は痛みに叫ぶこともなく静かに優菜を見ていた。

目があってもしばらく優菜は自分が何をすべきなのかわからなかった。

何度か呼吸を繰り返し、思い出したように優菜は桂の首を押さえる。


「優菜……あんた……家族だって言ってくれ……うれしかった」


「だって家族なんだから」


「私……あんたのこと好き。ヒナも大好き」


「俺も大好きだ。桂もフレイも」


視線をあげた先にいるフレイはもうピクリとも動かなかった。

優菜の血の気が引いて行く。


「おい! フレイ!」


「フレイ、ごめんね。私が卵選んだから」


桂は苦しい息で何度も何度も詫びて泣きながらそしてすがるように首を押さえる優菜の手を握った。


「お前何弱気になってんだ! おい! 桂らしくないぞ!」


だめだ、このままではどうにもならない。

焦りだけが募って行く。


「騎士、攻撃してないし、私は裏切り者にはならない?」


「当たり前だろ? お前は素直になれないさみしがりやなだけだろ?」


「そうだね」


桂は意識を手放そうとしているのか瞳を閉じて行く。


「ねえ、私はあんたが好き」


「俺だって好きだ! 」


「ちょっと違……」


「おい! 桂!」


医者の真似事も覚えたことがあるが、高度なことをするほどの力はなかった。

動脈こそ紙一重で損傷はしていないからまだ命はつきてはいない、がこのままじゃもうもたない。

だったらやるべきことは一つ。

瀕死の桂とフレイを連れて治療のできる人間のところまで運ぶ。


けれどフレイは人を運ぶことができても、一人で運ぶことは不可能だった。

桂なら一人で背負って走ることはできただろう。


けれどこの二人はどう考えったって離れるわけはない。


優菜はそれからいくつものことを考えてみた。

先ほどのアーシャーという名前のこと。

珠乃のこと。

美珠のこと、騎士のこと。

そして桂とフレイがあとどれくらいもつのかということ。


「くっそ……」


自分に魔法が使えたら二人を少しでも癒してやれて、運べるかもしれない。

けれどそれは不可能なのだ。


「だったら、呼ぶしかない」


考え半ばに行動。

そんなことをできるようになったのは彼女と会ってからだ。


「やるしかない」


優菜はグローブとブーツの確認をしてから建物の外へとでた。

暗闇が支配したその世界は冷え冷えとしていた。


「頼む!」


優菜は荷物の中から閃光弾を取り出すと空に向けて打った。

弧を描くように空に光の筋が出来て最後にパンと弾けて一瞬昼のように明るくなった。


ここからは時間と自分の全てを使っての戦いとなってくる。

この光に気が付くのが騎士が早いか、敵がが早いのか。


長い時間だった。

緊張の汗が顎を伝い落ちて行く。

そして星空を隠すように姿を見せたのは人ではなく、口だった。


「またあれか」


目も耳も何も存在しない。

ただ飲み込むだけの毛むくじゃらの物体。

それがいくつもいくつもあった。


一人でこれを倒すとなると一匹当たりにそうそう力は使えない。

一撃ですべてを仕留めなくてはならない。


「さてと、やるか」


拳に力を込めて打ち込むと口はまるで空気が抜けたボールのようにしぼんでゆく。

そしてそれは土に還ったが、また土から生まれさながら輪廻転生のようで、優菜は息を吐く。


「おおもとを倒さなきゃ意味ないのか」


不利なのはわかっているが、自分はここで時間を稼ぐのだ。

必ず誰かは気が付いてくれている。

絶対に助けはくる。


ーやるしかない。


けれどその助けはどれだけ待っても来なかった。

師匠と兄弟子からもらった宝珠が橙になってゆく。

赤になって割れるまで戦えば、自分の命が限りなく危険なことになる。

けれどそれでも戦う必要があった。

死んだって譲れない。


取り囲む「口」はざっと見て二十。

いつみても二十。


それでもあきらめられなかった。

絶対に片割れは来る。

それだけは譲れなかった。

絶対に信じていたかった。


宝珠が赤に変わった。

足に痛みを感じて着地したとたん、足首に激痛が走った。

それでも踏み出して口を蹴とばそうとした時、ものすごい風が自分のそばを吹き抜けた。

そしてその風は容赦なく口を二つに切りつけ無に帰した。

