激情の大地 第二十八話 フレイと桂
優菜は石積みの牢の木の扉を拳で破壊し、外を静かに歩いていた。
見張りも拘束もなにもなく、ポンと牢に放り込まれただけ、侮りすぎだろうと思うような扱いだ。
さてと、優菜は呟いた。
うまく敵の内部に入ることはできたが、問題がいくつかある。
桂とフレイのこと、敵の戦力、そして教皇の醜聞だ。
その中で優菜が最優先にどうにかしたいのが桂とフレイのことである。
桂の場合、紗伊那の騎士の先入観はすこぶる悪いものであり、これ以上敵と行動を共にすればさらに彼女の名前が傷つくことになる。
ーそんなことさせてたまるか。
そっと優菜は自分の肩に手をあてた。
羽織ってた茶色の麻の衣と皮膚をわずかにかすった浅い傷。
もう血だって固まった。
これを見れば桂が本気でなかったことくらいわかる。
けれども何らかの事情によって優菜を傷つけるほど彼女は追い込まれていた。
珠乃が一人逃げた。
彼は職業柄、上に報告する。
となると自分を助けるために姫が動いてくる。
魔法騎士団長はその姫の動きに追随してくれるだろうし、姫が動くとなれば多くの騎士も動くことになる。
だからその前に優菜のしておくことは桂を解放してやることだ。
桂は敵ではないのだいうことを紗伊那に知らさなければさらに取り返しのつかないことになる。
相手が何を使って桂を引き込んだのか、手下にできるその効力のあるものは彼女の相棒フレイだ。
フレイが敵の手に落ちた。
それ以外考えられない。
フレイは今、どこでどんなことをしているのかだ。
ここはかつてこの地で繁栄を極めた者の墓場の集まりのようだった。
中には墓の主の功績を称えるかのような色彩豊かな絵がかかれていた。
そして外に出てみるとまだいくつかの横穴が見える。
この一つ一つが、南方部族の偉い人間の墓だったのだろう。
優菜はその中からフレイが存在できそうな場所を探した。
フレイは人よりも数倍大きい。
そんな存在がいられる場所は限られてくる。
砂の山を登り、視線を巡らせると少し先に入口に岩を掘った大きな二体の像をもつ構造物を見つけた。
茶けた大地に居並ぶこの地の神を示す像の間に入口があり、そこにはたくさんの見張りがいる。
ーここに違いない。
優菜はゆっくりと近づいてゆく。
別に焦りもなく、ただ静かに状況を見極めていた。
ちょうど日暮れを迎え、西の空がとてつもなくまばゆく輝いていたが、すぐに太陽は大地へと沈んでいった。
すると光が徐々に失われ、周りが見えにくくなったお陰で優菜は見張りから数歩離れた砂山に影に隠れることができた。
目を凝らせば入口すぐに赤い物体が確認できる。
それがフレイだった。
ただ首を力なくたらし、体を弱弱しく前後させているさまを見ればかなり衰弱したことがわかる。
そんな時、誰かが走ってきた。
優菜は頭を下げてそれをやり過ごす。
「アーシャーさんから話があるらしい。お前たち留守を頼むぞ」
「はい」
一体事態はどう動いたのか。
アーシャーというのは砦で捕まっているはずで、彼が逃げ出したか解放されたかによって事態は変わってくる。
優菜は一人の見張りが水分補給に少し離れたのを見計らい、首を絞めて失神させると足を進めた。
そしてもう一人見張りを蹴り倒せば、見張りはあと二人。
突然の襲撃にあわてふためいた二人を投げ飛ばすとフレイへと駆け寄った。
脂汗と血がにじむその体は動かすことすらできなさそうに思えた。
「ふん、あのわっぱ、逃げ出したか」
老人は奮闘する優菜のその姿を煙の中でみていたが、顔をあげ杖を持とうとした。
けれどその首を何かが狙っていた。
風を切って現れた鎌が、たるんだ首の皮を切り、老人の首からは血が流れた。
「絶対にフレイは、フレイは私が守るんだ!」
そこにいたのは瞳を血走らせた桂。
「絶対、絶対フレイには、優菜やヒナには手はださせないから」
老人は隙を付かれ、力でこそ押されていたがやがて桂に魔法をかけた。
魔力で首を絞められ足が浮く。
「くっ……」
「強情な女だ、お前も術をかけてやろう。お前の兄と桐が同胞にかけたあの技を」
いやだ、いやだと首を振り、四肢をばたつかせたけれど、黒い靄が全身を包み桂はその場からピクリとも動かなくなった。
「フレイ、動けるか」
優菜はフレイを何度も押した。
けれどフレイは動かずただ悲しそうになくばかり。
まるで誰かを待つように。
けれどそのフレイが突然翼を必死にはためかせ駆け出した。
羽から飛び散る血が優菜の顔を濡らした。
「フレイ! どうした!」
優菜は体格差のあるフレイを砦へと戻すのをあきらめ、フレイの動きに合わせることにした。
何度倒れても体の至るところから血を流して進むフレイ。
これほど無茶なことをするということは、
「桂に何かあったのか? おいフレイ!」
そしてフレイは一つの石積みの墓の前に来ると首を左右に動かし、一心不乱に顔面から突っ込んで外壁をたたき割った。
また血が降ってきた。
これ以上はもう駄目だ、と優菜は長い首を中に突っ込もうとしたフレイを押し返し中へと体を滑り込ませる。
「桂? いるか?」
暗闇に目が慣れてくるとそこに倒れていたのは桂だった。
駆け寄って手に触れてみる。
「おい! 桂! 桂!」
脈拍正常、外傷はと持っていた荷物から明かりになるものを出そうとすると
突然後ろから首を絞められた。
桂に気をとられ過ぎたことに後悔しつつ、反撃をと振り向くとチラリと見えたその姿はだれあろう、その桂だった。