奥の方の口が破裂音を立てて斬れるのが見えた。

自分では不可能にさえ思えた敵が再生の速度も間に合わず倒されてゆく。


「桂、フレイ、皆が来てくれた」


優菜は力を抜いた途端、足元が崩れて行くのがわかった。

ー俺、死ぬかもしれない。

ふとそう思ったとき、誰かが肩を貸してくれた。

その華奢さで誰かわかる。


「来てくれると思ってた」


「遅くなってごめんね。優菜」


「うん、いいんだ、来てくれたから。早くフレイと桂を。桂はあの墓の中に」


美珠は頷くと優菜を座らせ、戦っていた魔央の手をつかんで墓の中へと入っていった。


「おい弟子。危険水域ギリギリだな。しかし私も力がないからすぐにどうにかしてはやれんぞ」


黒い犬がそばに座った途端、優菜はもう戦う必要はないんだとやっと気を許した。


「先生見るとほんと安心する」


「まったく甘えた弟子め。水がほしいか? それとも小便ひっかけてやろうか?」


片足を上げた黒犬は何よりも癒してくれる存在だった。


「今なら何でも飲める気がする」


「馬鹿め! おいコイツに水を」


そんな先生のあげた片足をつかんで引き寄せると先生は悲鳴をあげて体勢を崩したのち、優菜の頭に肉球パンチを浴びせかけた。


「信じてよかった。紗伊那の人たちのこと」


すると先生はパンチを止めて空をみあげた。

空にはいくつもの飛竜が飛んでいた。



魔法騎士の応急処置を受け、飛竜に乗せられ砦に運びこまれた桂とフレイは王が最高水準の治療にあたらせたものの快復の兆しは一向に訪れなかった。


美珠も優菜もただそこで座って見守りたかったけれどそれはほんの束の間しか許されていなかった。

すぐに軍議を開くという。


優菜はどうしてもそこに出席したかった。

敵を倒すために知恵を出したかったこともある、けれど一番言いたかったことは「桂は紗伊那のために戦った」ということだ。

あれほどの傷をおいながらも紗伊那のために戦い続けたということだ。

それを騎士たちに知ってもらわなくてはいけないのだ。


そして桂の鎌に付着した老人の血もそれを後押しする証拠となった。

能力を知る一つの材料としてワンコ先生こと魔宗が回収し、今解析してくれている。


桂にしてやれることをすべて終えてから優菜は桂の部屋の前に腰をおろした。


「ヒナ、珠乃から聞いた? あの老人の話」


優菜に傷薬を貼っていた美珠はその言葉に束の間手を止めた。


「ええ、皆聞いたわ」


「びっくりするよな、あんなの。信じられるかよ、ふつう」


けれど美珠は黙っていた。

その沈黙の意味が分からず優菜が見上げると美珠は視線を落とす。


「その情報は必要なこと? それとも好奇心?」


好奇心といわれてしまえばそれまでだ。


「じゃあ一つだけ。ヒナは王の子でいいの? それとも知らないお父さんがいる?」


「いるわけないでしょ? 国明さんも聖斗さんもそっくりって言うのに」


「だよね」


自分と双子といわれるよりもしっくりくる王の子だ。


「優菜、桂を助けてくれてありがとう」


見つめ合った瞬間、まだ十分彼女が好きなことが分かった。

唇を寄せようとすると鉄靴の音。

あわてて振り返ると漆黒の騎士がいた。


手には一輪の紫色の花。


「暗守さん」


「私が取り返しのつかないことをしたのです。あの魔法使いの幻覚にだまされ、彼女やフレイを傷つけた。許されないことをしてしまった」


「私だって傷つけたんです。傷ついている桂についていられなかった。傷ついていることすら気づかずにずうっと一人の男の人のことしか考えてなかったんです」


その光景を見ていた暗守はすぐ、それが優菜ではない男のことだとわかったのだろう。

ただそれを優菜の前で口にした美珠に首を振った。


「貴方が話をされて理解されても、私は許せません。人の命を、心をもてあそぶような下劣な人間を。それが魔法騎士団長、教皇に使える立場として許すことはできないのです」


「でも、皆その人には負けなかった。心は皆折れなかった」


美珠の言うとおりだ。

その老人の呪いを破り、不可能だと思われた疫病を克服した。


ーだから桂も負けるな


美珠も優菜も桂のことだけを願った。


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